スカーレット、君は絶対に僕のもの
第34話 いざ街へ!
その日の朝、タライさんから学園の裏門で待っているようにと連絡が来た。昨日の夜にワクワクしながら水筒と花柄ノートとペンとPCと充電器を入れたリュックを背負って勢いよく部屋から出る。それもそうだ、今日は何とあの憧れのセントラル街へ行くのだ!
昨日の夜は何度も街の動画を見てしまった。そのせいでちょっと寝不足だけどそんなのは関係ない。今日は楽しむんだ!それもタライさんと!
ガレージに私が着いてからすぐにタライさんがやってきた。そう言えば今日はもちろんそうだけど、彼はブルークラスなのにブルーローブではなくていつも私服だ。ちなみに彼の今日のスタイルは白いシャツに紺のチノパンをロールアップして履いている。もう春で心地の良い気候だから私もTシャツにジーンズの軽いスタイルだ。
「おー!おは!こっちやで!誰も見てないうちにおいで!」
はーい!と応えて私はタライさんについて行く。あ、そうそう。つい気になっていることを聞くことにした。
「そう言えばシュリントン先生は私も一緒でもいいって言ってました?」
するとタライさんは前を歩きながら手のひらをヒラヒラ動かして答えた。
「いーのいーの!あの人はな、お土産買うって言えば何でもオッケーしてくれんねん!」
「お土産……?」
「ああまあ。街で売ってるお菓子とか雑誌とかやな。」
「へえ、お菓子好きなんですね。雑誌……?」
シュリントン先生雑誌読むんだ。ファッション雑誌だったら意外だけど釣り雑誌なら納得だ。
「まあ……そういう雑誌やな。まあヒーたんは知らんでええよ。これこれ!これに乗ってくで!」
そういう雑誌って何?ちょっと気になるけど知らなくて良いのなら仕方ない。
裏門から近くの林の中を歩いて進んで行き、ガレージのような四角い建物が見えてきた。彼は扉の鍵を青の懐中時計をかざして開けて中に入った。聞けば、シュリントン先生がガレージへのアクセスを許可してくれたので、今はタライさんの懐中時計で開けられたらしい。
中にはワインレッド色のオープンカーと黒いスタイリッシュなスポーツカーの他に、ちょっと傷の付いた赤い乗用車があった。その赤い車は4人乗りのスタンダードなタイプで、タライさんはその車のドアを開けながら私を見て話しかけてきた。
「よっしゃ!この学園の車を借りて乗って行くで!」
「え……バスじゃなくてタライさんがこの車を運転して街に行くの?」
「俺の実績……!」
タライさんが分かるやろという態度で私を見てきたので笑った。確かに彼は凄腕のドライバーだった。
車のロックを解除してタライさんが運転席に座り、ドアを開けてくれて私も中に入った。助手席は意外と広くて座り心地もバスより全然良い!思わずシートを撫でてしまった。
「バスやとさ、バス代かかんねん。それに他の人に気つかうやん。あ、そのベルトここに入れてくれる?」
シートベルトの使い方を教えてくれたので私は従った。
「さあ行くでー!」
タライさんが車のエンジンを入れ、足元で何やらガコガコと操作し始める。
動き始めた車はガレージからゆっくりと出て行き、タライさんは林の中の道を運転しながら私に彼の携帯を渡してきた。
「もう打ってあるからそのままメールの送信ボタン押して」
「はい」
私は押した。内容はシュリントン先生宛で、今ですとそれだけ書かれていた。車は林を抜けて学園の裏門前に着き、一度停車した。
少ししてからギッと音を立てて大きな裏門が開き出した。きっとシュリントン先生が学園から遠隔で操作してるのだと私は理解した。
今度は門を通り過ぎたところで、タライさんは片手で少し携帯を操作し終えると私にまた彼の携帯を渡してきた。
「今度これ送って。」
「はい。」
今度の内容は、どもですー!だった。メールを送ると後方で門が閉まっているのが見えた。
「よし捕まっとれよー!」
タライさんが座席の真ん中にあるレバーを複雑にガチャガチャと動かすと、車体はエンジンの音を変えながら前に進み始めた。どんどん速くなる車に私は口を開けっぱなしにしている。
タライさんがグッとレバーを思いっきり引いた次の瞬間、車はやっぱり空を飛んだ!右に旋回すると草原を抜けて山の上をずっと飛んで行く。
「すごい!すごい!」
私は飛んでると感動しているとタライさんが笑い始めた。
「ヒーたん初めて空飛ぶちゃうやん!はっはっは!」
「バスとはまた違いますもんー。すごいー!」
どんどんと学園が小さくなって行く。車はブラウンプラントのうねり岩の上をものすごい速さで飛んで行く。
