魔王さまは自由がほしい
精霊の真名
「もうよいわ……」
疲れたような声を出しながらボロボロになったポリアは肩を落とした。しかし、そんなポリアなどは目に入らないかのように魔王軍はバーベキューを続けていた。例外は六死天の面々だろう。彼らだけはすでに大体食べ終えており桜は食後の運動と言わんばかりに尻尾を動かし湖を割らんばかりに叩きつけていた。
「住む場所を変えることをオススメしますよ?」
子供の頭くらいはありそうな肉の塊が刺された串を持ったマリアベルジュが親切心? でそんなことをポリアに告げる。
「そうだね。魔界でなんて精霊は生き辛いだろう?」
ファンファンニールが明らかに必要なさそうな爪楊枝で歯に詰まっている? のを取っていた。
「精霊業界も厳しいのじゃ。信仰心のノルマとか信者獲得のノルマとかノルマばかりなのじゃ」
しゅんとした様子を見せるポリア。精霊業界も厳しいらしい。
「なにより新しい精霊が生まれるたびに担当地が変わるからのぅ。ウンディーネやイフリート、シルフといったメジャーな精霊でなければ今は信仰心なんて取れたもんじゃない」
厳しいというかきなり世知辛い事情であった。
「なにか信仰心得るような活動してるんですか?」
「ん? まぁ、湖の清掃活動をしたりビラを配ったりかの」
「ふふ、精霊がビラ配り。想像しただけでも笑えるんですが」
ポリアから顔を背けながら肩を震わして笑うマリアベルジュ。本人はばれてないつもりたんだろうが丸わかりである。
「えーと、効果はあった?」
「あんまりじゃったのう」
「しかも効果はあんまり、ふふふ」
そんなマリアベルジュを軽く睨んだソロティスであったがすぐにポリアね方に向き直ると端から見てもわかるほどにシュンとしていた。
「マリア、なんとかならない?」
「難しいですね」
あらかた笑ってすっきりしたのか目尻に浮かんだ涙を拭いながらソロティスに尋ねられたためマリアベルジュは真剣に考えながら答えた。
「私も精霊には詳しくないのでなんとも言えないのですが精霊の信仰とはどこまで行けば信者としてカウントするのか、これが一番重要です」
一般的な宗教ならば聖書をもったりそういった紋章が入ったものがあとたりするものなのだが精霊の信仰にはそれが存在しない。そのため誰が信者で誰がそうでないのかがわかりづらいのだ。
「僕たちが信仰したらダメなの?」
「問題はないと思いますが……」
「確か魔族やモンスターなどの信仰数が多いものは魔精霊になるんじゃなかったかね?」
言い淀んでいたマリアベルジュの後を継ぐように爪楊枝での掃除を終えたらしいファンファンニールが葉巻を手にし、眼窩から紫煙を立ち上げながら答えた。
「それってまずいの?」
「まずいというか人間界で信仰を集めるのは難しくなるだろうね。戦争やら何やらが起こらない限りは」
「そうなんじゃ、だから魔界の担当精霊とかはあんまり旨味がなくて誰もなりたがらないんじゃよ」
 
やれやれと言わんばかりにポリアは首を振る。その姿は精霊のくせにやけに人間くさい仕草であった。
「でも信仰心があればいいわけでしょ? なら問題ないんじゃないの?」
「担当地が魔界だけなら問題ないんじゃがたまーに変わるんじゃよ。そんな時に魔精霊なんてもんになってたら人間界では全く信仰されないじゃろ?」
「そっか。その時のことだけじゃなくて未来の事も考えてるんだね!」
ソロティスが魔族にあるまじきキラキラした瞳をポリアに向けるとポリアは僅かに頰を赤く染めながら「ま、まぁの」と小さく呟いた。当然、そんな姿を見ていて面白くないマリアベルジュは頰を膨らましているがソロティスが感心しているため不機嫌そうな顔を浮かべているだけにとどめていた。
「じゃあ、僕がポリアを信仰しても意味がないんだね」
残念そな顔を浮かべるソロティスを見て罪悪感のようなものを感じたポリアであったが、
「ひぃ!」
ソロティスの後ろにいた魔王軍の面々から容赦なく放たれる殺意の籠った視線、魔力を浴びせられポリアは短く悲鳴をあげた。
