スカーレット、君は絶対に僕のもの

meishino

第1話 記憶のない私と学園

気づいたらここにいた。ここがどこだか分からない。
タクシーだ。タクシーの中にいる。私は急いでいる。どこへ?

「5分遅れると欠席扱いになるんです!」

運転手さんに急かす私。意識していないのに口がそう勝手に動いた。

ここはどこ?私は誰?え?自分が誰なのか分からない。カバンは何も持っていなくて、ダウンジャケットにスキニーのジーンズを履いている……そしてジャケットに手を入れると何かが入っていた。

これはUSBだ。赤いUSBが入っている。赤いといえば私の髪の毛も赤色だ。運転手さんは黒髪で街行く人も大体黒髪だ。何でこんな浮いた髪色なのだろう、それすらも分からない。

そんなことを考えながら窓の外をビュンビュンと過ぎていく景色をただ眺めているとすぐに一つの大きな建物の前で車は止まった。

その建物はパッと見たところ普通のビルだ…えっと、ここで何をすればいい?何をしに来たのだろう。あと私は誰?

とにかく待たせてはいけないと運転手さんにポケットに入ってたお金を払って後部座席から地面に足をつけた途端に、また記憶が歪んで視界が暗くなった。




ハッと気がつくと今度は白い部屋の中で人々が列になって並んでいるところに自分も並んでいた。これは……クラス分けの列?壁にかかっているポスターにそう書いてある。何のクラスだろうか。一体どう言うことなのか誰か説明してください!

そして周りを見ると数人いたが、パッと見みんな私より若そうな気がした。列の先頭の人は台に置かれた福引機のようなものを引いていて、赤い球だったり青い球だったり出しては一喜一憂している。これには何の意味があるのか……分からないことだらけ。

とうとう自分の番が回って来たのか係りの人に呼ばれて台の上にある福引機を回すよう指示された。

なるほど。係りの人の背後の壁に貼ってあるポスターによれば、飛び出た球のカラーでクラス分けされるらしい。え?クラスって何の?誰かそろそろ説明して!

カランカラン

とにかく回すと私のカラーはグリーンだった。なぜか心の奥でブルーが良かった気がした。何でだろう……。

「緑色ですね。」

係りの人がそう言うと私を手招いて別室に案内した。

その部屋の真ん中に立つように指示されたので、言われた通りに立っていると、魔法陣のような幻影の歯車が飛び出して私を包んだ。

これは魔法?どういうこと!?私の表情は驚きを隠せないでいたが、周りの白衣姿の人達は何食わぬ顔で私をただ見ている。そのうちまた私の意識は遠のいた。




淡い暖かな光に包まれている。

気がつくと床のひんやりとした感覚に気づいた。顔を上げると、薄暗くて壁も机もボロボロの……ここは教室だった。あれ?どうやってここまで来たんだろう。

「大丈夫?なんかさっきからぼーっとしているけど。」

床に座り込む私に、隣で立っている男の人が私に話しかけてくれた。目つきは鋭く、髪は金色でズボンは腰まで下がっているスタイルだ。やんちゃな性格なのかな。彼は私に手を差し伸べてくれた。

「ありがとう。」

出してくれた手を掴んで立ち上がると、改めてここは教室だという事が分かった。黒板も椅子も壁もボロボロで四隅に置かれた球体の照明は怪しげに緑色に光っている。

他にも猫背でローブのフードで顔を隠しているようなちょっと怖い人が何人かこの教室にいるが、彼らはもしやクラスメートなのかな?その中でもどうやら女性は私だけみたい。

「なんだかすごい教室だね」

私がそう言うと、隣で立つ彼は頭を掻きむしりながら言った。

「ったくなんでこんなボロい教室なんだよ。せっかく入学できたって言うのに。」

入学で思い出した。私は入学した記憶がないけどクラス替えで緑色でここまで来て……。

「俺、リュウって言うんだ。木崎龍。よろしくね!」

差し出された彼の手を握って、私も自己紹介をしようとした。

「私は……。」

ここまで来て喉が詰まる。そうだ私は誰?なんて名前?

