浮遊図書館の魔王様

るーるー

第一話 寝坊しました

『ご主人! ご主人!』


 真っ暗な部屋の中で声が響く。無論、真っ暗なので姿は見えない。


「う〜」


 わたしはうめき声を上げながら呟く。


「光よ」


 そう言葉が響くと共に黒く染まっていた空間に明かりが灯る。
 灯りで照らされたそこは小さな図書館のような部屋だった。
 部屋のあちこちに本棚があり、そこに入りきらないのか天井近くまで積み上げられた本があり、床には無数の本が散らばっていた。まさしく足の踏み場がないほどに。
 そんな部屋の真ん中に毛布というかボロ布に包まった状態でわたし、レクレ・フィンブルノは目を覚ました。


『ご主人!ご主人!遅刻しますよ』
「今何時?」


 わたしの前に一冊の赤い本がふわふわと浮きながら近づいてくる。


『もう九時ですよ⁉︎ 今日は卒業式でしょ⁉︎ 流石に遅刻はまずいのでは?』


 母親のような小言をいう本、魔導書アトラだ。


「卒業式にでなくても卒業できるよ。アトラ」


 そうアトラに告げるとわたしは再びボロ布に包まり横になる。しばらくすると瞼が重くなりゆめの世界に旅立てそうだ。


『ご主人!早く起きないと観察官がきますよ!』


 そうアトラがつぶやくと同時に部屋の扉が大きな音を立てながら揺れ始めた。


「く、魔術で鍵を閉じてる? レクレ! レクレ・フィンブルノ! いるんだろう⁉︎ ここを開けろ!」


 大きな声が扉の外から聞こえてくる。怒ってる声だ。


『ご主人! ファス観察官がきましたよ!』
「アトラがいうから呼び寄せられたんじゃないの?」


 わたしは恨みのこもった目をアトラに向ける。ブルりと身震いするようにアトラが震えるのを見て満足したわたしは、


「あと五時間は寝るし」


 ボロ布を頭までかぶり現実から逃走を図った。


「普通は後五分とかですよ! ご主人!」


 アトラの慌てたような声が聞こえるが嫌だ。わたしは寝ると決めたんだから。


「我は鋼。硬たる鋼」


 聞き慣れた嫌な言葉。硬化魔法が耳に入りわたしは飛び起き窓際にさがった。次の瞬間。轟音と共に扉が弾け飛び悪鬼ファス・フリクナーが現れた。更には天井近くまで積み上げられていた本も音を立てで崩れた。


「レ〜ク〜レ〜く〜ん」


 淡く青い光を全身に纏い右手を鎖でグルグル巻にした金の髪を持った悪鬼が目の前にいた。笑顔だ。とても怖い笑顔だ。


「ノックにしては乱暴すぎませんかね? ファス観察官。今扉を開けようとしたとこですよ」


 額に冷や汗を浮かべながらわたしは笑顔の監察官に声をかけた。


「そうか、そうか。私は早とちりしてしまったようたな。そうだよな。まさか、映えある時計塔の卒業式の日に遅刻をするなんて、ありえないよなぁ」


 怖い。笑ってるけど目が笑ってない。
 ファス監察官は自分の腕時計を笑顔で眺めている。ニヤニヤという音が聞こえてきそうだ。


「なぁ、レクレ。私の時計、壊れてるみたいなんだが今何時か教えてくれないかな?」


 か、体がガタガタ震えてる。


「あ、生憎とこの部屋に時計はないもので……」
「へぇ」


 怖い、怖い、怖い! 
 表情が笑顔からどんどん無表情になってきてるし!


「じゃぁ、この時計ならどうかな」


 そう言いながらファス監察官がポケットから出したのは銀色の懐中時計だ。
 嫌な汗が背中で流れる。


「こいつは知ってるだろ? そう、ここ時計塔で魔法を修行するものなら必ず持ってる魔法時計さ。効果はわかるよな?」


 もちろん知ってる。魔法時計の効果、すなわち、異界じゃない限り絶対に時間が狂わない。
 私は身を翻し、窓を開け、中に身を投げ出した。
 長い銀の髪が風により翻るが気にしない。後ろの殺人予備軍のほうがおそろしい。
 逃げるが勝ち!


