スカーレット、君は絶対に僕のもの
第72話 混乱するタライ
テストも無事に終わって今週からはテストの返却期間だ。そしてついに……家森先生に会うことが出来る。
テストの時は教壇の方を見ても家森先生はじっと本読んでばっかで私のことは一度も見てくれなかったし……もしかして、最近定期的に会ってるからちょっとぐらい私に会わなくても平気になっちゃったのかな。それは困る。そんな強さいらない。
自分の部屋で@アークという学園専用のサイトのマイページに表示された前期テストのスコア欄を一通り見たけど赤く光ってる点数は無かった。もし赤点だったら点数が赤く光るらしい。さっき廊下の向こうからグレッグの悲鳴が聞こえてきたから、きっと彼はそうだったに違いない……あらま。
今日の夜は静かだ。隣の部屋のマーヴィンのくしゃみや笑い声が聞こえてこない。何故なら今、彼はお父さんと共にベラ先生と教室で面談中だからだ。
テスト期間が終わったから家森先生に会えるなんて思ってたけど、そう言えば今週は面談週間だから彼はとっても忙しいんだと言うことにさっき気付いた。
ああ、また会えないのか。メールは出来るけど、それじゃあちょっと物足りないなんて……ここまで好きになってしまってる。そんなふうに考えていると携帯が鳴った。
____________
ごめんなさいヒーたん
今日は19時まで
ぎっしりと面談の予定で、
その後は資料を
まとめなければならない。
お会い出来そうにない。
家森
____________
まあ今日は月曜なので元々会う予定じゃなかったけど……何も誘ってないのになんで謝られたのかも謎だけど。でも、会いたいと思っててくれてたのは嬉しい。
それによく考えればブルークラスは一番人数が多いので家森先生も大変だろうということだった。私は少し考えて、返事を送ることにした。
____________
分かりました。
お身体気をつけてください
ヒイロ
____________
なんかちょっと違ったかな……まあいいや。彼の忙しさが少し心配なのは事実だからそのまま送るとすぐに返事が返ってきた。
____________
ふふ、ありがとう。
あまり優しくされると
キスしたくなる。
最近ずっとあなたに
会えていないから、
次会った時に僕は
もう優しく出来ない。
ん。次の生徒が来たので
また後ほどメールします
家森
____________
教室で携帯いじってたのね……。確かに時間的にはまだ面談の最中だからそうなのかもしれないけど。教室でそんな熱い文章を打ってる家森先生を想像すると少し笑えた。
まだメール出来るだけいいのかもしれない。でも……これがずっと続くと辛いものがある。家森先生が遠距離は嫌だと言ってくれるけど、私もそう思えてきた。楽団は無理っぽい。
するとまた携帯が鳴った。誰だろう、タライさんかな?と思って片手で操作してメールを開く。
____________
こんにちはスカーレット
コンテスト大賞おめでとう
私の名はダスティ。
レストランで君の演奏の
虜になったおじいさんだよ
覚えてるかな?
今度、うちのマネージャー
ドロシーと会ってほしい。
ドロシーという名だが、
彼は男性だよ。
君は学生さんと聞いたから
夏休みにでも、そうだ。
担任の先生も一緒でもいい
どうか彼と会ってくれ。
よろしく。
ダスティ
____________
あ。あの時レストランで名刺くれた優しい微笑みと白いひげのおじいさんだ。結局その名刺に書いてあったメアドには連絡しなかったけど、どうにか私のメアドを……多分コンテストの関係者経由で入手して送ってきてくれたんだ。わお。私は感謝と了解を伝える返事をしてベッドに横になった。
なんかちょっとづつ環境が変化していく気がする。人生ってこういうものなんだろうか。まだ私としての人生は7ヶ月だから、たまに展開についていけない気がしてしまう。
目まぐるしくて不安になる時もあるけど、でも変わらずにいてくれる人たちだっている。そう考えれば……ちょっと安心できる。
ハックしょ!