すると遥か前方にオーロラで囲まれたような、紫色の空が見えた。その下には大きな山がそびえ立っている。
目を凝らすとオーロラに囲まれるように山の頂上から一筋の光が天を突き刺すように輝き続けているのを発見した。何と神秘的な光景なのだろう、思わずじっと見てしまう。
「あれはオーロラ?」
「ああ、あれはオーロラやなくて時の架け橋や。」
「時の架け橋?」
タライさんは手慣れた様子で運転しながら話し始めた。
「うん。あの山の頂上から地上に行けるし地上から帰ってこれるねん。ヒーたんも通ってきたはずやけど、ぼんやりしとったから覚えてへんのか?」
「そうなんです……記憶が飛び飛びで。でもあそこから地上に行けるんだ!」
「せや!イスレ山っていうんやけどね。俺も何度も行ってるよ!勿論そこには衛兵がちゃんといて誰でも使えるわけやないけど、中央研究所か街の市役所で許可もらったら地上に行けるんや!」
「許可が必要なんだ……」
そりゃそうだよな。誰でも行き来出来たらちょっと大変なことになりそうだもんね。
「まあな。この世界を管轄しているのは中央研究所やし言ってしまえば衛兵も中央研究所の社員やし、実質的なこの世界のキング……いやクイーンはその研究所の所長さんや。しかも噂によるとその所長さん、めっちゃ美人らしい……見てみたいわ〜!」
タライさんのテンションが上がる上がる。
「ということはその所長さんって女性なの?」
「そうらしいね。あ、もうちょっと飛ばすで!」
はいと答える前にタライさんはスピードをあげてしまった。それから学園のことや街のことを話しながら青空のドライブを楽しんでいた。
それから何時間だろうか、でも思ったよりも早く街に着くことができた。
「はーっくしょい!」
タライさんはくしゃみをしながら駐車場に止まっている学園の赤い車にロックをかけた。もうこの街が上空から見えたときから私は最高に興奮している!ウファファ!
石畳の道に連なるお店の数々、行き交う人々の多さ、賑わいの声、全てが新鮮で輝いて見えて素晴らしい!タライさんの後を歩きながら私はキョロキョロとしてしまう。
時々、私の赤い髪色を珍しく思うのかじっと見て来る人が居る。まあその気持ちも分かるけど。タライさんの後を付いて行くと、駐車場から出て目の前の通りをずっと歩いて行くと商店の並ぶ街道に出た。
途中に見たことのないものを売っているお店があった。何に使うのか分からないネズミの形をした置物に何故か魅力を感じてしまいじっと眺めていると、タライさんがそれいらんから!と私の肘を掴んで、人波をかいくぐってまた歩き始めた。
ぎゅっ
え?
タライさんが私と手を繋いできたので驚いた。なんかタライさんと手をつなぐなんておかしく感じてちょっと耐えられないけど……と思ってるとタライさんが照れているのか口を尖らせながら言った。
「この人混みやしはぐれたらかなわんわ!別に良いやろこれくらい」
まあ確かに、この人混みの中で迷子になったらそれこそ最後、私は一生学園に帰ることは出来ないだろう。それほどに人が多くて混んでいるし街は広い。
彼と手を繋ぎながら通りをずっと進んで行くと、いくつもに道が分かれている広場が見えてきた。
広場に隣接している敷地には、広いお庭付きの大きなシンメトリーの茶色の建物があり、その横にも白く大きな建物がある。一度立ち止まるとタライさんが説明してくれた。
「ちなみに目の前の茶色い建物が役所で隣の白いのは中央研究所や。変にちょっかい出したらあかんで。留置所に入れられるからな?」
「別にちょっかいなんか出しませんよ!私を何だと思って……あ!あの役所の門の前にあるの!」
私は役所の門の前にある公衆電話を指差した。ガラスに四方を囲まれたボックスの中にその電話があるのだ。
「タライさんあれ、地上へ電話出来る電話ですよね?」
「え?ああー……あれそうやね。」
タライさんはその方向を見もせずに答えた。あれ?どうしたんだろう。
「電話……するんでしょ?」
「まあ、するけど。そうやな。その為に来たんやし、するしかないわな」
何故かタライさんは俯きがちに答えた。彼女さんと久しぶりに話せるのに楽しみじゃないのだろうか。何故か、彼が握っている私の手が湿り始めている。もしや緊張しているのかな。
どうにか彼が歩き始めたので、私も一緒に歩いて電話ボックスへ向かう。するとボックスの前でタライさんが立ち止まって固まってしまった。その表情はいつになく固い。
「どうしたの?タライさん……」
「うーん実は……ちょっとまだ話す内容考えてへんねん。」