「どうしたの?」

リュウが心配そうに覗き込んできた。

「いやどうしよう。分からなくて。自分の名前。」

リュウは無言で驚いて、少し考えた後に私を見つめて言った。

「でもこれから名前必要だと思うし……手続きだってあるみたいだから。じゃあスカーレット!スカーレットでいいじゃん!苗字はアンダーワールドで。」

「えっ!?」

リュウの突然の発言に混乱する。えっ!?何で急に名付けてくれたの?それもそうだしそのネーミングは何?

彼はヒッヒと笑顔になりながら私の肩をポンポンと叩いてきた。

「何か和名だと君の彫り深い顔に合わない感じするしスカーレットでいいんじゃない?名前。それにこの世界は地下世界だからアンダーワールドでいいじゃん!それにかわいいと思うけど、スカーレット。でもスカーレットは長くて呼びづらいからヒイロって呼ぼうかな。それだと和名に逆戻りか……うーん」

「ヒイロ……?」

ヒイロ……ああ、緋色ってことか。なるほどね。

記憶が無いってことに驚いたかと思えば、突然私に名付けてくるリュウの順応能力の高さがヤバい。しかも多分私の髪色を見てスカーレット、そしてここは地下世界だからアンダーワールドっていうネーミングにしたんだろうけど中々安易すぎてヤバい。そんなんでいいんだろうか……でもまあ、ありがたく受け取っておこう。

それに和名が似合わないほどに彫り深い顔ってどういうこと?とかこの世界は地下世界ってどういうこと?とか様々な疑問は残るけれど取り敢えず、私は自分に名を与えてくれた彼に話し始めた。

「でも、記憶は無くても体は覚えていると言うか……。」

「え!?そうなの?」

「うん、さっきもクラス替えの時に何故かグリーンじゃなくてブルーがいいって思ったの。理由は分からないけど。」

「ふうん…。さっきってクラス替えしたの先週だけど……まあいいか」

リュウはため息をついた後に私の耳元で囁くように話し始めた。

「とにかくさ、他の組がいいって気持ちはわかるよ。だって見てみろよ。ここの連中ってみんな暗い雰囲気だし教室もありえないくらいボロいってか不気味だろ?他のクラスは綺麗なのにさ。」

「え!?そうなの?」

「うん、ヒイロの行きたがってたブルークラスは真っ白の壁に青い床の綺麗な教室、シルエットのかっこいいブルーローブの制服、机も新しいらしいよ。まだ本物を見たことはないけどそう聞いた。」

「そうなんだ……。」

「レッドクラスに関してはよく知らない。でもここよりはいいでしょ。なんでこのボロい教室でこの薄気味悪い連中と勉強しなきゃならないわけ。グリーンクラスには制服無いから、毎日私服考えるのも面倒くさいしさ。」

だから教室にいるのに自分も私服なんだと理解した。それにしても他のクラスと対応がそこまで違うなんて……私は、リュウもかもしれないけど、もしかして学園から落ちこぼれだと思われてるのか考えた。

「だから……ってか、だけどかな。」

まだ話し続けるリュウに頷く。

「正直ヒイロがこのクラスにいてくれて嬉しいよ。何だかこの学園生活に明るい希望が持てた。」

突然のリュウの笑顔に私はちょっと恥ずかしくなって照れた。

「あ、ありがとう」

「だって絶対他の人と話し合わないもん。はは!」

そう言ってリュウは笑った。
それにしてもいつまでも授業が始まる気配がしない。皆グタグタと話しているばかりで先生が来る気配も無い。もう時計の針は午前10時なのに。

「ねえ、」

リュウが話しかけて来た。

「体は覚えているんだっけ?だったら聞いてみようかと思うんだけどさ。」

「なに?」

「俺さ、一人前の魔法使いにになりたくて……そりゃ周りにバカにされたよ?でもなりたくて一応ここに入学したんだ。ヒイロはどうして来たのか分かる?何となくでもいいから教えて」

「うーん……。」

体の感覚に神経を研ぎ澄ましてみる。何か出るかもしれない気がしてきた。何か理由が私の心の奥に眠っている気がするけど……何かが出そうで出ない、いや出るかもしれない。

でももう少しで出そうだから拳を握りしめてりきんでるとちょっとトイレに行きたくなってきた……まずいまずい、違うのが出てしまう。しかし次の瞬間にようやく言葉が出た。

「うーん……い、家森先生?」

「え?家森先生!?」

ぽろっと私の口から出た言葉をリュウが驚いた様子で繰り返す。

「家森先生って誰だろう……。」

自分でも知ってる筈のない先生の名前が出るなんて驚きだけど……え?まさか先生狙いでこの学園に来たとは思いたくない。そうでしょ?そうだよね?過去のヒイロよ!