……返ってきたか、マーヴィン。おかえり。あとお父さんもまだ一緒なのか話し声が聞こえる。
「全く、お前うちのクリーニング屋継ぐんじゃなかったのかよ?」
「知らねえよ!継ぐとは言ってないだろ!俺はまだちょっと……有機魔法の勉強やりてえよ」
「あ!?有機魔法って薬草とかだろ?染料なら俺の方が詳しいってんだ。いいかうちには子どもはお前しかいないんだからお前……なあ頼むよ。」
……なるほど。こうまで話し声が鮮明に聞こえるか。それはそれはマーヴィンいつもごめんね。しかし彼は有機魔法学をまだ勉強したいんだ……なら続けるのが一番いいと思うけど。
「そうは言っても俺、ポーション作るの好きだから。調合師になりてぇ……」
確かにいつも有機魔法学基礎のグループ授業の時に、ポーションの調合を真剣な表情をしながらやっている彼なら向いてる気がするけど、お父さんは反対なのかな。
「はあ!だから言ってるだろ!後継お前しかいないの!調合師はダメ!」
何それ……私は壁に向かって言った。
「お父さんはどうしてクリーニング屋になったんですか?好きでそうしたんですか?」
「あ?誰だ?隣か?まあいいや……そうだよ!俺は店を持つのが夢だったんだから。」
あ、返事きた。じゃあ私も返そ。
「じゃあお父さんの夢叶ってますよ?今度はマーヴィンの夢ですよ?マーヴィンにはしたいことがあるんですよ?それって素晴らしいことです。私なんか……まだこれからどうしたらいいか分からない。どうしよ。」
「……そりゃあやりたいことあるって大事さ。まあ、だから……お姉さんもそのうち見つければいいじゃねえか。まあそうだな。確かにそう考えれば、マーヴはしっかりと将来を考えてるってことだもんな。そうか……。でも少し、少しの間でいいから俺の店を手伝ってくれ。俺は実は、自分の店をお前とやりたいってお前がまだ小さいころから思ってたから。それが俺の今の夢だったから。」
ああそうだったんだ……だから譲らなかったんだ。
「まあ……将来は俺も薬局持ちたいし、店の経営の仕方とか知りたいから、少しの間なら手伝えるよ。親父。」
「おお、そうか……そうしてくれるなら俺だってお前のこと応援しないとな。やった!」
「はは……はは……」
何その薄ら笑い。でもよかったねマーヴィン。ああいいなぁ……やりたいことって何?作曲かなぁ。
「ところでお姉さんもお父さんと面談したのかい?」
「おいやめろよ」
マーヴィンが気を遣ってくれた……多分私の家庭事情を聞いたのかすぐに、すまねぇとマーヴィンのお父さんの声が聞こえたので私は返事した。
「大丈夫です。面談は明日でーす。今からやりたいこと考えまーす。」
そっか、と二人の声が聞こえたところで我々の壁を隔てた会話は終了した。奇妙なやりとりだったけど少し親子って言うものが分かった気がした。
*********
食堂でPCから成績を確認する俺。案の定、専攻科目の有機魔法学の点数が赤く光ってた。
「あかーん……なんでやねん!」
ぜっっったいにあのお方、俺のことが個人的に気に食わないから俺のテストの点数だけ、赤くしてるよ。
だって俺78点取ってるんやで?そんなん平均点以上やんか。個人的に夏休みに補習受けて欲しいから、わざと赤く光らせたに違いない。もういっつも何点取っても赤にするもんな家森先生……なんなんあの男。
俺の夏休みを返せよとため息をはきながら背中を椅子に預ける。あーあ。彼との面談は金曜か。もう思い切って専攻辞めたいって言おうか、そうしたらこの謎のいじめをやめてくれるんかな。もう分からん。
俺もヒーたんみたいにベラ先生のクラスがよかったわ……。うん、彼女のことを考えるとそれだけで最近はちょっとにやけてしまう。一人でアホみたいやけど。ふふ。
テスト期間中だって、実は毎朝ジムで会っていた。あかんちゃいます?って何度も聞いたけど彼女は、そうは言ってもジムくらいいいじゃないの、でもこれ以外のことで校則を破らないでねって言ってくれた。