ぎゅっと私の手を握る圧が強くなった。あのタライさんがそんなに緊張しているの?私は彼の肩をドンとどついて言った。
「何が話す内容ですか!いつもみたいに元気しとったー?でいいじゃないですか!」
そして私はタライさんの真似をしながらタライさんの背中を電話ボックスに向けて押し始める。そうしているとタライさんもいつもみたいに笑顔に戻った。
「ははっ!何が元気ー?や!そんなん元気ちゃうやろ!って言われて終わるに決まっとるやろ!」
「もう分かりましたから早く〜!」
「わーったから!押すなや!」
タライさんは諦めてボックスに入りその透明なドアを閉めて受話器を手にとった。それを確認してから私は少し離れた所にいようと思って、中央研究所の前の石垣の葉っぱを眺めながら待っていることにした。
「ねえ、お姉さん、一人なの?」
え?誰?振り返ると20後半くらいの茶髪にちょっと無精髭を生やした、制服のようなコートを着た男の人に声をかけられた。ワイルド系な顔をした全く知らない人だ。でも何で私に用があるんだろう。
「一人じゃないです。友達待ってます。」
そう言ってまた石垣の観察をしようとすると、その男はニコッと優しく微笑みながら私の隣に来て、私の腰に手を添えてきた。フワッとスパイシーな香水の香りがした。
「俺、そこの研究所のものなんだけれど。君いくつ?」
そこの研究所?じゃあ中央研究所の職員さんなんだ。だから何なんだろう。何で私の腰に手を当てているんだろう。あと密着するように立つのは何でなの。分からないことが多すぎて戸惑ってしまう。
「に、23くらいです。」
「ふふっ、くらいという割には具体的な数字だけど。君は面白い子だね。」
すると彼は私の手を取って手の甲にキスをしてきたのだ。突然の求愛行動に私はうわっ!と声を漏らして驚く。
「すべすべして綺麗な手だねー。ねえ君は何て名前?」
「いや……いや……なに?なに?」
そうか!この人はおかしい人だ!どうしよう!掴まれた手を引っ込めようとすると、それに気付かれてぐっと掴まれてしまい、引っ込められなかった。男の力でぐっと掴まれていてちょっと痛い。
「もうちょっと話そうよ?それとも俺の研究室案内してあげようか?」
「おい、手を離せや」
声のする方を振り返るとそこにはタライさんが立っていた。私の目の前の男を睨む目つきは見たことないくらいに鋭い。いつもの優しそうなタライさんから想像出来ない表情にちょっと驚いた。
「あ?あんた誰?」
「そいつの連れや。手を離せ言うてんのが分からんのか!」
タライさんは声を荒らげて睨みながら威嚇した。すると男は、彼氏がいたのなら言えよと呟きながら人混みの中に消えていった。
ぽかんとしていると、タライさんがいつもの笑顔になって私に優しく言った。
「あーいうやつらは苦笑いだけじゃ分からんねん。まあアンタは生まれてから数ヶ月ほどやから知らんでもしゃーないか。」
「……タライさん、助けてくれてありがとうございました。」
私は微笑んでタライさんを見たけど、タライさんは私と目を合わせようともしないで、じっと一点を見つめたまま無言になってしまった。一体どうしたのだろうか。
「そうだタライさん、電話はどうでした?彼女さんと話しました?」
「うーん……そや!今日の夜、実はお肉祭りっていうのがこの広場であるらしいねん!それに参加しない?あとちょっとホテル半借り……まあ宿泊無しで何時間か借りて、パン屋であげにくぱん買って、部屋でゆっくりしない?そのほうがゆっくり出来るし……オススメやから。」
何故、私の質問に答えなかったんだろう。それに……
「夜もお肉祭りでお肉食べるのに、昼もあげにくパン食べるんですか?肉肉になるじゃないですか。」
するとタライさんは私の手をまた握りながら笑った。
「はっはっは!確かにな!でもたまには肉ばっかの日があってもええやん!まあアンタは干し肉ばっかやったけど、これからは毎日のように例の先生と食事用意するんやから、毎日は肉食えんようになるよ?今のうちに食べとき。」
「例の先生って、家森「せやから休日はその名を出さんといて!特に街にいる時はぁっ!」
タライさんの必死具合に私は笑った。そして彼は私の手を引いて商店街のパン屋さんの方へ向かったのだ。一体どうして電話のことを話したがらないのか分からないけど、無理に聞いても仕方ない。
タライさんがひょっと入ったパン屋の店内は、所狭しとカゴの中に色々な種類のパンが入っていた。見たことない種類のパンも多く、また遭遇した初めての光景に思わず目を輝かせてしまった。特にこのウネウネしたパンなんか見たことない!
