魔王さまは自由がほしい
魔王軍のセツブン EP2
魔界 二の月 二の日
「それでは今からセツブンを始めたいと思います」
『オオオオオオオオオ!』
ファンファンニールがマイクを握り締め宣言すると、魔王城大広間がモンスター達の歓声で揺れる。すでに大広間には所狭しとと言わんばかりにモンスター、魔族がひしめいていた。
魔王軍所属の彼らはイベントごとが大好きなのである。
「それでは企画を考えてくださった魔王ソロティス様より一言いただきます」
金の骨の手でマイクをガタガタと震えるソロティスへと手渡す。相変わらず魔王でありながらもソロティスは怖いものが苦手なままである。
そんな震える壇上の魔王を見つめる強面のモンスター、魔族たちの心は一つであった。
『魔王さま! がんばれ!』と
「ほ、本日はお日柄も良く……」
「魔王様、堅苦しいなではなくもっと軽めのやつで」
マリアベルジュにつっこまれ、さらにはモンスター、魔族の温かい視線に見守られながらもガチガチに固まったソロティスは挨拶を続ける。
「で、では魔王軍イベント、セツブンを開催したいと思います!」
『オオオオオオオオオ!』
再び魔王城が揺れる。その光景に怯えながらソロティスは後ろに下がり、代わりにマリアベルジュが前に出た。
「静粛に! それでは今からセツブンを開始します。そして今回のセツブンの花形をご紹介しましょう」
マリアベルジュが袖に向かい目線を向け、パチンと指をならすと「はあはーい」とキルルの声が聞こえてきた。
やがてキルルが壇上に姿を現したが彼女は台車を音を立てて引いていたをそしてその台車の上には鎖でぐるぐる巻きにされた棺桶が乗っており中から開けようとしているのか叩く音が響いていた。
「……! ……!」
なにか叫んで入るが棺桶の中からはくぐもった音しか響いてこない。
キルルは意地の悪い笑みを浮かべながら鎖を外していくが完全に棺桶から鎖が外れた瞬間、棺桶の蓋が弾け飛んだ。
「私様になんてことをしてくれますの! このダメ人形がぁぁぁぁぁあ!」
吸血鬼特有の白い肌を憤怒の色に染めたコルデリアが姿を現した。しかし、すでに憎きキルルは笑いながら走り去っておりコルデリアは怒りに染まった瞳で周囲を見回し自分が壇上のしかも中心にいる事に気付く。
「な、なんなんですの?」
 呆然とした言葉は気配を消し近づいていたマリアベルジュがしっかりとマイクで拾っており、大広間全体に聞こえるように響き渡った。
「はい、今回の花形、コルデリアの一言でした。ではみなさん配布された升の方をご覧ください」
「ちょっとまちなさいな! なんなんですの⁉︎ これなんなんですの⁉︎」
さすがのコルデリアも全く状況がわからないためか完全に困惑していた。
しかし、この場にその困惑を楽しむ者はいても親切に手を出し差し出してくれるような者はいない。例外はソロティスくらいであるが敷き詰められたモンスター、魔族のせいで恐怖心が限界値を振り切っているため今の彼は使い物にはならないだろう。
そして行事はコルデリアの困惑を無視して続く!