そうなるとなんか……彼女と秘密を共有する怪しげな関係になれたみたいで俺は嬉しかった。
彼女の話を聞くと家森先生は律儀にヒーたんに会うことをせずに、連絡も取らずに規則を守ったらしいけどな。まあそうやろね、家森先生がこの学園で一番ルールに厳しいんやから。ヒーたんも大変なお方に好かれとるわ。気づいてんのかな、あの子。
俺はPCを閉じた。親御さんを連れた生徒達で賑わう食堂で、一人コーンスープをお代わりしようと立ち上がると背中をトントンと叩かれた。
振り向くとマロンブラウンの髪がさらっと揺れるマリーちゃんがそこに立ってた。
「ねえ高崎さん、私と協力しない?」
「ええ?何の話?」
俺はまた椅子に座り、マリーは俺の目の前に座った。少し照れた表情をした彼女は俺と目が合うとまたツンとした表情に戻った。
「私は家森先生が好き。高崎さんはヒイロが好きでしょ?協力して。」
ああそっち系の頼みね……俺はそれどころやないの。
「それがさー聞いてくれる?」
俺は座り直す。マリーも身を乗り出してテーブルに両手を置いた。
「何です?」
「それがさーなんか最近俺おかしいねん。ふとした時にあの人のこと考えてまうし、胸がドキドキして食欲が出ないねん。」
そう、昨日の夕飯やってポテトサラダしか食うてへん。今夜だってこのコーンスープでいっぱいいっぱいや。こんな気分になるなんてな。俺は続けた。
「胸がドキドキとかそんなことは今までも確かに何度かあった。でも食欲出ないまでに誰かのこと考えたことは無くてさ。」
「そ、それは分かるけど……私も彼に対してそうだから。」
「あーやっぱり?ヒーたんはうらやまやわ……好きな人と両想いでさ。」
「うん……」
マリーが俯いた。まあ当たり前やけど、あんたもそれほど家森先生が好きなんやね。
「あんたもええやん。もし家森先生とヒーたんがケンカしたって、あんたにはチャンスあるもん。」
マリーが俺を見る。
「ええ?そうかしら?……もしそうなったら家森先生私を選んでくれる?」
「そりゃそうよ。女やし可愛らしいもん。俺かてあんたみたいに可愛らしい女になりたい……性別の壁が辛いねん。」
そう。それがいちばんの悩みや。もう一度マリーを見ると彼女はちょっと怪訝な表情をしていた。
「……もしかして家森先生のこと好きになったの?」
「ぶっ!?なんでやねん!ちゃうわ!オエエ!」
何でそうなんねん!想像もしたくないわ……ツッコミでマリーの肩をベシッて叩いたついでに俺は立ち上がって、叫んだ。
「あああ〜!俺もうあかーーーん!」
「あっちょっと!」
俺はトートバッグをぎゅっと胸に抱きしめながら食堂から駆け抜けていった。
校庭を全力疾走俺。どうしたんほんまに俺。
情緒がコントロール出来ないもん。アハァーン……。
せや……味方を作ろう!それいいやん!
俺はまっすぐにグリーン寮に突入して階段を一段抜かしで登ってささっとあいつの部屋のドアを叩いた。鍛えてるおかげか、身のこなしが良くなってきたわ。
ガチャ
「なぁに?」
赤いボッサボサの頭で、いつものヨモギTシャツにショーパンのヒーたんがそこに立ってた。俺はズカズカと部屋の中に入る。
「ヒーたん入れて!」
「入れてってもう入ってるし……い、今?」
「いいからいいから!もう敵わんねん!」
俺は玄関のドアを閉めて、スタスタと移動してテーブルのところの椅子に座った。テーブルにはPCが置いてあった。作曲ツールの画面がチラッと見えた。
「俺最近さ、食欲もなければ胸も痛くて……辛いねん。」
「ええ?体調不良?大丈夫ですか?家森先生診てあげてください。」
「え?」
気づかんかったけど確かに、彼女のボロいベッドの上に家森先生が座ってはった。しかも見た事ないドラゴンハンターの上下セット着てる……な、何なんその服装。笑っていいの?いけないよね。堪えろ俺!
