魔王さまは自由がほしい

るーるー

魔王城のバレンタイン

 バレタイン。それは人を捕まえるために行う下準備。
 そして女にとってはデスマッチ。血で血を洗うどころかそれすら材料に使う。それがバレタインデー戦争


「つまるところ狩りハントですね」
「なんで? らゔなイベントじゃないの?」


 自分の私室で人間界の雑誌を読んでいたマリアベルジュは感想を述べ、桜がそれに反論する。
 いつもメイド服を着ているマリアベルジュであるが部屋にいるときはやたらと質素な服を好んで着込んでいた。そして座っているのは最近カネパネェ商会から買ったバランスとーるでもある。一応、シェイプアップを目的とする商品である。
 そんな彼女の手元にある雑誌は最近魔界にも置かれるようになった雑誌である。同様に桜もマリアベルジュの部屋におり、自分の部屋かのようにソファに寝転がり、マリアベルジュの読み終わった雑誌を読んでいた。


「らゔなイベントなんですか? この雑誌はぎゃるに人気のある雑誌とのことでしたが読んでみると曖昧な表現に推測が多いですね。あ、誤字見っけ」


 パラパラとめくりながら見つけた誤字に丁寧に赤丸をつけるマリアベルジュ。ちなみに彼女は誤字や表現のおかしな文章にマークしたりして編集部に送りつけたりするプチクレーマーである。


「つまるところ胃袋を掴み取る戦いがバレンタインということでしょうか?」
「胃袋をつかむ!」


 すでに四冊ほど雑誌を見終わったマリアベルジュが読んできた考察をつぶやいた。なぜか桜は拳で何かを掴むような素振りを見せた。


「それにしても物理的に掴むとは人間界も空恐ろしい世界になったものです。ん? なんですかこのぎりチョコやともチョコというのは」


 次々に知らない言葉が目に入るマリアベルジュは困惑気味である。


「友チョコとは友達にあげるチョコ? 私に友達いましたかね。義理チョコは義理であげるチョコ? 義理のある人はいません」
「魔界ぽくないね。あとマリアさん、言ってて悲しくない?」


 聞く人が聞けば涙を流すようなセリフを自室であることいいことにマリアベルジュは垂れ流す。そんなマリアベルジュを桜が哀れむような視線で見ていた。


「つまりは坊っちゃまだけに渡せばいいわけですね」
「それって本命ってやつだよね」
「そうなんですか?」
「なら魔界流にアレンジしなきゃね!」


 結論付けたマリアベルジュはバランスとーるから立ち上がり拳を握る。桜も同様に立ち上がり同じように拳を握りしめた。


「坊っちゃまが唸るほどのチョコを作って見せます!」
「物理的に!」


 マリアベルジュと桜は気合を入れるのであった。
 ここに第三者がいれば言ったであろう。『不安しかない』と。


 ◇◇




 二の月の十四の日。昼過ぎ


「バ、バ、バ、バレンタイン〜」


 微妙な音程を取りながら桜とマリアベルジュが魔王城の廊下を歩く。桜の背には巨大な袋があり軽やかな足音のあとに引き摺るような音がだれもいない廊下に響く。
 桜が引き摺っているのは大きな袋であり、あきらかに桜の大きさを超えるものであるが引き摺る本人は全く問題ないかのように笑顔で歩く。


『なにやら上機嫌であるな、桜( ̄▽ ̄)』
「あ、ワイン」
「む、でましたね」


 歌っていた鼻歌を止め桜は角から姿を現したワインを指差し、なぜかマリアベルジュは警戒するような素振りを見せる。


『……桜、人を指差すのはだめでござるよ。あとマリアベルジュよ。なぜ警戒をする?』
「不死者なのに?」
「不死者だから?」
『む……』


 死んでると言われてしまってはワインも黙った。
 しかし、桜はすぐに笑顔を浮かべ、引き摺っていた袋から綺麗に包装された小さな箱のようなものを取り出す。マリアベルジュも無言で見ている。


「はい、ばれんたいんでー? のギリチョコ」
「私と桜が作りました」
『某は食べれないでござるが気持ちは頂くでござる』


 桜の手から包装されたチョコを受け取ると桜は嬉しそうに笑うと再び大きな袋を引き摺りながらマリアベルジュと共によくわからない歌を歌いながら廊下を歩き出した。
 そんな桜を見送っていると欠伸をしながらコルデリアが姿を現した。