「うわぁー見てください!こんな珍しい形のパン、学園の売店には売ってないですよ!見てタライさん!」
「うわぁホンマやな、ウ●コやん。」
耳元で小声で言ってきたタライさんを私は、は?と睨んだ。それが面白かったのかタライさんはケラケラ笑っている。なんて事言うんだろう……テンションの下がった私をそのままに、彼はキョロキョロして何かを探している。
「おっちゃん!あげにくぱんどこにあるー?」
タライさんが奥の厨房にいるおじさんに話しかけた。
奥から、ちょうど焼きあがるよー!と聞こえた。
数分後、パン屋のおじさんが焼きあがったあげにくぱんをトレーに乗っけて持ってきてくれた。湯気がまだ出ている茶色いトゲトゲしたパンを見て私は興奮した。
「これ2つください!あとこれも」
タライさんが何個かパンをトレーに乗っけていて、それをおじさんに渡すとおじさんは一つ一つ袋に丁寧に詰めてくれた。その中にはさっきお下劣な言葉で貶してきたウネウネのパンも含まれている。
お会計の時にポケットからお札を取り出して私が払おうとすると、タライさんは私の手をぐいと私に押し戻してきた。
「え?」
「良いから、今日は俺が奢る。付き合わせてしまったしな。」
「でも……」
「ええねん!俺かて金あるぞ!」
タライさんの反応に私もお店の主人も笑ってしまった。私はお言葉に甘える事にして彼に礼を言った。
昨日の夜は何度も街の動画を見てしまった。そのせいでちょっと寝不足だけどそんなのは関係ない。今日は楽しむんだ!それもタライさんと!
ガレージに私が着いてからすぐにタライさんがやってきた。そう言えば今日はもちろんそうだけど、彼はブルークラスなのにブルーローブではなくていつも私服だ。ちなみに彼の今日のスタイルは白いシャツに紺のチノパンをロールアップして履いている。もう春で心地の良い気候だから私もTシャツにジーンズの軽いスタイルだ。
「おー!おは!こっちやで!誰も見てないうちにおいで!」
はーい!と応えて私はタライさんについて行く。あ、そうそう。つい気になっていることを聞くことにした。
「そう言えばシュリントン先生は私も一緒でもいいって言ってました?」
するとタライさんは前を歩きながら手のひらをヒラヒラ動かして答えた。
「いーのいーの!あの人はな、お土産買うって言えば何でもオッケーしてくれんねん!」
「お土産……?」
「ああまあ。街で売ってるお菓子とか雑誌とかやな。」
「へえ、お菓子好きなんですね。雑誌……?」
シュリントン先生雑誌読むんだ。ファッション雑誌だったら意外だけど釣り雑誌なら納得だ。
「まあ……そういう雑誌やな。まあヒーたんは知らんでええよ。これこれ!これに乗ってくで!」
そういう雑誌って何?ちょっと気になるけど知らなくて良いのなら仕方ない。
裏門から近くの林の中を歩いて進んで行き、ガレージのような四角い建物が見えてきた。彼は扉の鍵を青の懐中時計をかざして開けて中に入った。聞けば、シュリントン先生がガレージへのアクセスを許可してくれたので、今はタライさんの懐中時計で開けられたらしい。
中にはワインレッド色のオープンカーと黒いスタイリッシュなスポーツカーの他に、ちょっと傷の付いた赤い乗用車があった。その赤い車は4人乗りのスタンダードなタイプで、タライさんはその車のドアを開けながら私を見て話しかけてきた。
「よっしゃ!この学園の車を借りて乗って行くで!」
「え……バスじゃなくてタライさんがこの車を運転して街に行くの?」
「俺の実績……!」
タライさんが分かるやろという態度で私を見てきたので笑った。確かに彼は凄腕のドライバーだった。
車のロックを解除してタライさんが運転席に座り、ドアを開けてくれて私も中に入った。助手席は意外と広くて座り心地もバスより全然良い!思わずシートを撫でてしまった。
