スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第45話 海上のピアニスト

光魔法学の授業が終わると同時に家森先生はさっとクラスを出ていってしまった。その後ろ姿にはまだ怒りの感情が含まれているように見えた。そりゃそうだ、それ程のことをしたんだから。もう繰り返したくないし、繰り返さないと思った。

今日は4限が終わった後の時間に音楽室でピアノのお披露目がある。こんな時にまでするんだろうかちょっと不安だけど……まあ仕方ない。それで演奏のボロボロさにまた幻滅してしまうかもしれないけど。

私は重い足取りで職員室にお弁当を届けに行った。お弁当を届ける時も家森先生じゃなくてベラ先生が受け取った。彼の話し声がしたのでそこにいるのにも関わらず受け取ってくれなかった。

こんなに切ない気持ちになるならクラスの皆を裏切って宿題をすれば良かったのかもしれない……。

グリーン寮の部屋に帰ってきた後も、家森先生とお揃いのお弁当を食べる気にならなくて、それは冷蔵庫に入れて代わりに干し肉を食べることにした。このスパイスの味、懐かしい味……ああ終わった。

じっと天井を見つめて考え事をしている間に、時計の針は4限が終わったことを教えてくれた。どのタイミングで音楽室に行けばいいんだろう。それとも今日本当にやるのかな。もうお腹が痛い。

するとメールが来た。

____________
音楽室を借りたわよ。
もう高崎くんも家森くんも
来てるわ。
色々あったようだけど
演奏楽しみにしてるから
いらっしゃい
ベラ
____________


ベラ先生……あああ……!

彼女の優しさについ涙目になった。

私は意を決して部屋から出て音楽室へ向かった。もう本気でピアノを弾くしかない。眠っていた以前の私を叩き起こしておけつをバシバシ叩いて、無いものひねり出すように全力を出しきるしかない。

足早に校舎内を歩いて3回のレッドクラスの前を通り過ぎる。放課後なのにクラスの中で何人かの生徒が勉強しているのが目に入った……なるほどね、これは勉強熱心だ。うちとは大違いですねすごいすごい……。

そして音楽室の扉に手を掛けた。はあ。胸がバクバクするしお腹がキリキリする。ちょっとだけ後悔している。でもやるしかない。
私はドアを開けた。

ギッ

音楽室のグランドピアノのところにタライさんが座って何か適当に弾いていて、白衣姿の家森先生が手をつきながら観察していた。その隣ではグリーンローブ姿のベラ先生が立っていて振り返って私を見つけると笑顔になってくれた。

「あら!来たわ!ほらいらっしゃい!」

手招くベラ先生の方に小走りで向かうと、タライさんがニヤリとして言ってきた。

「なんやグリーンクラスはまともに宿題も出来へんのか!アッハッハ!」

……はあ。そうですとも。

私が黙っているとベラ先生が私の背中を押してピアノのところまで連れて行き、タライさんの首根っこを掴んでピアノの椅子から引き摺り下ろした。

「ほら、もう過ぎたことでしょう?私からも家森くんに謝りました。繰り返さないって皆は決めたんでしょう?ヒイロ」

「……そうだと思います。皆、結構柄がらにもなく凹んでたので。」

私の言葉にベラ先生とタライさんがはっはっはと笑ったけど、ピアノに手を乗せてどこかをじっと見つめる家森先生は怖いほどに真顔だった。もうこれはかなり来ているよ。もう終わったんだ。

「さて、海上のピアニストの主題曲だったわね。あの小説を何度も読んだわ。海に飲まれていく船の上で最期を悟ったピアニストが渾身の一曲を残すというお話だったわね。」

そんなお話でしたね……私も作曲する際に軽くその小説を読んだけど、文章が難しくて飛ばし飛ばしに読んだものなんですね。それでも感動して泣いてしまった、いいお話なんですね。