「家森先生かぁ~マジで!?」

「リュウ知ってるの?家森先生って実在するの?」

「実在するも何も……。」

彼は腰に両手を当てて、ハァとため息を吐いた。

「イケメンだよ~、そりゃ先生だから頭も良いし性格も落ち着いてて紳士的で、すごくモテるらしいよ。俺の知ってる先輩なんか元カノ二人も先生に持ってかれたらしいよ!まあ先生の方から手を出したのか、女の方からなのか知らないけど。」

「えっ!?」

驚きで目を見開く。先生なのに生徒に手を出すのか……。それに二人も。いや、一人の人間から軽く二人の女性も持っていけるのだから、今までの総数で考えればきっともうどえらい数だろう!なんて人だ!

リュウは私の肩をポンと叩いて言った。

「しかも、しかもだよ!ヒイロ。彼はブルーのクラスの担任だよ。」

…………ああ、肩の重さを感じる。これは確定した。ブルークラスに入れなかったら何故かガッカリしたし、家森先生の名前がぽろっと出てくるし。

これはもう本当に家森先生狙いでここまでやって来たっぽい………。何だか記憶を無くす前の自分を軽蔑した。

「私…本当に先生を狙って入学したのかな……そうだとしたら、浅はかで貪欲すぎる自分が嫌になる。それにリュウの先輩も嫌な思いをした相手なのにね……。」

「ハハッ!俺の先輩のことはいいよ。でも、ヒイロが家森先生を狙って来たのは間違いないかもね〜」

リュウはニヤニヤ笑った。しかし私が生気のない顔でたたずんでいると彼は戸惑い始めた。

「でも、でもさ!今のってか前のヒイロのこと知らないけど、今のヒイロは何ていうか話してて楽しいし、いい感じだよ!だから折角ここまで来たんだから勉強のこと考えて先生のことは置いとけばいいじゃん!」

そう言って肩をポンとされた。ありがとうとリュウに微笑んだところで、ガラッと教室の扉が開いた。黒髪のウェーブが美しい、背の高い深緑色のローブを着ている妖美な雰囲気の女性が入ってきたのだ。

つい目を奪われるくらいの美しさに、前の席に座ったリュウがハァと羨望の溜息を吐いたのが聞こえた。私もそうしたいぐらいに彼女は美麗だ。目はワインレッドで……胸は大きいし、彼女の名を黒板に板書する背中のラインに無駄がない。

ああ、良いなぁ……あの体つきになってみたいと自然に思ってしまった。彼女は振り返ってクラスの皆の顔を見ながら話し始めた。

「遅れてごめんなさいね。それでは今から新しいクラスの交流の時間を始めるわよ……さてここに新しく入ったのは……リュウと?あなた名前は?まだ手続きに来ていないのかしら。名簿に載っていないけれど」

あれ?さっきリュウも言ってたけれど、どうやらこの学園来てから少し経っているみたいだ……その間の記憶はないけど。他にいい名前が思いつくはずも無く、私はさっきリュウからもらった名前を彼女に返すと彼女は微笑んでくれた。

「スカーレットであだ名はヒイロね。ふふ、いい名前だわ。さてヒイロの前の席の彼はリュウよ。皆覚えてちょうだいね。」

そうか……このクラスには新入生の他に先輩方も一緒にいるんだ。そんな感じがする。端っこの席の彼はもう慣れた様子で堂々と座っているし、隣の人は明らかに私よりも年上な気がする。

「私の名前はベラよ。専攻は風魔法学、水魔法学、環境学、それから……魔力を動力とした機械系の学問の魔工学。特に魔工については学園で他に出る者はいないと思うわ。何かあったら聞いてちょうだいね。」

