スカーレット、君は絶対に僕のもの
第42話 ソフィーとお泊まり
「わー綺麗なお部屋!」
リビングに入った途端にソフィーが嬉しそうに両手を広げてぐるぐると回転し始めた。無邪気ないい笑顔だ。私は玄関のドアノブに手をかけた。
「ね!家森先生の部屋は綺麗なお部屋でしょ?じゃあ私はこれで……」
すぐにガチャっと音がした。ドアノブを回すが、硬く閉ざされてしまっていて動かない……誰も何も触っていないのに鍵が掛かっているようだった。
え!?
ドアノブを何度も何度も回しても扉が開かない。振り返ると家森先生がニヤリとした顔で携帯をこちらに向けて操作していた。
「知りませんでしたか?職員寮の扉には遠隔ロックがあるんですよ〜」
ふっふっふと笑う家森先生、私は観念して靴を脱ぐことにした。
見れば、ソフィーはテーブルの所に座って、さっき自分の部屋から持ってきた花柄ノートとペンをバッグから取り出してお絵描きをし始めている。その隙に私は先生に小声で言った。
「ちょっとお泊まりは無理ですって、どうにかしましょうよ。」
すると先生も私の耳元で応えた。
「しかし今の彼女にはヒーたんが必要です。グリーン寮は壁も薄く住人の雰囲気も良くないので心配です。マーガレットさんの具合を見る限り明日にはよくなりますから、今日だけヒーたんもご辛抱ください。」
「明日には良くなるんですね、まあそれなら仕方ないですけど……でも明日の授業で使う魔導書持って来てないですし、食事だって売店で買わないと。」
「そうですね。食事は僕が買いに行ってきます。あなたはここでソフィーと遊んでいてください。」
「でも魔導書」
「僕は先生です」
「え?」
答えになってなくない?魔道書って言っているのに。私はもう一度家森先生に耳を向けた。
「僕は担当する教科以外の魔導書も全部持っています。僕のを貸しますからそれでいいでしょう?ここにいて、出来るだけ彼女のそばにいてください。」
家森先生がソフィーを指差した。夢中になってお絵描きをしていたけど、一度私の方を見て安心したように微笑んで、またお絵かきに集中し始めた。確かに今の彼女には私が必要なのかもしれない。
「分かりました……じゃあいますし、魔導書お願いします。」
「ふふ、分かりました。それではお弁当を買ってきます。」
家森先生はリビングに隣接している書斎ではない方の扉の中に入って行った。
チラと中を見るとベッドが見えたので寝室なのだろう。すぐに出てきたとき、部屋着じゃなくていつものシャツにジレ姿だった。そうか、売店行くから着替えたんだ。先生は財布片手に玄関から出て行ったので、私はテーブルでソフィーと一緒にお絵描きをすることにした。
なんだか不思議だ。今日はあんなに家森先生を避けていたのに、今となっては彼のリビングにシュリントン先生の娘さんと一緒になって遊んでいる……。人生とは不思議なものだ、何が起こるのか全く展開が読めない。
「ヒイロちゃん今度は猫描いて!」
「うん!」
「あははっ!へたっぴ〜!」
仕方ないでしょ……生きてる歴で言えばソフィーの方が遥かに先輩なんだから!それに字だって驚くぐらいにへたっぴだ。今までの自分は字を書いてこなかったのだろうか、それとも記憶を無くしたからなのか。
いやそれは違う。野菜を切るときはトントントンと素早く切ることが出来るもん。となるとやはり今までの自分が字をあまり書いてこなかったんだ。今までの自分のせいなんだ。
それからソフィーとお絵かきを楽しんでいると、ガチャと玄関が開いた。
「ただいま戻りました。」
お弁当や飲み物、それにお菓子の入った袋を両手に持っている家森先生が帰宅した。お帰りなさいとソフィーと言ったときに、なんだか家族みたいな感じがして困った。
家森先生と手分けして買ってきたものを冷蔵庫やこれまたガランとしたシンク下の戸棚に入れ終わってから、テーブルでお茶を飲みながら3人でお話することになった。
「お兄ちゃんはお医者さんなの?」
ソフィーの質問に家森先生が頷いた。
「む、昔はそうでしたが。」
「ふーん」
家森先生は動揺した様子でお茶を飲んだ。なるほどね。きっと子どもがちょっと苦手なのかもしれない。そんな一面もあるんだと私は笑いをこらえながら言った。
「お兄ちゃんすごくいいお医者さんなんだよ!」
「そうなんだ!すごいね!だからママも助かったんだ!」