彼はこっちを一度チラリと見てから膝の上にPCを乗っけて作業し始めた。
「……気分によるものでしょう。そのうち良くなりますよ。」
俺は椅子をもう少しベッドのそばに寄せて座り直した。ヒーたんもベッドに座っている。
よく見たら、ベッド脇の本棚には家森先生の懐中時計と白衣といつもの紳士的な服装セットが畳まれて置いてあった。テスト期間が終わった思ったら、早速お泊まりすんのかい。
テストの時は教壇の方を見ても家森先生はじっと本読んでばっかで私のことは一度も見てくれなかったし……もしかして、最近定期的に会ってるからちょっとぐらい私に会わなくても平気になっちゃったのかな。それは困る。そんな強さいらない。
自分の部屋で@アークという学園専用のサイトのマイページに表示された前期テストのスコア欄を一通り見たけど赤く光ってる点数は無かった。もし赤点だったら点数が赤く光るらしい。さっき廊下の向こうからグレッグの悲鳴が聞こえてきたから、きっと彼はそうだったに違いない……あらま。
今日の夜は静かだ。隣の部屋のマーヴィンのくしゃみや笑い声が聞こえてこない。何故なら今、彼はお父さんと共にベラ先生と教室で面談中だからだ。
テスト期間が終わったから家森先生に会えるなんて思ってたけど、そう言えば今週は面談週間だから彼はとっても忙しいんだと言うことにさっき気付いた。
ああ、また会えないのか。メールは出来るけど、それじゃあちょっと物足りないなんて……ここまで好きになってしまってる。そんなふうに考えていると携帯が鳴った。
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ごめんなさいヒーたん
今日は19時まで
ぎっしりと面談の予定で、
その後は資料を
まとめなければならない。
お会い出来そうにない。
家森
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まあ今日は月曜なので元々会う予定じゃなかったけど……何も誘ってないのになんで謝られたのかも謎だけど。でも、会いたいと思っててくれてたのは嬉しい。
それによく考えればブルークラスは一番人数が多いので家森先生も大変だろうということだった。私は少し考えて、返事を送ることにした。
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分かりました。
お身体気をつけてください
ヒイロ
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なんかちょっと違ったかな……まあいいや。彼の忙しさが少し心配なのは事実だからそのまま送るとすぐに返事が返ってきた。
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ふふ、ありがとう。
あまり優しくされると
キスしたくなる。
最近ずっとあなたに
会えていないから、
次会った時に僕は
もう優しく出来ない。
ん。次の生徒が来たので
また後ほどメールします
家森
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教室で携帯いじってたのね……。確かに時間的にはまだ面談の最中だからそうなのかもしれないけど。教室でそんな熱い文章を打ってる家森先生を想像すると少し笑えた。
まだメール出来るだけいいのかもしれない。でも……これがずっと続くと辛いものがある。家森先生が遠距離は嫌だと言ってくれるけど、私もそう思えてきた。楽団は無理っぽい。
するとまた携帯が鳴った。誰だろう、タライさんかな?と思って片手で操作してメールを開く。
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こんにちはスカーレット
コンテスト大賞おめでとう
私の名はダスティ。
レストランで君の演奏の
虜になったおじいさんだよ
覚えてるかな?
今度、うちのマネージャー
ドロシーと会ってほしい。
ドロシーという名だが、
彼は男性だよ。
君は学生さんと聞いたから
夏休みにでも、そうだ。
担任の先生も一緒でもいい
どうか彼と会ってくれ。
よろしく。
ダスティ
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あ。あの時レストランで名刺くれた優しい微笑みと白いひげのおじいさんだ。結局その名刺に書いてあったメアドには連絡しなかったけど、どうにか私のメアドを……多分コンテストの関係者経由で入手して送ってきてくれたんだ。わお。私は感謝と了解を伝える返事をしてベッドに横になった。
なんかちょっとづつ環境が変化していく気がする。人生ってこういうものなんだろうか。まだ私としての人生は7ヶ月だから、たまに展開についていけない気がしてしまう。
目まぐるしくて不安になる時もあるけど、でも変わらずにいてくれる人たちだっている。そう考えれば……ちょっと安心できる。
ハックしょ!
