スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第17話 ヤモリの黒炭

「さてそうですね、ところでヒイロはヤモリの黒炭を食したことがありますか?」

唐突に投げられた質問に私は戸惑った。そんなもの聞いたことも見たこともない。それに関して戸惑うし、あと今家森先生が私とケビンの机に挟まるようにして密着して立っていてかなり距離が近いことにも戸惑っている。とにかく私は聞いた。

「いえ……ヤモリの黒炭って何ですか?」

「ヤモリの黒炭はヤモリを炭になるまで焼いたものです。火であぶる技法ではなく蒸すと表現した方が良いでしょうか、専用の蒸し器を使いヤモリを黒くなるまで調理したものです。」

「へぇ……」

そんな手法があるんだ。人間関係や思い出の記憶だけでなく、私からは料理の知識もごっそり抜けてしまっているので、何が一般的な食事なのか食堂の料理で見たものしかまだ分からないけど、大体煮たり焼いたり炒めたりするよね。そのヤモリなんとかは蒸すんだ。

「ヒイロは食べた経験が無いと言うことなのでケビンと同じですね。通常実戦魔法は所謂いわゆる古典的魔法の一種で、昔から存在している魔法です。」

歴史のある魔法なんだ……この世界は誕生してからまだ日が浅いといつか聞いたけど、それでも歴史があるくらいは存在しているのか。私は家森先生の顔を見ながら真剣に聞いていた。ケビンもテキストと家森先生の顔を交互に見て聞いている。

「ところでヒイロは魔法・魔術の正体をご存知ですか?」

「魔術の正体……?」

魔法・魔術……どっちも一緒だけど、それに正体も何もあるのか不思議に思った。難しい質問だ。小さい頃から発動の瞬間を感じたのなら正体が分かっていたかもしれない。

でも昔の記憶がない以上、自分がどうして魔法を使えるのかが分からなかった。この学園に来て最初に魔法を出したのはあのラボの実戦の授業だった。何も考えずに出ろ出ろと念じた結果、それで普通に出せている。何がきっかけとか何が原因とか、詳しい仕組みはよく考えると知らなかった。

「ケビンはご存知ですか?」

「はい。でも、大まかにです。」

ケビンは頭をかいた。大まかにでも知っているんだ……ケビンすごいなぁ。

「では改めて説明します。」

家森先生が黒板にチョークで図を描きながら説明し始めた。小さな四角形が書かれている。

「結論から言うと、魔法は魔法ではありません。厳密には。」

「えっ!?」

思わず叫んでしまった。いい反応ですね、と家森先生が振り向いて微笑む。

「魔法と呼ばれるこの技術は超科学とでもいいましょうか、科学の力で成り立っているものです。」

科学……?魔法なのに科学?どの辺がだろう?私は真剣に家森先生を見つめた。

「地下世界と呼ばれるこの地下の異次元空間に生まれたものは今話した科学技術を使うため、幼い頃にプレーンと呼ばれるとっても小さなチップを体に埋め込みます。大抵は肩の筋肉組織に埋めます。それか、昔は心臓に埋め込むのが一般的でしたが……より少ないリスクを優先させ肩にしたのでしょう。」

「へぇ……」

心臓に埋め込む時代に生まれなくて良かったと心から思っている。そして自分の肩を観察すると、確かに右肩の皮膚の下に四角い何かが埋まってるようにボコっとしている。

「ヒイロの場合は地上から入学されてますよね。」

「えっ、はい。」

「その場合は学園の入学時の身体検査で埋め込みます。通常大人の出来上がった体に埋め込むと激痛が伴いますが、学園ではかなり強力な麻酔を使います。身に覚えはありませんか?」

……そんなことあったっけ?覚えていない。私の意識がはっきりしたのはクラス交流の日だった。それは学園が始まってから1週間過ぎた日なのでもしかしたら知らない間にプレーンを入れられてたのかも。きっとそうだ。

「……うーん?」

「おや、覚えていませんか?強力な麻酔ですから意識もはっきりとしませんし、覚えていない人も稀にいます。まあ、そして肩に組み込まれたプレーンは何日かすると埋め込まれたその人の体を母体と認識します。これを融合と言います。」

