スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第80話 地上へ

ギリギリ終了時間前に市役所の時の架け橋の往復チケットをほぼ全財産を使って購入した後に、急いでタライさんの待ってる駐車場へ走った。

タライさんは車のボンネットに座りながらタバコを吸っていて、私を見かけるとおーと声をあげた。

「長かったやん「イスレ山!イスレ山に向かって!」

ガチャっとドアを開けて勢いそのままに座席に座りこんで、シートベルトをカチッとはめる。私のその様子を見ていたタライさんも慌ててタバコを携帯灰皿に入れて車に乗り込んできた。

「なんで!?ま、ま、まさか地上行くん!?一人で!?そんなのあかんて!」

「良いからァ!」

私が怒鳴ると、タライさんがハイッと女性のような声で応えてアクセルをぐっと踏み込んだ。

空を超特急で飛んでいく車。タライさんは運転しながら聞いた。

「地上行ってもあんた何も知らんのやろ?電車とかバスとか!」

「その辺の人に聞くから大丈夫です!あ、でもお金……」

「お金はここの世界のと一緒や。」

え?そうなの?

「まあこの世界は日本の企業が作ったとこやし。でも万が一日本から出たら言葉も通貨も違うからな?ほんで時の架け橋出た先は日本の原宿あたりやから。」

「ちょっと待って!」

私は揺れる車内で震えるペンでソフィーからもらった花柄ノートに書き込む。

「あんたそれも知らないの!?そんなんで一人で行ったらあかんて!」

「いくから!大丈夫だから!」

原宿、東京、国分寺……やたら地名が出てくるけど、そんなに街がたくさんあるのか?そんな訳ないよね?しかしもう行くしかないのだ!秋穂さんを連れてくるんだ!

「はあ!……なんでまた急にそんな事になったんか知らんけど、ってことはアンタ明日休むんやろ?ベラ先生に聞かれたら俺なんて言えばええの?」

タライさんの質問に、あっとペンが止まってしまった。

「……ちょっと急用があると。」

「それで納得すると思う?特に俺の担任が。明日は水曜やろ……まあグリーンクラスはあのお方の授業は無いようやけど、お弁当だってあるしどうすんの?」

「……じゃあ、何処かに行ったってはぐらかして。」

「ええ?まじで俺自信ないで?……家森先生に隠し通せるかわからん。」

「大丈夫ですって!この前二人で街に行った時だって平気で嘘ついてたじゃないですか!」

私の言葉にタライさんは、まあと言葉を漏らした。

「タライさん」

「ん?」

「この世界に帰って来た時にまた連絡したら、イスレ山まで迎えにきてくれますか?」

「ええよ。別にそのつもりやったし。」

「やった!ありがとうございます!」

私が微笑むとタライさんが、いいえーと言わんばかりに口を尖らせた。それに、理由を何も言わなくても協力してくれて本当にありがたかった。



しばらく車を走らせて漸くイスレ山というでっかな山に着いて、ロープウェーで山頂までタライさんと行った。山頂には大きな円形の土台からまばゆい光の柱が空を突き抜けていてそれはもう壮大な景色だった。

周りには衛兵さんが立っていて、私がチケットを渡すと通してくれた。タライさんは離れた場所で見守っている。

「何かわからんことあったら誰でも良いから聞くんやで!地上に行ったら学園の携帯は繋がらんからな!」

「分かりました!タライさん本当にありがとうございます!」

私が手を振ると彼もまた手を振ってくれて少し安心した。衛兵さんの指示に従って光の中に歩みを進めると、すぐに私の体はブワッと宙に浮き始めた。初めての無重力体験に、つい手足をバタバタさせて慌ててしまう。

「おおおおおっ!?うおおおお!」

「アッハッハ!おかしー!これ観れただけええわ!」

まるで水面でもがくムシのように宙で四肢を動かして慌てふためく私を見て、タライさんがゲラゲラと笑い転げている……そんなに笑うのなら、さっき礼なんて言うんじゃなかった。