「升の中には魔界産で一番高いと言われているブランド豆、『フラグ大豆』を煮込んだ物が入っています」
『豆っていうか煮豆⁉︎』
まさかのほくほくと湯気を上げるものだとは誰も思わず皆が叫んだ。
「ねえ、マリアベルジュ! 私様の話を聞く気はありますの⁉︎」
そんな中でも状況を把握しようとコルデリアは周囲を見渡しながらマリアベルジュに尋ねるが、
「ありません。そして今回のイベントたるセツブンですが、内容はいたってシンプル。この煮豆を『鬼』にぶつけ厄災を払い一年を平和に過ごす、というのがこのイベントの趣旨でございます」
やたらと『鬼』というところに力が入ってた。そして、その言葉を聞いた瞬間にコルデリアは直感的に何かを感じ取ったのかじりじりとマリアベルジュから距離を取り始めた。
「さあ! それではセツブンのメイン! その鬼役! 吸血鬼のコルデリアさんに向かってみなさん、さんはい!」
マリアベルジュの心の底から楽しそうな声、そして魔王ソロティスすらもニコニコと笑っているためコルデリアに立場的に逃げ場はなかったがそれでも青いドレスをはためかせながら舞台袖へと必死に駆けた。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
微妙に湾曲した声かけをしながら魔王軍のみなさんが手にしていた升から煮豆を放る。一人二、三粒と少量であったがそれはあくまで一人ならばである。この広間に集まっているものは少なくとも五百を超えるモンスター、魔族。一人二粒と考えても千の豆である。それらが大きく弧を描きながらコルデリアに迫っていた。
「さすがに避けれませんわ」
諦め仕方なしにそういう役であるということを渋々と受け入れコルデリアは走るのを止め、飛んでくる豆を見据える。
「しかし、なぜ煮豆なのかしら?」
それだけが疑問であり、考えながら宙を舞う豆を見ていると目が微妙に痛む事に気付いた。
「っ! なんですの? あの豆を見ていると目が痛みますわ」
ゴシゴシと手で目を擦ると多少の痛みは引くもののすぐに痛みは再発する。
「言い忘れていましたが……」
マイクからマリアベルジュの声が響き、その声のほうへとコルデリアは目を向ける。
するとそこには正しく悪魔な笑みを浮かべたマリアベルジュの姿があった。その笑みを見た瞬間、コルデリアは吸血鬼としての力を全開にする。自身の血の力を余すことなく身体中に行き渡らしさらにそこに魔力を流し込むという二重強化を行なう。
「その豆、なんで煮豆かと言いますと、なんと聖水で煮込みました!」
「はっ?」
マリアベルジュの宣言にコルデリアは間の抜けた声を出した。
「かなりのコストでしたが今日はセツブン。魔を払う日ですからね! 奮発しました。さあ、みなさん!」
言葉を切ったマリアベルジュも片手に煮豆を掴み腕を大きく振りかぶる。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
同時に腕が消失。そしてコルデリアも瞬時に停止していた場から全力で跳躍した。
瞬間、コルデリアのいた場所は決して豆が叩きつけられたようなあとでは見られない小さな穴が開いていた。
暴力の化身たる六死天が全力で投げれば煮豆すら最強の武器へと変わるのだ。
「せ、聖水で煮豆ですって⁉︎」
跳躍し、手刀を天井に突き刺しぶら下がったままのコルデリアは震えた声を出した。
聖水は吸血鬼にとっては致命的である。真祖たるコルデリアでは当たったくらいでは死にはしないがかなりのダメージは間逃れないだろう。
「マリアベルジュ…… なんてイベントを」
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
天井からぶら下がるコルデリアに向け下から聖なる煮豆が放り投げられる。天井から素早く降下を開始したコルデリアはすぐさま愛剣を取り出すと瞬時に自分に当たるであろう煮豆を細剣を振るうことで切り刻んだ。
切り刻み落下している間にも絶え間なく聖なる煮豆はコルデリアを執拗になら続けた。さすがに幾つかの煮豆が当たりコルデリアの肌から煙が上がる。
「あっつ! というか痛いですわね!」
「さあ! 鬼退治です! 今回のイベントで見事コルデリアを仕留めた方にはなんと有給が十日追加されます!」
『オオオオオオオオオ!』