はい、と私とリュウが同時に答えた。魔工学かぁ……少し難しそうだから私はパスかもしれない。

すると前の席のリュウが挙手した。

「何かしらリュウ。」

「ベラ先生は…グリーンクラスの担任ですか?」

先生は微笑んだ後に言った。

「そうよ。だからここにいるんじゃないの。ふふっ。これからよろしくね二人とも。」

そうなんだ……この美人さんが私のクラスの担任の先生なんだ。ちょっと何故かテンション上がる。ついじっと見つめているとベラ先生と目が合って微笑んでくれた……オーマイ。

「さて、ここにいる者は皆、当たり前だけど一人一人顔が違うわ。でも共通点があります。それは夢や目標に向かってここで学ぼうとしていることです。」

おお……なるほど。と思っていると後ろの方の席から誰かの声が聞こえた。

「でもグリーンクラスです」

でもって何……?そう発言した男性の方を向いた。私の斜め後ろの席に座る彼はヤモリのような目つきに口から覗く八重歯が印象的な金髪に褐色の肌だ。そして痩せている体格には大き過ぎるダボダボのパーカーを羽織っている。

「そうね、グレッグ。確かにここはグリーンクラスで実際に他のクラスと比べられることも多いかもしれない。でも他と比べることは実はそんなに重要じゃないと私は思っています。ここに来たあなたたちがたった一つの輝く光になるために、私は全力でサポートしていくつもりよ。」

うっわ……すごくいい先生だ。この言葉を受けてどんな反応をしただろうともう一度さっき声を発した彼の方を振り返ってみることにした。

すると彼がベラ先生の言葉でちょっと嬉しそうな表情をしていた……可愛いなと思っていると私と目が合ってすぐにこちらを睨んできたので怖くなって急いで前を向いた。もう、このクラスであまりキョロキョロしないようにしよう……。

視線の落ち着く先が欲しくて前を向くとベラ先生が巨大なナンのような絵を黒板に描いているのが見えた。

「ベラ先生!それってナンですか?」

グレッグの絶妙な質問に教室が笑いの渦に巻き込まれ、ベラ先生もちょっとふくれ顔になりながらチョークをカンカンと黒板に叩きつけて答えた。

「これは世界地図よ!この地下世界の仕組みを今からヒイロ達に説明しようとしたんじゃないの!どこがナンよグレッグ!」

「ギャハハ!俺はなんですかって聞いただけですもん〜」

グレッグ……彼はもしかしたら中々面白い人なのかもしれない。はあ、とため息をついてベラ先生がチョークで書き込みながら説明をし始めた。

「さてリュウは地上からやってきたのよね。ヒイロもだったかしら?それにしては髪色が地下世界寄りだけれど……まあいいわ。そう、この世界は地下世界と呼ばれる地下の異次元空間に存在しています。太陽も草木も海も実は人工。」

えええ!?そんなことあるのか……。

「地下世界で生まれた私からしたらそんなこと嘘のように思ってしまうけれど、でも本当です。地上では魔法を使うことはタブーとされているけれど、この世界では魔法の使用が許可されているわ。その魔法を中心に学んでいくのがこのアークラビアス学園。1月開始で12月終わり。前期と後期の締めにはテストもあるわ」

テスト……うっわ。無理〜〜〜。
多分前のリュウも同じこと思っているのか頭を掻きむしっている。

「1年以上いればいつ卒業するのか個人の自由だけど、滞在していた年数毎に就ける職業が変わってくるから気をつけてちょうだいね。特例で飛び級って制度もあるけれどあまりそれは使用した生徒はいないわ。あと……留年は無いので気をつけてちょうだい。特にグレッグ。あなた去年……まあいいわ」

一体彼に何があったんだろう……多分きっと危なかったんだろうけど。それにしても留年が無いってことはきっと成績がまずかったらここを追い出されるのだろう。

そうなったら行く場所がない。何としても今はこの学園にいて、過去の自分の手がかりを探して行くしかない。

「とにかくこれからよろしくね。」

笑顔のベラ先生の言葉に、私はクラスの皆んなと一緒にはいっと元気よく答えたのだった。

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