「そのラストシーンの曲をヒーたんが作曲したん?全部?」

「そうなんですね、はあ、準備が出来たので弾きますね。」

「何なんその話し方。」

タライさんの笑い混じりのツッコミを背中に受けつつ、私はテンション上がらないままワキワキと指を動かした。じっと白黒の鍵盤を見ていると私の隣にベラ先生と反対側にタライさんが来てくれたのが分かる。そして少し離れた場所からピアノに手を置いて覗くように見ているのは家森先生だ。笑いもしない彼。ああ……この空気。

それでも弾くしかない。私はふう!と息を吐いて弾き始めた。

ピアノの音色が音楽室に響き始めると、すぐにその世界観に吸い込まれていった。私が書いた楽譜が見える。その旋律に合わせて自動的に両手が動く。やはり昔に音楽関係の何かをしていたのかもしれない。もしこれが聴く人にとって上手なものなのだとしたらいいけれど……。

「ちょっと同じメロディのところは省略しますね。すみません。」

私の言葉に誰も答えない……やっぱりシュリントン先生がふーんいいんじゃない?というぐらいの腕なのかも。調子乗って作曲なんかして恥ずかしい。早く終わりたくて同じじゃない箇所も省いて演奏することにした。誰も何も言わないんだもん。

そして切ないメロディーの第二楽章とは一変して、激しい旋律の第三楽章へ到達した。此処からは一気に両手が激しく動くことになるけどなんの問題もない。これも普通レベルなのだろうね。もう頭の中の卑屈さが止まらない。

この感情ごと曲にぶつけてやる。それにしても何も言わない3人。もしかしたらこれは夢なのかもしれない……そうか、夢か。私だけ取り残された世界、ああ。

そしてフィナーレだ。体を動かして腕を動かして私は演奏しきった。

ガンッ

……拍手さえ起きない。もう私は目を瞑った。これは夢なのだ。
そう思うしかない。終わりのない悪夢……終わりのない……。

「なんていうか……」

その出だしやめて!タライさん柄にもなくその話し出し方やめて!私は目を閉じたままじっとしている。これからは処刑タイムだ。さあどうぞ!

「いや、正直驚いたというか……なんやろ。俺音楽に詳しくないけど、多分……めっちゃすごいんちゃう?」

え?私はタライさんを見る。確かに彼の表情は驚いている。

「たまに街のクラシックコンサートを聴きに行くけれど、ヒイロのピアノはそこに出てもおかしくないレベルよ。その曲も驚くぐらいに良く出来ているわ。」

え!?まじで!私は反対側のベラ先生を見る。彼女も衝撃を受けた表情をしている。

「……本当にそれはヒイロが作曲したのですか?それにしてはなかなか……素晴らしい曲でした。正直シュリントン先生があまり評価しないという意味が分かりません。僕は素人ですがクラシックはよく聴くので音色ぐらいなら分かります。ベラ先生の仰る通り、ヒイロのピアノはプロレベルだと僕も思います。」

オーマイ!家森先生!真顔でそんなに褒めてくれてる……嬉しくなってしまった。もう、もう宿題忘れないですから〜〜!あああ!

「じゃあまあ、上手ってことですか?」

私の質問に3人が同時に頷いた。わあああ!