雄叫びが、拳が突き上げられ、魔力が大広間を吹き荒れる。それを満足げに眺めたマリアベルジュは床に着地したコルデリアに笑顔を投げかけた。
「さてコルデリア。『福はほかーく! 鬼はーdeath!』どちらになりますかね?」
「こ、このしょうわるがぁぁぁぁぁ!」
今すぐに爪で切り裂きたいコルデリアであったが有給に釣られたモンスター達が升を構え押し寄せるのを見ると引くしかなかった。
◇
「あの小悪、絶対潰しますわ!」
至る所に聖なる煮豆を食らったコルデリアが憤る。いつも綺麗に着飾っていた蒼のドレスはすでに見る影もない。
(いつもなら大した敵にはならないモンスターさえ聖水で煮込んだ煮豆をもっていますもの。私様には非常に不利ですわ)
憤ってはいるもののコルデリアの頭の中は冷静である。 冷静に次なる行動を思考する。
「コルデリアみっけ!」
「な!」
突如としてかけられた声の主へと視線を向けるため上を見上げる。するとそこには尻尾で器用に天井に張り付く桜の姿があった。
「ゆーきゅう? とってソーちゃんと遊ぶんだい!」
「あなたはいつも遊んでるでしょ⁉︎」
「もっとあそぶの!」
九本の尻尾の内四本の尾が升を器用に掴み残りの五本の尾が煮豆を掴み投げつけてくる。それも先程マリアベルジュが投げたよりも速くである。
すぐにコルデリアは細剣を構え弾く、しかし、明らかに速い。煮豆のくせに。
「ちぃ!」
すかさず新たな細剣を異空間から取り出すと反対の手にも握りさらに速く振るう。単純に二倍になった剣尖の前に煮豆は跡形もなく粉砕される。
「む!」
投げては当たらないと判断した桜が升を両手に持ち九本の尻尾がそれぞれ煮豆を掴み、さらには尻尾を煮汁に漬け込む。煮汁にも聖水の効果があるのであれば非常に効果的であろう。
「必殺! 聖なる煮汁ラッシュ」
九本の尻尾がそれぞれ煮豆を握りこみ、拳を連打するごとく放たれた。それも聖水で作った煮汁をばらまきながらである。
「この!」
振り抜かれる尾は両の剣を捌くことでしのぐコルデリアであるが聖水の飛沫まで躱すことができずに体のあちこちから煙が上がる。
「有給は貰ったぁ!」
コルデリアと桜が凌ぎを削る中、キルルがガラスをぶち破りジャングルの王者かと言わんばかりにロープをもって姿を現した。
「System!魔導機関銃二十八門。ネーム「有給はキルルのもの」展開」
ロープを手放し空中で異空間より取り出した武装を展開し、計二十八門の魔導機関銃の銃口が桜とコルデリアを捉える。
『ちょっとま……』
「発射!」
桜とコルデリアの静止など聞かずにコルデリアの武装全てが火を吹いた。しかし、発射されているのは当然コルデリアにダメージのある煮豆である。
『ギャァァァァァァァァァァォァァ!』
しかし、高速で回転する魔導機関銃の餌食になっているのは弱点であるコルデリアだけではなく桜もであった。
聖水が弱点ではない桜であるが高速で放たれる煮豆に逃げ場がない状態になり顔に当たりまくり痛いのだ。
「むぅ!」
ペチペチと当たることに不快感を感じながらも桜は自分の尻尾で自身を包み込み完全にダメージをシャットアウトしにかかる。やがて尻尾で完全な球体になった桜に煮豆が叩き込まれるが完全防御である球体はビクともしなかった。しかし、そんな防御を持っていないコルデリアは悲惨である。
「痛い! 痛い! 痛いぃぃぃ!」
普通の吸血鬼なら即死クラスのダメージなのだが真祖であるがゆえに痛いとわめく程度で済んでいる。
「はははははは!福はほかーく! 鬼はーdeath!」
いつもは互角の戦いをするキルルとコルデリアであるが武器の性能の差でキルルが圧倒的優位であった。煮豆であるが。
いかにコルデリアが剣で弾こうともキルルの攻撃速度には全くかなわない。
「やれやれ、キルルははっちゃけているようだね」
『然りだ』
次に聞こえた声にキルルも魔導機関銃を撃つのを止め、さらにはコルデリアも警戒を強めた。
「くぅ!まだきますの⁉︎」
どんだけ有給が欲しいんですの! とコルデリアは顔を歪めている。しかし、そんなコルデリアのことなど露知らずカタカタと骨を揺らしファンファンニールは笑う。
「HAHAHA、いかに魔王軍が快適な場だとしてもだよ?」
そこでファンファンニールは揺れるのを止め、空虚な眼窩に赤い火を灯す。
「休みはほしいものだろ?」