ほお、と漏らしながら私は頷いた。隣のケビンはじっと肩を見ながらプレーンの箇所を指で触っている。

「融合したチップは母体の持つエネルギーに反応し化学反応を自身で行い、母体に属性を与えます。」

「ちょっ、ちょっと待ってください。つまりその人その人のエネルギーに合った属性の、魔法や魔術と私たちが呼んでいるものが使えるように成る訳ですか?」

私の疑問に家森先生が頷くとケビンは思案顔で天井を見つめながら呟いた。

「なるほど、だから皆同じプレーンを埋め込んでいるはずなのに色々な属性の人がいるんだ……。」

「そうです。元のプレーンは一緒でも、融合後は千差万別の能力が母体に加わる訳です。大まかに炎だったり水だったりしますが、出せる攻撃魔法が刃の形をしているのかあるいは柱の形をしているのか両方使えるのか、それは人次第です。」

「なるほど」

私は今の話を適当にまとめてノートに書き込んだ。ちょっと目線を上げるとすぐそばで立っている家森先生が私のノートを覗きながら次の話をせずに待っててくれていることが分かった。そうなるとちょっと書くのを急いじゃう。

「……ふふ、書き終えましたね。そこで使える魔法の拡張をすることも出来ます。もともと備わっている能力の他に新たに能力を付け加えることです。」

えーそんなことも出来るの!?

「何でもかんでも付け加えることが出来ると言う訳ではありません。一般的に後から付け加えられる属性はこの通常実践魔法の無属性のみです。」

「え?」

そうなんだ、何でもかんでも付け加えられる訳じゃないんだ……ということは?私は疑問に思って先生に聞いた。

「無属性が後からつけられるということは、家森先生は元々違う属性だったのですか?」

私の質問に先生が微笑んで答えてくれた。

「細かく説明すれば属性はその人の生まれた環境や食べ物、あるいは生まれ持った体質がプレーンに影響することが多いです。南の島のような海に囲まれた場所で生まれた人は水属性になりやすく、また山林地帯で生まれた人は風や地属性になりやすい。」

「なるほど、じゃあ火山とか砂漠の近くは炎だったり、光だったりするのか。ともりの雪原の人は氷とか。」

なるほどね……ケビンの解釈に納得して何度も頷いた。ともりの雪原というのは雪原地帯の街の名で、年中雪が降ってる場所だ。

「そうですね。私は地上で生まれましたが子どもの頃に灯の雪原に越してきました。やはり周りは氷属性の人が多かったのですが私自身の属性は光です。」

家森先生が光魔法使ったところなんて見たことがないけどなぁ。と考えていると察したのか家森先生が私に使えますよ、と言った。

「そして後から属性を付加するには、そのエネルギーをたっぷり含んだ食物を摂取しプレーンに教え込むのが一番手っ取り早い方法なのです。」

私とケビンはアッと言った。

「そうです。無属性を豊富に含んだもの、それがヤモリの黒炭です。」

すると家森先生が教壇からさっき持っていた黒い袋をドシャッと私の机に置いてきて、先生が袋の紐を解いて中を見せてきたのだ。

その中には大量の焦げた細い何かが入ってる。それが何なのか分かっているけど分かりたくない。分かりたくなかった!

「そうです。ですからお二方もヤモリの黒炭を食べましょう?ふふ」

見たことのないドSな笑顔で家森先生は袋の中に手を突っ込んでヤモリの黒炭を鷲掴みにして私の目の前で見せてきた。オーマイ!オーマイ!?

「せ、先生!質問!」

その時ケビンが慌てて家森に質問した!おああ!ナイス判断!家森先生がどうしました?と聞いてケビンの方を見ている。

「そ、それを食べて通常魔法の素質が加わると思うのですが、無属性?無属性って属性が無いんですか?どういうことですか?」

「おっ、いい質問ですね〜。」

家森先生が袋を置き話し始めた。ナイスケビン!いい質問だ!私は家森先生に見つからないようにケビンにウィンクをした。それを理解したのか彼は少し口角を上げた。

「古典魔法の多くが無属性なのですが、はっきりと分類出来ないだけで属性としては存在しています。しかし通常実践魔法の属性はかなり細かく分類が極めて困難です。なので統括して無属性と称している訳です。」

「無属性……。」私は繰り返した。

「はい。ネズミを捕まえたり壊れたものを治したりするのに炎や水は必要ありません。かなり高度なものになると、例えば水属性と重ねて使うことで何しても取れない頑固な汚れを取る魔法などもあります。それを重複魔法と言いますが、前に格技場のベラ先生が行なっていたのを思い出せますか?」

「あっ、風の防御壁に風の刃を当てて大きな風の刃にしていた時の…!」

あのダイナミックな技を思い出した。それでシュリントン先生の炎の防御壁が壊れたのだ。

「そうです。あのような重複魔法は複数の属性を同時に使用するときにも応用が利きます。」

そう言って家森先生は手に鷲掴みにしているヤモリの中から1匹だけもう片方の手の指で摘んで取り出した。やば!油断していた。どうしよう!

