スカーレット、君は絶対に僕のもの
第64話 僕のもの
何とかピアノ演奏をノーミスで終えた私はレストランの売店に来ていた。さっきの演奏、家森先生は席にいないから聞いてなかったのかと思ったけど、辺りを見渡して探すとお手洗いの前に立っていて、しかも笑顔で拍手してくれた。
それだけでも嬉しかったが、演奏が終わった後に一人のおじいさんが名刺を渡してくれて、そこには第一楽団のマネージャーと書いてあり驚いた。彼は私の演奏が気に入ったらしく、是非ともうちのもう一人のマネージャーと会ってほしいと言ってくれたのだった。楽団に行くつもりはあまり無かったけど、名刺は頂いた。
さて、売店で何を買おう。チップはなんと5万も手に入ったから何でも買えるぞとルンルンでショーケースを覗いたけど、カフスボタン一つに3万円の値札が付いていて言葉を無くした。
「お客様何かお探しでしょうか?」
「え!?ええ、そ、そうです……ちょっとプレゼントを」
カウンターの中にいる執事さんのような装いの男性が話しかけてくれた。ショーケースの中にはお上品に間隔をあけてキーホルダーやちょっとしたアクセサリーが置いてあるが、どれも5桁以上はする。どうしてなのか。ああ、ここはセレブ街だった。
「でしたらこちらはいかがでしょうか?」
男性が見せてくれたのはペンだった。でもちょっと豪華そうなペン、それは家森先生がいつも使っているような万年筆に見えた。
「こちらは万年筆なのですが、魔工の技術で自動補充の機能が備わった一品でございます。」
「自動補充?」
確かに、そのペンの液体をひねったようなデザインの先端の方には小さいボタンが付いていた。そのボディもアーティスティックで美しいけど機能性もあるんだ。
「はい。ボタン一つで自動的にインクを補充してくれるのです。」
へえ!それはすごい!確かに、家森先生がたまに授業中に教壇でインクを補充しているのを見かけるし、その手間が省けるのならいいのかもしれない。更に店員さんは続けた。
「自動式は人気が高く、なかなか入荷出来ないもので、当店にもこの一本しか在庫がありません。このペンは従来の自動式よりも格段にボディを細くできた最新型のものでございます。」
……なんか買うしかなくなってきた。家森先生もきっとこれなら喜んでくれるだろうし。私は聞いた。
「それおいくらですか?」
「5万3千円でございます。」
……ご!?ちょっと……ご!?つい、私の目がオロオロと動いてしまった。チップだけではちょっと足りないけど、出せる値段といえば出せる。
他にはアクセサリーやキーホルダーしかないし、そのペンだったら喜んではくれそうだし、いつも大変お世話になっておりますし、日頃の感謝を伝えたい。そう思って、私は頷いた。
「じゃあそれください!」
「かしこまりました。」
そしてプレゼント用に包装してもらって可愛らしく小さな紙袋に入れてもらった。ああ、あとは渡すだけだ。彼はどんな反応をしてくれるだろうか、ちょっと楽しみ。ふふ!
ルンルン気分でVIPルームに戻り、ソファに置かれた私のリュックにプレゼントの紙袋を入れている時にそばに座っていたスティーブさんに脇腹をこちょっとされた。
「ウワアア!」
「なんだそんなに叫ぶからビックリした……あはっ。脇腹弱いんだ、ヒーたん。」
もうヒーたんって呼ばないでよ……そうやって呼んでいいのは家森先生とタライさんだけ……。ため息をついて座ると、部屋のどこにもウェイン先生がいないことに気づいた。
「あれ?ウェイン先生は?お手洗い?」
「ああさっき、イザベラと帰ったよ。」
「は!?」
置いてくなよ……何してんのねえ……えええ??