魔王軍の目は完全に狩るもの瞳であり、率直に言えば『なにうちのかわいい魔王様困らしてんだ。殺すぞ』というような明らかに友達になりたくないような視線を向けてきているのだ。中でも六死天の殺意の籠った魔力は格別と言えるものであろう。放たれている魔力だけでも地面が音を立て割れ、視線だけでも殺せそうなほどの濃密な殺意である。
「いける! 次は湖を割るよ!」
ただ一人湖を割ることに夢中になっている桜だけはポリアに殺意などを送ることなく呑気に遊んでいるがそれは些細な問題と言えるだろう。
「いやいや! 一人でも信者が増えると儂はとてもたすかるぞい!」
主に生命がであるが。そう考えながらポリアは冷や汗をかきながら答えた。
「本当!」
沈んでいた表情を浮かべていたソロティスがパッと花が咲いたごとく笑顔を浮かべた瞬間、ポリアを覆っていた殺意が霧散していく。
「ほっ、本当じゃ」
額の汗を拭いながらポリアは精霊でありなが神に感謝していた。
(ここにいたらなんか悪い方向に進みそうじゃのう)
邪気のない顔でニコニコと笑うソロティスを見てポリアは口に出さずに心の中でため息をついた。
そしてすぐさま逃げることを決意する。単純な戦闘力ならば暴力の頂点に立つ魔王軍に勝てるとは微塵も思わないからである。
「では、儂はこれで帰るのでの! あんまり湖で騒ぐでないぞ!」
不自然なほどの早口で口上を述べたポリアは帰るにしては不自然なほどの全力ダッシュを敢行し湖へと撤退を図る。
「まぁ、待ちなさい」
「ひぃぃぃ!」
しかし、マリアベルジュに回り込まれた。
明らかに背後に置き去りにしたはずのマリアベルジュが眼前に現れしかも顔を握り潰すかのように片手で掴みポリアは無理やり動きを止められる。
「そう急いで帰ることはないでしょう?」
「い、いやぁ、儂もこう見えていそがしいんじゃが?」
顔を鷲掴みしている指には今はまだ力が一切入っていないのだがもし妙な動きをしたのであれば一瞬で顔が真っ赤な肉塊へと変わるくらいは容易く想像できた。
「まぁ、あなたにも悪い話ではありませんよ」
「いや、だから儂も忙しいんじゃが……」
「聞きなさい」
「はい……」
ポリアの顔を掴む指に僅かに力が入りポリアは話を聞く姿勢になった。精霊といえども強力な暴力には屈するのだ。
「魔王様がわざわざ信仰なさるんです。でしたら私達魔王軍全員も信仰してあげようじゃありませんか」
姿通り悪魔のような笑みを浮かべながら提案してきたマリアベルジュの言葉に黙って聞いていたポリアは手足をばたつかせながら暴れ始めた。
「やじゃぁぁ! 儂はまだ魔精霊にはなりとうない! なったら担当地が魔界以外になったら悲惨じゃないか!」
「魔王様に信仰してもうんですから些細な問題でしょう?」
「お主らにはの⁉︎ 儂にとっては精霊としての道の分岐点じゃろうが!」
「さぁ、さっさと真名をいいなさい。信仰してあげますから。これは優しさですよ?」
「なんで信仰する側の輩が上から目線なんじゃ⁉︎ いやーじゃ!」
子供のように駄々? を捏ねるポリアに若干イラつき始めたのかマリアベルジュは額に青筋を浮かべ始めポリアの顔を掴んでいた指に徐々に力を込め始めポリアの顔というか頭蓋がミシミシと音を上げ始めていた。
「いたたたたた!」
「ちょっとマリア何してるの⁉︎」
マリアベルジュが本人曰く優しさ? らしい行動で悲鳴を上げているポリアを見てソロティスは慌てたように声を上げマリアベルジュを止めに入った。
そんなソロティスに首を傾げるマリアベルジュ。なぜソロティスが慌てているのかわからないというような顔である。
「何って真名を聞いてるんですが?」
「真名ってなに⁉︎ というかポリアさんの頭からすごい変な音が鳴ってるんだけど⁉︎」
「真名というのは精霊の本当の名前さ」
どう説明しようかと悩んでいたマリアベルジュに変わりファンファンニールが愉快そうな声色で答えた。
「本当の名前?」
