スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第85話 流れる温かさ

今日は実戦の日。フォーメーションを使った戦闘訓練の日だ。今までの癖でついヒイロのことを見てしまうが、すぐに視線を逸らす。いつものように僕の隣に来たマリーが僕にぴったりとくっついて立った。それを拒むことはしなかった。

彼女から香るバラの匂い、瞬時にそれは違う匂いだと判断を下す、自分の脳に呆れた。

昨日ヒイロを突き返してしまったことを僕は後悔していない。切ないことに人の関係など、どう願ったとしても残酷に変わっていくものなのだ。

朝の習慣としてポストを覗いた時に、食費用の財布がぶち込まれていたが、中にはちゃんとお金が入っていた。それくらい持って行っても良かったのだが。

この実戦の授業、ヒイロは出席をしたが一度も僕を見ようとはしなかった。僕は仕方なく生徒の一人として声をかけたり質問をしたが、聞こえないふりをされたり分からないふりをされた。

もう彼女の僕に対する冷え切った気持ちは分かっている。別に構わないのに、ヒイロは高崎とくっつこうとしなかった。

昨日のように熱いハグでも何でもすればいい。高崎もベラが好きなどと言う嘘を突き通そうとしなくても、もう僕はヒイロに対して嫉妬などしないのに。

……なんて、それは保証できないが。

はあ、兎にも角にも彼女だって自由に恋愛をするべきだ。くだらない感情に押し流されてるのは僕の方だ。

授業が予定通りに終わり、この後の面談の時間までまだ余裕があったので、一度戻ってきた自宅のリビングで来週の授業の資料を作成する。もう散らかり放題なこの光景、酔漢すいかん巣窟そうくつたるあの忌々しき実家の部屋を思い出す。

「はあ」

ため息ばかりが口から出た。

首を振って集中するように自分を戒め、PCをタイピングしようとしたその時だった。

廊下からドンドンと騒がしい足音が聞こえてきた。この足音は誰だ?高崎よりも重たいがシュリントンはこんなに早く走れない。誰だ?

ドンドンドン!

玄関が叩かれた。はあと息を吐き、重い足取りで玄関のドアを開けた。
そこには血相を変えた真一が立っていた。

……ああ、まさか!

「兄さん!大変だ!」

ああ……世界が色彩を失っていく。

ついにこの時が来てしまった。恐れていた瞬間が思ったよりも早く訪れてしまった事に、ハッと息を飲んだまま僕は呼吸の仕方を忘れた。

「父さんが、父さんが……!」

僕は彼をリビングに入れて、ドアを閉めた。研究所の制服で息も絶え絶え、もう言わずとも彼から出てくる言葉が僕には分かっていた。

「と、父さんが……母さんと再婚するって!」

……?

……?

「兄さん?兄さん?」

真一が僕の体をゆらゆらと揺らす。

ああなるほど、彼の冗談か。それとも何だ、これは夢なのか。幻か。

「ばかな……冗談はおやめなさい……」

「う、嘘じゃねえって!本当なんだって!俺だって最初信じられなかったけど、とにかく早く来てくれって施設の職員さんが言うから、研究所の仕事の合間に行ってみたんだよ!そしたら父さんの部屋に母さんがいて……だ、だ、抱きしめ合ってた!」

は?

……は?

「ばかな……母さんは国分寺のノアズ本社にいるはずです。それも多忙を極めていると聞いています。ここに……地下世界に来ている訳が無い……それにまさか父と抱きしめ合うなんてこと……真一、母の顔も忘れましたか?」

真一は僕の両肩をガシッと掴んで大声で言った。

「それくらい覚えてるよ!兄さんに似て超美人なんだから!俺だって父さんのいる施設の人に呼ばれて父さんの部屋に行くまでは、何が起きているのか信じられてなかったよ!でもその時に目の前に確かに母さんがいたんだ!しかも母さんは俺にごめんなさいってって謝ってくれて、ちょうどその時に武仁と統も街にいたのか父さんの部屋に来てて、奴らには既に謝った後だったんだって!それから兄さんにも謝りたいから呼んでって……しばらく街にいるらしいから、はあ。はあ。週末にでも行ってあげてよ。」