無邪気に笑うソフィーは本当に可愛い。微笑んでソフィーの頭を撫でていると、家森先生が私のことをじっと微笑みながら見つめて、お茶の入ったグラスを口につけているのが分かった。見られてたことに私は一気に恥ずかしくなった気がして、目を逸らす。
その様子を見ていたソフィーが言った。
「お兄ちゃん、ヒイロちゃんのこと好きなの?」
ブッと家森先生が口からお茶を吐き出してしまった。
きたなーい!と笑うソフィー、すぐそばの何用のタオルなのか分からないけどとにかくテーブルを拭く私、現場は一気に騒然とした。でも……ちょっとその答えを聞きたいので黙っていることにした。
「……普通に好きですよ。ソフィーも好きでしょう?」
「うん!」
……なんだよそれ。普通ぐらいの好きでお口にキスしたりするの?変なお仕置きしたりするの?もう何もかもがどうでもよくなって、濡れたタオルを投げつけるように家森先生に渡すと先生は笑った。
「ふふっ、それでは二人ともお風呂に入ったらどうですか?沸かしますから。」
そう言って家森先生はキッチンの壁に付いているパネルのボタンを押したのだ。昨日ここにきた時にも何のボタンなのか気になっていたものだ。それを押した後にまた椅子に座った。
「あれ?沸かさないのですか?」
「沸かしていますよ。あのボタンを押せばお湯が自動的に入ります。それから湧き上がったらアラームで教えてくれ「ええええ!?何それ!どこですかお風呂!」
私が興奮した様子をしているとソフィーが笑いながらこっちだよ!と案内してくれた。ああなるほど、確かにシュリントン先生の部屋と同じ構造だから、どこに何があるのか部屋の位置が分かるのか。リビングから繋がっている廊下を歩くソフィーがドアを開けた。
洗面所だ。シンクの上に鏡があって、その周りには髭剃りやコップに入った歯ブラシなどが置いてある。突然遭遇した家森先生の生活感にクラっとしてしまった。そう、過去の私が変態なのである。
ガラッ
「ほら!お湯入ってるよ!」
ああ!彼らの言う通りにじょぼぼと音を立てて、猛烈な勢いでお湯が白いバスタブに注ぎ込まれている!全自動のお湯沸かし器、全身寝そべることの出来そうな大きなバスタブ、これはあのホテルを超えているのではないのだろうか!なんて天国なんだろう……この職員寮とやらは!
「自動で沸くお風呂を初めて見ましたか?ヒーたん。」
「はい……素晴らしいお部屋にお住いのようですね。」
私の感想に家森先生はははっと笑った。すると突然、ソフィーがTシャツを脱ぎ始めたのだ。
何を……。
「もう入れるよ!いつも入れながら入ってるもん!」
「あ、そうなの?じゃあ入る?でも家森先生が先に入って……」
「いえ。僕は後で入りますよ。先に二人で入ってください。」
お互い譲り合っているとそれを見ていたソフィーが首を傾げた。
「何言ってるの?みんなで入ろうよ!パパとママも毎日一緒に入るよ?裸見ても平気だって言ってたよ?」
え……シュリントン先生ってマーガレットさんと一緒に毎日お風呂に入ってるんだ……それもソフィーと3人で。衝撃的な事実に私は必死に笑いを堪えていると、家森先生が壁に手をついて声をあげて笑っているのを見てしまって、私ももう堪えきれずに笑ってしまった。
「……ふふっソフィー。ぼ、僕たちは夫婦ではありませんから別々に入ります。」
「そうなの?楽しいのに」
「楽しいかもしれませんが、ドキドキしてしまいますから僕は平気じゃないんです。」
はっはっはと笑ってた私はその言葉を聞いて黙った。ああそう……普通に好きって言ったりドキドキするって言ったり何なんだろう!この人は。もう、とにかくソフィーと入ろう。
「じゃあ入ろうか!」
私の言葉にもうスッポンポンになっていたソフィーがルンルンで浴室に入った。家森先生がバスタオルと何か、部屋着のようなものを渡してくれた。
「これは?」
「その格好でくつろげないでしょう?もちろんヒーたんにとっては大きいサイズかもしれないですがどうぞ使ってください。」
「いいのですか?」
「うん、使って」
部屋着を受け取ると家森先生は洗面所から消えていった。もう既にソフィーがシャワーで体を洗っていてまるで自宅のように過ごしている。まあ確かに間取りが同じだと自宅感があるよね。
私も裸になって浴室へ入ってソフィーからシャワーを借りて体を洗った。温かく、乱れないお湯の温度。これは快適の一言に尽きる。
そして黒いボトルのシャンプーを手ににゅっと出した時だった。ブワッと強烈に家森先生の匂いがしたのだ!ああこれだ!いつも彼から漂っていた甘い香りはこの匂いだったんだ!