もう空を突き抜けて私の体がまっすぐに上昇していく。夜空の藍色から、どこ見ても真っ黒の世界に来てしまって、少し怖くて目を閉じてしまった。


ドサッ


「いてぇ」

ちょっとやんちゃに呟いてしまったが、どうやら地上に来たようだ。空気の匂いに嗅ぎ覚えがある。最初にタクシーに乗ってた世界だ。

気がつけば地面にうつ伏せになっていたこの場所は草むらだった。ここは公園っぽい。見渡せば遊具や公衆トイレが見えた。それにしてもガヤガヤと音がすごい。こんなに騒がしい世界なんだ……もう22時なのに。

「22時!?やばい!」

そうだよ!電車出てないんじゃ……私は慌てて公園を出て、とにかく早歩きで移動した。

公園から出ると道路には車が何台も並んでいて、ピカピカと街灯なのかよく分からない機械が赤だの青だの忙しく光っていた。あ、それに合わせて車が動いているのだと分かった。そうか、この世界の車は空を飛ばないんだな……。

駅のような建物が前方に見えたので道路を横断しようと思うけど、怖い。どの車も止まろうとしてくれないのだ。するとちょっと向こうの方で人々が立ち止まって道路を横断しようと待っているのが目に入った。

私も近寄って並んだ。ピッピポーという音がなると人々はシマシマ模様の道を皆が歩き始めた。なるほど、この世界の住人は色々なマークやライトで秩序良く移動するんだ。もうちょっと勉強してからくればよかったが今回は時間がない。

そしてなんとか駅に着いた。22時とは思えないぐらいに賑わっているし、まだ電車もあるようだ。この世界の人はこんな時間になっても元気だな。

そしてここで列車を待てば良いのかな。どうしよう。東京駅ってどこ?ここは原宿?そうだ、柱のところで携帯いじって待ってる女の人に聞いてみよう!

「すみません、東京駅ってどこですか?」

「は?」

そう行って彼女は去って行った。ピキッとヒビが入りそうだったけどなんとか堪える。そう、この世界では魔術は禁止だ。

どうしよう、誰かに聞けばどうにかなると思ってたけどそんな冷たい感じに答えられるとは思ってもいなかった……と、とにかく電車に乗るにはチケットが必要だよね。そうだ、それを手に入れよう!

そしてチケットを買おうと思ったけど、販売してる駅員さんの姿が見えないので困った。どうしようか、じっと人々の様子を見ていると何人かが機械のボタンを押して何かを買っているのが目に入った。そうか、どうやらその機械でチケットを買うんだ。でもどうしよう。ボタンが多すぎて無理。

そう思ったら改札のところに駅員さんがいるのを発見した。私は駆け寄って、聞いた。

「すみません!東京駅まで行きたいんですけど!」

「東京駅までですか?」

「あ、でも国分寺駅に行きたいんです!」

「それなら新宿から中央線に乗ったほうが早いですよ。」

新宿?……和豊さん違うじゃん。私はノートに新しく書き込んでいるとそれを見ていた駅員さんが私が異界のものだと気付いたようで、乗り方を説明してくれた。

「お姉さん、外国の方ですか。じゃあスイカ買ってチャージするといいですよ。それなら切符を買わなくて済みますから。」

「スイカ?チャージ」

何それ、果物?果物を溜めるのだろうか。すると駅員のお兄さんがカウンターからカードを取り出して見せてくれた。なるほど、スイカって書いてある。

「これにお金を入れといて改札通れば楽だから。」

なるほど、これに運賃を入れておくのね!もう難しすぎ!私はとりあえず5000円を渡してチャージしてもらった。駅員さんにお礼を言って早速カードを使い、改札内に入る。

新宿に向かうんだけど……どこに向かえばいいんだろう。地下世界の電車は街から深淵の地へ向かう地下鉄の一種類しかないけど、どうやら路線図を見る限りこの世界の鉄道の種類は……あれ路線図かな?そうだよね?嘘でしょ?何あの時限爆弾のコードみたいなやつ。