「バスやとさ、バス代かかんねん。それに他の人に気つかうやん。あ、そのベルトここに入れてくれる?」
シートベルトの使い方を教えてくれたので私は従った。
「さあ行くでー!」
タライさんが車のエンジンを入れ、足元で何やらガコガコと操作し始める。
動き始めた車はガレージからゆっくりと出て行き、タライさんは林の中の道を運転しながら私に彼の携帯を渡してきた。
「もう打ってあるからそのままメールの送信ボタン押して」
「はい」
私は押した。内容はシュリントン先生宛で、今ですとそれだけ書かれていた。車は林を抜けて学園の裏門前に着き、一度停車した。
少ししてからギッと音を立てて大きな裏門が開き出した。きっとシュリントン先生が学園から遠隔で操作してるのだと私は理解した。
今度は門を通り過ぎたところで、タライさんは片手で少し携帯を操作し終えると私にまた彼の携帯を渡してきた。
「今度これ送って。」
「はい。」
今度の内容は、どもですー!だった。メールを送ると後方で門が閉まっているのが見えた。
「よし捕まっとれよー!」
タライさんが座席の真ん中にあるレバーを複雑にガチャガチャと動かすと、車体はエンジンの音を変えながら前に進み始めた。どんどん速くなる車に私は口を開けっぱなしにしている。
タライさんがグッとレバーを思いっきり引いた次の瞬間、車はやっぱり空を飛んだ!右に旋回すると草原を抜けて山の上をずっと飛んで行く。
「すごい!すごい!」
私は飛んでると感動しているとタライさんが笑い始めた。
「ヒーたん初めて空飛ぶちゃうやん!はっはっは!」
「バスとはまた違いますもんー。すごいー!」
どんどんと学園が小さくなって行く。車はブラウンプラントのうねり岩の上をものすごい速さで飛んで行く。
すると遥か前方にオーロラで囲まれたような、紫色の空が見えた。その下には大きな山がそびえ立っている。
目を凝らすとオーロラに囲まれるように山の頂上から一筋の光が天を突き刺すように輝き続けているのを発見した。何と神秘的な光景なのだろう、思わずじっと見てしまう。
「あれはオーロラ?」
「ああ、あれはオーロラやなくて時の架け橋や。」
「時の架け橋?」
タライさんは手慣れた様子で運転しながら話し始めた。
「うん。あの山の頂上から地上に行けるし地上から帰ってこれるねん。ヒーたんも通ってきたはずやけど、ぼんやりしとったから覚えてへんのか?」
「そうなんです……記憶が飛び飛びで。でもあそこから地上に行けるんだ!」
「せや!イスレ山っていうんやけどね。俺も何度も行ってるよ!勿論そこには衛兵がちゃんといて誰でも使えるわけやないけど、中央研究所か街の市役所で許可もらったら地上に行けるんや!」
「許可が必要なんだ……」
そりゃそうだよな。誰でも行き来出来たらちょっと大変なことになりそうだもんね。
「まあな。この世界を管轄しているのは中央研究所やし言ってしまえば衛兵も中央研究所の社員やし、実質的なこの世界のキング……いやクイーンはその研究所の所長さんや。しかも噂によるとその所長さん、めっちゃ美人らしい……見てみたいわ〜!」
タライさんのテンションが上がる上がる。
「ということはその所長さんって女性なの?」
「そうらしいね。あ、もうちょっと飛ばすで!」
はいと答える前にタライさんはスピードをあげてしまった。それから学園のことや街のことを話しながら青空のドライブを楽しんでいた。
それから何時間だろうか、でも思ったよりも早く街に着くことができた。
「はーっくしょい!」
タライさんはくしゃみをしながら駐車場に止まっている学園の赤い車にロックをかけた。もうこの街が上空から見えたときから私は最高に興奮している!ウファファ!