「あら、ワイン。邪魔ですわね。相変わらず大きいですし」
『……朝一番がそれか(ーー;)』


 先ほどの桜といい朝に会う人は挨拶にトゲがあるように感じるワインであった。


「それはそうと先ほどの桜とマリアベルジュからともチョコなるものをいただいたのですがこれはなんなんでしょう?」


 そう言うコルデリアの手元にはワインとは違った包装で包まれたものがあった。手にしているコルデリアは困惑気味であるが。


『某はぎりチョコとやらを貰ったんだが』
「今日はなにかありますの? 私様の記憶では特になにもなかったはずなんですけど……」
『うむ、ばれんたいんでーと呼ばれる日らしい』
「またあの子は……」


 コルデリアはため息をつく。


「また、人間界の行事に影響されましたわね。あの子はもっと魔界の住人らしくですね」
『それは本人に言うでござるよ。しかし、マリアベルジュも噛んでいるようでござるしな』


 小言が始まりそうなコルデリアにワインは一言釘を刺した。桜のイベント好きは今に始まった事ではなくワインとしてはどちらでもいいからである。


「しかし、ともチョコですか。どういったものか気にはなりますね」
『ぎりチョコも気になる』


 二人ともなんだかんだで貰ったものが気になるようで包装紙に手をかけ始める。
 少しウキウキとした様子で中から出てきた箱を開けるとコルデリアは怪訝な表情を浮かべる。


『どうかしたのか?』


 ワインも気になり声をかけるとコルデリアは箱の中身をワインにも見えるようにする。
 中に入っているのは黒い物体、あくまで固形ではあるがただただ黒い。口に入れるのを躊躇うようなものである。


「……これ、なにかしら?」
『……チョコと言っていたが』


 ワインも先ほどまでのワクワク感とは全く違うドキドキ感を味わいながら箱を開けると案の定、色は違うが同じような物体が姿を現した。


『「……」』
『ァァァァァァァ』


 なぜかうめき声のようなものコルデリアの持つチョコらしき物体から聞こえた。
 それを聞いて二人して沈黙。コルデリアが異空間より剣を取り出し恐る恐るといった様子でチョコらしき物を軽く刺す。


「アァァァァァァァァァァァァァァ!」
「あの二人は! なに入れましたの⁉︎」


 悲鳴をあげるチョコを全身全霊の力を込めてコルデリアは床に叩きつけた。
 衝撃でチョコもどきは弾け飛び周囲に飛び散り破片の一つ一つから「ァァァァァァァ」という声が響き渡り魔境と化す。


「あの娘はぁぁ! いや、どっちが仕組みましたの!」
『……』


 コルデリアは怒り心頭となりワインもうめき声をあげる箱をかなり嫌そうな顔をしながら持っていた。


「ワインのものは叫びませんの?」
『叫びはしないが……』


 イラつきながらコルデリアがワインの持つ箱を覗き込む。確かにワインの持っている箱の中にあるチョコらしきものはうめき声をあげることなく鎮座していた。が、


「…… これ、膨らんでません?」
『やはりそう思うか?』


 コルデリアとワインが不安そうにしている理由。それはワインの手元にあるチョコもどきが確実に膨らんでいるからだ。それも明らかに箱よりも巨大にである。


「……いやな予感がする」


 コルデリアがワインより距離を取り始め警戒の色を浮かべ始める。
 ワインはというと捨てることもできずに膨張をつづけるチョコもどきを眺めていた。ついにチョコもどきが箱を乗り越えワインの腕に触れた瞬間、生きているかのように動き始めワインの腕に絡みついた。


「な、なんなの⁉︎」
『なぁ! 魔力が吸われてるでござる!』


 チョコもどきはワインに触れた瞬間魔力を一気に吸い上げ始め膨張するスピードをさらに早めた。そしてチョコもどきの表面に「Ⅴ」と表示される。


「や、やばい!」


 それを見て危機を知らせるベルが脳内に鳴り響いたのを聞いたコルデリアが踵を返し逃げ出そうとしたが、まだ捕獲されていない方の腕を伸ばしたワインに捕まれ無様にひっくり返った。


「ふぎゃ!」


 情けない声を出して倒れたコルデリアは睨みつけるようにワインを振り返った。


『一人で逃げるとは卑怯なり!(ノ_<)』
「あなた! 顔文字を使う余裕があるのでしたら私様くらい逃してもよろしいんじゃなくて⁉︎」


 意外と余裕があるワインにコルデリアは怒鳴ったがすぐに顔を引きつらせた。
「Ⅱ」という文字がすでに目に入ったからだ。先ほどより数字が小さくなっていて対してワインにまとわりつくつくチョコもどきは確実にでかくなっていた。