信じられない状況に僕は力なく床に座り込んだ。

これが本当ならば一体何が起きているのか、僕の頭には何もその原因が浮かばない。放心状態に陥っている僕のことを真一が心配したのか、僕の背中をさすってくれた。

「兄さんには一番迷惑をかけたから、って父さんも言ってるし、俺も……いつも兄さんにばかり全部押し付けてたから本当に悪かった。ごめんね、兄さん。」

そう言って真一は僕にハグをした。彼にハグされるなんてことは人生で初めてじゃないだろうか。

急に。突然に、家族の中に流れ始めたこの温かな空気は何なのか。さっぱりその正体が見えないし掴めない。

その空気が、僕の目から、涙を流させた。

「兄さん……ごめん。あと父さん、腫瘍があったみたいで、母さんがそばにいて治したいから東京のセンターに連れて行って、そこで治療を受けさせるらしい。あとは二人一緒に地上で暮らすって言ってた……突然のことだから俺も本当にビックリで。」

「こんなこと、ある訳ありません……」

「俺だってそう思ったよ。そしたら秘密の知り合いが来たとか訳の分からないことを二人で微笑みながら口合わせるように話しててさ。」

まさか。

はっ……。

だとしたら辻褄が合う。街に行ったこともイスレ山に行ったことも、帰ってきて高崎に嬉しそうにハグしたのも内緒のポーズをしたのも……。

しかし出来る訳が無い。彼女が地上の研究所を知ってるはずがない。地上に一人で行って、原宿から国分寺まで電車を乗り継いで行ける訳が無い。記憶のないヒイロ、乗り換えだってあるのに……。

僕は聞いた。

「真一、ヒイロに……母さんの研究所教えましたか?」

彼は目を丸くして首を傾げた。

「え?教えてないよ……ああでも父さんのいる施設のパンフレットなら持ってたかも。俺がこのテーブルに置いてったはずのやつ。」

そんなの置いてあったか?もしや、あの時彼女が持って行ったのか!

「まさかヒイロちゃんが?しかし普通そんなことしないよな?あれ?兄さん?」

僕は涙目のまま真一をその場に置いて、部屋を飛び出した。


*********



もうこうなったらこの気持ちを作曲にぶつけるしかない。はは。一人で不敵な笑みを浮かべてPCをカタカタと打って作曲ツールをいじっている。

しかしまあちょっとピアノが弾けるおかげでメロディ作りも順調だ。はっ、そうだ。シュリントン先生に聞いたら印税は就労には入らないからオッケーだって言ってたし、作曲してインターネットで売って、収入にしよう。

そう、タライさんとの関係を誤解されるのも仕方ないさ。禁止されてるのにハグしちゃったんだから。早く作曲家として収入を作って食費を稼がないと、このままだと家森先生の弁当ももう無いし、食費が無くて死ぬ気がする。頑張ろう。頑張るしかないじゃん。

もう少しでこの前から取り組んでいる世紀末ランズのテーマ曲ができる。はは、このコンテストでお金を貰ったら暫くは食い繋いでいけそうだ。しかし中々うまくいかない。バランスよくメロディが出来ればいいんだけど難しいな〜。

あ、そうだ……お金のために仕方ない、ダスティさんにやっぱり楽団で働きたいですって言おう。それで採用されたらとりあえずは食に困らないだろうしね……はは。

ピコンポコ、ガガガガ♪
ガガガガ♪

ドドドン!

あああ!?びっくりした。ドアが叩かれた。

ドドドドン!

なになに、マーヴィンか?そんなにドアを思いっきり叩かなくてもいいのに、そんなにうるさかったかね。

「ごめん、またうるさかった?あ……」

意外にも、そこには家森先生がいた。

しかも、赤い顔をして、目から涙が溢れて鼻から水がびょんびょん垂れている。これはまあ……ただならぬ様子だ。これを他の生徒に見られたら彼のイメージが揺らいでしまうだろう。私は仕方なく手招いた。

「と、とにかく中にどうぞ……早くしないとマーヴィンとか他の住人が見に来ちゃうんで。」

「……。」

ぐすんと鼻をすすりながら家森先生が部屋の中に入ってきた……PCには編集途中の楽団に是非行きたいメールが表示されていたので、咄嗟に見つからないようにささっとPCを閉じた。