「アンデットのスケルトンのくせに! ワイン、あなたもですの?」
同じくアンデット系のモンスターである首なし騎士にコルデリアは声をかける。
ワインはというとテープで固定した頭をゆっくりと上下に振り、マジックボードを見せてきた。
『某の応援しているあいどるの握手会兼サイン会があるゆえに』
「あなたもモンスターのくせにどんだけ俗世に染まってますの⁉︎」
「うー! わたしもゆうきゅうで遊ぶの!」
弾幕がなくなったことで完全防御を解いた桜が再び尻尾と拳を構え臨戦態勢をとる。
廊下の一角はすでに六死天が五人集まるという見る人が見れば地獄のような光景があった。
周囲には他のモンスター、魔族の姿もあったが何がきっかけでこちらに飛び火してくるかわからないため手の出しようがないのだ。
「こうなっては仕方ありません」
ふう、とため息をついたコルデリアが両手の剣を構え体全体から魔力を放つ。
「『福はほかーく! 鬼はーdeath!』、ですが鬼が狩ることは問題外のはずですわ」
好戦的な笑みを浮かべたコルデリアを見た六死天を除くモンスター達が一歩後ずさった。
「ほう?」
『某も本気でいくゆえ』
「穴だらけにするよ?」
「尻尾でつぶす」
逆にコルデリア同様に好戦的な笑みを浮かべた六死天は一歩前に出た。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
この言葉を皮切りに六死天同士が激突したのであった。
魔王城が揺れ、廊下はいともたやすく崩壊する。モンスター達も叫びながら煮豆を放り投げるがそれらは濃密な魔力が入り乱れる戦闘では全くの無意味である。しかも放り投げた側には手痛い攻撃まで飛んでくるのだ。モンスター達は簡単に吹き飛ばされていく。
そんな悲劇的な惨状を作り上げている六死天一同はというと日頃の恨みをぶつけるがごとく鬼役であるコルデリア以外にも攻撃を放ちまくっていた。
「潰れろぉぉぉ!」
桜の振るう尻尾をワインが大剣で受け流し、流された尾は魔王城の壁をを突き崩し瓦礫の下敷きとなったモンスター達にダメージを与え悲鳴を響かせた。
「発射! 発射!」
キルルの煮豆と実弾が装填された魔導機関銃が火を噴き、狙ったものが動きを止めるまで必要に攻撃を繰り返す。
「ワァァァァァ!」
「逃げろ! 有給を手にするよりより命を落とすぞ!」
すでにこの場は有給を手にする前に命を落としかねない危険な場所と化した。
そんな魔窟と化した通路から逃げるモンスター達とは逆にソロティスは升を持ったままマリアベルジュの後ろに隠れ呆然としていた。
「こ、これがセツブン? すごい殺伐としてるね」
「ええ、ここまで荒れるとは私も予想外でした」
自分たちに飛んでくる瓦礫や魔力弾を片手ではたき落すようにしながらマリアベルジュも呟いた。
「に、人間界ではここまで激しい戦いが毎年行われているんだね」
「この程度はまだ序の口かと。聞いた話では人間界の二の月、十四の日は聖戦とまで言われるような戦いがあると聞きます」
「……人間って実は一番蛮族なのかもしれないね」
マリアベルジュ自身も間違った情報を得ているためそれを信じ込んだソロティスはしみじみと呟く。
それを見てマリアベルジュはいい傾向であると内心でほくそ笑む。マリアベルジュとしてはソロティスを一日も早く自覚ある魔王にしたいのである。魔王軍のガス抜きとソロティスの要望を同時に行った企画であったがよい結果がでたとマリアベルジュは笑う。
「そうですね。人間は手早く滅ぼした方がいいかもしれません」
「そこまでは言ってないよ」
苦笑を浮かべたソロティスは煮豆の入った升から煮豆を取り出すと戦いを繰り広げる六死天達を見ながら煮豆をまく。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
最後まで間違った掛け声を上げ、煮豆を巻きながら魔王城でのセツブンは終わっていくのであった。
余談。結局、戦いに参加しなかったマリアベルジュを除く六死天は互いに互いを攻撃しあい、魔王城を半壊さしながら半日戦い続け多数のけが人を出しながらも結果は全員が倒れるという勝者がいないセツブンとなったのであった。
「それでは今からセツブンを始めたいと思います」
『オオオオオオオオオ!』
ファンファンニールがマイクを握り締め宣言すると、魔王城大広間がモンスター達の歓声で揺れる。すでに大広間には所狭しとと言わんばかりにモンスター、魔族がひしめいていた。