……返ってきたか、マーヴィン。おかえり。あとお父さんもまだ一緒なのか話し声が聞こえる。
「全く、お前うちのクリーニング屋継ぐんじゃなかったのかよ?」
「知らねえよ!継ぐとは言ってないだろ!俺はまだちょっと……有機魔法の勉強やりてえよ」
「あ!?有機魔法って薬草とかだろ?染料なら俺の方が詳しいってんだ。いいかうちには子どもはお前しかいないんだからお前……なあ頼むよ。」
……なるほど。こうまで話し声が鮮明に聞こえるか。それはそれはマーヴィンいつもごめんね。しかし彼は有機魔法学をまだ勉強したいんだ……なら続けるのが一番いいと思うけど。
「そうは言っても俺、ポーション作るの好きだから。調合師になりてぇ……」
確かにいつも有機魔法学基礎のグループ授業の時に、ポーションの調合を真剣な表情をしながらやっている彼なら向いてる気がするけど、お父さんは反対なのかな。
「はあ!だから言ってるだろ!後継お前しかいないの!調合師はダメ!」
何それ……私は壁に向かって言った。
「お父さんはどうしてクリーニング屋になったんですか?好きでそうしたんですか?」
「あ?誰だ?隣か?まあいいや……そうだよ!俺は店を持つのが夢だったんだから。」
あ、返事きた。じゃあ私も返そ。
「じゃあお父さんの夢叶ってますよ?今度はマーヴィンの夢ですよ?マーヴィンにはしたいことがあるんですよ?それって素晴らしいことです。私なんか……まだこれからどうしたらいいか分からない。どうしよ。」
「……そりゃあやりたいことあるって大事さ。まあ、だから……お姉さんもそのうち見つければいいじゃねえか。まあそうだな。確かにそう考えれば、マーヴはしっかりと将来を考えてるってことだもんな。そうか……。でも少し、少しの間でいいから俺の店を手伝ってくれ。俺は実は、自分の店をお前とやりたいってお前がまだ小さいころから思ってたから。それが俺の今の夢だったから。」
ああそうだったんだ……だから譲らなかったんだ。
「まあ……将来は俺も薬局持ちたいし、店の経営の仕方とか知りたいから、少しの間なら手伝えるよ。親父。」
「おお、そうか……そうしてくれるなら俺だってお前のこと応援しないとな。やった!」
「はは……はは……」
何その薄ら笑い。でもよかったねマーヴィン。ああいいなぁ……やりたいことって何?作曲かなぁ。
「ところでお姉さんもお父さんと面談したのかい?」
「おいやめろよ」
マーヴィンが気を遣ってくれた……多分私の家庭事情を聞いたのかすぐに、すまねぇとマーヴィンのお父さんの声が聞こえたので私は返事した。
「大丈夫です。面談は明日でーす。今からやりたいこと考えまーす。」
そっか、と二人の声が聞こえたところで我々の壁を隔てた会話は終了した。奇妙なやりとりだったけど少し親子って言うものが分かった気がした。
*********
食堂でPCから成績を確認する俺。案の定、専攻科目の有機魔法学の点数が赤く光ってた。
「あかーん……なんでやねん!」
ぜっっったいにあのお方、俺のことが個人的に気に食わないから俺のテストの点数だけ、赤くしてるよ。
だって俺78点取ってるんやで?そんなん平均点以上やんか。個人的に夏休みに補習受けて欲しいから、わざと赤く光らせたに違いない。もういっつも何点取っても赤にするもんな家森先生……なんなんあの男。
俺の夏休みを返せよとため息をはきながら背中を椅子に預ける。あーあ。彼との面談は金曜か。もう思い切って専攻辞めたいって言おうか、そうしたらこの謎のいじめをやめてくれるんかな。もう分からん。
俺もヒーたんみたいにベラ先生のクラスがよかったわ……。うん、彼女のことを考えるとそれだけで最近はちょっとにやけてしまう。一人でアホみたいやけど。ふふ。
テスト期間中だって、実は毎朝ジムで会っていた。あかんちゃいます?って何度も聞いたけど彼女は、そうは言ってもジムくらいいいじゃないの、でもこれ以外のことで校則を破らないでねって言ってくれた。
そうなるとなんか……彼女と秘密を共有する怪しげな関係になれたみたいで俺は嬉しかった。