家森先生は鼻水を垂らしたまま、じっとこっちを赤い瞳で見つめてきた。

なに?どうしたの……初めて見る彼のグチャグチャの泣き顔につい笑ってしまいそうになったが堪えて、ベッドに置いてあるティッシュをとって先生の鼻に押し付けた。

すると先生が何もしようとしない。もしや私に拭いて欲しいのか。

はあと息を吐いてから、嫌っているはずの私に対して何故か甘えてきた彼の鼻水を拭いてあげた……この状況は何なのか。

「ヒイロ……す、少しお話ししたいんです。」

「は、はい?どうぞ座って。」

私はベッドを手で指した。家森先生はこっちをじっと見たまま座った。

「ヒ……ヒイロが、母を連れてきてくれたのでしょう?」

ああその話ね。私が無言になっていると家森先生は続けた。

「施設で父と会い、高崎に協力をしてもらって地上へ行き、母を連れてきてくれたのでしょう?」

どう言うべきか……それを考えてしまい暫く黙っていると、私の返答を待ちかねた家森先生が頭を下げた。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。それなのに僕は、あなたを薄情者呼ばわりして……高崎との関係を疑うなんて馬鹿げた考えに行き着いてしまって……もし、あなたが本当に地上へ行ったことが本当だとしたら僕は感謝しきれない。父と母は再婚し、二人で地上で暮らすようです。あの二人がよりを戻すなんてこと信じられない出来事で、僕もまだ理解が追いついていませんが、先ほど真一が来て、真一も信じられない様子で……。すみません、まだ僕自身、整理が出来ていない。」

まじで!?

あの二人再婚するんだ……そんなに愛の炎が再燃したんだ。いや、ほんとビックリ。ついこないだ会ったばかりの私でさえこんなにビックリなんだから、息子である家森先生もさぞビックリしてるんだろうな。そう言ってるし……。

「僕は、僕に必死で……あなたのことを考える余裕すらなくて、本当に愚かだと反省しています。ヒイロごめんなさい。強く怒鳴ったり、薄情者と言ったりして……僕の方が薄情者です。」

ポロポロと涙を流す家森先生にまたティッシュを渡すと、今度は自分で拭いてくれた。

「家森先生は薄情者ではありませんよ……ずっと家族のことを考えて支えてきました。私がタライさんとハグしちゃったんだから、誤解されるのも仕方ないと言うか……私こそごめんなさい。黙って出かけて、心配かけて。それにちゃんとどこに行ってたか言えばよかったんですけど、まだ秋穂さん達がどうなるのか分からなかったし黙っていようって勝手にそう思ってしまって。」

家森先生がじっと私を見つめた。

「それではやはり……あなたが父と打ち解け、地上に行き、母を連れてきたんですか?」

何だか本当のことを言おうと思うと少し恥ずかしくなってしまって、やんわりと伝える事にした。

「あ……東京はキラキラしてて賑やかな街でした。」

ぎゅっ

おお、抱きしめられた。

「ああ……あなたは!何してるんですか!危ないのに一人で地上に行って、あの危険な父となんか話して!」

ぎゅうぎゅうと力を入れられて苦しいけど嬉しい。

「別に大丈夫でしたよ、電車も人に聞いて乗れました。和豊さんが私が逆に知らない人だからって胸中を話してくれて秋穂さんに謝りたいって言ってたので、それを伝えに言っただけです……彼が地上の研究所の場所も教えてくれました。でも家森先生にしてきたことは許せないので、ちょっとビビらせましたけど。」

私が思い出して右手の紅いヒビを出して彼に見せると、涙目の家森先生がそれも一緒に彼の腕の中に閉じ込めてしまった。私は続けた。

「秋穂さんも本当は欧介さん達のこと大好きだと言ってました。素直になれなかったと、泣きながら言ってました。その時は自分のことで精一杯だったんだって……でも和豊さんが家森先生にしたことに怒ってました。」

「僕のことを母に話したんですか?」

「あ、うーん。秋穂さんの方から家森先生が何かされていたのでは?って聞いてきたから……私の知ってる範囲で答えました。ごめんなさい。そしたら、和豊さんのしたことは到底許されないことだと、そして彼を分かってあげられなかった私のせいって言ってました。でも和豊さんも秋穂さんの仕事を妬んでたせいって言ってました。なんか……二人でかばい合ってました。」