魔王軍所属の彼らはイベントごとが大好きなのである。
「それでは企画を考えてくださった魔王ソロティス様より一言いただきます」
金の骨の手でマイクをガタガタと震えるソロティスへと手渡す。相変わらず魔王でありながらもソロティスは怖いものが苦手なままである。
そんな震える壇上の魔王を見つめる強面のモンスター、魔族たちの心は一つであった。
『魔王さま! がんばれ!』と
「ほ、本日はお日柄も良く……」
「魔王様、堅苦しいなではなくもっと軽めのやつで」
マリアベルジュにつっこまれ、さらにはモンスター、魔族の温かい視線に見守られながらもガチガチに固まったソロティスは挨拶を続ける。
「で、では魔王軍イベント、セツブンを開催したいと思います!」
『オオオオオオオオオ!』
再び魔王城が揺れる。その光景に怯えながらソロティスは後ろに下がり、代わりにマリアベルジュが前に出た。
「静粛に! それでは今からセツブンを開始します。そして今回のセツブンの花形をご紹介しましょう」
マリアベルジュが袖に向かい目線を向け、パチンと指をならすと「はあはーい」とキルルの声が聞こえてきた。
やがてキルルが壇上に姿を現したが彼女は台車を音を立てて引いていたをそしてその台車の上には鎖でぐるぐる巻きにされた棺桶が乗っており中から開けようとしているのか叩く音が響いていた。
「……! ……!」
なにか叫んで入るが棺桶の中からはくぐもった音しか響いてこない。
キルルは意地の悪い笑みを浮かべながら鎖を外していくが完全に棺桶から鎖が外れた瞬間、棺桶の蓋が弾け飛んだ。
「私様になんてことをしてくれますの! このダメ人形がぁぁぁぁぁあ!」
吸血鬼特有の白い肌を憤怒の色に染めたコルデリアが姿を現した。しかし、すでに憎きキルルは笑いながら走り去っておりコルデリアは怒りに染まった瞳で周囲を見回し自分が壇上のしかも中心にいる事に気付く。
「な、なんなんですの?」
 呆然とした言葉は気配を消し近づいていたマリアベルジュがしっかりとマイクで拾っており、大広間全体に聞こえるように響き渡った。
「はい、今回の花形、コルデリアの一言でした。ではみなさん配布された升の方をご覧ください」
「ちょっとまちなさいな! なんなんですの⁉︎ これなんなんですの⁉︎」
さすがのコルデリアも全く状況がわからないためか完全に困惑していた。
しかし、この場にその困惑を楽しむ者はいても親切に手を出し差し出してくれるような者はいない。例外はソロティスくらいであるが敷き詰められたモンスター、魔族のせいで恐怖心が限界値を振り切っているため今の彼は使い物にはならないだろう。
そして行事はコルデリアの困惑を無視して続く!
「升の中には魔界産で一番高いと言われているブランド豆、『フラグ大豆』を煮込んだ物が入っています」
『豆っていうか煮豆⁉︎』
まさかのほくほくと湯気を上げるものだとは誰も思わず皆が叫んだ。
「ねえ、マリアベルジュ! 私様の話を聞く気はありますの⁉︎」
そんな中でも状況を把握しようとコルデリアは周囲を見渡しながらマリアベルジュに尋ねるが、
「ありません。そして今回のイベントたるセツブンですが、内容はいたってシンプル。この煮豆を『鬼』にぶつけ厄災を払い一年を平和に過ごす、というのがこのイベントの趣旨でございます」
やたらと『鬼』というところに力が入ってた。そして、その言葉を聞いた瞬間にコルデリアは直感的に何かを感じ取ったのかじりじりとマリアベルジュから距離を取り始めた。
「さあ! それではセツブンのメイン! その鬼役! 吸血鬼のコルデリアさんに向かってみなさん、さんはい!」
マリアベルジュの心の底から楽しそうな声、そして魔王ソロティスすらもニコニコと笑っているためコルデリアに立場的に逃げ場はなかったがそれでも青いドレスをはためかせながら舞台袖へと必死に駆けた。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
微妙に湾曲した声かけをしながら魔王軍のみなさんが手にしていた升から煮豆を放る。一人二、三粒と少量であったがそれはあくまで一人ならばである。この広間に集まっているものは少なくとも五百を超えるモンスター、魔族。一人二粒と考えても千の豆である。それらが大きく弧を描きながらコルデリアに迫っていた。