どうしよう……もうこのカラオケルームには私とスティーブさんと男性2名に女性1名しかいない……あれ?きた時は半々だったのに、みんなちょこちょこ出て行ってるなぁ。そうだ、そろそろ0時になりそうだしテーブル席の家森先生の様子を見てからお手洗いに行こう。
「お手洗いに行ってきますね。」
「ああそうなの?俺も行こうか?」
行こうか?って何?私は首を振って遠慮して、一人でルームを出た。
もう通路もテーブル席のエリアも人で賑わいまくっている。すぐそこのテーブル席にミア先生が座っている後ろ姿が見えた。しかし隣には家森先生はいない。あれ?まだお手洗いに居るのかな?そんな訳ないよね……お腹壊してるならあり得るけど。どうしたんだろう。
「でもすごいわね、ヒイロちゃん」
え?ちらりと聞こえてきた会話、確かに私のことを話してる。ミア先生とその前に座るおばさま二人が会話している。
「そうね〜あんなにピアノ上手なんだもの。楽団に行った方がいいわよ。」
お、おお……どうもです。もうちょっと話を聞いてみようかな。
と思っているとお手洗いの通路から家森先生がスタスタと歩いて戻ってくるのが見えたので、大きな観葉植物の陰に隠れて様子を見る事にした。彼はちらっとVIPルームを覗いているが、中に私がいないのであれ?あれ?という表情をしている……ちょっと面白いのでもう少し様子を見てみよう。
私を見つけられなかった家森先生が頭を掻いてジャケットのポケットから携帯を取り出して操作し始めたところで、ミア先生が彼に近寄って腕を引っ張り、彼は携帯をポケットにしまった。
「ねえ、家森くん早く。どこに行ってたの?寂しかった。」
「ああすみません……」
彼はもう一度だけチラッとルームを見た後に、ミア先生に腕を引かれて席に戻って行った……寂しかっただって。何あれ。超仲良いじゃん。ふくれっ面の私はもう少し様子を見ることにした。
「ヒイロちゃんに楽団行きは勧めたのですか?」
家森先生の正面に座るおばちゃんがワクワクした表情で聞いた。ああ、皆で私の話してる……。
「そうですね……まあ、勧めては、いますよ。」
なんで嘘をつくんだろう……まあちょっと面白いからいいけど。そりゃ反対してるなんて言ったらちょっと面倒くさそうだもんね、あの人たち。そっか私の話をしてくれてたんだ。嬉しいな。
「突然ですが、もうお腹もいっぱいになりましたし、予定よりも早いですが帰ろうと「ええ〜もう少しいいじゃないの!後少し」
がっつくおばさまたち……なるほど、あれは大変そうだ。おばさまの一人がボトルに入ったマーメイドを家森先生のグラスに注ぎ始めると家森先生が焦った仕草で首を振った。
「あ、僕は本当に少しでいいです。結構回ってますから……あと1センチで。」
と言ったところから5センチ上でマーメイドは止まった。かわいそうに、これが大人の世界か……。その時、ちょっとだけおばさまのうちの一人と目が合った気がする。やばっ、私は植物の後ろにもっと隠れた。
そのおばさまは特に反応せずまた普通に話し始めたので、私に気づいていないようでホッとした。すると隣のミア先生が意外にもグラスに残っていた赤ワインをグビッと一気に飲み干してしまったのだ。そんなことするような人には見えないけどな……と思ってると、なんとミア先生が倒れた。
!?
おばさま二人もぽかんとしている。そりゃそうだ。ミア先生は倒れて……今、家森先生の膝を枕にして寝ている。家森先生が落ち着いた様子で脈や何か測って具合を見ている。
「飲み過ぎですね……全く、一気にペースを上げるからです。しばらく放っておけば大丈夫でしょう。それでは」
え!?あの状態のミア先生を置いていくの!?その気持ちはおばさまたちも同じだったようで、立ち上がろうとする家森先生の腕をガシッと掴んだ。
「ちょっと家森先生!何かあってからじゃ困りますからしばらく様子を見てあげてください!」
「ふん、放っておけば良くなります。明日の朝まで寝れば回復するでしょうから、誰か家に送って…「でも彼女今日はすぐそこのセントラルホテルに泊まるとかで……家森先生その部屋まで送っていただけませんか?」
え?ミアさんの部屋まで送るの?
