魔王さまは自由がほしい

るーるー

あなたが落としたのは

「ポートルムリンバィスアトリアルナ!」


 マリアベルジュが大きな声で叫んだ。それを見て桜も大きく息を吸い、


「とうきょうとっきょききょかきょくちょう!」


 全く別の言葉を吐いた。


「なんなんですか! そのわけのわからない言葉は」
「気のせいだよ」


 全く悪びれもしない様子で言い放った。やたらと自信満々に言うものであるからマリアベルジュは「そうですか?」となんとなく納得しない様子ではあったが引き下がった。


「ではもう一度、ポートルムリンバィスアトリアルナ!」
「となりのきゃくはよくきゃくくうきゃくだ!」
「だから! なんなんですか⁉︎ その意味のわからない言葉は!」


 さすがに二度目のわけのわからない言葉にはマリアベルジュがきれた。
 しかし、桜は全く動じずに真面目な顔をしてふざけていた。


「あかまきまきまあおまきまききまきまきまきまぁ!」
「なんなんですか! ついに何かの呪いをなんですか⁉︎ 私に呪いでもかけたいんですか!」
「パンツパンツパパパパンツ!」
「ファンファンニール! あなたもですか」


 決して味方には向けてはいけないような殺意に濁った瞳になったマリアベルジュがファンファンニールを睨みつけた。


「全く我らが筆頭は短期で困る」
「困る困る」
「シュコーシュコー」


 マリアベルジュが間違っているかのようにファンファンニール、桜、コルデリアが両手を上げながらやれやれとばかりに首を振っていた。


「まるで私が一番悪いみたいなリアクションはやめなさい!」


 息のあった六死天グリモワールの嫌がらせにマリアベルジュは顔を赤くしながらキレた。地団駄を踏むたびに大地が割れ、魔王軍一同が避難を開始し始める。


「いいからさっさとこの精霊の名前をみんなに知らせて魔精霊化さすんですよ!」
「で、でも魔精霊になりたくないって言ってたよ?」


 砕かれた大地を見てビクビクと怯えたソロティスが興奮しているマリアベルジュに告げる。顔を赤くしていたマリアベルジュであったが大好きな魔王に話しかけられた瞬間、別人のように笑顔を浮かべる。 


「何をおっしゃいますか魔王様。現在魔界には精霊はおりません。つまり唯一魔界で魔精霊になりさらには魔王様の信仰を受けている精霊となれば全魔族、モンスターが進行することでしょう」
「僕そんなに影響力はないよ?」
「……もう少しご自分がこの魔界の王であるということをご理解くださいませ」


 本気で自分に影響力がないと思っているソロティスの発言にマリアベルジュは若干頭を悩ませる。暴君よりははるかにマシ。いや、魔王としては暴君が普通なのであるがソロティスは魔王としても欲がなさすぎるということがマリアベルジュとしてねは一番の悩みの種であった。


「それでマリアベルジュ。本当のところはどうなんだい?」
「シュコーシュコー」


 ファンファンニールが興味深いのかマリアベルジュを見つめてきた。コルデリアは防護服とマスクのせいで全くわからなかった。それに対しマリアベルジュは小さくため息をつきながらもファンファンニールに向き直った。


「あなた達は話が早くて助かりますよ」


 ポリアを魔精霊にする理由。
 それは一つは魔王であるソロティスが信仰してもいいと言ったこととマリアベルジュなりの善意という名の悪意である。
 そしてもう一つは、


「このポリアが魔精霊となりそれを魔王様が進行する。それは魔界全土でポリアが魔精霊と認められると同時に魔王様への忠誠度がわかるというものです。ついでに不穏分子を一掃します」
「HAHAHA、不穏分子とはまた不吉なことを言うじゃないか」
「ま、いたら叩き潰すという心意気です」


 ふふん! とない胸をはるマリアベルジュ。そのない胸をファンファンニールは悲しそうな光を眼窩に灯らせながら眺めていた。


「なんです?」
「なんでもないさ、haha……」


 見られていることに気づいたマリアベルジュが怪訝な表情を浮かべてファンファンニールに尋ねるとスッと残像が残るほどの速度でファンファンニールは顔を背けた。


「起きて! 起きて! 起きて!」


 ポリアに馬乗りになり柔らかなほっぺたを同様に柔らかな手がペチペチと音を立てながら叩きつけていた。しかし、その鳴り響いていた音が徐々に変わり始め鈍い音が聞こえ始めていた。


「あびい⁉︎ あぶ⁉︎ がばだ⁉︎」


 鈍い音と共に悲鳴のような声が聞こえ始め同時に叩かれるたびに痙攣するかのようにポリアの体が揺れていた。


「桜! 死にかけてる! 死にかけてるから!」
「ん? 精霊ってそんなにもろい?」


 自分を基準にして考えている桜は頭に疑問符を浮かべたままソロティスの方へと顔を向ける。魔界がいくら広いとはいえ六死天グリモワールの物理攻撃担当である桜と殴りあえる奴などはこの魔界にはいないのだがそんなことは桜はしらない。


「うなあ……」


 顔がボコボコに腫れ上がったポリアに微力ながらの治癒魔法をソロティスがかけ多少は傷が癒されていっていた。


「ほら起きて!ポートルムリンバィスアトリアルナ!」
「桜! あなた聞こえてたんじゃない!」


 先ほどふざけていたのとは打って変わり饒舌によどみなく桜はポリアの真名を口にする。それに対してマリアベルジュは顔を真っ赤にして反論した。


「ポートルムリンバィスアトリアルナ! ポートルムリンバィスアトリアルナ!」


 声を大にして叫んだ桜の声はバーベキューをしている魔王軍の面々の耳に届き、それによりポリアの真名が周囲に知れ渡っていった。
 それによりポリアの大事な部分だけを覆っていた白い布に変化が現れ始める。白い布がじわじわと黒く染まっていく。