彼女の話を聞くと家森先生は律儀にヒーたんに会うことをせずに、連絡も取らずに規則を守ったらしいけどな。まあそうやろね、家森先生がこの学園で一番ルールに厳しいんやから。ヒーたんも大変なお方に好かれとるわ。気づいてんのかな、あの子。
俺はPCを閉じた。親御さんを連れた生徒達で賑わう食堂で、一人コーンスープをお代わりしようと立ち上がると背中をトントンと叩かれた。
振り向くとマロンブラウンの髪がさらっと揺れるマリーちゃんがそこに立ってた。
「ねえ高崎さん、私と協力しない?」
「ええ?何の話?」
俺はまた椅子に座り、マリーは俺の目の前に座った。少し照れた表情をした彼女は俺と目が合うとまたツンとした表情に戻った。
「私は家森先生が好き。高崎さんはヒイロが好きでしょ?協力して。」
ああそっち系の頼みね……俺はそれどころやないの。
「それがさー聞いてくれる?」
俺は座り直す。マリーも身を乗り出してテーブルに両手を置いた。
「何です?」
「それがさーなんか最近俺おかしいねん。ふとした時にあの人のこと考えてまうし、胸がドキドキして食欲が出ないねん。」
そう、昨日の夕飯やってポテトサラダしか食うてへん。今夜だってこのコーンスープでいっぱいいっぱいや。こんな気分になるなんてな。俺は続けた。
「胸がドキドキとかそんなことは今までも確かに何度かあった。でも食欲出ないまでに誰かのこと考えたことは無くてさ。」
「そ、それは分かるけど……私も彼に対してそうだから。」
「あーやっぱり?ヒーたんはうらやまやわ……好きな人と両想いでさ。」
「うん……」
マリーが俯いた。まあ当たり前やけど、あんたもそれほど家森先生が好きなんやね。
「あんたもええやん。もし家森先生とヒーたんがケンカしたって、あんたにはチャンスあるもん。」
マリーが俺を見る。
「ええ?そうかしら?……もしそうなったら家森先生私を選んでくれる?」
「そりゃそうよ。女やし可愛らしいもん。俺かてあんたみたいに可愛らしい女になりたい……性別の壁が辛いねん。」
そう。それがいちばんの悩みや。もう一度マリーを見ると彼女はちょっと怪訝な表情をしていた。
「……もしかして家森先生のこと好きになったの?」
「ぶっ!?なんでやねん!ちゃうわ!オエエ!」
何でそうなんねん!想像もしたくないわ……ツッコミでマリーの肩をベシッて叩いたついでに俺は立ち上がって、叫んだ。
「あああ〜!俺もうあかーーーん!」
「あっちょっと!」
俺はトートバッグをぎゅっと胸に抱きしめながら食堂から駆け抜けていった。
校庭を全力疾走俺。どうしたんほんまに俺。
情緒がコントロール出来ないもん。アハァーン……。
せや……味方を作ろう!それいいやん!
俺はまっすぐにグリーン寮に突入して階段を一段抜かしで登ってささっとあいつの部屋のドアを叩いた。鍛えてるおかげか、身のこなしが良くなってきたわ。
ガチャ
「なぁに?」
赤いボッサボサの頭で、いつものヨモギTシャツにショーパンのヒーたんがそこに立ってた。俺はズカズカと部屋の中に入る。
「ヒーたん入れて!」
「入れてってもう入ってるし……い、今?」
「いいからいいから!もう敵わんねん!」
俺は玄関のドアを閉めて、スタスタと移動してテーブルのところの椅子に座った。テーブルにはPCが置いてあった。作曲ツールの画面がチラッと見えた。
「俺最近さ、食欲もなければ胸も痛くて……辛いねん。」
「ええ?体調不良?大丈夫ですか?家森先生診てあげてください。」
「え?」
気づかんかったけど確かに、彼女のボロいベッドの上に家森先生が座ってはった。しかも見た事ないドラゴンハンターの上下セット着てる……な、何なんその服装。笑っていいの?いけないよね。堪えろ俺!
彼はこっちを一度チラリと見てから膝の上にPCを乗っけて作業し始めた。
「……気分によるものでしょう。そのうち良くなりますよ。」
俺は椅子をもう少しベッドのそばに寄せて座り直した。ヒーたんもベッドに座っている。
よく見たら、ベッド脇の本棚には家森先生の懐中時計と白衣といつもの紳士的な服装セットが畳まれて置いてあった。テスト期間が終わった思ったら、早速お泊まりすんのかい。
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