ああもうあかん。もっとタライさんや和豊さんに詳しく聞いておくべきだった。そう後悔した時だった。

「新宿方面行きの電車が発車します〜」

あ!ナイスなタイミングでアナウンスが流れてきたので、私は音のする方に走って行った。

ギリギリその電車に乗ることが出来たが、何故か周りの人が私のことをチラチラ見ている。ああ、髪の色が赤いからか。そんなのたまにいるじゃん。きっとどこかに!

それにしても人の数がやばい。もう22時すぎているのに……と今日何回思うんだろう。とにかくこの世界の人々は夜なのに元気だなとちょっと考え事をしていると、すぐに新宿に着いたので電車を降りた。

また路線図を確認した……よし次はオレンジの中央線で国分寺だ。そこに秋穂さんがいるのだから頑張ろう。

ホームの階段を意気揚々と降りた後、すぐに私の士気がだだ下がった。もうめちゃくちゃだ。何がめちゃくちゃかって、もう階段と通路だらけだ!ここはラビリンスか!?あああ!どうしよ!人は多いし階段も多い、電車の数も多い!もう終わったかもしれない。帰り方だって分からない……。

不安MAXな状態でキョロキョロしていると、私の側を通った一人のおじさんが声をかけてきた。酔っているのか頬が紅い、スーツの人だ。

「お姉さんどこの人〜?」

「え?えっとブラウンプラント……」

「知らない国だなぁ、おじさんは立川に帰るよ〜ん!」

何だろう……どうしよう……

まあ、さっきの女性みたいに冷たく反応されるよりは、このおじさんの方がいいや。折角なのでおじさんに聞いた。

「中央線で国分寺に行きたいんですけど、どこに行けばいいですか?」

「ああそうなの!?俺立川だから国分寺は途中駅だよ〜一緒に行こう!」

おじさんは慣れた様子でスタスタと歩き始めた。ら、ラッキー!幸いなことに同じ方面に向かうとは!一気におじさんの株が上がった!

現地の人はすごいな、こんな複雑な場所を何の迷いもなく歩くのだから。でも、逆にこのおじさんがセントラル街に来たら迷子になるんだろうな。

「この電車ね〜オレンジのね〜」

「はいはい」

なぜか軽くあしらってしまったが無事に正しい電車に乗ることが出来た。人が多くて座れないし、また髪の色で注目を集めてしまったけど、順調に目的地に向かう事が出来て良かった。おじさんと同じ手すりに捕まって立っていてちょっと目が合うと、おじさんが話しかけてきた。

「お姉さんはどっから来たの?どこの駅にいたの?」

「えっと……原宿駅。」

「ああそうなの。日本は初めて?」

「初めてです。」

「でも日本語うまいね〜」

おじさんのろれつが回ってない言葉を周りの人が聞いてたのかちょっと笑ってる。そうだ、私はデニムパンツのポケットからパンフレットを取り出して彼に聞いた。

「この研究所知ってます?」

おじさんは目を細めながらじっと見てきた。

「ん〜知らないなぁ。」

「そうですか……」

私はパンフレットをポケットにしまった。そうか、その研究所は別に有名ってわけじゃないんだ。

それからもおじさんの娘と息子の喧嘩の話を聞いている間に、あっという間に国分寺についた。

おじさんに礼を言って駅に降りた。この駅では結構他の人も降りていた。電車で移動するぐらいに広い街なのにどこに行っても人で賑わっている。世界は広いと感じてしまう。

改札を出ると流石にお店は閉まっていてちょっと静かな雰囲気になった。懐中時計を見ると23時半だった。これではきっと研究所に行っても秋穂さんには会えないだろう。

私は駅のすぐ近くでホテルを見つけると、そこに泊まることにした。ちょっと宿泊費が張るけど、来月の食費を家森先生との弁当だけにしてしまえば大丈夫だ。野宿は怖い。

私はやっと辿り着いたホテルの室内から街の風景を眺めた。ここは家森先生が生まれ育った場所なのか。タライさんやリュウだってこの世界から来たんだ……そう考えるとちょっと感動した。