「……しかし、実はVIPルームに「私たちはホテルじゃなくて夜行バスで帰るのでもう少ししたら行かないといけないんです。どうしようかしら。」
え?あの人たち二人とも夜行バスなの?……え?じゃあやっぱり送るの?家森先生が思案顔で考え混んでいると、ミア先生がぎゅっと家森先生のお腹に抱きついたのが見えた。
何あれ……起きてるじゃん。おばさまたちは微笑ましい表情で二人を見ている。
「ほら、送って欲しいみたいですし!お願いしますよ家森先生。」
「……仕方ありませんか。分かりました。」
ええ送るんだ……他に方法ないの?まあ仕方ないのかもしれないけど、ちょっとムッとした私はルームに戻ってから一気にオレンジジュースの瓶に口を付けてゴクゴク飲むとスティーブさんに良い飲みっぷりだねぇ!と笑われた。
ヒイロ、わかってあげてミア先生だって辛いのよ
ヒイロ、ミア先生は小悪魔だ、そうやってホテルに着いてからも彼を誘惑するに違いない
私の中でいい心と悪い心が熱い討論をし始めてしまった。あああ!こうなったら踊るしかない!さっきのフラダンスを踊って忘れたい!
適当にパネルを操作して曲をかけようとしたらスティーブさんに止められた。
「人数も少なくなってきたしさ、暴露アンド指示カードしようぜぇぇ!」
「何それ」
「順番でカードを一枚づつ引いて、書いてある命令通りに行動するんだよ!楽しいからやろ!」
今からするの〜?でも皆がノリノリだったのでもう何も言えなかった。これで変な指示のカードとか引いちゃったらどうしよう。もう帰ろうかな。そう思っているとそこにいる男性が一枚めくって始めてしまった。
好きな音楽を暴露したり、人生初の告白を隣の人で再現したり、ライトな展開を迎えているけどいつ何時どんな変な命令が来るか分からない……ああ、そわそわしていると隣のスティーブさんが一枚めくった。
「ああ!えっと……俺はやったーーー!右隣のヒーたんのお尻を触るだ!」
「ええええ!ヤダァ!」
ヤダァ!そんなの!皆は笑っているけどなんにも楽しくないよ!ねえ!
近づいてきたスティーブさんから逃げるように距離を取っていると、部屋の端っこに追い詰められた。その時、一人の男性からこんな声が聞こえた。
「スティーブまじでそのカードよく引くよな!医学院の時なんかお前そのカードで家森先輩のお尻をいやらしく触ったじゃん!もうその時笑いすぎて顎外れるかと思ったもん!アッハッハ!」
そうだったんだ……それ想像すると笑える。でも私だってお尻触られたくない。
「やだ!」
「やだじゃねぇ!やるんだよ!」
スティーブさんが私を抱きしめて拘束してきた。うわあああ!力が強すぎるし、この抵抗も皆は冗談だと受け取って笑っている。あああ!
ぎゅっとお尻が掴まれた。
「ムウワアアアアア!!」
ギッ
「ヒイロ!?」
あ。家森先生……とぐったりしたミア先生が部屋に入ってきた。
すると家森先生がすぐ側のソファにミアさんを寝かせてスティーブさんの方へ向かって歩いていく。スティーブさんは私から離れて両手を上げて家森先生から距離を置くように逃げている。
「い、家森先輩、どうしましたヲヲヲヲヲ!?」
「どうしただと!?正気か貴様あああァ!?」
怒鳴りながらガシッとスティーブさんの首を掴んだ家森先生がブンブンと彼の頭を振り始めた。こええ……。すぐそばで心配そうに見つめる男がポツリと言った。
「なんかいつもの癒し系のキャラと違うぜ家森先輩……」
彼はそんな普段から癒し系だっただろうか……。確かに彼をあまり知らない人は最初にそう思ってしまうかもしれない。そう、彼は食虫植物なのだ……そして私はハエ。
「は、はなひて!グエエ!」
と、とにかく顔真っ赤のスティーブさんがやばい!私は家森先生の腕を掴んで止めようと思った。彼の首を絞める腕の筋肉が鋼の硬さを維持している。どんだけ力入れてるんだ!?
