スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第19話 ヒイロの才能?

この月曜は他の曜日よりも早く終わる日だ。僕は4限のブルークラスでの光魔法学の授業を終えるとすぐに職員室に戻った。

ダークブラウンの柱にクリーム色の壁紙、落ち着いた色調の職員室には中央に向かい合う形で机が6つ置かれている。扉から入ってすぐのところにベラの整頓された机があって、その向かいの机の上には乱雑に重なった本がいくつも置いてあり、いつのか分からないプリントがベラの方にまではみ出している。しかしそれは僕の机ではない……シュリントンの席だ。

僕の机はベラの隣だ。机の上にノート型のPCを置いてカタカタと作業をするベラの背後を通って、自分の席に着くとすぐにテキストと魔道書をアイウエオ順に机の一番大きな引き出しに入れた。

僕は机の上に不必要に物を置くことを好まない。故に机の上には何も置かれていないさっぱりとした空間があるだけだ。

特にシュリントン先生を見ているとそう思ってしまう。いつもいつも何かを探していてベラにまで聞く始末。そのような状況で何故整頓しようと思わないのか理解出来ない。

そして僕の席の前は美術のディーナの席だ。彼女は非常勤の教師で担当教科は美術だ。ベラがアートを好むということもあって二人はとても仲がいいように思われる。ウェーブのかかったブロンドヘアはいつもハーフアップされていて、笑顔も癒し系で可愛らしい女性だ。

今日は美術の授業があったので彼女も出勤しており、机で紙にのりでペタペタと絵画の切り抜きを貼って、何やら生徒に配るための資料を作成していた。ちなみに街に夫がいる。

そしてあと二つの机は誰も使用していなくてまっさらだが、ディーナの隣の方はシュリントンの物置と化していて書類も問題も山積みになっている。

僕は席に座るとバッグの中からPCを取り出して机に置いて、有機魔法の専攻で配布する予定の資料を製作し始めた。すぐにディーナが僕にコーヒーの入ったマグカップを持ってきてくれて僕はありがたく受け取った。

コーヒーを口に含みながらそう言えばと白衣のポケットから携帯を取り出して何か連絡が来てないか確認した。ヒイロからのメールが届いていた。どれ。

……ああ、あの授業の時の写真か。携帯にはアウター姿の僕とヒイロとケビンの手のひらに水色の魔法陣が乗っかっている写真が表示された。

ふふ、お揃いか。こう言ったお揃いもいいかもしれない。彼女のその言葉は僕をとても嬉しい気持ちにさせてくれた。よりこの無属性の魔法のことを気に入ってしまった。さて何と返事しようか、考えているとシュリントンが書類の山の向こうから覗き込む仕草をした。

「あ!そうだ、ねえベラ」

突然のシュリントンの声掛けにベラが不機嫌な様子で作業を切り上げて、何故か赤ペンのキャップだけを持っている彼の方を見た。

「何ですか?また赤ペン無くしました?それならそこに落ちていますわ。それに使ったペンはそのペン立てに刺して置くように言ったではありませんか。何故それくらい守れませんか?」

「ああまあそうなんだけど……あ、ほんとだあった。」

赤ペンを見つけたシュリントンがそれをペン立てに刺した……がよく見るとそのペン立てはベラがいつも飲んでいるハーブティーの丸い缶だった。

なるほど……いつも嫌々ながらもベラは何だかんだ彼の世話を焼いてくれる。出来れば僕よりも先にこの学園からいなくならないで欲しいと何度思ったことか。それほどに助かっているし感謝もしている。

「あ、違うよ。赤ペンじゃなくてヒイロのことなんだけど」

「ヒイロ?うちのクラスのヒイロですか?」

「うん……グリーンクラス以外にヒイロっていないよね?」

シュリントンが顎に肉を寄せてグフグフ笑った。ヒイロの話と聞いてベラは姿勢を直してシュリントンの話を聞こうと彼をじっと見ている。僕も作業の手を止めて、彼らの話を聞くことにした。