「ぎゃぁぁぁぁぁ⁉︎ 色! なんか儂の布の色が変わっとる⁉︎」


 治癒魔法により目を覚ましたポリアが自分の服の色の変化に気付き悲鳴をあげる。


「落ち着きなさいませ。魔精霊化が始まっているだけです」


 飛び上がり慌てるポリアの肩を瞬時に近寄ったマリアベルジュが掴み地面に押し付けた。


「いや! 儂、魔精霊なんてなりたくないんじゃが⁉︎」
「魔精霊になれば信仰値は安泰、それどころか魔界で唯一の精霊王となりますが?」


 王という言葉のあたりでポリアの耳がピクリと動き暴れるのが止まる。
 その事を確認したマリアベルジュは半月状に口元を歪め笑うが当然地面に押し付けられているポリアには見えない位置だ。


「悪い笑みだなぁ」


 ソロティスの感想に桜、ファンファンニール、コルデリアがこくこくと頷く。当然この動きもポリアには見えない。
 マリアベルジュはというと邪悪な笑みと称された笑顔をポリアの耳元へと近づけていった。


「魔界には精霊がいませんよ? そのため魔精霊になればあなたは魔界の信仰を一手に受ける精霊王となるでしょう」
「じゃ、じゃがのぅ」
「ノルマ達成も容易くなりかつ他の精霊を見下せる。さらに今なら魔王城に住むことができて様々な特典付きです」
「と、特典?」


 ひたすらに利点のみを上げていくマリアベルジュに初めは渋々であったポリアも「そんなものが!」「そんなにも⁉︎」といろいろ驚きながらも熱心に話を聞き始めていた。


 三十分後


「魔精霊もいいんじゃないかのう!」


 様々な特典につられ白い布が完全に黒く染め上げられたポリアが満面の笑みを浮かべそう告げてきた。マリアベルジュの洗脳とも言えるレベルの利点攻めにさして頭の良くないポリアはあっさりと口説かれてしまったのだ。


「ふふ、理解していただけて光栄です」


 魔精霊と化したポリアを満足げに見ながらマリアベルジュは先と同じように悪魔のような笑みを浮かべ、それを見たソロティスを怖がらせていた。


「うみ、ではお主たちには感謝の意味をこめて褒美をやろうではないか」


 そう告げたポリアは湖の方へと歩いて行くと地面と変わらない様子で水面を歩いて行く。
 どういう理屈でかわからない湖の上に立っていたポリアがしゃがみこむと両手を湖の中に入れ、ゆっくりと引き上げながら立ち上がった。
 するとポリアの両手には大きなずぶ濡れの塊が握られていた。


「あなたが落としたのはこの右の心が綺麗なメイドですか? それとも見た目が綺麗なメイドですか?」


 ポリアが両手に持っていた物。それはキルルにそっくりな姿をしたメイドであった。
 右手に本人とは似ても似つかないほどの慈愛に満ちたような笑みを浮かべながら水をしたらせているキルル。本物のキルルならばこんな扱いをされた段階でブチ切れていることであろう。
 左手のキルルはまさにキルルがさらに美しく洗練されたと言わんばかりのキルルである。本物のキルルにあるような邪気といったものが一切感じられないものだ。もしここにキルルがいたのであれば「この偽物め!」と言い飛びかからんばかりに完璧に作られた美であった。


「えーとどちらも落とし「心の綺麗なメイドです」


 ソロティスが正直に答えようとすると割り込むようにマリアベルジュが口を挟み落としてもいない心の綺麗なメイドの方を指差した。


「え⁉︎ う、うむ。本当に心の綺麗なメイドなんじゃな?」


 選ばれたポリアも一瞬驚いたように目を見開いたがすぐに平静を取り戻し軽く咳払いを行い一応確認をとっていた。


「もちろん、私たちが落としたのは心が綺麗なメイドです。心の汚いメイドなんて…… ハッ」


 なぜか最後は鼻で笑うマリアベルジュ。理由をわかっていない桜は知りもしないでうんうんと腕を組みながら頷いていた。
 ファンファンニールはというと明後日の方向を見ながら紫煙を曇らしていた。


「えーと本当にいいのかぇ?」


 最後の確認をするようにソロティスへとポリアは視線を向けてくるが横に立つマリアベルジュが圧を感じるほどの視線を向けてきているためポリアはため息を一つ付き、綺麗なメイドをマリアベルジュに手渡したのだった。


 三日後。魔王城


 旅行から帰ってきた魔王軍だが当然休日は何日も続かない。そのためすでに魔王城はいつもの仕事をしているモンスター、魔族の姿が目に入っていた。


「キルル、ここ汚れてますよ」
「はい! マリアベルジュ様!」


 姑のように窓の桟に指をツーと動かし指に付いた埃をふっと飛ばしマリアベルジュが告げる。
 しかし、やたらとキラキラとしたような表情を浮かべたキルルは元気に返事をし、普通ならば絶対にやらないであろう掃除を開始し始めた。
 綺麗にするより散らかす方が得意なキルルが鼻歌を歌いながら掃除用具を駆使し、丁寧に掃除している様は屈強な魔王軍たちをも震え上がらせた。
 そんなキルルを桜とソロティスはなにか不気味なものを見るかのように怯えながら見ていた。


「「こんなのキルルじゃない!」」


 全員の気持ちを代弁するかのように叫んだのであった。

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