「ちょっと家森先生やめてください!死んじゃいます!」
「ああそうだ、折角ですから一度臨死体験をしてみてはどうですか?感じたことをレポートに書いて僕に提出してくださいよ。よくてBマイナスしかあげませんけど、ふふっ」
家森先生がこういう時のレパートリーが豊富なのがもう怖いんだけど……と、とにかくこのままでは危険だ。
「カードのせいなんです!そういう指示だったんです!大丈夫ですから……大丈夫ですって」
ばっと家森先生がスティーブさんを解放してくれた。ゲホゲホと結構咳き込むスティーブさん……とりあえずは大丈夫そうだ。よかったよかった。
「……分かりました。しかしもう帰りましょう、僕と共に。」
「え?でもミア先生は?酔ってるんじゃ?」
「そうなのです、酔い潰れてしまいました。ですから一緒に彼女の部屋まで送りましょう。」
「え!?あ!?一緒に!?なるほどなるほど……」
何がなるほど?と疑問に思っている家森先生をそのままに、私はスティーブさんに頭を下げた。
「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした。」
「まあ、いいってことよ!って言ってもほとんど全部ウェインのおごりだけどな……はは。また今度参加してくれよ!」
「それはありません。もう参加しません。」
家森先生が丁重に断ってしまった。まあ参加はしないと思うけど。スティーブさんが耳元で言った。
「じゃあさ、家森先輩と別れたら参加しなよ。」
「え!?何を言う……この!」
バシッとスティーブさんが家森先生に叩かれてしまった。まあそうだ、彼は本当に何を言ってるんだか。そんな縁起でもねぇ……って、まだお付き合いしてないんだけどね。
ミア先生を支えるようにして立ち上がった家森先生と一緒に私はカラオケルームを後にした。そうか、私と一緒に送っていくことを考えてあの時いいよって言ってくれたんだ……嬉しいな。
レストランから出るともう外は真っ暗だった。隣を歩く家森先生に私は言った。
「実は少しだけ会話聞いてました。」
「え?そうでしたか……どの辺りを?」
「ルームに私がいないって気付いてミア先生に呼ばれて戻るあたりからです。あいたっ」
どんと肩にタックルされた。その表情は少し照れてるようだ。
「……そこにいながら隠れるとは意地の悪い……もう今日は優しく出来ません。それにもう合コンには参加しないでください」
「そう言う会だと知ったからもう参加しません……だから家森先生怒らないで?」
「怒りません……ちゅうして」
え!?ここで!?普通に街道の真ん中だし、ポツポツ人もいるけど……?
家森先生がその辺のベンチにミアさんを寝かせてから私の肩を掴んだ。え、本当にここでするの?まあ夜だけど街灯で照らされてるからまあまあ目立つ。
「で、でも後でお部屋の中ですればいいじゃないですか。」
「室内だとあなたが僕のものだと皆が分からない。あなたは僕のものです。だから……皆の前でキスしたい。」
どうしたんだろう、今日はすごい甘えてくる感じがする。
ちゅ、とキスすると足りなかったのか私の顎を両手で包んで何度も何度もキスをした。皆が見てる……中にはあの人!と、何故か私じゃなくて家森先生の方を指す人もいた。
ああ、きっとそうなのかもしれない。マリーから言われた、私は一緒にいて恥ずかしいという言葉を思い出して、彼から離れた。
「も、もういいと思います……それに私とキスしてるとあまりいいように思われないかもよ。」
冷たい目をした家森先生がぐいっと彼の方へ引き寄せてまたキスをしてから、至近距離で見つめてきた。
「……そんなこと、考えなくていい。僕を指差すような人間など、放っておけばいい。あなたのことを独り占めしたいんです。ヒーたんは僕のものです。この愛おしい存在、絶対に誰にも渡さない。」
なんだろう……今日はすごいな。でも嬉しくて、ウェイン先生に言われたことを思い出した。私からも愛情表現しないと。