「さすがに避けれませんわ」
諦め仕方なしにそういう役であるということを渋々と受け入れコルデリアは走るのを止め、飛んでくる豆を見据える。
「しかし、なぜ煮豆なのかしら?」
それだけが疑問であり、考えながら宙を舞う豆を見ていると目が微妙に痛む事に気付いた。
「っ! なんですの? あの豆を見ていると目が痛みますわ」
ゴシゴシと手で目を擦ると多少の痛みは引くもののすぐに痛みは再発する。
「言い忘れていましたが……」
マイクからマリアベルジュの声が響き、その声のほうへとコルデリアは目を向ける。
するとそこには正しく悪魔な笑みを浮かべたマリアベルジュの姿があった。その笑みを見た瞬間、コルデリアは吸血鬼としての力を全開にする。自身の血の力を余すことなく身体中に行き渡らしさらにそこに魔力を流し込むという二重強化を行なう。
「その豆、なんで煮豆かと言いますと、なんと聖水で煮込みました!」
「はっ?」
マリアベルジュの宣言にコルデリアは間の抜けた声を出した。
「かなりのコストでしたが今日はセツブン。魔を払う日ですからね! 奮発しました。さあ、みなさん!」
言葉を切ったマリアベルジュも片手に煮豆を掴み腕を大きく振りかぶる。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
同時に腕が消失。そしてコルデリアも瞬時に停止していた場から全力で跳躍した。
瞬間、コルデリアのいた場所は決して豆が叩きつけられたようなあとでは見られない小さな穴が開いていた。
暴力の化身たる六死天が全力で投げれば煮豆すら最強の武器へと変わるのだ。
「せ、聖水で煮豆ですって⁉︎」
跳躍し、手刀を天井に突き刺しぶら下がったままのコルデリアは震えた声を出した。
聖水は吸血鬼にとっては致命的である。真祖たるコルデリアでは当たったくらいでは死にはしないがかなりのダメージは間逃れないだろう。
「マリアベルジュ…… なんてイベントを」
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
天井からぶら下がるコルデリアに向け下から聖なる煮豆が放り投げられる。天井から素早く降下を開始したコルデリアはすぐさま愛剣を取り出すと瞬時に自分に当たるであろう煮豆を細剣を振るうことで切り刻んだ。
切り刻み落下している間にも絶え間なく聖なる煮豆はコルデリアを執拗になら続けた。さすがに幾つかの煮豆が当たりコルデリアの肌から煙が上がる。
「あっつ! というか痛いですわね!」
「さあ! 鬼退治です! 今回のイベントで見事コルデリアを仕留めた方にはなんと有給が十日追加されます!」
『オオオオオオオオオ!』
雄叫びが、拳が突き上げられ、魔力が大広間を吹き荒れる。それを満足げに眺めたマリアベルジュは床に着地したコルデリアに笑顔を投げかけた。
「さてコルデリア。『福はほかーく! 鬼はーdeath!』どちらになりますかね?」
「こ、このしょうわるがぁぁぁぁぁ!」
今すぐに爪で切り裂きたいコルデリアであったが有給に釣られたモンスター達が升を構え押し寄せるのを見ると引くしかなかった。
◇
「あの小悪、絶対潰しますわ!」
至る所に聖なる煮豆を食らったコルデリアが憤る。いつも綺麗に着飾っていた蒼のドレスはすでに見る影もない。
(いつもなら大した敵にはならないモンスターさえ聖水で煮込んだ煮豆をもっていますもの。私様には非常に不利ですわ)
憤ってはいるもののコルデリアの頭の中は冷静である。 冷静に次なる行動を思考する。
「コルデリアみっけ!」
「な!」
突如としてかけられた声の主へと視線を向けるため上を見上げる。するとそこには尻尾で器用に天井に張り付く桜の姿があった。
「ゆーきゅう? とってソーちゃんと遊ぶんだい!」
「あなたはいつも遊んでるでしょ⁉︎」
「もっとあそぶの!」
九本の尻尾の内四本の尾が升を器用に掴み残りの五本の尾が煮豆を掴み投げつけてくる。それも先程マリアベルジュが投げたよりも速くである。
すぐにコルデリアは細剣を構え弾く、しかし、明らかに速い。煮豆のくせに。
「ちぃ!」
すかさず新たな細剣を異空間から取り出すと反対の手にも握りさらに速く振るう。単純に二倍になった剣尖の前に煮豆は跡形もなく粉砕される。
