スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第49話 おかしい二人

「うわあああん……」

部屋に戻った後も、タライさんとオンラインでドラゴンハンターをしながら涙をこぼしてしまう。何度隣のマーヴィンにドンドンと扉を叩かれたことか。そんなのは気にしてられない。私は人生で初めて恋を失ったのだから。

このドラゴンハンターの世界に行きたい。ここも似たような世界っちゃあそうなのかもだけど、彼のことを見なくて済む世界に行きたい。邪念が多すぎて3連続で死んでしまって、タライさんからメールで何しとんじゃワレ!と来たけど、そんなに勝ちたきゃジョンとでもしてよって感じなのだ。

それでもその夜は、少しだけタライさんのおかげで何とか涙を止めることが出来た。



それから……もう昼も夜も関係なく、部屋に一人でいるときは大体泣いてしまうようになった。

授業には毎日どうにか出られているけど、家森先生が先生っていう事実もまた辛い……クラスメートなら無視出来るけど、先生だから授業中どうしても会話しないといけない場面もあるし。

授業中、家森先生に指された私が、ようやく絞り出した声で間違いの答えを言うと、声色が変だと思ったのか振り返って見て来たリュウが私の表情を見るなり爆笑した。

授業後に理由を聞けば、その時の私の表情は古い牛乳を飲んでお腹ピーピーになった時にいきんでるような苦痛にまみれた顔だったらしい。そんな汚らしい例えにしなくても良いのにと言ったけど、聞いてたグレッグ達もそれを聞いて想像して笑っていた。

笑えるときは笑える。皆といればそれだけで気分転換になるから。でも、一人になったら違う。部屋に一人でいると……どうしても彼のことを考えてしまうし。涙が出る。

泣いたって仕方ないのにと思うほど出てくる。これが失恋の辛さなのかな、もうこんなに……魂が抜けた気分になるとは思わなかった。

元気もだんだんと無くなっていって、授業も手を挙げることがなくなって、実戦では魔法のコントロールが元々めちゃくちゃなのに手元で爆発してしまうこともあった。

部屋に帰って、心にムチ打って何とか作曲をする。以前から取り組んでいる世紀末ランズの主題曲のコンテストで、賞金とレールキャノンのモデルガンを手に入れたい。

それだけが生き甲斐だった。それ以外に……タライさんやリュウには悪いけれど人間関係で生きがいを持つ事が出来ないのだ……厄介な事に、どうしても誰といても、一緒にいる人が彼だったらと思ってしまうのだ。

「グエエ……」

ベッドに体も顔も埋め込んで力を抜く。するとまた自然と涙が出てくる。お涙製造機にでもなってしまったのだろうか。人じゃなくなってしまったのならこの病的な私の状態にも納得出来るというものだ。

明日は火曜か……1限が有機魔法学の日だ。前までは楽しみルンルンだったそれも、今となっては辛い。

早く、彼がマリーと一緒になってくれれば逆に良いかもしれない。なんて、実際に彼女と家森先生がラブラブしてるのなんか、見るに耐えられないのにとまた涙を流してしまう。もう……限界なのかもしれない。

配管工とデートする訳が無い。他の人とデートするぐらいなら、本当に部屋で自分の足でもかじってた方がマシなのだ……。


*********


バキッ

「失礼しました。それでは次のページを開いでください。ここまでで質問のある方はいませんか?」

そう言って家森先生がまたチラリとヒイロの方を見た。さっきから何回チョーク折れば気がすむのだろう。

ヒイロもヒイロで、いつもは率先して挙手する筈なんだけど、挙げない。どうも先週から様子がおかしいんだよな。どうなってんの?