「家森先生も私のものです。全部好きです……」
と言って私の方からキスすると家森先生は少し驚いた顔をした。
「はい、ふふ。あなたのです。続きはお部屋で。今日は文字通りに朝までキスしたい。さてミアを送るとしますか。その前に。」
ぎゅうとまたきついほどに抱きしめられた後、しばらくしてから家森先生が離れた。
その間結構行き交う人々に見られてたのはやっぱちょっと恥ずかしかった。あと、本当に朝までキスするのかなとちょっと嬉しい反面困ってしまった。
それだけでも嬉しかったが、演奏が終わった後に一人のおじいさんが名刺を渡してくれて、そこには第一楽団のマネージャーと書いてあり驚いた。彼は私の演奏が気に入ったらしく、是非ともうちのもう一人のマネージャーと会ってほしいと言ってくれたのだった。楽団に行くつもりはあまり無かったけど、名刺は頂いた。
さて、売店で何を買おう。チップはなんと5万も手に入ったから何でも買えるぞとルンルンでショーケースを覗いたけど、カフスボタン一つに3万円の値札が付いていて言葉を無くした。
「お客様何かお探しでしょうか?」
「え!?ええ、そ、そうです……ちょっとプレゼントを」
カウンターの中にいる執事さんのような装いの男性が話しかけてくれた。ショーケースの中にはお上品に間隔をあけてキーホルダーやちょっとしたアクセサリーが置いてあるが、どれも5桁以上はする。どうしてなのか。ああ、ここはセレブ街だった。
「でしたらこちらはいかがでしょうか?」
男性が見せてくれたのはペンだった。でもちょっと豪華そうなペン、それは家森先生がいつも使っているような万年筆に見えた。
「こちらは万年筆なのですが、魔工の技術で自動補充の機能が備わった一品でございます。」
「自動補充?」
確かに、そのペンの液体をひねったようなデザインの先端の方には小さいボタンが付いていた。そのボディもアーティスティックで美しいけど機能性もあるんだ。
「はい。ボタン一つで自動的にインクを補充してくれるのです。」
へえ!それはすごい!確かに、家森先生がたまに授業中に教壇でインクを補充しているのを見かけるし、その手間が省けるのならいいのかもしれない。更に店員さんは続けた。
「自動式は人気が高く、なかなか入荷出来ないもので、当店にもこの一本しか在庫がありません。このペンは従来の自動式よりも格段にボディを細くできた最新型のものでございます。」
……なんか買うしかなくなってきた。家森先生もきっとこれなら喜んでくれるだろうし。私は聞いた。
「それおいくらですか?」
「5万3千円でございます。」
……ご!?ちょっと……ご!?つい、私の目がオロオロと動いてしまった。チップだけではちょっと足りないけど、出せる値段といえば出せる。
他にはアクセサリーやキーホルダーしかないし、そのペンだったら喜んではくれそうだし、いつも大変お世話になっておりますし、日頃の感謝を伝えたい。そう思って、私は頷いた。
「じゃあそれください!」
「かしこまりました。」
そしてプレゼント用に包装してもらって可愛らしく小さな紙袋に入れてもらった。ああ、あとは渡すだけだ。彼はどんな反応をしてくれるだろうか、ちょっと楽しみ。ふふ!
ルンルン気分でVIPルームに戻り、ソファに置かれた私のリュックにプレゼントの紙袋を入れている時にそばに座っていたスティーブさんに脇腹をこちょっとされた。
「ウワアア!」
「なんだそんなに叫ぶからビックリした……あはっ。脇腹弱いんだ、ヒーたん。」
もうヒーたんって呼ばないでよ……そうやって呼んでいいのは家森先生とタライさんだけ……。ため息をついて座ると、部屋のどこにもウェイン先生がいないことに気づいた。
「あれ?ウェイン先生は?お手洗い?」
「ああさっき、イザベラと帰ったよ。」
「は!?」
置いてくなよ……何してんのねえ……えええ??
