浮遊図書館の魔王様
第66話 観察されました①
「今日からわたしを観察するらしい第七聖女、スペランツァ・タンペットだよ」
「紹介を受けました第七聖女スペランツァ・タンペットと申します。長い名前なのでスペラとお呼びください」
夕食の時、みんなが集まるのを見計らい紹介してみた。
面白いくらい固まってたよ。主にユール、ベアトリス、カハネルが。
「頭おかしいんですの⁉︎」
「なに勝手にいれてるんですか⁉︎」
「聖女とか魔王の宿敵じゃろが⁉︎」
聞いた? これがこの国の頂点にいる魔王に対していうセリフだよ?
「いや、頭おかしくないし、わたしの城だし、宿敵勇者だし」
「だとしても! 相談くらいあってもいいものかと思うのですが」
ユールがなんとも言えないような顔をしている。
だって君たち仕事で忙しそうじゃないか。たまには魔王ぽいことをわたしもしたいのだよ。
……謁見って魔王ぽい仕事なんだろうか。
「別にいいんじゃないでしょうか。会話を聞いている限りでは特に問題なさそうでしたし」
後ろに控えるアトラが答えた。
「まぁ、アトラ殿がそう言うなら確かなんでしょうが……」
「ちょっと待て」
なんでわたしの言葉は信用しなくてアトラの言葉はあっさりと信用するんだよ。
「「「日頃の行い」」」
「ひどくない? 君たちひどくない?」
「……貴女は日頃なにをしてるんですか」
三人に言いたい放題に言われていたわたしをスペラが呆れたような目で見ていた。
スペラがわたしを観察し始め一日目。
わたしはいつもと変わらず自室で本を読んでいた。
「あの〜」
遠慮しながらも我慢ならないという感じでスペラがわたしに話しかけて来た。
「なに?」
本から視線を上げることなく返事をする。先の展開が気になるからページを捲る手にも力が入る。
「魔王としての仕事とかはしないんでしょうか?」
「ん〜」
ここで伏線が生きてくるのか! さすがこの作者は描写力が半端ないな。
次のページをめくろうとした瞬間、わたしの手元にあった本が消えた。
「人の話を聴く時は本を読むのをやめなさい」
声のする方に睨みつけるように視線を向けるとわたしの本を持ったスペラが仁王立ちしていた。
いいところで奪うとは読書家に対する挑戦か。
ゆらりと立ち上がり身構えたわたしを見てスペラは怯えるように一歩後ろに下がった。
「な、なんですか」
「わたしの本を返せぇぇぇぇ!」
全身のバネを駆使しわたしはスペラに飛びかかった。
「ちょ、ま、痛い痛い! 返します!返しますから!」
スペラの髪を引っ張り持っていた本に手を伸ばすとスペラは泣きながら本を返して来た。
ふん! すぐに返すなら取り上げるんじゃない!
「痛た、貴女は子供ですか⁉︎」
頭をさすりながらスペラが怒鳴った。
本を読んでる途中で取り上げる奴が悪いに決まってる。世の読書大好き人間百人に聞いたら百人がそう答えるだろうとわたしは確信するね!
「で、なんのよう?」
くだらないことなら怒るという意思表示で犬歯を見せ威嚇する。
「いえ、あの魔王としての仕事をしないのですか?」
「魔王としての仕事?」
はて、魔王としての仕事なんてあっただろうか?
「本を読むこと?」
「いや、それは魔王じゃなくてもできるでしょう?」
「国印押すこと?」
「それも昨日聞いたらユールさんやベアトリスさんが最近はしてるらしいじゃないですか」
まぁ、三日間国印持って引きこもったからね。それに持ってても面倒だし。
「他になにかないんですか⁉︎ 今のままじゃ唯の無駄飯食いですよ!」
「そんなこと言われても」
別に魔王になりたくてなったわけじゃないからね。
本が自由に読みたかっただけだし。
「それともスペラは魔王らしく世界征服でもしてほしいの?」
「そうではありません。ただ、魔王というか唯の引きこもりにしか見えないものでして」
唯の引きこもりって、なかなかにひどいことをいうな。
しかし、魔王らしい仕事といっても内政はユール、ベアトリス、カハネルに投げてるし。
不意に思いついたことを実行するべく手元に置いてある鈴を鳴らす。
チリンと澄んだ音が響く。音がよく響くだけの魔導具だけど人を呼ぶのにはとても使いやすい。少しするとアルが一礼をして入って来た。
「魔王様、呼んだ?」
「呼んだ呼んだ。アル悪いんだけどサーニャに言って地図もってきてもらって」
「わかった」
返事をしたアルはすぐに走り去る。
後にはすごく不信そうな表情を浮かべたスペラだけが残った。
「なにをするつもりです?」
「スペラに言われた通り魔王ぽいことだよ」
「お待たせしました」
小走りでサーニャが大きな地図を持って来てくれた。
「ありがとう。仕事慣れた?」
「はい! 掃除と目録を作る以外は本を読む許可をくださってありがとうございます」
丁寧にお礼をしてくるサーニャ。
まぁ、掃除がなかなかに大変な仕事らしいんだけどね。
「いいよ、またなにかあったら頼むね。あ、あとペンかなにかあるかな?」
「ありますよ?」
「もらっていい?」
「どうぞ」
輝くような笑顔で差し出された。いい子だ。
そのまま成長してほしいものだ。
「地図をどうするつもりです?」
サーニャが退室するとスペラが尋ねてきた。
この子尋ねてばかりだな。
「魔王らしいことだよ」
そういうとわたしは先程サーニャにもらったペンに風魔法を付与する。これで薄い物なら軽々と貫通するだろう?
そしてそのペンをスペラに渡す。
「これでなにをするんです?」
怪訝な顔だ。
「いや、スペラには地図に向かってペンを投げてもらう」
「ふむふむ」
「そしてそのペンの刺さった街を魔王らしくアルテミスの槍で吹き飛ばそうかと……」
「このお馬鹿が!」
どこからともかくスペラが取り出した紙を折ったもの(あとで聞いたらハリセンと言うらしい)でわたしは思いっきり頭をはたかれた。
解せない。
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