スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第15話 鍵のありかと疑惑

帰りの廊下を歩いていると何人かの生徒から「先生すごかったです!」「先生今まで何隠してたんですか!」と声をかけられた。

どうも、いえいえ、と簡単な返事をしてそのまま生徒の群れを抜け、校舎裏口の扉から外へ出た。裏庭では夕焼けのオレンジが自由気ままに生える草やゴロゴロ転がる石を照らしていた。

さらさらと柔らかい風が流れる。今日は久しぶりに動いたな、帰ったら熱いシャワーを浴びようと僕は考えながら職員寮へ向かう。

本当は他の先生方と格技場の整備を手伝ってから帰ろうと思ったが、シュリントンもベラも我々がやるからいい、今日は参加してくれてありがとうと何度も遠慮してきたので仕方なく従うことにした。

砂利道を歩いて職員寮へ向かう。道は林の中を通っており、辺りは木々で覆われていて風でさわさわと葉が揺れていた。心地の良い風だ。

僕は少し目を瞑って歩いた。平日は毎日、何度も何度も通っている道だ。少しくらい目を閉じても感覚でどの辺にいるか分かる。

小さな階段を降り、職員寮の門を開ける。だいたいこの辺りで僕は自分のポケットから部屋の寝室の鍵を手に取り出す。

玄関の鍵は懐中時計で行う魔力認証だが、寝室の鍵はそうではなく普通の鍵だった。寝室にクローゼットがあるので、帰ってすぐ部屋着に着替えるために鍵を早めに持っておくのが自分の中の決まり事だった。

しかしいくらコートのポケットを漁っても鍵が見当たらない。あれ?

立ち止まってゴソゴソとコートのポケットの中を探し回っていると、ポケットから一枚の紙が出てきた。なんだ?と広げ、中を見る。

『家森先生、鍵欲しかったら部屋に来てください マリー』

あああ……。

手紙を見終えると目を閉じ、深くため息をした。

念の為、コートの他のポケットやブルーローブのポケット、ズボンのポケットも探したがどこにも鍵は見つからなかった。

早く寝室のドアも魔力認証のタイプにすべきだったと後悔した。それに彼女にコートを渡しておくべきではなかった。

ああ、面倒くさいことになってしまった……疲れているのになあ。僕は元来た道をトボトボと歩いてまた校舎に向かった。

実戦の授業のことを思い出す。中盤辺りから、ヒイロは高崎とあんなに仲良くし始めた。

考えに考えた文章のメールは素っ気なく一言で返されて、しかも僕の目の前で高崎をあんなに可愛らしい仕草で応援して……その彼女の姿を見たときに、僕は高崎との戦いをタダで終わらせたくないと思ってしまった。結果、彼女達はもっと仲良くなってしまったのかもしれない。

そしてその結果、マリーがこんなことをしてしまっているのだ。教師としても、一人の男としても僕は何をしているのだろうと思った。何度もため息をつきながら歩みを進め、ようやく職員室に着く事が出来た。

レッド寮の名簿を手に取り、マリーの部屋の番号を探した。

「301か、全く手の焼ける…」

早く彼女の部屋に行って注意をして、すぐに終わらせよう。そう思い早足で職員室を出ようとすると、ドアの所でベラとぶつかりそうになった。

「あら!ごめんなさい。家森くんまっすぐ帰らなかったのね。」

「おお!こちらこそ、すみません。実は事情があって…。」

僕は簡単に自分の事情を話すことにした。話を聞いたベラはため息をつきながら僕に同情してくれた。

「なるほどね、彼女はあなたのことが好きなのでしょうけれど、これはやりすぎね。ちゃんと注意してくるのよ?外見に惑わされずに」

ベラは僕の背中をポンと叩いてくれた。惑わされずにって……まあでも彼女がそう言ってしまうのも僕の過去を知っていれば頷ける。僕は頭を下げた。

「はい。注意してきます。では失礼します」



レッドクラスの寮は赤を基調とした色使いで、一部屋一部屋がかなり広い。だがブルークラスに比べて入居人数は少ないので、建物自体はそこまで大きくはなかった。

マリーのいる3階へ向かい階段を登っていく。途中すれ違う私服の女生徒が「家森先生!?」と僕を見て驚いた。

301号室は寮の案内図を見ると左端にあるらしい。
階段を上がればここは左折だが、一応右の方も見てみると、右の廊下の突き当たりで男子生徒と女子生徒が何やら抱き合ってキスをしているのが見えた。

彼らのうち、女子生徒の方は後ろを向いているので顔は見えなかったが、緋色のサラサラしたセミロングの髪に、シャツとデニムの組み合わせのファッションをしている……僕の胸がばくばくと動悸をし始めた。

見たことのある服装、髪色。あれは明らかにヒイロだった。向かい合う男性はリュウ?