石畳の道に連なるお店の数々、行き交う人々の多さ、賑わいの声、全てが新鮮で輝いて見えて素晴らしい!タライさんの後を歩きながら私はキョロキョロとしてしまう。
時々、私の赤い髪色を珍しく思うのかじっと見て来る人が居る。まあその気持ちも分かるけど。タライさんの後を付いて行くと、駐車場から出て目の前の通りをずっと歩いて行くと商店の並ぶ街道に出た。
途中に見たことのないものを売っているお店があった。何に使うのか分からないネズミの形をした置物に何故か魅力を感じてしまいじっと眺めていると、タライさんがそれいらんから!と私の肘を掴んで、人波をかいくぐってまた歩き始めた。
ぎゅっ
え?
タライさんが私と手を繋いできたので驚いた。なんかタライさんと手をつなぐなんておかしく感じてちょっと耐えられないけど……と思ってるとタライさんが照れているのか口を尖らせながら言った。
「この人混みやしはぐれたらかなわんわ!別に良いやろこれくらい」
まあ確かに、この人混みの中で迷子になったらそれこそ最後、私は一生学園に帰ることは出来ないだろう。それほどに人が多くて混んでいるし街は広い。
彼と手を繋ぎながら通りをずっと進んで行くと、いくつもに道が分かれている広場が見えてきた。
広場に隣接している敷地には、広いお庭付きの大きなシンメトリーの茶色の建物があり、その横にも白く大きな建物がある。一度立ち止まるとタライさんが説明してくれた。
「ちなみに目の前の茶色い建物が役所で隣の白いのは中央研究所や。変にちょっかい出したらあかんで。留置所に入れられるからな?」
「別にちょっかいなんか出しませんよ!私を何だと思って……あ!あの役所の門の前にあるの!」
私は役所の門の前にある公衆電話を指差した。ガラスに四方を囲まれたボックスの中にその電話があるのだ。
「タライさんあれ、地上へ電話出来る電話ですよね?」
「え?ああー……あれそうやね。」
タライさんはその方向を見もせずに答えた。あれ?どうしたんだろう。
「電話……するんでしょ?」
「まあ、するけど。そうやな。その為に来たんやし、するしかないわな」
何故かタライさんは俯きがちに答えた。彼女さんと久しぶりに話せるのに楽しみじゃないのだろうか。何故か、彼が握っている私の手が湿り始めている。もしや緊張しているのかな。
どうにか彼が歩き始めたので、私も一緒に歩いて電話ボックスへ向かう。するとボックスの前でタライさんが立ち止まって固まってしまった。その表情はいつになく固い。
「どうしたの?タライさん……」
「うーん実は……ちょっとまだ話す内容考えてへんねん。」
ぎゅっと私の手を握る圧が強くなった。あのタライさんがそんなに緊張しているの?私は彼の肩をドンとどついて言った。
「何が話す内容ですか!いつもみたいに元気しとったー?でいいじゃないですか!」
そして私はタライさんの真似をしながらタライさんの背中を電話ボックスに向けて押し始める。そうしているとタライさんもいつもみたいに笑顔に戻った。
「ははっ!何が元気ー?や!そんなん元気ちゃうやろ!って言われて終わるに決まっとるやろ!」
「もう分かりましたから早く〜!」
「わーったから!押すなや!」
タライさんは諦めてボックスに入りその透明なドアを閉めて受話器を手にとった。それを確認してから私は少し離れた所にいようと思って、中央研究所の前の石垣の葉っぱを眺めながら待っていることにした。
「ねえ、お姉さん、一人なの?」
え?誰?振り返ると20後半くらいの茶髪にちょっと無精髭を生やした、制服のようなコートを着た男の人に声をかけられた。ワイルド系な顔をした全く知らない人だ。でも何で私に用があるんだろう。
「一人じゃないです。友達待ってます。」
そう言ってまた石垣の観察をしようとすると、その男はニコッと優しく微笑みながら私の隣に来て、私の腰に手を添えてきた。フワッとスパイシーな香水の香りがした。
「俺、そこの研究所のものなんだけれど。君いくつ?」
そこの研究所?じゃあ中央研究所の職員さんなんだ。だから何なんだろう。何で私の腰に手を当てているんだろう。あと密着するように立つのは何でなの。分からないことが多すぎて戸惑ってしまう。
「に、23くらいです。」
「ふふっ、くらいという割には具体的な数字だけど。君は面白い子だね。」