つい興奮して鼻を近づけてクンクンしてしまう。ああ〜〜これはいい香りだ……。幸せな気持ちのまま頭を洗ってお湯で流して、次はコンディショナーを手に取った。ふわっとさっきよりも甘い匂いが漂った。
あああ!これだ!こっちの方だ!シャンプーと同じシリーズみたいだけど若干匂いが違う!家森先生の匂いはこっちの方だ!私はさらにクンクンしてしまった。私のことを見ていたのかソフィーがスッと手を差し出してきた。
「え?」
「ソフィーにもちょうだい!」
「何で?さっき頭洗ったのに?」
「ソフィーもクンクンする!」
……そうか。子どもは真似をするのが好きなんだ。私は何とも言えない後悔に襲われたがもうこうなっては仕方ない。ソフィーとクンクンすることにした。
バスタブから出てきたソフィーがコンディショナーを手に乗せて私のようにクンクンしていたが、いきなり何故か慌てた様子でバスタブのちょっと上の方にあるパネルのボタンを押した。
「ヒイロちゃん大変だよ!」
「え!?なになに!?何のボタン押したの!?」
ソフィが押したボタンは灰色で何も書かれてないので意味不明だ……。するとなぜかソフィーが風呂場の扉を開けて何かを待ち始めた。こもっていた湯気が洗面所に抜けていく中、私も立ち上がってソフィーの後ろで彼女の真似をしてじっと洗面所の扉を見る。
これは何の流れなのか?なに?すると勢いよく洗面所の扉が開いた。
「どうしました!?おああ!?」
「あああ!?」
洗面所の扉を開けた家森先生がこちらを見て叫んだ理由は、ソフィーと私が裸で浴室の扉のところにつっ立っていたからだろう。あああ!家森先生に裸を見られてしまった………私もそれに気づいて叫んだのだった。
「し、失礼……」
家森先生が眼鏡を取りながら扉を閉めようとしたけどソフィーは御構い無しの様子で叫んだ。
「ドア閉めないでー!ヒイロちゃん変な跡があるよ!お兄ちゃんお医者さんだから治して!」
「え……ヒーたんそれは本当ですか?」
ソフィーは私の腰のあたりを指差してきた。ああこれのことか。腰の右のほうにタトゥーのような黒い跡があるのだ。ドクロに鎖が巻いてあるような柄の。
「ああ、これ多分タトゥーですよ。」
「違うよ!呪いだよ!海賊の呪いのマークと一緒だもん!ほっとくと呪いでゾンビになっちゃうんだよ!?」
ソフィーが心配している理由はそれだったのかと笑ってしまった。家森先生は腕で目を覆いながら言った。
「……ヒーたんそのタトゥー、一度僕も拝見したい。その……隠してもらえます?」
「え?じゃあ後ろ向けばいいですか?」
「……後ろ向いて椅子に座ってください。その方がいい」
私が言われた通りに浴室の椅子に座ってから、いいですよと声をかけた。家森先生が近寄ってきて私の腰元のタトゥーを指先でちょんちょん触りながら言った。
「確かにこれはタトゥーのような、しかし焼き印に近いですね……触ると痛みますか?」
「いえ、全く」
「うん……これは深淵の地の焼印かもしれません。」
「深淵の地?」
私が振り返ろうとすると、家森先生が私の頭を掴んで前を向くように位置を戻してきた。振り返ってはいけないのね。はい。
「ええ。ここより地下世界の。僕もあまりよくそこの事情は知らないのですが、そこの住人は体に焼印を入れる習慣があると聞いたことがあります。」
「じゃあ、もしかしたら私はそこ出身かもですね!」
そうなんだ!一歩また私の過去に近付いた!