この前マーヴィンと立ち話をした時に、どうやら前の小テストの点数が良くなかったからなんじゃないかってことを聞いたから、ヒイロに俺の点数聞けば元気でるかなと思って点数教えたけど、はは、と苦笑いされただけで終わった。

……若干俺も傷ついたんだけど、それはいいや。

彼女が静かなせいで、家森先生のこの有機魔法学の授業もシーンと静まり返ってるし、何もこの授業だけでなくベラ先生のワイワイ系授業もシュリントン先生の……よくわかんない授業もヒイロは静かにしているから、今ひとつ盛り上がりに欠ける。

「そうですか……誰も何も質問はありませんか。それでは次のページを少し読んでから薬草を実際に煎じていきましょう。」

調合室の一際でかい黒板に家森先生が板書し始めたタイミングで、一緒のテーブルに座るヒイロに声をかけた。同じテーブルにはグレッグとマーヴィンもいる。4人グループなら誰と一緒に座ってもいいからこの有機魔法学の実験の時間はちょっと好き。

「ねえヒイロ」

「あ?リュウ何?」

めっちゃ機嫌わる……。目の前のヒイロはもう定着化した目の下のクマにボサボサの紅い頭、やつれた頬で答えた。俺が毎朝、手櫛で髪をとかしてやらないともっとボサボサのままだ。本当にどうしたんだよ。俺は小声のまま聞いた。

「最近お前おかしいよ。」

「授業中に話しかけてくるやつのほうがおかしいんじゃないの?」

せ、セイロンティー……

「クックック……!」

「グレッグ、僕が板書しているからと目を離している隙にふざけないこと。」

はーい、とグレッグが慣れた様子で答えた。俺がヒイロに正論で怒られたことにあいつは笑ってしまったみたいで俺たちの方へまた顔を向けた。

「最近やつれてるし……ほんと心配なんだけど。ちゃんと食べてる?」

「……あ?」

虚ろな目、謎に開かれた口、もうやばいだろ。どうしたの?

「ねえ俺の言ってること理解出来てる?」

ヒイロは無言のまま、板書が終わった家森先生の話を聞きながらノートに写し始めてしまった。もう何が起きたのか分からないとグレッグとマーヴィンも思ったのか、ちらっと目が合った。

「それでは実際に煎じてください。火を扱いますから決して目を離さないように」

はい、とグリーンクラスの皆が答えてそれぞれのグループごとに実験をし始めた。俺たちのグループ内の役割はグレッグが薬草の配合率を調整して、マーヴィンが火力を調整する、俺はタイミングを測って、ヒイロは経過をノートに書き込んでいくというものだ。タライさんぐらいになると全部一人でやるみたいだけどな……。

「配合終わったから入れるぞ?」

おお、と皆が答えてマーヴィンが火をつけた。彼は有機魔法学が専攻だからちょっと慣れてるらしく、色々とサポートしてくれるおかげで順調に実験が進んでいる。表に経過を観察しながら書いていたヒイロが消しゴムを床に落とした。

「あ」

取ってやろうかと思ったけど思ったよりヒイロの足元に落ちてしまったので、キョロキョロ探す彼女に指差して場所を教えることにした。

「そこだよ、椅子のすぐ下。」

「え?え?」

その時、俺たちの席は一列目だったので教壇から家森先生が降りて近づいてくるのが見えた。何かやらかしたか?と考えたけど実験は順調に事は進んでるし……何だ?

すると家森先生はヒイロが落とした消しゴムをサッと拾って、ヒイロに渡したのだ。なるほど。それがしたかったんだ。

「はい、どうぞ。」

「……あざます」

いつもならちゃんと礼を言うヒイロなのに、ため息交じりの小声でそれだけ言うと何事もなかったかのように表に書き込み始めた。

彼女らしくない態度に俺も笑いを堪えるし、グレッグなんかもう顔を逸らしてゲラゲラ笑っていると、家森先生が気になったのかグレッグに集中するようにと注意してから去って行った。

先生が教壇に戻ったところでグレッグが俺の耳元で話してきた。

「つかさ、家森もおかしくね?」

「え?」

何が?俺は黒板に補足の説明を書いている家森先生の背中を見たけど……別にいつもと同じだ。いつもと同じ白衣だし。

「家森も目の下にやばいクマ出来てんだけど。見た?それとなんか痩せたよ。」

「え?そうか?」

黒板に補足を書き終えた家森先生が次に体をこちらに向けて教壇で何か書き込み始めた。目を凝らして先生の顔を見てみると、確かに前より頬がこけた気がするし目の下が青黒い。