「うん。今日の音楽の時に思ったんだが……ヒイロは今すぐにでも、いや来年に卒業して街の中央音楽院に行ったほうがいいと思うんだ。」

「ぶっ……!?」

ハーブティーを口に含んで話を聞いていたベラが少し吐き出してしまい、それに気づいたディーナがティッシュを持って彼女の机を吹き始めた。し、しかし……あまりに突然の提案に、ベラは勿論僕だって驚きを隠せなかった。ベラが拭かれながら答えた。

「ちょっ……え?どうしてでしょうか?しかも中央音楽院なんて、そんじょそこらでピアノを習っていたレベルでは到底入れないと聞きますし……一体どうしてです?」

うん……と少し考えた表情をしてからシュリントンが答えた。

「彼女のピアノは天才的だと思う。」

なんと。

「ヒイロが?」

疑いの目でじっと彼を見つめるベラは、少し机に身を乗り出して話を聞く姿勢になった。僕も唖然とした表情で彼を見つめて話を聞き入ってしまう。そうか……彼女に音楽的才能が?

「うん。正直プロとしては「そんなプロだなんて、ここは音楽院でも無いのですから。」

食い気味に反応するベラ。悪い意味は無いが僕も同じ意見だ。

「いや、もう活躍出来ると思うよ。灯の雪原楽団ならすぐにでも入れるだろう。音楽院がいいと思ったが……いや、それよりもすっ飛ばして街の第一楽団の入団試験を受けてもいいかもしれない。」

い、一体何を言い出すんだ。ベラが信じられないと言った表情で一点を見つめながら聞いた。

「そんなまさか、ヒイロが?うちのヒイロが?」

「うん。君のクラスのヒイロが。あれ?スカーレットって言った方が通じる?」

「いえヒイロで分かりますけど……私のクラスのヒイロが?」

「う、うん……なんで?そんなに信じられないなら今度彼女の演奏を聴いてみるといい。ピアノのに触りたてとは思えないほどの表現力だし、楽譜の読みもすでに速く、即興もしっかりと曲の雰囲気を掴んだまま更に世界観が広がるような演奏で素晴らしいときたもんだ。あのように音色を奏でられる人物、音楽院でも滅多にいないと私の経験で言えるよ。あの天才と称してもおかしく無い実力をそのままにしておくのは勿体無いと思うんだが……。」

「そ、そんなに……」

手のひらで胸を押さえながらじっと一点を見つめて考え込んだベラ。僕も同じく懐疑心から少し放心状態になってしまった。そのうちに信じられないという表情のベラとチラリと目が合った。

なんと、彼女にそこまでの音楽的才能があるか……音楽院を出ているシュリントンが言うのなら間違い無いだろう。呆然とする僕たちを尻目にシュリントンとディーナがヒイロは音楽をさせるべきだという話で盛り上がり始めた。

「そうそう!だからまずはと思って、海上のピアニストの作曲コンテストに応募するように勧めておいたよ。何事も挑戦が大事だと思うし、きっと彼女ならいい曲を作れるだろうし。チラシを渡したらノリノリで受け取っていたからやると思うよ」

ニッと笑うシュリントン。その前で考え事をしているのか思考が停止したのか動かなくなったベラに僕は声をかけた。

「ベラ、今度ヒイロに演奏してもらいましょう。」

「そ、そうね……。」

納得したのかベラの時が動き始めた。しかし、もし彼女がそのコンテストで名が売れて音楽院や楽団に行きたいと言ったらどうなるか……遠距離になるのは仕方ない。

それに音楽院はまだいい、しかし楽団に行ってしまえば遠征ばかりで忙しくなるだろうし、休日だって教師の僕とは合わない可能性がある。そうなればどれくらいの頻度で彼女に会う事が出来る?いや、僕の頭が考えることを拒絶した。それはいけない!それは!