「そうですね。しかし呪いではないので大丈夫ですよ。」
「本当に?ゾンビにならない?」
ソフィーの心配に私と家森先生は同時に笑った。
そして家森先生が部屋に戻ったその後は、湯船に一緒に浸かりながらソフィーにパネルのボタンの説明をしてもらった。あの灰色のボタンは呼び出しボタンだった。
リビングに入った途端にソフィーが嬉しそうに両手を広げてぐるぐると回転し始めた。無邪気ないい笑顔だ。私は玄関のドアノブに手をかけた。
「ね!家森先生の部屋は綺麗なお部屋でしょ?じゃあ私はこれで……」
すぐにガチャっと音がした。ドアノブを回すが、硬く閉ざされてしまっていて動かない……誰も何も触っていないのに鍵が掛かっているようだった。
え!?
ドアノブを何度も何度も回しても扉が開かない。振り返ると家森先生がニヤリとした顔で携帯をこちらに向けて操作していた。
「知りませんでしたか?職員寮の扉には遠隔ロックがあるんですよ〜」
ふっふっふと笑う家森先生、私は観念して靴を脱ぐことにした。
見れば、ソフィーはテーブルの所に座って、さっき自分の部屋から持ってきた花柄ノートとペンをバッグから取り出してお絵描きをし始めている。その隙に私は先生に小声で言った。
「ちょっとお泊まりは無理ですって、どうにかしましょうよ。」
すると先生も私の耳元で応えた。
「しかし今の彼女にはヒーたんが必要です。グリーン寮は壁も薄く住人の雰囲気も良くないので心配です。マーガレットさんの具合を見る限り明日にはよくなりますから、今日だけヒーたんもご辛抱ください。」
「明日には良くなるんですね、まあそれなら仕方ないですけど……でも明日の授業で使う魔導書持って来てないですし、食事だって売店で買わないと。」
「そうですね。食事は僕が買いに行ってきます。あなたはここでソフィーと遊んでいてください。」
「でも魔導書」
「僕は先生です」
「え?」
答えになってなくない?魔道書って言っているのに。私はもう一度家森先生に耳を向けた。
「僕は担当する教科以外の魔導書も全部持っています。僕のを貸しますからそれでいいでしょう?ここにいて、出来るだけ彼女のそばにいてください。」
家森先生がソフィーを指差した。夢中になってお絵描きをしていたけど、一度私の方を見て安心したように微笑んで、またお絵かきに集中し始めた。確かに今の彼女には私が必要なのかもしれない。
「分かりました……じゃあいますし、魔導書お願いします。」
「ふふ、分かりました。それではお弁当を買ってきます。」
家森先生はリビングに隣接している書斎ではない方の扉の中に入って行った。
チラと中を見るとベッドが見えたので寝室なのだろう。すぐに出てきたとき、部屋着じゃなくていつものシャツにジレ姿だった。そうか、売店行くから着替えたんだ。先生は財布片手に玄関から出て行ったので、私はテーブルでソフィーと一緒にお絵描きをすることにした。
なんだか不思議だ。今日はあんなに家森先生を避けていたのに、今となっては彼のリビングにシュリントン先生の娘さんと一緒になって遊んでいる……。人生とは不思議なものだ、何が起こるのか全く展開が読めない。
「ヒイロちゃん今度は猫描いて!」
「うん!」
「あははっ!へたっぴ〜!」
仕方ないでしょ……生きてる歴で言えばソフィーの方が遥かに先輩なんだから!それに字だって驚くぐらいにへたっぴだ。今までの自分は字を書いてこなかったのだろうか、それとも記憶を無くしたからなのか。
いやそれは違う。野菜を切るときはトントントンと素早く切ることが出来るもん。となるとやはり今までの自分が字をあまり書いてこなかったんだ。今までの自分のせいなんだ。
それからソフィーとお絵かきを楽しんでいると、ガチャと玄関が開いた。
「ただいま戻りました。」
お弁当や飲み物、それにお菓子の入った袋を両手に持っている家森先生が帰宅した。お帰りなさいとソフィーと言ったときに、なんだか家族みたいな感じがして困った。
家森先生と手分けして買ってきたものを冷蔵庫やこれまたガランとしたシンク下の戸棚に入れ終わってから、テーブルでお茶を飲みながら3人でお話することになった。
「お兄ちゃんはお医者さんなの?」
ソフィーの質問に家森先生が頷いた。
「む、昔はそうでしたが。」
「ふーん」
家森先生は動揺した様子でお茶を飲んだ。なるほどね。きっと子どもがちょっと苦手なのかもしれない。そんな一面もあるんだと私は笑いをこらえながら言った。
「お兄ちゃんすごくいいお医者さんなんだよ!」
「そうなんだ!すごいね!だからママも助かったんだ!」