どうしよう……もうこのカラオケルームには私とスティーブさんと男性2名に女性1名しかいない……あれ?きた時は半々だったのに、みんなちょこちょこ出て行ってるなぁ。そうだ、そろそろ0時になりそうだしテーブル席の家森先生の様子を見てからお手洗いに行こう。
「お手洗いに行ってきますね。」
「ああそうなの?俺も行こうか?」
行こうか?って何?私は首を振って遠慮して、一人でルームを出た。
もう通路もテーブル席のエリアも人で賑わいまくっている。すぐそこのテーブル席にミア先生が座っている後ろ姿が見えた。しかし隣には家森先生はいない。あれ?まだお手洗いに居るのかな?そんな訳ないよね……お腹壊してるならあり得るけど。どうしたんだろう。
「でもすごいわね、ヒイロちゃん」
え?ちらりと聞こえてきた会話、確かに私のことを話してる。ミア先生とその前に座るおばさま二人が会話している。
「そうね〜あんなにピアノ上手なんだもの。楽団に行った方がいいわよ。」
お、おお……どうもです。もうちょっと話を聞いてみようかな。
と思っているとお手洗いの通路から家森先生がスタスタと歩いて戻ってくるのが見えたので、大きな観葉植物の陰に隠れて様子を見る事にした。彼はちらっとVIPルームを覗いているが、中に私がいないのであれ?あれ?という表情をしている……ちょっと面白いのでもう少し様子を見てみよう。
私を見つけられなかった家森先生が頭を掻いてジャケットのポケットから携帯を取り出して操作し始めたところで、ミア先生が彼に近寄って腕を引っ張り、彼は携帯をポケットにしまった。
「ねえ、家森くん早く。どこに行ってたの?寂しかった。」
「ああすみません……」
彼はもう一度だけチラッとルームを見た後に、ミア先生に腕を引かれて席に戻って行った……寂しかっただって。何あれ。超仲良いじゃん。ふくれっ面の私はもう少し様子を見ることにした。
「ヒイロちゃんに楽団行きは勧めたのですか?」
家森先生の正面に座るおばちゃんがワクワクした表情で聞いた。ああ、皆で私の話してる……。
「そうですね……まあ、勧めては、いますよ。」
なんで嘘をつくんだろう……まあちょっと面白いからいいけど。そりゃ反対してるなんて言ったらちょっと面倒くさそうだもんね、あの人たち。そっか私の話をしてくれてたんだ。嬉しいな。
「突然ですが、もうお腹もいっぱいになりましたし、予定よりも早いですが帰ろうと「ええ〜もう少しいいじゃないの!後少し」
がっつくおばさまたち……なるほど、あれは大変そうだ。おばさまの一人がボトルに入ったマーメイドを家森先生のグラスに注ぎ始めると家森先生が焦った仕草で首を振った。
「あ、僕は本当に少しでいいです。結構回ってますから……あと1センチで。」
と言ったところから5センチ上でマーメイドは止まった。かわいそうに、これが大人の世界か……。その時、ちょっとだけおばさまのうちの一人と目が合った気がする。やばっ、私は植物の後ろにもっと隠れた。
そのおばさまは特に反応せずまた普通に話し始めたので、私に気づいていないようでホッとした。すると隣のミア先生が意外にもグラスに残っていた赤ワインをグビッと一気に飲み干してしまったのだ。そんなことするような人には見えないけどな……と思ってると、なんとミア先生が倒れた。
!?
おばさま二人もぽかんとしている。そりゃそうだ。ミア先生は倒れて……今、家森先生の膝を枕にして寝ている。家森先生が落ち着いた様子で脈や何か測って具合を見ている。
「飲み過ぎですね……全く、一気にペースを上げるからです。しばらく放っておけば大丈夫でしょう。それでは」
え!?あの状態のミア先生を置いていくの!?その気持ちはおばさまたちも同じだったようで、立ち上がろうとする家森先生の腕をガシッと掴んだ。
「ちょっと家森先生!何かあってからじゃ困りますからしばらく様子を見てあげてください!」
「ふん、放っておけば良くなります。明日の朝まで寝れば回復するでしょうから、誰か家に送って…「でも彼女今日はすぐそこのセントラルホテルに泊まるとかで……家森先生その部屋まで送っていただけませんか?」
え?ミアさんの部屋まで送るの?