「そこまであなたに話したんですか……」

「ごめんなさい。多分首突っ込みましたよね。でも……最初にあんなに辛そうな家森先生を見て、どうしたらいいのか分からなくて、今私に出来ることをしようと思いました。」

ぎゅうとまた私を抱きしめる力が強くなった。

「あなたは謝らなくていいんです……そこまで僕のためにしてくれたのに、僕は何てことを……すみません、すみません!」

彼が少し、声をあげて泣いてしまった。私も抱きしめ返して、背中をさすった。

「内緒にしててごめんなさい。」

「ヒイロ、ありがとうございます……こんな奇跡を起こせるなんて、もう僕はなんと言えばいいのか分からない。なんと言えばいいのか本当に分からないくらいに、あなたを愛しています。」

うっ……一気に顔が熱くなってしまった。そうまで言われるんだから、頑張ってよかった。私は微笑んで、またぎゅうと力を入れてくる家森先生の大きな背中を抱きしめた。





「拭いてください」

「はい」

まだ鼻水が止まらないようで彼は私に拭いてとねだる。さっきまでの感動的なやつはどこに行ってしまったのか、今は何故か私のベッドの布団に入っていて、私に鼻を拭かれるのを待っている。

ティッシュで鼻水を拭いた。もう手に何回もキラキラしたものがついたけど仕方ない。今はそうやって甘えたいのだろうし。そんなことを思いながら微笑んでいると家森先生がじっと私を見つめてきた。

「ヒイ……ヒーたん」

「はい?」

「僕と一緒にいてください」

「今日ですか?まあ金曜ですけど良いですよ……」

「今日もですが、毎日一緒にいてください。」

「毎日一緒じゃないですか。もう内緒でどこにも行きません。」

「ふふ、明日も一年後もずっと……」

あ、明日も?まあ仲直りした後だしいいけど……どうしたんだろう。

ベッドに座る私の手を握ってきた。熱い手だ。別に同じ学園ですし毎日一緒にいるでしょうけど何だろう。家森先生が微笑んだ。

「僕と……

ドンドンドン

ああ、何!?
私は家森先生を隠すために、何か言おうと口を開いたままの彼の顔に布団をかけて玄関に向かった。

ガチャ

「何?」

「あ、ヒイロあのさ!来週の授業で使う防具貸してくんない?今日の授業で魔弾食らった時に俺のぶっ壊れたんだよね。」

グレッグ……ヤモリのような目をこすりながら、だるそうに言ってきた。

「予備はないよ!」

「ええ!?マーヴにあるって聞いたのに!?まじで!?はあ〜俺今月金欠なんだよね……たまにマーヴに借りてたけど、あいつのも今日壊れたみたいで予備が無いらしくてさ。それに防具つけてないとさ〜ベラ先生以上に家森がうるさいじゃん?」

ああ〜〜〜!ダメダメ!私は慌てて首をブンブン振る。

「何だよヒイロ。ああ〜〜もう俺さぁ家森に怒られたくないんだよね〜〜怖いんだもん!この前はお前に先生のこと離すなよとか言っちゃったけど、俺からするとお前よくいつも家森と一緒にいるよな?何、お前らまじで付き合ってんの?」

「つ、付き合ってないよ。家森先生とは……先生とはね?」

あえて強調してあげたんだから気付いて〜!ベッドの中に潜む魔物に食われる前に。

しかし私の伝えたいことを分かってくれなかったのか、グレッグはニヤリとしてから言った。

「ああなるほどね!家森とは何もないけど……タラちゃんとはあるって感じ?」

「違うよ!ばか!もう他の人に防具借りて!」

「ちょっと待って!」

私がドアを閉めようとすると、彼はスタッズまみれのスニーカーをドアの隙間に入れて止めてきたのだった。

「うわ!な、なに?」

「……じゃあお金貸して。」

はあ!?