無邪気に笑うソフィーは本当に可愛い。微笑んでソフィーの頭を撫でていると、家森先生が私のことをじっと微笑みながら見つめて、お茶の入ったグラスを口につけているのが分かった。見られてたことに私は一気に恥ずかしくなった気がして、目を逸らす。
その様子を見ていたソフィーが言った。
「お兄ちゃん、ヒイロちゃんのこと好きなの?」
ブッと家森先生が口からお茶を吐き出してしまった。
きたなーい!と笑うソフィー、すぐそばの何用のタオルなのか分からないけどとにかくテーブルを拭く私、現場は一気に騒然とした。でも……ちょっとその答えを聞きたいので黙っていることにした。
「……普通に好きですよ。ソフィーも好きでしょう?」
「うん!」
……なんだよそれ。普通ぐらいの好きでお口にキスしたりするの?変なお仕置きしたりするの?もう何もかもがどうでもよくなって、濡れたタオルを投げつけるように家森先生に渡すと先生は笑った。
「ふふっ、それでは二人ともお風呂に入ったらどうですか?沸かしますから。」
そう言って家森先生はキッチンの壁に付いているパネルのボタンを押したのだ。昨日ここにきた時にも何のボタンなのか気になっていたものだ。それを押した後にまた椅子に座った。
「あれ?沸かさないのですか?」
「沸かしていますよ。あのボタンを押せばお湯が自動的に入ります。それから湧き上がったらアラームで教えてくれ「ええええ!?何それ!どこですかお風呂!」
私が興奮した様子をしているとソフィーが笑いながらこっちだよ!と案内してくれた。ああなるほど、確かにシュリントン先生の部屋と同じ構造だから、どこに何があるのか部屋の位置が分かるのか。リビングから繋がっている廊下を歩くソフィーがドアを開けた。
洗面所だ。シンクの上に鏡があって、その周りには髭剃りやコップに入った歯ブラシなどが置いてある。突然遭遇した家森先生の生活感にクラっとしてしまった。そう、過去の私が変態なのである。
ガラッ
「ほら!お湯入ってるよ!」
ああ!彼らの言う通りにじょぼぼと音を立てて、猛烈な勢いでお湯が白いバスタブに注ぎ込まれている!全自動のお湯沸かし器、全身寝そべることの出来そうな大きなバスタブ、これはあのホテルを超えているのではないのだろうか!なんて天国なんだろう……この職員寮とやらは!
「自動で沸くお風呂を初めて見ましたか?ヒーたん。」
「はい……素晴らしいお部屋にお住いのようですね。」
私の感想に家森先生はははっと笑った。すると突然、ソフィーがTシャツを脱ぎ始めたのだ。
何を……。
「もう入れるよ!いつも入れながら入ってるもん!」
「あ、そうなの?じゃあ入る?でも家森先生が先に入って……」
「いえ。僕は後で入りますよ。先に二人で入ってください。」
お互い譲り合っているとそれを見ていたソフィーが首を傾げた。
「何言ってるの?みんなで入ろうよ!パパとママも毎日一緒に入るよ?裸見ても平気だって言ってたよ?」
え……シュリントン先生ってマーガレットさんと一緒に毎日お風呂に入ってるんだ……それもソフィーと3人で。衝撃的な事実に私は必死に笑いを堪えていると、家森先生が壁に手をついて声をあげて笑っているのを見てしまって、私ももう堪えきれずに笑ってしまった。
「……ふふっソフィー。ぼ、僕たちは夫婦ではありませんから別々に入ります。」
「そうなの?楽しいのに」
「楽しいかもしれませんが、ドキドキしてしまいますから僕は平気じゃないんです。」
はっはっはと笑ってた私はその言葉を聞いて黙った。ああそう……普通に好きって言ったりドキドキするって言ったり何なんだろう!この人は。もう、とにかくソフィーと入ろう。
「じゃあ入ろうか!」
私の言葉にもうスッポンポンになっていたソフィーがルンルンで浴室に入った。家森先生がバスタオルと何か、部屋着のようなものを渡してくれた。
「これは?」
「その格好でくつろげないでしょう?もちろんヒーたんにとっては大きいサイズかもしれないですがどうぞ使ってください。」
「いいのですか?」
「うん、使って」
部屋着を受け取ると家森先生は洗面所から消えていった。もう既にソフィーがシャワーで体を洗っていてまるで自宅のように過ごしている。まあ確かに間取りが同じだと自宅感があるよね。
私も裸になって浴室へ入ってソフィーからシャワーを借りて体を洗った。温かく、乱れないお湯の温度。これは快適の一言に尽きる。
そして黒いボトルのシャンプーを手ににゅっと出した時だった。ブワッと強烈に家森先生の匂いがしたのだ!ああこれだ!いつも彼から漂っていた甘い香りはこの匂いだったんだ!