「ひぃ!」
『なんでござる?』


 短く悲鳴を上げ、顔を引きつらせているコルデリアにワインが文字で尋ねる。ワインから見えない位置に数字がでいるため彼には見えないのである。


「わ、私様を巻き込むのはやめなさい! 死ぬなら一人にしなさい!」
『なにを言ってるんでござるか⁉︎Σ( ̄。 ̄ノ)ノ』


 ジタバタともがきワインの腕から逃れようとするコルデリアであるがワインは一切足をつかむ腕の力を緩めることはない。そうしてコルデリアが足掻いている間にも数字はワインに見えないように「Ⅰ」の文字を刻み込む。


「ギャァァァァァァァァァァォァァ!」


 持てる力というか全力の魔力を使いコルデリアは抵抗を試みる。掴まれていない方の足が全力の魔力に覆われると間髪入れずにワインに対して一切の躊躇いを見せないほどの威力の蹴りを叩き込み続ける。
 その度にワインの鎧が凹み、コルデリアの蹴りは徐々に見えないほどの速度になりつつあった。


『……! ……!』
「ええい! 書く暇があったらはなすです!」


 蹴られながらマジックボードへ文字を書こうとするワインに怒鳴りながらもコルデリアが蹴るのを辞める気配は全くなかったがコルデリアの表情が凍りつく。その視線の先にはカウントが「0」になり膨張したチョコもどきの姿があり、


「ひっ!」


 コルデリアが悲鳴を上げた瞬間、チョコもどきが黒い光を放ちながら爆発し始める。
 光は一瞬にしてワインの腕をくらい尽くし、ジリジリと光は大きくなりワインを飲み込み始める。


「あのムスメェェェェ!」


 コルデリアの言葉すらも飲み込む光がワインの体を半分以上包み込み、コルデリアの足に迫ったところで唐突に消失。


「へっ?」


 次は自分の足と覚悟していたコルデリアであったが突拍子もなく消えた黒い光に唖然とする。そしてそんなコルデリアの頭上にヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。
 呆然としながらも落ちてきた紙を反射的にコルデリアは掴み内容を目を走らせるとと拙い文字が眼に入った。


『ぎりぎり生きるからぎりちょこ by桜』


 コルデリアの額に青筋が浮かぶ少なくともコルデリアの知っている義理チョコではないからだ。


「ワイン、生きてますの?」


 上半身は完全に黒の光に飲み込まれ下半身のみとなったワインへコルデリアは怒りの色を滲ませた声で問いかける。普通なら死んでいるだろう。しかし、ワインはバタバタと足をバタつかせ生きていることをアピールしてくる。六死天グリモワールがいかに普通のモンスターから外れているかがわかる光景である。


「なんだか疲れましたわ」


 今からソロティスの部屋に向かわなければいけないというのにコルデリアは一気に気が重くなった。


「とりあえずワイン、あなたはその姿をなんとかしなさいな。また魔王様が泣きますわ」


 顔がないだけでも泣くソロティスである。上半身がないワインを見れば失神するかもしれない。
 ワインは了承したのか器用に立ち上がるとそのまま鎧を揺らしながら自室の方へと歩き始めた。
 コルデリアは重い足取りをソロティスの部屋の方へ向けようとして自分が叩きつけた箱が眼に入った。いや、正確には箱についている紙であるが。


「また、ロクでもないものなんでしょうね」


 しかし、眼についてしまったからには気になってさしまったコルデリアはチョコもどきで汚れた紙を摘み上げ眼を通す。


『友達を食べるから共食いちょこ。ともちょこ byマリアベルジュ』


 不吉すぎる文章である。
 そしてその不吉は現実となる。コルデリアの足元に飛び散っていたチョコもどきが一瞬にして集まり巨大化すると口を開けるかのようにしてコルデリアに覆いかぶさったのであった。


 ◇◇


『ミャァァァァァァァァァァァァァァ!』
「な、何事⁉︎」


 突如として廊下から響いた悲鳴にソロティスは体をビクつかせながら驚いた。
 一応は魔王であるソロティスにも仕事はありそれを行うための部屋である仕事部屋の椅子に座るソロティスはそわそわし始める。
 ソロティスの仕事というのはいたってシンプルなものであり、マリアベルジュが眼を通したものをもう一度見、問題なければ印を押すという仕事である。
 いつもは護衛を兼ねてマリアベルジュが側にいるのであるが今日は用事があるということで席を外している。そのためソロティスは仕事部屋に一人のため今の叫び声は非常にソロティスを不安にさせるのであった。