「そうさ。精霊の本来の名前はやたらと長い。さっきそこのポリアがあげたウンディーネやシルフとかもあくまで属性の名前だからね。精霊一体一体にはちゃんとした名前があるのさ」
「じゃ、ポリアっていうのが名前なんじゃないの?」
「いや、精霊に限ってはそれはないよ。かれらの真の名前はやたらと長い。短い名前は聞いたことがないしね。あ、加えて信仰値を手っ取り早く上げる方法がその信仰している名前を知るということなんだ。普通は信仰値が上がった人にだけ精霊は真名を教えるものだからね。名前を教えるというのは信仰を高めるための行為でもあるからね」
「なるほど」
ソロティスが納得したように頷いていた。ファンファンニールが説明を続けている間にもポリアは必死に抵抗を続けていたのだがマリアベルジュの細い腕から逃れることはできなかった。
「思ったよりも強情ですね」
「当たり前じゃ! 儂の人生がかかっとるんじゃからな!」
ちょっぴり感心したように言ったマリアベルジュだったが少し勝ち誇ったような言い方をしたポリアの言動に少し、ほんの少しイラついたため力を指にさらにこめていく。
「のぉぉぉぉぉ⁉︎」
「仕方ありません。あんまりやりたくはなかったんですが」
再び悲鳴を上げるポリアを見てマリアベルジュはため息をつく。そしてポリアの顔を掴んでいる腕に魔力を流し始めた。先ほどポリアに浴びせた魔力よりも薄いものではあるが直に接しているポリアはすぐさま気づいた。
「な、なんじゃ⁉︎ なにする気じゃ⁉︎」
「いえ、真名を答えていけないようですのでシンプルに行こうと思いましてね」
「答えになっとらんぞ⁉︎」
「大丈夫です。死にはしませんよ…… 多分」
「多分⁉︎」
魔力をまとったマリアベルジュの指がやがてズズズといいた音を立てながらポリアの顔へと沈んでいく。
「な、なんじゃぁ⁉︎ 指が儂のあたひゃのにゃかに⁉︎」
「ああ、ちょっと記憶をあさらしてもらいますよ」
「にゃに⁉︎」
マリアベルジュは自身の腕をスライムの力を使いポリアの頭へと同化さしていく。この能力は対象と同化すると同化された対象の記憶を読み取ることができるというオマケ付きである。
「相変わらずたちの悪い能力だね」
「あら、便利ですよ?」
「あぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ!」
「なんかすごい顔してるけど……」
なんでもない世間話のように話を続けているファンファンニールとマリアベルジュであったが対象であるポリアはというとソロティスが評した通り精霊としてというか女性としての尊厳がなくなるような酷い顔と奇声をあげていた。
「あ、ありました、やっぱりファンファンニールのいう通り長い名前ですね」
「やはり精霊は長い名前がすきなんだろうね」
マリアベルジュが同化していた指をキュポンという音と共に引き抜くと「あひゃ」という情けない声を上げながら気を失ったポリアは地面へと倒れこんだ。そんなポリアに慌てたようにソロティスが近づく。
「マリアなんてことを!」
「大丈夫死んでません。肉体的には」
「精神的には死んでるんじゃないのかい? 主に女性としてだが」
慌てるのはソロティスだけで他の六死天は慌てるどころか楽しげである。
「さて、この精霊ポリアの真名はポートルムリンバィスアトリアルナとかいう名前なわけですが」
「言いにくい名前だ!」
「これを皆が知ればポリアの信仰値はうなぎのぼり! あっという間に魔界の精霊、魔精霊になります。桜!」
「ん?」
ついに泉の水を割り道を作り出すことに成功し満足げな顔をしていた桜にマリアベルジュは声をかける。桜はびしゃびしゃのままマリアベルジュの前まで来ると「なに?」と首を傾げた。
「桜、私が今から言う名前を大きな声で叫ぶのです」
「わかった!」
素直に返事をした桜に満足げにうなずいたマリアベルジュ。
「では行きますよ」
そしてマリアベルジュはその名前を広めるべく告げるのであった。