*********



職員室に入った途端にベラが、ねえと僕に声をかけてその大きな手で僕の腕を握ってきた。見れば僕の斜め前の机ではシュリントンがじっと俯いて考え事をしている。朝から一体何が起きたのか。

「おはよう家森くん。ヒイロの事だけど、何か分かる?」

「おはようございます……ヒイロの事とは?」

机にカバンを置きながら聞き返すと、ベラが首を傾げた。

「今日ヒイロ休みらしいのよ。」

「え?」

ヒイロが休み?僕は頭の中が疑問でいっぱいになって、ベラの方へ体を向けて聞いた。

「その訳は?」

「だからわからないのよ。でも今朝ジムに行った時に高崎くんがそう言ってて、特別理由も話そうとしないし。とにかく何かあったんじゃないかって思って、あなたにも一応聞いたのだけれど。知らないのならいいわ。ヒイロだって休みたい時もあるのよ。」

それはそうなのだろうが、彼女が休むなんて。一体何があった……?確かに昨日は真一が来ていて、僕の家族の話をして、その後ヒイロを帰らせたが……その後に何かあったのだろうか。僕は気になってしまい、彼女にメールすることにした。

____________
本日休みということですが
その理由は何ですか?
昨日僕があなたを帰らせた
ことと関係ありますか?
お返事願います
家森
____________

メールを送ったが、特に返事はない。もしやまた重たくなってしまっただろうか、その具合がいまだによく分からない。仕方ないと僕は授業の準備をしようと思って机のファイルを取り出しているところだった。

コンコン

ノック音がして近くの席のベラが席を立ち、職員室のドアを開けた。

「あら高崎くん、どうしたの?」

「さっきはどうもです、ベラ先生。これ昨日出し忘れた課題です〜」

ベラは高崎の課題を丸めてからそれで彼の頭をパコンと叩いた。

「もう大人なんだから期限ぐらい守りなさい!」

「いっタァ!ごめんなさい〜」

「ねえ高崎くん、さっきは何も言ってくれなかったけど、ヒイロは体調でも崩したの?」

「え」

ベラの質問に高崎がギクッとした表情をした。ん?もしや何か知ってるのか?

僕も立ち上がって彼らの方へ向かう。僕が向かってきたことを知った高崎のひたいから汗が流れた。

「僕は何も知りません……ただヒイロが休みたいということを伝えてくれと言ってたもんですから……そういうことです。」

「理由は言えないってわけね。」

「言えないというか……えっと、僕も知らないんですわ実は!そうそう!知らないんです!」

急に高崎が元気になって首を振って拒否をした。休む理由を誰にも言わないとは、ヒイロは全く何をしている。

「仕方ありません、僕がグリーン寮に行って確認してきます。」

「あ、あかん!ヒーたんはちょっとあかんです!今ちょっと……アレ、アレやから!」

「何よ?」

高崎がタラタラと額から汗を流しながら、ベラと僕から疑いの視線を受けている。

「と、とにかく、今日は休みってことで!先生方もそれが分かってるんやからそれでええでしょ?」

「まあ……連絡があったのだからいいけれど。」

ベラが困惑した目を僕に向けてきた。僕もまあ、と頷く。

「それじゃあ、俺は失礼します〜また授業で。」

ガラッと高崎が出て行った。

僕はもう一度白衣のポケットから携帯を取り出して確認したが、彼女からも誰からもメールは届いていなかった。もう一度だけ、彼女にメールを送ることにした。

____________
少し心配です。
返事して
家森
____________

はあとため息を吐いて、僕は席に座ってファイルを開いた。

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