スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第84話 離れる

学園行きのバスに乗っているときに久々にメール画面を開いたら、未読が50件以上も溜まっていてちょっと学園に戻りたくなくなった。でも、それでも良かったよ……あの二人、仲良くなったんだから。でもそうなっても家森先生にはちゃんと謝ってほしいし、そんなんで償えないと思うけど。

私が学園の裏門のところでバスを降りて中に入ると、そこにはタライさんが引きつった顔で立って待っていた。

「お前!なんやねん!帰ってきたなら報告せえよ!大体何しにどこ言ってたんや!こちとら家森先生に疑われて詰問されてめっちゃ大変やったんやから……ああ!?」

私は歓喜のあまりタライさんを抱きしめてしまった。ほっそい体して全く!

「ありがとうタライさん!私はちょっとだけ役目を果たせました!本当にありがとう〜!」

「え?あ、ああ。そう?ん〜〜じゃあまあ頑張った甲斐あったわ!ああ、ヒーたんごめんな、俺実は他に好きな人おるねん。ごめんな本当に。」

平常運転のタライさんがそうは言いつつも抱きしめ返してくれてちょっと嬉しくて、更にぎゅうとする力を強めてしまった。その勘違いは後で訂正しよう。
そしてちょっと離れて口に人差し指を当てながら言った。

「地上に行ったの内緒にしてください。」

「それは無理やね。もう家森先生は知ってる。」

「あ!?なんで!?」

「あんなあ!そこに家森スペシャルがあって命乞いしない人間はおるんか!?俺は漫画の続きだってまだ読みたいし、ここでの生活も続けたいんじゃ!」

タライさんが頭をベシッと叩いてきた。

「まあそうですよね……まあ、後で話しておきます。」

「せやで。でもまあ無事に帰ってきてくれて良かったわ。さ、帰ろ。それとも家森先生の部屋寄るん?」

タライさんの質問に私は家森先生が一人にして欲しいと言っていたのを思い出した。携帯にはメールでどこにいるか聞いてくる内容のと心配するような感じのと居場所を教えろというのがたくさん届いてたけど、まだちょっと一人になりたいだろうし、私も疲れたし一旦部屋に帰ろう。

「いや、一回帰ります。」

「そっか。ほんならちゃんとみんなにメール返しといてよ?結構心配しとったんやから。」

「はい!」

私はタライさんと歩いて寮の方へ向かった。



*********



林の中からヒイロの様子を見ていた僕は項垂れた。彼女たちの会話こそ聞こえないが、行動が全てを物語っていた。

職員室でシュリントンが裏門のボタンを押したのを見つけた僕が足早にここまで来てみれば、何故か高崎が僕よりも早く裏門前で待っていて、仕方なく林の中から様子を見ることにしたのだが……まさかヒイロがバスで帰ってきて、その直後に高崎と熱い抱擁をするとは思わなかった。

しかもとびっきりの笑顔で。それに高崎もまんざらで無い様子で抱きしめ返した。そのあとにヒイロはしーっと、このことを内緒にしろという意味合いのポーズをしたのだ。

確かに、僕には内緒にしておいた方がいいことなのかもしれない。ああ、どういうことだ……いや、もう疲れてしまった。

それ程に疲れている。今は前向きにこの件を考えることは出来ない。……もう自分でも理解していたではないか。僕は頼りない、ユーモアもない男だ。彼女がそばにいてくれることこそ、奇跡だった。