「……それにしても上手すぎるわ。きっと過去のヒイロは音楽関係の、それもピアニストだったのではないかしら?どうなの弾いてて、何か思い出さない?」

なんだろう……ベラ先生の質問に私はうーんと考えていった。

「何も出来事は思い出しません。でも弾き方とか楽譜の覚え方は体が覚えている感じがします。」

「ほんならピアニストだったんかも知れんな。それくらいうまかったもん!あ!ほなドラゴンハンターの曲とか弾けるん?」

何そのリクエスト……でも多分弾ける。私はすぐにピアノアレンジをして弾き始めた。もう自動で出来る。

「おおお!ドラゴンハンターや!楽譜無いのによう弾けるな!」

「うん……曲は一度聴いたら忘れないと思います。」

「そうなん!?ほんまにすごいわ〜!将来俺の子どもにそのピアノ教えてや。」

「ええ……まあいいですけど。タライさんの子どもかぁ、ちょっとやんちゃそう。」

「なんでやねん!まあそれがヒーたんとの……」

……私はもう何も聞かないことにして演奏を続けることにした。

バランバランとドラゴンハンターのテーマを弾く私の横で、ベラ先生と家森先生が目を合わせているのに気付いた。

「……ヒイロ、」

「はい?ベラ先生」

私は弾くのをやめた。

「この学園を卒業したら街の第一楽団が主催するピアノのコンクールにも出てみたら?」

コンクールかぁ……。

「それは賞金出ますか?」

「え」

私の質問に皆が固まった。
なんで?困惑した表情をこちらに向けながらベラ先生が言った。

「まあ賞金は出ると思うけど……それよりも第一楽団のコンクールはプロが参加するものだから、優勝すれば劇場や楽団からオファーが必ずあるわよ。お給料だって我々教師の何十倍か分かりはしないけれど……あそこに出てるような連中は街のセレブ街にこぞって豪邸建てるんだから。」

ふーん……それほどのお給料なんだ。そうなんだ……それは出るしか無いよね!いつか自分で稼いだお金で、でっかいステーキを丸かじりしたい。でもあまり熱のこもった感じでいうと、お金目当てだと思われちゃうから真剣な顔をして答えることにした。

「そうなんですね、じゃあ機会があれば参加したいと思います。音楽は好きですし自分を試してみたいですから。」

バンと私の肩をタライさんが叩いた。

「なんやめっちゃ才能あるやん!いいな〜俺もそういうの欲しいわ!もし楽団に入ったらちょっと奢ってな!」

「ま、まだ入るか分からないから……」

それにしてもさっきから家森先生が黙っている。まだ怒っているのだろうね。そう、私たちはそれ程のことをしてしまった。

「でもまあグリーンクラスの希望の星って感じねヒイロは。ふふっ。今年の秋の音楽祭が楽しみよ。」

ニヤリとしながら微笑むベラ先生に私は聞いた。

「秋の音楽祭?」

「ええ。クラスごとで演奏して競い合うのよ……例年グリーンクラスはアウトオブ眼中だったけれど、クックック。今年は楽しみよ〜!」

「懐かしい表現するなベラ先生いたっ!……でもずるいな!うちのクラスだって負けてへんもん!俺かてリコーダーすごいし!」

ベラ先生に叩かれた腕をさすっているタライさんに私は聞いた。

「リコーダー?」

疑問を口に出した途端に、プンプンした様子のタライさんに肩をベシッと叩かれる。

「なんやリコーダーの奥深さを知らんのやな!俺が教えたるから楽しみしとけよ!それにうちにはヴァイオリニスト家森がおりますからね、ヒッヒッヒ!」

え!?家森先生ヴァイオリン弾けるの!?私が驚きの表情で彼を見ると相変わらずの真顔のまま答えた。

「まあ基本程度ですが弾けます。あまり期待しないように。」

「そんなこと言ってまたあの貴公子みたいな演奏で女の子を虜にしちゃうんでしょう?」

ベラ先生に肘で突かれて家森先生が少し揺れながら、違います、とボソッと言った。

「今日はいい演奏が聴けてよかったわ。ありがとうヒイロ。コンテストの結果も、ふふっ楽しみにしてるから。」

後半何故かちょっと笑いながらいうのやめてほしい。でも応援してくれて褒めてくれて、それが嬉しくて笑顔になった。

4人で音楽室を出て廊下を歩き、一緒に途中まで階段を降りて行った。ベラ先生と家森先生は職員室に向かうために2階で別れて、私とタライさんは売店でに寄ってから別れた。

夕方のオレンジの空がちょっと心地よかった。ピアノ、そんなに褒めてくれるとは思わなかった。これからもうちょっと練習して、あわよくばコンクールにで出てみたいかも……優勝は流石に無理だろうけど挑戦するぐらいならいいか。

私はさっき弾いた曲を頭の中に流しながらそれに合わせて指を動かして、校庭を歩いて行った。

          

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