「せっ、先生質問!」

ケビンがまだ叫んだ。頑張れケビン!どうにか頑張ってチャイムが鳴るまでひきのばしてくれ〜〜!家森先生はヤモリ1匹摘んだままケビンの方を見ている。

「はい、なんでしょう?」

彼はつい口走ったが何を聞くか思いつかなかったようだ。ケビンの目が泳いでいるし、援護射撃を求めているのか私の方をチラチラ見ているが私は何も質問が思い浮かばない!

「ヒイロ、ほら!なんか質問あるでしょ!?」

ケビンは私の肩を強めに叩いてきた。その気持ちも分かるよ?でも何も思いつかない〜〜!

「質問?えっとえっと……!」

すると我々の様子を見ていた家森先生がニヤニヤしながら話し出した。

「おや、質疑応答で時間を稼ぎ、ヤモリ食事会を次回の授業に持ち越そうと言う作戦でしょうが、そうは行きませんよー。さあ食べましょう。無属性のエネルギーがふんだんに含まれています、ふふっ」

今までに無いくらいに楽しそうな笑みを浮かべながら家森先生はヤモリを1匹つづ私とケビンに手渡した。きっと彼は食べた後の我々の反応が本当に楽しみなのだろう。そうか、家森先生はドSなんだ。ああやって優しいと見せかけて実はそうだったのか……もうメール返さないからね!

私は軽く先生への復讐を誓って少しヤモリの匂いを嗅いでみたが、意外にもそれは無臭だった。

「さすが無属性。」

ケビンも同じ感想のようで何度も鼻を近づけそういった。

「どうぞ。ふふ。食べて。無属性の素質を出してくれないと先に進めませんから。」

確かに、これを食べなければ無属性の魔法は使えないのだ。これさえあればタダで窓の修理だって、ネズミ捕りだって、使いようによっては日曜大工だって出来る。そんな得しかない魔法を手に入れられるチャンスなのだ。私は覚悟を決めた。

「行きます!」

私は気合を入れ、ヤモリを思いっきり口の中に放り込んで前歯で咬み千切った。

その瞬間、超絶な苦さが口を通して全神経を揺さぶるような衝撃を与えてきたのだ。喉もアゴも麻痺しそうで思わず胃袋と一緒に吐き出しそうになった。

「ウォェエエ!」

私が口から出そうとすると家森先生が慌てた様子で私の口をガッと押さえてきた!な、何してるの!?

「いけません!飲み込んでください!」

家森先生は私の後頭部と口を両手で押さえてヤモリを出さないように固定してきた!何をする、一回出させてよ!と抵抗するが全力で口元を押さえつけられて、もうただ呑み込むしかなかった。

「うへっ……ゲホ」

「飲みました?」

私は家森先生を睨んだ。

「飲みました?じゃないですよ!なんですか無理やり!しかも素質出るか分からないのに……飲みましたけど…。」

もう絶対にすぐにメール返信しないからね。今までは窓の件とかネズミの件があったから恩を感じて先生から送られてくる何でもない日常のメールをなるべく早く返していたけど、もう重要な内容の連絡以外は一言で返すし、ちょっと遅れて返しますからね!

そう思わせられるくらいに、このヤモリの何とかっていうのは苦いのだ。確かにこれを食べなければ素質は付かないけれど、今の無理矢理な感じは頂けないと思う。私が涙目で怒っているのを察したのか先生が私の頭を撫でてきた。そういうのいらないもん。

「まあまあ……無属性の素質は誰にでもほぼ出ますからそれまでの辛抱です。その代わり後20本は食べる必要がありますが。」

こんな衝撃を後20回も??……私は気が遠くなった。

「先生も20本食べたんですよね?」

私が苦しむ様子を見ていたケビンが恐る恐る聞く。

「僕は29本食べてようやく素質が加わりました。慣れれば美味しく感じます。僕は毎朝食べていますよ。」

その答えを聞いて私はケビンと目を合わせ、肩を落とした。……って、これ毎朝食べてるんだ……達人すぎるでしょ。

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