僕は足を止め、呼吸を忘れて見入ってしまった。しかし、ヒイロの腰つきをよく見るとくびれ方が少し違う気がした。いつもシャツやパーカーの下に体のラインが出るようなTシャツを着ている彼女の腰つきは、そこまで細くはないが健康的でしなやかでとても綺麗だ。しかし今リュウとキスしている彼女は悪いがそこまで綺麗な感じではない。

あれはヒイロとは別人じゃないか。しかしよく似た服装、髪色だって珍しいものなのに彼女に酷似していたのは何故だったのか。流行りなのか?そんな訳は……。

とにかくこれは勘違いなのだと自分に言い聞かせて首を少し振り、左の廊下を進むことにした。

マリーの部屋に着くと意外とあっさりした様子で僕の寝室の鍵を返してくれた。本物かどうか一応鍵の形を見たが本物だった。マリーに二度としないよう厳しく注意をすると、彼女は申し訳なさそうに謝ってくれたのでそれで良しとした。

鍵を握りしめ帰ろうとすると、廊下の奥のカップルの行為が激しさを増しているのが見えた。キスどころか互いの体を……スリスリしている。

この学園、交際は禁じていないが公共の場であまり激しいことをするのは、やはり放っては置けない。僕は階段の手前で立ち止まって彼らに向かって大きな声で言った。

「お二人さーん!続きはお部屋で。」

リュウはビクッとしてこちらを向いた。

「うわっ先生だ!ヤバい!すみません!」

ペコペコとリュウは謝ってきたが、ヒイロ風の女生徒の方はリュウに抱きついたまま僕のことを無視した。


それから部屋に戻ると窓の外はもう暗くなっていた。
鍵で寝室のドアを開け、クローゼットから部屋着のカーディガンとジャージを取り出し着替える。

鍵はベッドの横のサイドテーブルの箱に入れた。はぁ、とため息をつきながらリビングに行き冷蔵庫からコーヒーを取り出した。

ごくっと苦い液体を飲みながら椅子に座って先ほどのことを思い出す。
あれはヒイロじゃなかった?そうでないなら他の女子生徒があんなに似た格好をするか?

他の女生徒の私服を修学旅行の時に見た事はあるが、彼女のようにデニムパンツスタイルな子は少ない……というか居ない。大体はスカートだったり、レースのワンピースだったりする。敢えて彼女のような格好をすることはあまり考えられない。じゃあ一体何の為に?マリーも何のために僕の鍵を…。もういい、今日は疲れた。

僕は考えるのをやめた。そして、おもむろに立ち上がると湯気の立つコーヒーカップを持ったまま書斎に向かう。

キチンと壁一面の本棚に整頓された本が僕を迎えた。奥の書斎の机に座り、机の上にあるパソコンで……ヒイロにメールを送ることにした。

____________
今日はお疲れ様でした。
怪我は大丈夫ですか?
家森
____________

コーヒーをごくっと飲んで彼女からの返事を待ちつつ、机の上に置いてある先日図書館で借りた有機魔法学の本をしおりのところから開いて読み始めた。

数分後、返信が来た。

____________
はーい、大丈夫です!
薬草のおかげで
痛みはありません。
ありがとうございます。
家森先生もお疲れ様です!
護身術も持っているなんて、
素晴らしいと思いました。
私も見習いたいです!
ヒイロ
____________

自分の文章より長く返って来たので僕はすかさず保護マークをつけた。
そして護身術だと勘違いさせてしまったことをどうしようか悩んだが、そのことを正直に伝えてみることにした。

____________
そう言って頂けて
嬉しい限りですが、
実を申せば
あの護身術は
まぐれだったんです。
家森
____________

どうかなと、僕は少し不安になりながら組んだ両手に顎を乗せてじっとPCの画面を見つめて彼女からの返事を待つ。
数秒後、ヒイロから返信が届いた。

____________
あはは!
そうだったんですか!
それも実力だと思います。
さすが先生!
でも護身術あると
いいなって思って、
私勉強することにしました。
ヒイロ
____________

ふふ、褒めてくれた。僕はメールをまた保護した。

____________
おや、勉強ですか?
どのようにして?
家森
____________

____________
明日、お得意の
図書室で調べて
独学でやってみます〜
ヒイロ
____________

ヒイロのメールを見てついまたふふっと笑ってしまった。
そろそろ僕は本題に入ろうと思った。

____________
頑張ってください。
応援してます。
それはそうと、今日
レッドクラスの
寮にいましたか?
家森
____________

ドクンドクンと言う鼓動が胸を支配する。この問いの、彼女の解答によっては僕は天国にも地獄にも行ける。

ヒイロから返信がきた。すぐさまマウスでメールをクリックする。

____________
レッドクラスの寮って
どこですか?
知らないので
多分行っていません。
ヒイロ
____________

よし!と心から思うと、メールを保護した。
多分のところが気になったが。

____________
そうでしたか、
分かりました。
それなら構いません。
ありがとうございます。
では、おやすみなさい。
家森
____________
____________
はい、おやすみなさい
ヒイロ
____________

僕はふーっと長いため息をつくと、コーヒーをお代わりするために冷蔵庫へ向かった。

しかしレッド寮にいた、リュウの相手……誰だったのか。なぜヒイロと同じような赤い髪をしていたのか疑問は残るが、あれがヒイロではないのなら僕にとってそれ以上のことはない。

そう考えると改めて僕の中で彼女の存在が大きくなって来ていることに気づいたのだった。

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