疲れたような声を出しながらボロボロになったポリアは肩を落とした。しかし、そんなポリアなどは目に入らないかのように魔王軍はバーベキューを続けていた。例外は六死天の面々だろう。彼らだけはすでに大体食べ終えており桜は食後の運動と言わんばかりに尻尾を動かし湖を割らんばかりに叩きつけていた。
「住む場所を変えることをオススメしますよ?」
子供の頭くらいはありそうな肉の塊が刺された串を持ったマリアベルジュが親切心? でそんなことをポリアに告げる。
「そうだね。魔界でなんて精霊は生き辛いだろう?」
ファンファンニールが明らかに必要なさそうな爪楊枝で歯に詰まっている? のを取っていた。
「精霊業界も厳しいのじゃ。信仰心のノルマとか信者獲得のノルマとかノルマばかりなのじゃ」
しゅんとした様子を見せるポリア。精霊業界も厳しいらしい。
「なにより新しい精霊が生まれるたびに担当地が変わるからのぅ。ウンディーネやイフリート、シルフといったメジャーな精霊でなければ今は信仰心なんて取れたもんじゃない」
厳しいというかきなり世知辛い事情であった。
「なにか信仰心得るような活動してるんですか?」
「ん? まぁ、湖の清掃活動をしたりビラを配ったりかの」
「ふふ、精霊がビラ配り。想像しただけでも笑えるんですが」
ポリアから顔を背けながら肩を震わして笑うマリアベルジュ。本人はばれてないつもりたんだろうが丸わかりである。
「えーと、効果はあった?」
「あんまりじゃったのう」
「しかも効果はあんまり、ふふふ」
そんなマリアベルジュを軽く睨んだソロティスであったがすぐにポリアね方に向き直ると端から見てもわかるほどにシュンとしていた。
「マリア、なんとかならない?」
「難しいですね」
あらかた笑ってすっきりしたのか目尻に浮かんだ涙を拭いながらソロティスに尋ねられたためマリアベルジュは真剣に考えながら答えた。
「私も精霊には詳しくないのでなんとも言えないのですが精霊の信仰とはどこまで行けば信者としてカウントするのか、これが一番重要です」
一般的な宗教ならば聖書をもったりそういった紋章が入ったものがあとたりするものなのだが精霊の信仰にはそれが存在しない。そのため誰が信者で誰がそうでないのかがわかりづらいのだ。
「僕たちが信仰したらダメなの?」
「問題はないと思いますが……」
「確か魔族やモンスターなどの信仰数が多いものは魔精霊になるんじゃなかったかね?」
言い淀んでいたマリアベルジュの後を継ぐように爪楊枝での掃除を終えたらしいファンファンニールが葉巻を手にし、眼窩から紫煙を立ち上げながら答えた。
「それってまずいの?」
「まずいというか人間界で信仰を集めるのは難しくなるだろうね。戦争やら何やらが起こらない限りは」
「そうなんじゃ、だから魔界の担当精霊とかはあんまり旨味がなくて誰もなりたがらないんじゃよ」
 
やれやれと言わんばかりにポリアは首を振る。その姿は精霊のくせにやけに人間くさい仕草であった。
「でも信仰心があればいいわけでしょ? なら問題ないんじゃないの?」
「担当地が魔界だけなら問題ないんじゃがたまーに変わるんじゃよ。そんな時に魔精霊なんてもんになってたら人間界では全く信仰されないじゃろ?」
「そっか。その時のことだけじゃなくて未来の事も考えてるんだね!」
ソロティスが魔族にあるまじきキラキラした瞳をポリアに向けるとポリアは僅かに頰を赤く染めながら「ま、まぁの」と小さく呟いた。当然、そんな姿を見ていて面白くないマリアベルジュは頰を膨らましているがソロティスが感心しているため不機嫌そうな顔を浮かべているだけにとどめていた。
「じゃあ、僕がポリアを信仰しても意味がないんだね」
残念そな顔を浮かべるソロティスを見て罪悪感のようなものを感じたポリアであったが、
「ひぃ!」
ソロティスの後ろにいた魔王軍の面々から容赦なく放たれる殺意の籠った視線、魔力を浴びせられポリアは短く悲鳴をあげた。