その場から足早に去って、職員寮の廊下を歩いて自室についた。

いつもと違ってリビングは散らかっている。父と暮らす可能性が浮上してからというものの、気分がどうしても重たく感じて片付ける気にならなかった。

ああ。これ以上の苦しみがあるのだろうか。

その時、白衣の中の携帯が鳴った。

____________
ただいま帰りました。
ご心配おかけしました。
地上はちょっと
行ってみたかっただけです
明日のお弁当は
何がいいですか?
ヒイロ
____________

お弁当……などもういらない。彼女はもう、他の男のものなのだから。

____________
心配はしました。
お弁当は結構です。
お帰りなさい。
家森
____________

その後、どうして?というメールが来たが返事はしなかった。少し休む時間が必要だ。この問題、立ち直るにはかなりの時間が必要になる。

僕は寝室のベッドに横になった。


*********



返事なくなっちゃった。しかも弁当いらないってどういうこと。もしかしたら体調悪いのかもしれない。だったら遠慮せずにそう言ってくれれば良いのに。

私は自室のベッドに横になって、ふんふんと鼻歌を歌いながら携帯をじっとみていた。それまでメールが来ていたベラ先生やリュウに今戻りました、ごめんなさいと返事をした。

しかし家森先生はどうしたんだろう。今日は木曜だから会う日だけど、今日会うどころか、お弁当もいらないって……黙って出かけたことに対して怒ってるのかも。

じゃあ今あったことを正直にもう話す?でも、あのあと秋穂さんたちがどうなるかまだ分からないし、仮の段階で話しても変に希望を持たせてしまうようでアレだし。

やっぱりきっと連絡なしで出かけたから拗ねてるんだ。そうに違いない。

……でもちょっと直接謝りに行こうかな。気になるし。そう決めたベッドから降りると私は部屋を後にした。

校庭を抜けて校舎の裏口から出て、林の砂利道を通って職員寮へ行く。もう何度目の職員寮か分からない。

2階に上がって、家森先生の部屋のチャイムを押した。


……あれ?

もう一度押した。

カタカタ……ガチャ

なんの音だろうと思ってるとすぐにドアが開いたが、そこにはチェーンがかけられていた。

え?

「ど、どうしてチェーンですか?」

「どうしてかけてはいけませんか?」

ドアの隙間から覗く家森先生は冷たい視線をこちらに向けている。ああその表情、秋穂さんにそっくりだ。そう思うと微笑んでしまった。

「楽しそうですね。羨ましい。何ですか?幸せを分けに来てくれたという訳ですか?」

「ど、どうしたんですか……?いやちょっと、心配になってきました。お弁当いらないって仰るので。」

ちょっといつもより敬語になってしまった。それほどに今の家森先生は何だか怖い。

「心配だったから?よく言いますね」

「え?」

はあ!と思いっきりため息を家森先生が吐いた。怒ってる?

「僕が、僕が悩むのは僕の勝手です。家族のことはあなたに関係ありません……しかし、何もこんな時に、高崎と仲良くして……いえ、それも関係ないことでしたね。そうやって高崎と仲良くでも何でもすれば良い!僕は……これからマリーと仲良くします。」

え……何で?まあ、別に……お付き合いしてる訳じゃないし、彼女の方が美人なのは分かってたから仕方ないことなのかもしれないけど、かなりショック。

ドアの隙間からひどく私を睨む先生を、私はしょんぼりしながら見つめた。

「そんなに私タライさんと仲良くしてます?最近はお互い約束もあるので、近づかないようにしてますよ?」

「してましたよ。今日裏門で。あんなに笑顔でハグをして、二人でコソコソ僕に隠れて行動して。さらにあなたは内緒にするような仕草もしていました。僕の目は間違っていますか?」

げっ、アレを見られてたし誤解してるっぽい……でも確かに、ハグしちゃったもんな……やらないって言ったのに、つい嬉しい気持ちがあってタライさんに抱きついてしまった。そういう意味じゃないのに。

「ほら図星でしょう?ですから僕も今度からあなたではなくマリーやカリーナをハグします。あなたは薄情者のようですから、僕だってあなた以外の僕に愛情を持ってくれる誰かを抱きしめたい。」

「はぁ!?」

薄情者!?何でそこまで言われなきゃいけないのかね!私は頭に血が上ったし、右手から紅いヒビがバキバキと生えた。

「ああそうですか!そう思って、そうやって引きこもってれば良いですよ!もう知りません!マリーとでも何でも好きに仲良くすれば良いじゃないですか!もう知りません!」

「二回言わずとも聞こえていますよ……それは良かった、僕ももうあなたには会いたくありません。この職員寮から早く出て行ってください。」

何を!?そこまで言う!?

私はこんな人のために、地上まで行って、海上のピアニストの賞金も使い果たして頑張っていたのか……もう自分が情けなくなって、涙目になりそうで、その場から駆け出した。

ちょうど良い。明日は実戦の授業だし、一度も目を合わせないでタライさんの背中にでもずっと隠れていよう。

職員寮の1階に着いた時、ふと目に入った201のポストに私はリュックからお弁当用の財布を取り出してぶち込んだ。

そのまま学園内をダッシュして自分のボロい部屋に戻った。

何も食べたくない。もう飲みたくもない。
むしゃくしゃして仕方ない。紅いヒビは顔にまで広がった。

じっと目を閉じて、床に体育座りして泣いた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品