「うー……」


 魔王城にはたまに敵が入ってくることがある。それは人間界の勇者だったり冒険者といったりと様々であるがそれなりのレベルである。もちろん最弱の魔王であるソロティスには会いたくない的であるが。
 それでも一応は魔王なので壁に立てかけられている剣、ではなく槍を手に取り扉の前で構える。


『ァァァァァァァァァァ!』
『な、なにこれ⁉︎ チョコ! チョコなの⁉︎』
『刺激が強す……』


 悲鳴が徐々に近づいてくる。しかも爆発音月である。それと同様にソロティスの体も震える。当然であるが武者震いではなく恐怖からの震えである。
 ひたすらに上がる悲鳴。しかもそれは確実にソロティスのいる仕事部屋に近づいてきている。


「悲鳴が消えた?」


 やがて死んだように音が消えたことにソロティスは怯える。一応は槍の訓練も受けてはいるが自分より明らかに強い魔王軍に悲鳴を上げさせるような輩に勝てるとは到底思えないからだ。
 震えていると控えめなノックの音が扉から響く。


「だ、だれ?」
「マリアベルジュでございます」
「桜だよー」


 慣れ親しんだ声を聞いた瞬間、ソロティスを覆っていた緊張感が緩んだ。あからさまにホッとした様子で構えていた槍を下す。


「よ、よかったぁ」


 これで助かると考えたソロティスは飼い主を待つ忠犬の如く扉へと向かい開け放った。


「マリア! 桜! 敵襲だよ! さっきから悲鳴が聞こえるし!」


 ソロティスが慌てたように告げるが桜とマリアベルジュは首を傾げた。


「襲撃なんてありませんが?」
「わたしたち歩いてきたんだよ?」
「え、だったらなんの悲鳴と爆発音なの?」


 今度はソロティスが首をかしげる番であった。


「そんなことより魔王様」
「そんなことよりソーちゃん」


 ズィッと音がなるように距離を詰めてきた二人の異様な迫力に思わずソロティスは後ろにさがった。


「な、なにかな?」


「今日は人間界でいうところのばれんたいんでーと呼ばれるものらしいですよ」
「りあじゅうの祭典だってさ!」
「そ、そうなんだ」
「だからね! わたしとマリアさんでチョコ作ってきたの」
「自信作です」
「チョコ!」


 マリアベルジュと桜の言葉にソロティスは瞳を輝かした。甘いものが大好きなソロティスであるがマリアベルジュにいつも厳しく食べる量を制限されているのだ。
 期待するソロティスは桜の背負っている小さな・ ・ ・袋に目をやっていた。


「そこに入ってるの?」
「ん? 違うよソーちゃんのはちゃんと別にあるよ」
「こちらになります」


 マリアベルジュがソロティスに渡してしてきたのはやたらと装飾華美な箱だった。見た目は明らかに箱よりも装飾の方が多い。


「ありがとう!」


 しかし、今はそんな装飾華美な箱などソロティスの瞳には映らない。恋する乙女の如く甘いチョコに夢中なのだ。


「じゃ、開けるね」


 鼻歌を歌いながらやたらとゴテゴテと備え付けられている装飾を取り外していく。


「ごたいめー……」


 蓋を開けたソロティスが笑顔のまま固まる。
 ソロティスが開けた箱の中には、コルデリア、ワインに渡したものよりさらに大きく、不気味に蠢くチョコもどきの姿があった。


「……なにこれ」
「「チョコ?」」


 疑問形であった。機械人形のようにカクカクした動きでソロティスはマリアベルジュたちの方を見て目を見開いた。
 ソロティスが見たのはマリアベルジュたちではなくその後ろ。彼女たちが入ってきた際に少し開けたままにしていた扉の隙間であった。ソロティスの瞳に映ったものそれはこの城のモンスターであった。
 しかし、ただモンスターが見えただけではソロティスも眼を見開かなかったであろう。問題はその状態であろうか。
 まずモンスターの種類はガーゴイル。石の体を持ち高い防御力を持た城のあちこちにオブジェクトととしうて飾られていたりし、なかなかダメージを与えられないと勇者、冒険者には嫌われているモンスターである。
 その防御力が高いと名高いガーゴイルがである。


 泡を吹いて痙攣しながら倒れていた。


 防御力の高いガーゴイルが!
 普通の物理攻撃、魔法ではなかなかひるまないガーゴイルがびくびくと不気味な震えながら倒れていたのだ。そしてその近くには今ソロティスが持っている箱が転がっており、やはりチョコもどきの姿が見えた。
 ソロティスは再び手元に目線を落とし、そして直感した。


(まさか、これが悲鳴と爆発音の正体⁉︎)


 事実を知った今、箱を持つソロティスの手は自然と震え始める。普通ならばこのチョコもどきが悲鳴や爆発音の原因などとは誰も考えはしないだろうが、魔王城・ ・ ・ではありえるのだ。


「はい、ソーちゃん。あーん」
「な、ずるいです桜! 私からもです坊ちゃん! あーん」


 ドロドロと半液状態であるチョコもどきをどこからか取り出したスプーンですくい桜とマリアベルジュが逃げ道を塞ぐように左右から詰めてきた。


(し、死んでしまうかもしれない!)