ガタッ

「ど、どうしたの家森くん……」

目を見開いて立ち上がった僕。そして驚きの表情で僕を見てきたベラに、僕は答えた。

「……少し出かけます。すぐに戻ります。」

どこに、というベラの声を背に僕は職員室を後にした。


*********



早速PCに入っている作曲ツールで海上のピアニストのクライマックスシーンの曲を考え始めた。ピアノが部屋にあれば最高だったけど、あんな高価なもの買えないし、音楽室のピアノは借りられても19時までで、もうその時間を過ぎている。

シャワーを浴びているときに何となく浮かんだフレーズがいい感じだったのでどうにか記録しておきたいとPCを触っていると、何と元から作曲ツールが入っていたのを見つけた。

基本的なツールでピアノの他はドラムやギターしか入ってない。でもピアノがある事が重要だもんね。私はキーボードに割り当てられた音階を触って確認してから、まるで鍵盤のようにキーボードを優雅に叩いて作曲し始めたのだった。

側から見たらPCをタイピングすることに快感を感じているような何とも気持ちの悪い人間になっているだろう……でもピアノのような雰囲気で叩いた方がその後のフレーズが浮かびやすいんだもの……それに音楽室と違って私の部屋には私しかいないから集中しやすくていい感じ。

何としてもこのコンテストで賞金をゲットするんだ!おっと……ちょっと力みすぎて音符を連打してしまった。これでは感動のクライマックスシーンが戦闘曲みたいになってしまう。いかんいかん。

トントン

ん?叩かれた。隣のマーヴィンかな……また何かの音がうるさいと文句を言いに来たのかもしれない。でもPCにやっすいイヤホンをつけて音が漏れないように工夫しているし、もしPCのタイピング音がどうのこうの言いたいんだとしたらちょっと気にしすぎだと思う。

……だったらあんたのくしゃみや鼻をかむ音の方がうるさいと思う。早くその慢性的な鼻炎を医務室のウェイン先生にでも治してもらえばいいのに……そうだ。彼は有機魔法学の専攻なのだからポーションでも作ればいいのだ。そう言おう。

ガチャ

「あ、」

ドアを開けるとそこには白衣の家森先生が立っていた。突然のご来訪、前もってメールしてくれればこんな格好で出向かう事は無かったのに。

こんな……売店で一番安いヨモギリンスインシャンプーにオマケで付いていたフリーサイズのゆるいカットソーに下はまあジャージだからセーフかもしれないけど。ああ、マーヴィンかと思って油断してた。今度から開ける前に誰だ?と聞くことにしよう……。

「ヨモギ?」

そうね、胸のところにシャンプーのマークとヨモギと書かれているよ。そりゃあさ!はは!

「はは……まあヨモギですね。で!何ですか?どうしました?」

「少しお話をいいですか?ここでも構いませんが話し声が聞こえるでしょうから」

「ああはい!じゃあどうぞ……何も無いですけど」

家森先生が中に入ってきた。革靴のコツコツとした音が響く。キョロキョロと辺りを見回しているが、どこか元気がなさそう。急にやってきてどうしたんだろう。

「ああ、お茶は結構です。すぐに戻らなければ仕事が溜まっているので。」

ああ……と言いながらグラスをキッチンの引き出しにしまった。すぐそばのテーブルにいてあるPCの画面を家森先生が食い入るように見始めた。

「これは……一体?」

「それは作曲ツールの画面です。実は作曲をしてみようと思っていて」

「そうですか。知ってます。」

「え?」

何で?何で知っているんだろう……まだ誰にも話してないのに。戸惑っていると家森先生がじっと私を見つめてきた。

「職員室でシュリントン先生にヒイロがピアノの才能があることを聞きました。」

「えええ、そんな話されるとは……」

驚きだった。へえ〜いいんじゃないって反応だったから駄目だったのかなと思ってたけど、意外と良く思われてたんだ。だったらシュリントン先生も、もっとすご〜いと心を込めて言ってくれてもいいのに。

「彼の話ではあなたには将来、楽団や音楽院の道もあり得るとのことです」

「そ、そうなんですね……先生方の間でそこまで話されるのも照れるというか驚くというか……へぇ〜音楽院は行こうとは思いませんけど楽団は少し気になりま「許可しません」

……え?