「……しかし、実はVIPルームに「私たちはホテルじゃなくて夜行バスで帰るのでもう少ししたら行かないといけないんです。どうしようかしら。」
え?あの人たち二人とも夜行バスなの?……え?じゃあやっぱり送るの?家森先生が思案顔で考え混んでいると、ミア先生がぎゅっと家森先生のお腹に抱きついたのが見えた。
何あれ……起きてるじゃん。おばさまたちは微笑ましい表情で二人を見ている。
「ほら、送って欲しいみたいですし!お願いしますよ家森先生。」
「……仕方ありませんか。分かりました。」
ええ送るんだ……他に方法ないの?まあ仕方ないのかもしれないけど、ちょっとムッとした私はルームに戻ってから一気にオレンジジュースの瓶に口を付けてゴクゴク飲むとスティーブさんに良い飲みっぷりだねぇ!と笑われた。
ヒイロ、わかってあげてミア先生だって辛いのよ
ヒイロ、ミア先生は小悪魔だ、そうやってホテルに着いてからも彼を誘惑するに違いない
私の中でいい心と悪い心が熱い討論をし始めてしまった。あああ!こうなったら踊るしかない!さっきのフラダンスを踊って忘れたい!
適当にパネルを操作して曲をかけようとしたらスティーブさんに止められた。
「人数も少なくなってきたしさ、暴露アンド指示カードしようぜぇぇ!」
「何それ」
「順番でカードを一枚づつ引いて、書いてある命令通りに行動するんだよ!楽しいからやろ!」
今からするの〜?でも皆がノリノリだったのでもう何も言えなかった。これで変な指示のカードとか引いちゃったらどうしよう。もう帰ろうかな。そう思っているとそこにいる男性が一枚めくって始めてしまった。
好きな音楽を暴露したり、人生初の告白を隣の人で再現したり、ライトな展開を迎えているけどいつ何時どんな変な命令が来るか分からない……ああ、そわそわしていると隣のスティーブさんが一枚めくった。
「ああ!えっと……俺はやったーーー!右隣のヒーたんのお尻を触るだ!」
「ええええ!ヤダァ!」
ヤダァ!そんなの!皆は笑っているけどなんにも楽しくないよ!ねえ!
近づいてきたスティーブさんから逃げるように距離を取っていると、部屋の端っこに追い詰められた。その時、一人の男性からこんな声が聞こえた。
「スティーブまじでそのカードよく引くよな!医学院の時なんかお前そのカードで家森先輩のお尻をいやらしく触ったじゃん!もうその時笑いすぎて顎外れるかと思ったもん!アッハッハ!」
そうだったんだ……それ想像すると笑える。でも私だってお尻触られたくない。
「やだ!」
「やだじゃねぇ!やるんだよ!」
スティーブさんが私を抱きしめて拘束してきた。うわあああ!力が強すぎるし、この抵抗も皆は冗談だと受け取って笑っている。あああ!
ぎゅっとお尻が掴まれた。
「ムウワアアアアア!!」
ギッ
「ヒイロ!?」
あ。家森先生……とぐったりしたミア先生が部屋に入ってきた。
すると家森先生がすぐ側のソファにミアさんを寝かせてスティーブさんの方へ向かって歩いていく。スティーブさんは私から離れて両手を上げて家森先生から距離を置くように逃げている。
「い、家森先輩、どうしましたヲヲヲヲヲ!?」
「どうしただと!?正気か貴様あああァ!?」
怒鳴りながらガシッとスティーブさんの首を掴んだ家森先生がブンブンと彼の頭を振り始めた。こええ……。すぐそばで心配そうに見つめる男がポツリと言った。
「なんかいつもの癒し系のキャラと違うぜ家森先輩……」
彼はそんな普段から癒し系だっただろうか……。確かに彼をあまり知らない人は最初にそう思ってしまうかもしれない。そう、彼は食虫植物なのだ……そして私はハエ。
「は、はなひて!グエエ!」
と、とにかく顔真っ赤のスティーブさんがやばい!私は家森先生の腕を掴んで止めようと思った。彼の首を絞める腕の筋肉が鋼の硬さを維持している。どんだけ力入れてるんだ!?