すると彼は私の手を取って手の甲にキスをしてきたのだ。突然の求愛行動に私はうわっ!と声を漏らして驚く。
「すべすべして綺麗な手だねー。ねえ君は何て名前?」
「いや……いや……なに?なに?」
そうか!この人はおかしい人だ!どうしよう!掴まれた手を引っ込めようとすると、それに気付かれてぐっと掴まれてしまい、引っ込められなかった。男の力でぐっと掴まれていてちょっと痛い。
「もうちょっと話そうよ?それとも俺の研究室案内してあげようか?」
「おい、手を離せや」
声のする方を振り返るとそこにはタライさんが立っていた。私の目の前の男を睨む目つきは見たことないくらいに鋭い。いつもの優しそうなタライさんから想像出来ない表情にちょっと驚いた。
「あ?あんた誰?」
「そいつの連れや。手を離せ言うてんのが分からんのか!」
タライさんは声を荒らげて睨みながら威嚇した。すると男は、彼氏がいたのなら言えよと呟きながら人混みの中に消えていった。
ぽかんとしていると、タライさんがいつもの笑顔になって私に優しく言った。
「あーいうやつらは苦笑いだけじゃ分からんねん。まあアンタは生まれてから数ヶ月ほどやから知らんでもしゃーないか。」
「……タライさん、助けてくれてありがとうございました。」
私は微笑んでタライさんを見たけど、タライさんは私と目を合わせようともしないで、じっと一点を見つめたまま無言になってしまった。一体どうしたのだろうか。
「そうだタライさん、電話はどうでした?彼女さんと話しました?」
「うーん……そや!今日の夜、実はお肉祭りっていうのがこの広場であるらしいねん!それに参加しない?あとちょっとホテル半借り……まあ宿泊無しで何時間か借りて、パン屋であげにくぱん買って、部屋でゆっくりしない?そのほうがゆっくり出来るし……オススメやから。」
何故、私の質問に答えなかったんだろう。それに……
「夜もお肉祭りでお肉食べるのに、昼もあげにくパン食べるんですか?肉肉になるじゃないですか。」
するとタライさんは私の手をまた握りながら笑った。
「はっはっは!確かにな!でもたまには肉ばっかの日があってもええやん!まあアンタは干し肉ばっかやったけど、これからは毎日のように例の先生と食事用意するんやから、毎日は肉食えんようになるよ?今のうちに食べとき。」
「例の先生って、家森「せやから休日はその名を出さんといて!特に街にいる時はぁっ!」
タライさんの必死具合に私は笑った。そして彼は私の手を引いて商店街のパン屋さんの方へ向かったのだ。一体どうして電話のことを話したがらないのか分からないけど、無理に聞いても仕方ない。
タライさんがひょっと入ったパン屋の店内は、所狭しとカゴの中に色々な種類のパンが入っていた。見たことない種類のパンも多く、また遭遇した初めての光景に思わず目を輝かせてしまった。特にこのウネウネしたパンなんか見たことない!
「うわぁー見てください!こんな珍しい形のパン、学園の売店には売ってないですよ!見てタライさん!」
「うわぁホンマやな、ウ●コやん。」
耳元で小声で言ってきたタライさんを私は、は?と睨んだ。それが面白かったのかタライさんはケラケラ笑っている。なんて事言うんだろう……テンションの下がった私をそのままに、彼はキョロキョロして何かを探している。
「おっちゃん!あげにくぱんどこにあるー?」
タライさんが奥の厨房にいるおじさんに話しかけた。
奥から、ちょうど焼きあがるよー!と聞こえた。
数分後、パン屋のおじさんが焼きあがったあげにくぱんをトレーに乗っけて持ってきてくれた。湯気がまだ出ている茶色いトゲトゲしたパンを見て私は興奮した。
「これ2つください!あとこれも」
タライさんが何個かパンをトレーに乗っけていて、それをおじさんに渡すとおじさんは一つ一つ袋に丁寧に詰めてくれた。その中にはさっきお下劣な言葉で貶してきたウネウネのパンも含まれている。
お会計の時にポケットからお札を取り出して私が払おうとすると、タライさんは私の手をぐいと私に押し戻してきた。
「え?」
「良いから、今日は俺が奢る。付き合わせてしまったしな。」
「でも……」
「ええねん!俺かて金あるぞ!」
タライさんの反応に私もお店の主人も笑ってしまった。私はお言葉に甘える事にして彼に礼を言った。
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