つい興奮して鼻を近づけてクンクンしてしまう。ああ〜〜これはいい香りだ……。幸せな気持ちのまま頭を洗ってお湯で流して、次はコンディショナーを手に取った。ふわっとさっきよりも甘い匂いが漂った。
あああ!これだ!こっちの方だ!シャンプーと同じシリーズみたいだけど若干匂いが違う!家森先生の匂いはこっちの方だ!私はさらにクンクンしてしまった。私のことを見ていたのかソフィーがスッと手を差し出してきた。
「え?」
「ソフィーにもちょうだい!」
「何で?さっき頭洗ったのに?」
「ソフィーもクンクンする!」
……そうか。子どもは真似をするのが好きなんだ。私は何とも言えない後悔に襲われたがもうこうなっては仕方ない。ソフィーとクンクンすることにした。
バスタブから出てきたソフィーがコンディショナーを手に乗せて私のようにクンクンしていたが、いきなり何故か慌てた様子でバスタブのちょっと上の方にあるパネルのボタンを押した。
「ヒイロちゃん大変だよ!」
「え!?なになに!?何のボタン押したの!?」
ソフィが押したボタンは灰色で何も書かれてないので意味不明だ……。するとなぜかソフィーが風呂場の扉を開けて何かを待ち始めた。こもっていた湯気が洗面所に抜けていく中、私も立ち上がってソフィーの後ろで彼女の真似をしてじっと洗面所の扉を見る。
これは何の流れなのか?なに?すると勢いよく洗面所の扉が開いた。
「どうしました!?おああ!?」
「あああ!?」
洗面所の扉を開けた家森先生がこちらを見て叫んだ理由は、ソフィーと私が裸で浴室の扉のところにつっ立っていたからだろう。あああ!家森先生に裸を見られてしまった………私もそれに気づいて叫んだのだった。
「し、失礼……」
家森先生が眼鏡を取りながら扉を閉めようとしたけどソフィーは御構い無しの様子で叫んだ。
「ドア閉めないでー!ヒイロちゃん変な跡があるよ!お兄ちゃんお医者さんだから治して!」
「え……ヒーたんそれは本当ですか?」
ソフィーは私の腰のあたりを指差してきた。ああこれのことか。腰の右のほうにタトゥーのような黒い跡があるのだ。ドクロに鎖が巻いてあるような柄の。
「ああ、これ多分タトゥーですよ。」
「違うよ!呪いだよ!海賊の呪いのマークと一緒だもん!ほっとくと呪いでゾンビになっちゃうんだよ!?」
ソフィーが心配している理由はそれだったのかと笑ってしまった。家森先生は腕で目を覆いながら言った。
「……ヒーたんそのタトゥー、一度僕も拝見したい。その……隠してもらえます?」
「え?じゃあ後ろ向けばいいですか?」
「……後ろ向いて椅子に座ってください。その方がいい」
私が言われた通りに浴室の椅子に座ってから、いいですよと声をかけた。家森先生が近寄ってきて私の腰元のタトゥーを指先でちょんちょん触りながら言った。
「確かにこれはタトゥーのような、しかし焼き印に近いですね……触ると痛みますか?」
「いえ、全く」
「うん……これは深淵の地の焼印かもしれません。」
「深淵の地?」
私が振り返ろうとすると、家森先生が私の頭を掴んで前を向くように位置を戻してきた。振り返ってはいけないのね。はい。
「ええ。ここより地下世界の。僕もあまりよくそこの事情は知らないのですが、そこの住人は体に焼印を入れる習慣があると聞いたことがあります。」
「じゃあ、もしかしたら私はそこ出身かもですね!」
そうなんだ!一歩また私の過去に近付いた!
「そうですね。しかし呪いではないので大丈夫ですよ。」
「本当に?ゾンビにならない?」
ソフィーの心配に私と家森先生は同時に笑った。
そして家森先生が部屋に戻ったその後は、湯船に一緒に浸かりながらソフィーにパネルのボタンの説明をしてもらった。あの灰色のボタンは呼び出しボタンだった。
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