「ちょっと家森先生やめてください!死んじゃいます!」
「ああそうだ、折角ですから一度臨死体験をしてみてはどうですか?感じたことをレポートに書いて僕に提出してくださいよ。よくてBマイナスしかあげませんけど、ふふっ」
家森先生がこういう時のレパートリーが豊富なのがもう怖いんだけど……と、とにかくこのままでは危険だ。
「カードのせいなんです!そういう指示だったんです!大丈夫ですから……大丈夫ですって」
ばっと家森先生がスティーブさんを解放してくれた。ゲホゲホと結構咳き込むスティーブさん……とりあえずは大丈夫そうだ。よかったよかった。
「……分かりました。しかしもう帰りましょう、僕と共に。」
「え?でもミア先生は?酔ってるんじゃ?」
「そうなのです、酔い潰れてしまいました。ですから一緒に彼女の部屋まで送りましょう。」
「え!?あ!?一緒に!?なるほどなるほど……」
何がなるほど?と疑問に思っている家森先生をそのままに、私はスティーブさんに頭を下げた。
「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした。」
「まあ、いいってことよ!って言ってもほとんど全部ウェインのおごりだけどな……はは。また今度参加してくれよ!」
「それはありません。もう参加しません。」
家森先生が丁重に断ってしまった。まあ参加はしないと思うけど。スティーブさんが耳元で言った。
「じゃあさ、家森先輩と別れたら参加しなよ。」
「え!?何を言う……この!」
バシッとスティーブさんが家森先生に叩かれてしまった。まあそうだ、彼は本当に何を言ってるんだか。そんな縁起でもねぇ……って、まだお付き合いしてないんだけどね。
ミア先生を支えるようにして立ち上がった家森先生と一緒に私はカラオケルームを後にした。そうか、私と一緒に送っていくことを考えてあの時いいよって言ってくれたんだ……嬉しいな。
レストランから出るともう外は真っ暗だった。隣を歩く家森先生に私は言った。
「実は少しだけ会話聞いてました。」
「え?そうでしたか……どの辺りを?」
「ルームに私がいないって気付いてミア先生に呼ばれて戻るあたりからです。あいたっ」
どんと肩にタックルされた。その表情は少し照れてるようだ。
「……そこにいながら隠れるとは意地の悪い……もう今日は優しく出来ません。それにもう合コンには参加しないでください」
「そう言う会だと知ったからもう参加しません……だから家森先生怒らないで?」
「怒りません……ちゅうして」
え!?ここで!?普通に街道の真ん中だし、ポツポツ人もいるけど……?
家森先生がその辺のベンチにミアさんを寝かせてから私の肩を掴んだ。え、本当にここでするの?まあ夜だけど街灯で照らされてるからまあまあ目立つ。
「で、でも後でお部屋の中ですればいいじゃないですか。」
「室内だとあなたが僕のものだと皆が分からない。あなたは僕のものです。だから……皆の前でキスしたい。」
どうしたんだろう、今日はすごい甘えてくる感じがする。
ちゅ、とキスすると足りなかったのか私の顎を両手で包んで何度も何度もキスをした。皆が見てる……中にはあの人!と、何故か私じゃなくて家森先生の方を指す人もいた。
ああ、きっとそうなのかもしれない。マリーから言われた、私は一緒にいて恥ずかしいという言葉を思い出して、彼から離れた。
「も、もういいと思います……それに私とキスしてるとあまりいいように思われないかもよ。」
冷たい目をした家森先生がぐいっと彼の方へ引き寄せてまたキスをしてから、至近距離で見つめてきた。
「……そんなこと、考えなくていい。僕を指差すような人間など、放っておけばいい。あなたのことを独り占めしたいんです。ヒーたんは僕のものです。この愛おしい存在、絶対に誰にも渡さない。」
なんだろう……今日はすごいな。でも嬉しくて、ウェイン先生に言われたことを思い出した。私からも愛情表現しないと。
「家森先生も私のものです。全部好きです……」
と言って私の方からキスすると家森先生は少し驚いた顔をした。
「はい、ふふ。あなたのです。続きはお部屋で。今日は文字通りに朝までキスしたい。さてミアを送るとしますか。その前に。」
ぎゅうとまたきついほどに抱きしめられた後、しばらくしてから家森先生が離れた。
その間結構行き交う人々に見られてたのはやっぱちょっと恥ずかしかった。あと、本当に朝までキスするのかなとちょっと嬉しい反面困ってしまった。
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2.3万
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2,799
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1万
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4,922
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1.7万
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2,430
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9,370
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614
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1,144
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88
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150
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