「ほんとだ。」

「リュウはほんとにそういうの気づかないよな。」

ヒヒッ、と笑うマーヴィンに俺は口を尖らせる。マーヴィンは高い鼻を指でカリカリしながら言った。

「あの痩せ方ちょっと気になるよな……なんかやばいんじゃね?」

「やばいって?」

そう聞いたのはヒイロだ。ランプの火をぼーっと見つめる光のない瞳、人生を悟ったような表情、お前も中々やばいよ……。

彼女のボサボサの長い前髪が顔の前に垂れて幽霊みたいになったから、俺が手で耳にかけてやった。それと同時にヒイロの質問にマーヴィンが小声で答えた。

「そうだ昨日の音楽の後、例の如くレッドクラスの前の廊下でやっぱりあいつを中心に女子達がたむろってたじゃん?」

「ああ……あれね」

あのいつもの現象ね。

「なんかその時も元気なかったんだよ、家森。それからお前とヒイロがいつもみたいに通り過ぎるとさ……その時飛んでたマリーの質問に答えるのを忘れて、じっとヒイロのこと見て固まってんの。ぶっ!」

マーヴィンの笑い混じりの話に俺とグレッグがなんとか笑いを堪えた。ええ?どういう事だよ。家森先生……。全く分からなくなって戸惑いながら俺は言った。

「ちょっと待って、じゃあこないだ俺がヒイロを出会い系に登録した時に、家森先生がデートしよって言ってたのってまじかよ?家森先生ってヒイロのことまじで好きなの?」

俺の質問に、マーヴィンとグレッグがヒイロを見つめた。それに気づいたのかヒイロは遠くを見つめながら言った。

「……私じゃないよ、マリーだよ。」

えええええええ!?

「ええ!?」

堪えきれずにちょっと声を漏らしちゃった!すぐに家森先生に怒られたけど。

どう言うこと?だってマリーの質問スルーしてヒイロを見ていたのに?グレッグが薬草の具合を調整しながら言った。

「まじかよ……ええ、マリー可愛いなと思ってたのに……レッドクラスだから俺になんか目もくれないと思ってたけど。つかリュウさ、リサとどうして付き合えてるわけ?お前それを教えろっつってんだけど。」

お前マリーを狙ってたのかよ……。それはそうとそうなのか。家森先生はマリーと付き合ってんだ。へえ〜、なのにヒイロを誘ったりして。俺の先輩も彼女持ってかれたしな、あんだけ顔がいいと苦労しなさそうで、まじで羨ましい。

「まあまた今度教えるってか、俺だってダメ元で告ったらリサがいいよって言ってくれたぐらいだから別に何も言うことねえよ。」

「まじかよ。うらやま。」

グレッグが口を尖らせて羨ましがってるの見ると、俺もやっぱ恵まれたと思う。こんなことで実感してちゃ器小さいかもしれないけど、リサはモデルみたいにすらっとして猫ちゃんっぽい顔して本当に可愛い。そんな子がこんな俺と付き合ってくれてる。ああ、今日の放課後彼女の部屋でちょっと過ごそうかな……ハグでもして。

「なんか嬉しそうだね、リュウ」

「ええ?」

ギクッとしてしまった。そう言ってきたヒイロはかなり苦しそうな表情をしている。原因は不明だけど歯ぎしりをしている……。

「なんでその、ギリギリしてるわけ?」

「こうでもしてないと……生きていけないの。」

もう色々とおかしいヒイロに俺たちはまた笑いそうになった。でも彼女のこと、心配は心配だ。

実験は無事に終わったけど、やっぱりヒイロが気になった俺たちは、彼女に内緒で俺の部屋に放課後集まる約束をした。リサは今度でいい。

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