魔王軍の目は完全に狩るもの瞳であり、率直に言えば『なにうちのかわいい魔王様困らしてんだ。殺すぞ』というような明らかに友達になりたくないような視線を向けてきているのだ。中でも六死天の殺意の籠った魔力は格別と言えるものであろう。放たれている魔力だけでも地面が音を立て割れ、視線だけでも殺せそうなほどの濃密な殺意である。
「いける! 次は湖を割るよ!」
ただ一人湖を割ることに夢中になっている桜だけはポリアに殺意などを送ることなく呑気に遊んでいるがそれは些細な問題と言えるだろう。
「いやいや! 一人でも信者が増えると儂はとてもたすかるぞい!」
主に生命がであるが。そう考えながらポリアは冷や汗をかきながら答えた。
「本当!」
沈んでいた表情を浮かべていたソロティスがパッと花が咲いたごとく笑顔を浮かべた瞬間、ポリアを覆っていた殺意が霧散していく。
「ほっ、本当じゃ」
額の汗を拭いながらポリアは精霊でありなが神に感謝していた。
(ここにいたらなんか悪い方向に進みそうじゃのう)
邪気のない顔でニコニコと笑うソロティスを見てポリアは口に出さずに心の中でため息をついた。
そしてすぐさま逃げることを決意する。単純な戦闘力ならば暴力の頂点に立つ魔王軍に勝てるとは微塵も思わないからである。
「では、儂はこれで帰るのでの! あんまり湖で騒ぐでないぞ!」
不自然なほどの早口で口上を述べたポリアは帰るにしては不自然なほどの全力ダッシュを敢行し湖へと撤退を図る。
「まぁ、待ちなさい」
「ひぃぃぃ!」
しかし、マリアベルジュに回り込まれた。
明らかに背後に置き去りにしたはずのマリアベルジュが眼前に現れしかも顔を握り潰すかのように片手で掴みポリアは無理やり動きを止められる。
「そう急いで帰ることはないでしょう?」
「い、いやぁ、儂もこう見えていそがしいんじゃが?」
顔を鷲掴みしている指には今はまだ力が一切入っていないのだがもし妙な動きをしたのであれば一瞬で顔が真っ赤な肉塊へと変わるくらいは容易く想像できた。
「まぁ、あなたにも悪い話ではありませんよ」
「いや、だから儂も忙しいんじゃが……」
「聞きなさい」
「はい……」
ポリアの顔を掴む指に僅かに力が入りポリアは話を聞く姿勢になった。精霊といえども強力な暴力には屈するのだ。
「魔王様がわざわざ信仰なさるんです。でしたら私達魔王軍全員も信仰してあげようじゃありませんか」
姿通り悪魔のような笑みを浮かべながら提案してきたマリアベルジュの言葉に黙って聞いていたポリアは手足をばたつかせながら暴れ始めた。
「やじゃぁぁ! 儂はまだ魔精霊にはなりとうない! なったら担当地が魔界以外になったら悲惨じゃないか!」
「魔王様に信仰してもうんですから些細な問題でしょう?」
「お主らにはの⁉︎ 儂にとっては精霊としての道の分岐点じゃろうが!」
「さぁ、さっさと真名をいいなさい。信仰してあげますから。これは優しさですよ?」
「なんで信仰する側の輩が上から目線なんじゃ⁉︎ いやーじゃ!」
子供のように駄々? を捏ねるポリアに若干イラつき始めたのかマリアベルジュは額に青筋を浮かべ始めポリアの顔を掴んでいた指に徐々に力を込め始めポリアの顔というか頭蓋がミシミシと音を上げ始めていた。
「いたたたたた!」
「ちょっとマリア何してるの⁉︎」
マリアベルジュが本人曰く優しさ? らしい行動で悲鳴を上げているポリアを見てソロティスは慌てたように声を上げマリアベルジュを止めに入った。
そんなソロティスに首を傾げるマリアベルジュ。なぜソロティスが慌てているのかわからないというような顔である。
「何って真名を聞いてるんですが?」
「真名ってなに⁉︎ というかポリアさんの頭からすごい変な音が鳴ってるんだけど⁉︎」
「真名というのは精霊の本当の名前さ」
どう説明しようかと悩んでいたマリアベルジュに変わりファンファンニールが愉快そうな声色で答えた。
「本当の名前?」
「そうさ。精霊の本来の名前はやたらと長い。さっきそこのポリアがあげたウンディーネやシルフとかもあくまで属性の名前だからね。精霊一体一体にはちゃんとした名前があるのさ」