「無いよ。無理。本当にない。」

「え?だってお前作曲コンテストで賞金貰ったんだからあるでしょ?」

どこからその情報を得たんだよと思ったが、先日のクラス会議の前にベラ先生が誇らしげな表情でみんなに話していたのを思い出した。

そのコンテストで得たお金も今となってはもう本当に無いのだ……地上の往復チケットがそんなにも高額だとは思わなかった。

「それに関してはまだ無いの……本当に今月は無い。もう……何も無い。」

そうは言ったもののグレッグは口を尖らして私の言うことを信じようとしない。私としては早く、仲直りをしたばかりの彼の元に戻りたいんだけど……。

「じゃあ1万だけ「グレッグ、お金の貸し借りは規則に違反しますよ」

……。

ベッドから響いた低い男の声に、グレッグは顔を青ざめてから静かに玄関のドアを閉めた。

ガチャ

……。

私はベッドまで戻って、布団をめくった。まだ涙目の家森先生がそこにいて私を見た途端に両手を伸ばしてきた。ぐいと腕を引っ張られて、布団の中に誘われた。

目の前に眼鏡のない家森先生の顔がある。さっきより落ち着いたみたいだけど目が充血している。

「……すみません、グレッグ呼び捨てにしてて」

「いえ、あなたが謝ることではありません。後で彼に少し話をしますが。」

ああ……御愁傷様でございます。

「そうだ、さっき言ってた話ですけど、僕とって何ですか?」

「ああ……ふふ、ずっと一緒にいてくださいという話です。」

ぎゅっと抱きしめられた。布団の中で抱きしめられて熱い。彼の匂いも、私の頭を撫でてくれる感触も久々で懐かしい。

「そんなこと言われずとも一緒にいますよ?」

「ふふ。ではそれと、」

ん?

「僕のことをもう一度名前で呼んでください。お願い」

ええ?それはちょっと恥ずかしいよ……。

「ちょっとそれは何ていうか話の流れでそういう呼び方になった訳で……」

「二人の時にそうやって呼んでください、お願い」

家森先生は頭を撫でてきて、こめかみにキスをしてくれた。もう胸が苦しいくらいにキュンとする。

抱きしめられながら彼の首元に顔を埋めて、温かさと気持ちの良さについ目を閉じてしまう。

「うーん……分かりました。じゃあマリーともう授業中にくっつかないならそう呼びます。」

「ふふ、もう他の人となんかくっつきません。それと、」

「はい?」

「さっきPCで楽団に行きたいとかって言う文章を打っていませんでした?」

やばっ……あんなグチャグチャの涙目であんな刹那の瞬間でそこまで確認できてたんかい……私は正直に話す事にした。

「まあそうですね……はは。別に楽団に行くのが本当の望みとかって訳ではなくて……お金を得るためにどうにか働きたいと思って。」

「そうです!」

突然バッと家森先生が起き上がった。私もびっくりして体を起こして家森先生を見つめる。

「時の架け橋のチケットは!?あなたのお金ですか!?」

「あ……はい」

「ならば、地上での移動費、宿泊費は!?」

「はい……あ、でも2日目は秋穂さんが泊めてくれました。」

はあと家森先生が顔を覆った。

「コンテストの賞金があったとはいえ、よくそんなにお金出せましたね……ならもう食費どころか今年度の学費だって難しいでしょう?」

私は笑いながら首を振った。

「いやいやいや!幾ら何でも今年度分ぐらいはありますよ!まあ……学費は。はは。だから作曲でちょっとでもお小遣いを稼がないといけないので頑張ります。まあでも本当に足りなくなって窮地に陥ったら秋穂さんが……ふふっ、助けてくれるって言うもんですから大丈夫。」

「はっはっは!……それなら僕が助けるのとあまり変わりませんよ。もう食費だって無いのでしょう?生活費だって。母に変わり僕が全てを負担します。あなたは家森家の英雄ですから大切に扱わねば僕が母に殺されます。」

英雄と言われて嬉しいけれど生活費までは悪い……遠慮から私が首を振ろうとすると家森先生にガシッと頭を掴まれて止められた。

じっと至近距離で見つめられる。

「いいですね?物分かりの悪い子はお仕置きですよ?」

「えええ……じゃ、じゃあご助力お願いします。」

「分かりました。この後面談がまた始まりますが、それが終わり次第あなたが欲しいものを売店に買いに行きましょう」

「そんな、いいんですか?」

「構いません。そうしたいんです。お願い」

もう彼のその「お願い」には勝てないし、ありがたいお話なので受け取っておこうと思った。一緒に買いに行くところを出来ればマリーには見つかりたく無いけど。

ベッドから降りた家森先生が少しためらった仕草をした後に私の方を向いたので、私は何を話すのだろうと彼を見つめた。

「あと……出来れば、僕が施設に行く時あなたも一緒に来てくれませんか?」

ああ、和豊さんがいる施設か。私は微笑んで頷いた。

「はい一緒に行きましょう。」

「ありがとう。」

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