「さて、問題の時間だが、おかしなことに私の腕時計と同じ11時だ。どういうことかな?レクレくーん。卒業式は始まってるじゃないか」


 窓から死刑宣告が聞こえてくるが気にしてられない。
 わたしは地面が近づき始めるのを確認すると


「軽減せよ! 軽減魔法リダクション!」


 唱えた魔法は体重軽減魔法。すると赤い輝きが体を包み込み地面に近づくスピードがゆっくりとなった。着地すると同時に赤い輝きは弱まり消える。
 それを確認する前にわたしは軽やかに着地すると同時に一気に走り出した。


「捕らえろ、縛鎖」


 もう何度も何度も聞いた捕獲魔法が耳に入る。
 やばい、捕まる。


「獣の力よ!我が脚に宿れ!身体付与ビーストアップ!」


 そう思った時にはすでにわたしは付与魔法を唱える。無意識ってこわいね。
 唱え終わると両脚が再度赤く輝く。発現さした魔法は身体強化。これによりわたしの走るスピードは飛躍的に上がる。その強化された脚力で街道を突っ走る。
 チラリと後ろを振り返ると地面を紫色の光を纏った鎖が四本、蛇のように履いながら追ってきていた。しかも、明らかに強化したわたしより速い速度で、


「今までより早くないかな⁉︎」


 そんな呟きは聞こえるはずもなく、鎖がわたしを捕らえようと動く。
 一本目、軽やかに飛んで躱す。
 二本目、飛んでいるため身動きが取れないところに来たが体を無理やり捻って躱す。
 三本目、横を浮遊していたアトラを掴み引き寄せ盾にする。「あいたぁ!」と悲鳴が上がるが気にしない。
 四本目、盾にしたアトラを投げつけ軌道をそらす。


「やった!」


 全ての鎖を躱しきり、地面に着地する。


「ついに監察官を振り切ることができました」


 ちょっとした満足感を得ながらわたしは馴染みの本屋にでも顔を出そうと一歩目を踏み出そうとした。


「ぐぇ!」


 首に激痛。同時にジャラジャラという音が響き渡る。
 そんな⁉︎ 全部躱したはずなのに⁉︎
 視線を落とすと首に紫の輝きを纏った鎖がまきついた。いつの間に……
 鎖を外そうと苦労していると後ろからパチパチと後ろから拍手の音が聞こえた。


「いやぁ、見事見事。縛鎖をまさか四本躱すとわねぇ」


 恐る恐る振り返るとわたしの首に繋がってるであろう鎖を右手に持ち、左手には鎖でグルグル巻き にされた状態のアトラを持ったファス監察官が立っていた。


「ずるい! 五本目を隠してるなんて男らしくない!」
「どっからどう見ても私は女だろうが!」


 怒鳴りながら鎖引っ張るのやめて。苦しいから。


「さぁ、卒業式に行くぞ。格好は……まぁ、仕方ない。そのままでいい」


 今のわたしの格好は銀の髪は寝癖でボサボサ、翠色の瞳の下にはうっすらとくまがあり、着ているのは寝巻きの薄い青色をしたワンピースというあられもない姿である。
 ふむ。


「監察官!」


 引きずられながらファス監察官に話しかける。


「なんだよ?」


 以外にも返事が返ってきた。無視されると思ったのに。


「ゴリラ女にはわからないかと思いますが、わたしも女の子です。着替える時間くらいほし……」


 全部いい終わる前に鎖が引っ張られ浮遊感。目の前には青筋を浮かべながら笑顔のゴリラが拳を構え立っていた。


「だれがゴリラだ!」


 叫び声と共にわたしの頭に拳骨が叩き込まれ、わたしは地面に大の字に倒れた。


「あー、今日もいい天気だなぁー」


 見上げた空を見ながらそんな感想を言い、わたしは意識を手放した。

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