 魔王城で高い防御力をもつガーゴイルがあれである。むろん外からの攻撃に対してであり内部の防御力が高いわけではないのであろうがそれでも強い存在が倒れたのだ。もし魔王城で最弱であるソロティスが食べた場合はどうなるか全く想像がつかないものであった。


「こ、これは手作り?」
「そーだよ! マリアさんと一緒に作ったの!」
「ええ、特別製ですよ」


 無意識に声が震えていたソロティスであるが興奮状態の桜とマリアベルジュは全く気づかなかった。


「どう特別なの?」
「材料のこと?」


 必死に食べるまでの時間を延ばすソロティス。


「えっとね、まずドラゴンの肝と」
「あとイエティの心臓と」
「……ごめん、もういいや」
「え、隠し味とか聞かなくていいの?」
「……うん」


 材料の一部を聞いてすでにチョコもどきやばいものに確定された。


「たべて!」
「食べてください」


 破壊力を知らない。というか恐らくは味見をしてすらいないであろう犯人二人組は瞳を輝かしながらスプーンをソロティスに押し付けてくる。漂う香りはチョコそのものであるが材料、そして犠牲者を見ているだけに恐ろしいのだ。


「じ、じゃ頂きます」


 それでも食べようとするあたりがソロティスがみんなから人気がある所以である誰に対しても優しいということが今は完全に裏目に出た。
 怯えながら口を開けると桜とマリアベルジュが嬉々としてスプーンを差し込んできた。
 口内にチョコもどきが入った瞬間、ソロティスが感じたのは痛みであった。しかし、それはもともと覚悟していたため自身のもつ魔力を一気に口内に広げ口腔内を守った。


(食べて痛むチョコって)


 しばらく、咀嚼しながら飲み込むと自分の体の中をチョコもどきが通っていることがよくわかった。正直に言うと異物扱いである。
 しかし、劇的に変化を始めたのはこれからであった。


「げぇぇ!」
「ソーちゃんどうしたの⁉︎」
「坊ちゃん⁉︎」


 お腹を押さえ座り込んだソロティスを心配するように桜とマリアベルジュが慌てる。だが、ソロティスにそちらを見る余力はなかった。
 ソロティスの体内ではチョコもどきが爆発しているからである。全魔力を総動員しているも爆発がしかも内部で起こっているためダメージが半端じゃないのだ。
 その爆発が三十分ほど続き慌てたマリアベルジュがエリクサーを取りに行きソロティスに飲ませるとソロティスは魂の抜けた人形のように座り込んでいた。


「だいじょうぶ?」


 桜が心配そうにしながらソロティスの頭を撫でるが一切反応をみせない。


「はっ! 僕は一体……」


 徐々に瞳に光が戻ってきたソロティスがハッとしたように周囲を見渡す。


「僕はなにしてたんだろう?」


 キョロキョロと周りを見ているソロティスの表情には先ほどまでの怯えの色は全くなかった。


「もしかして記憶飛んでる?」
「そんな効果はチョコにはないはずなんですけどね」


 ソロティスに聞こえないようにひそひそと桜とマリアベルジュは話す。


「ふむ」


 おもむろにマリアベルジュはスプーンて再びチョコもどきをすくい上げる。


「桜」
「ん、なに……!」


 桜に声をかけ一瞬、口を開けたらその隙にスプーンを放り込む。


「もがぁ!」


 放り込まれた桜が悲鳴をあげ、さらには一気に顔色が青へと変わる。そして次には苦しそうにゴロゴロと転がりまわり始めた。


「なるほど、確かに桜レベルでもこれでは記憶くらい飛ぶかもしれませんね」


 苦しみ転がる桜を見ながら冷静にマリアベルジュは判断を下す。
 次に手元にあるチョコもどきの入った箱を見やる。


「これは封印指定にしときましょう。下手したら死人が出ます」
「何の話?」


 完全に記憶が飛んでるソロティスを見て微笑み、手にしていたチョコもどきをマリアベルジュは異空間に封印するのであった。


 教訓、オリジナリティーも行き過ぎれば狂気。

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