彼特有の冷たい視線と目が合った。

「許可しません。」

「ど、どしてです?」

「……。」

何も答えず目を逸らしてしまった。急にどうしたんだろうか何が何だか分からない。それを話にわざわざここまで来たのか?どうして担任の先生でも無いのに彼が私の将来について言及し、更に制限してくるのか?その目的は何か?頭の中には今大量のクエスチョンマークが発生している。

戸惑うしか無い私。その私を見た家森先生はハッとした表情をした。

「…………すみません。あなたの夢を応援しない訳ではありませんが……いえ、忘れてください。何処に行こうと応援しています。」

と、言ってくるりと私に背を向けて部屋を出て行こうとしたので私は慌てて家森先生の腕を掴んでしまった。

ガシッ

「ちょっと待って!」

「……。」

ああ、いけない。咄嗟に言葉が出てしまった。私は手を離した。

「あ、ごめんなさい!ちょっと待ってください、でした。でもどうして許可しないなんて仰ったんですか?」

俯き、難しい表情のまま家森先生が静かに言った。

「忘れて。」

「ヤダです!気になりますもん、何でも言ってください。信頼関係築きたいです。」

そう、何だかんだ家森先生は私の専攻の先生だし、私の部屋を直してくれたし、メールだってしてくれて……学校が終わって家森先生からメールが来てると嬉しい気持ちになる。タライさんでも嬉しいけどそれとは違う。少しドキドキした嬉しさだ。

だからもっと仲良くなりたい……と思ってしまうのは良くないのかもしれない。でも、少しだけ仲良くしたい。

家森先生は少し考えた後にようやく口を開いた。

「……そう言って頂き、ありがとうヒイロ。なら話します。これはあなたが卒業すれば仕方のないことですが、その際はここから離れて暮らすことになります。加えて楽団となれば遠征もありますし休日も教師の僕とは合わないでしょう。」

……ん?ん?卒業してからも会うことが出来なくなることを心配してるの?それって……どういうこと?

「確かにそうですけど……確かにそうですね。休日が合わないと会うことは難しいですね。少し、何ていうか寂しいです。でも聞いてください、まだ行くと決めた訳ではないですし、行けるかどうかも分からないですよ。ふふ」

本音を話したからか、彼もふと笑ってくれた。その優しい笑顔が素敵。

「あのシュリントン先生を唸らせたあなたなら、必ずや行けます……ですから許可しません。」

えっ!?何だろうその上げて落とす感じ。

「何でですか?」

「とにかくそういうことですから肝に命じておくように。では僕はまだ仕事が残っているので失礼します。」

「え?え?何で……あ、はい」

もう一度小さく何で、と呟いた言葉は玄関に向かう白衣の背中には届いていなかったようだ。彼を送りに玄関まで付いて行くと、彼が振り返った。

「その前に」

「あ」

急に腕を掴まれてぐいと引っ張られて私の頬が彼の体にぶつかってしまった。しかしそのまま彼の腕の中にぎゅうと閉じ込められてしまう。

温かい……あと彼の甘い匂いがする。胸が高鳴り始めているのに感覚がとろけそうな安心感を抱いてて、変な感じがする。家森先生はどう感じているんだろう。

「ずっとこうしたかった。」

更に鼓動が大きくなってしまった。大きく息をしないと抑えきれない。

「これは私だけですか?挨拶?」

「ふふ、挨拶でここまで熱い抱擁はしません。僕の抱擁は物足りないですか?」

な、なな!?

「いやいや……そんなことは。でもどうしよう。どうしよう」

「……可愛い。こうして抱きしめたいのはあなただけです。」

更にぎゅうと力を入れてくれた。私も彼の背中に腕を回してみた。

「……あまり抱きしめられるとキスしたくなりますが」

「じゃあダメです」

私が離れようとすると家森先生も離れてくれた。彼の顔面が想像よりも真っ赤だったのでちょっと笑ってしまった。まあ私も赤いけど。

「ふふ、では失礼します。それと先ほどの約束は守るように。」

「え、ですから何で。あ。」

それだけ言い残して部屋から出て行ってしまった……。
結局理由がはっきりとしなかった気がするけど、多分卒業しても会う時間が欲しいのだと思った。なら、家森先生と休日が合う仕事を見つけてもいいかもしれない。

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