「じゃ、ポリアっていうのが名前なんじゃないの?」
「いや、精霊に限ってはそれはないよ。かれらの真の名前はやたらと長い。短い名前は聞いたことがないしね。あ、加えて信仰値を手っ取り早く上げる方法がその信仰している名前を知るということなんだ。普通は信仰値が上がった人にだけ精霊は真名を教えるものだからね。名前を教えるというのは信仰を高めるための行為でもあるからね」
「なるほど」
ソロティスが納得したように頷いていた。ファンファンニールが説明を続けている間にもポリアは必死に抵抗を続けていたのだがマリアベルジュの細い腕から逃れることはできなかった。
「思ったよりも強情ですね」
「当たり前じゃ! 儂の人生がかかっとるんじゃからな!」
ちょっぴり感心したように言ったマリアベルジュだったが少し勝ち誇ったような言い方をしたポリアの言動に少し、ほんの少しイラついたため力を指にさらにこめていく。
「のぉぉぉぉぉ⁉︎」
「仕方ありません。あんまりやりたくはなかったんですが」
再び悲鳴を上げるポリアを見てマリアベルジュはため息をつく。そしてポリアの顔を掴んでいる腕に魔力を流し始めた。先ほどポリアに浴びせた魔力よりも薄いものではあるが直に接しているポリアはすぐさま気づいた。
「な、なんじゃ⁉︎ なにする気じゃ⁉︎」
「いえ、真名を答えていけないようですのでシンプルに行こうと思いましてね」
「答えになっとらんぞ⁉︎」
「大丈夫です。死にはしませんよ…… 多分」
「多分⁉︎」
魔力をまとったマリアベルジュの指がやがてズズズといいた音を立てながらポリアの顔へと沈んでいく。
「な、なんじゃぁ⁉︎ 指が儂のあたひゃのにゃかに⁉︎」
「ああ、ちょっと記憶をあさらしてもらいますよ」
「にゃに⁉︎」
マリアベルジュは自身の腕をスライムの力を使いポリアの頭へと同化さしていく。この能力は対象と同化すると同化された対象の記憶を読み取ることができるというオマケ付きである。
「相変わらずたちの悪い能力だね」
「あら、便利ですよ?」
「あぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ!」
「なんかすごい顔してるけど……」
なんでもない世間話のように話を続けているファンファンニールとマリアベルジュであったが対象であるポリアはというとソロティスが評した通り精霊としてというか女性としての尊厳がなくなるような酷い顔と奇声をあげていた。
「あ、ありました、やっぱりファンファンニールのいう通り長い名前ですね」
「やはり精霊は長い名前がすきなんだろうね」
マリアベルジュが同化していた指をキュポンという音と共に引き抜くと「あひゃ」という情けない声を上げながら気を失ったポリアは地面へと倒れこんだ。そんなポリアに慌てたようにソロティスが近づく。
「マリアなんてことを!」
「大丈夫死んでません。肉体的には」
「精神的には死んでるんじゃないのかい? 主に女性としてだが」
慌てるのはソロティスだけで他の六死天は慌てるどころか楽しげである。
「さて、この精霊ポリアの真名はポートルムリンバィスアトリアルナとかいう名前なわけですが」
「言いにくい名前だ!」
「これを皆が知ればポリアの信仰値はうなぎのぼり! あっという間に魔界の精霊、魔精霊になります。桜!」
「ん?」
ついに泉の水を割り道を作り出すことに成功し満足げな顔をしていた桜にマリアベルジュは声をかける。桜はびしゃびしゃのままマリアベルジュの前まで来ると「なに?」と首を傾げた。
「桜、私が今から言う名前を大きな声で叫ぶのです」
「わかった!」
素直に返事をした桜に満足げにうなずいたマリアベルジュ。
「では行きますよ」
そしてマリアベルジュはその名前を広めるべく告げるのであった。
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