「む!」
投げては当たらないと判断した桜が升を両手に持ち九本の尻尾がそれぞれ煮豆を掴み、さらには尻尾を煮汁に漬け込む。煮汁にも聖水の効果があるのであれば非常に効果的であろう。
「必殺! 聖なる煮汁ラッシュ」
九本の尻尾がそれぞれ煮豆を握りこみ、拳を連打するごとく放たれた。それも聖水で作った煮汁をばらまきながらである。
「この!」
振り抜かれる尾は両の剣を捌くことでしのぐコルデリアであるが聖水の飛沫まで躱すことができずに体のあちこちから煙が上がる。
「有給は貰ったぁ!」
コルデリアと桜が凌ぎを削る中、キルルがガラスをぶち破りジャングルの王者かと言わんばかりにロープをもって姿を現した。
「System!魔導機関銃二十八門。ネーム「有給はキルルのもの」展開」
ロープを手放し空中で異空間より取り出した武装を展開し、計二十八門の魔導機関銃の銃口が桜とコルデリアを捉える。
『ちょっとま……』
「発射!」
桜とコルデリアの静止など聞かずにコルデリアの武装全てが火を吹いた。しかし、発射されているのは当然コルデリアにダメージのある煮豆である。
『ギャァァァァァァァァァァォァァ!』
しかし、高速で回転する魔導機関銃の餌食になっているのは弱点であるコルデリアだけではなく桜もであった。
聖水が弱点ではない桜であるが高速で放たれる煮豆に逃げ場がない状態になり顔に当たりまくり痛いのだ。
「むぅ!」
ペチペチと当たることに不快感を感じながらも桜は自分の尻尾で自身を包み込み完全にダメージをシャットアウトしにかかる。やがて尻尾で完全な球体になった桜に煮豆が叩き込まれるが完全防御である球体はビクともしなかった。しかし、そんな防御を持っていないコルデリアは悲惨である。
「痛い! 痛い! 痛いぃぃぃ!」
普通の吸血鬼なら即死クラスのダメージなのだが真祖であるがゆえに痛いとわめく程度で済んでいる。
「はははははは!福はほかーく! 鬼はーdeath!」
いつもは互角の戦いをするキルルとコルデリアであるが武器の性能の差でキルルが圧倒的優位であった。煮豆であるが。
いかにコルデリアが剣で弾こうともキルルの攻撃速度には全くかなわない。
「やれやれ、キルルははっちゃけているようだね」
『然りだ』
次に聞こえた声にキルルも魔導機関銃を撃つのを止め、さらにはコルデリアも警戒を強めた。
「くぅ!まだきますの⁉︎」
どんだけ有給が欲しいんですの! とコルデリアは顔を歪めている。しかし、そんなコルデリアのことなど露知らずカタカタと骨を揺らしファンファンニールは笑う。
「HAHAHA、いかに魔王軍が快適な場だとしてもだよ?」
そこでファンファンニールは揺れるのを止め、空虚な眼窩に赤い火を灯す。
「休みはほしいものだろ?」
「アンデットのスケルトンのくせに! ワイン、あなたもですの?」
同じくアンデット系のモンスターである首なし騎士にコルデリアは声をかける。
ワインはというとテープで固定した頭をゆっくりと上下に振り、マジックボードを見せてきた。
『某の応援しているあいどるの握手会兼サイン会があるゆえに』
「あなたもモンスターのくせにどんだけ俗世に染まってますの⁉︎」
「うー! わたしもゆうきゅうで遊ぶの!」
弾幕がなくなったことで完全防御を解いた桜が再び尻尾と拳を構え臨戦態勢をとる。
廊下の一角はすでに六死天が五人集まるという見る人が見れば地獄のような光景があった。
周囲には他のモンスター、魔族の姿もあったが何がきっかけでこちらに飛び火してくるかわからないため手の出しようがないのだ。
「こうなっては仕方ありません」
ふう、とため息をついたコルデリアが両手の剣を構え体全体から魔力を放つ。
「『福はほかーく! 鬼はーdeath!』、ですが鬼が狩ることは問題外のはずですわ」
好戦的な笑みを浮かべたコルデリアを見た六死天を除くモンスター達が一歩後ずさった。
「ほう?」
『某も本気でいくゆえ』
「穴だらけにするよ?」
「尻尾でつぶす」
逆にコルデリア同様に好戦的な笑みを浮かべた六死天は一歩前に出た。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
この言葉を皮切りに六死天同士が激突したのであった。
魔王城が揺れ、廊下はいともたやすく崩壊する。モンスター達も叫びながら煮豆を放り投げるがそれらは濃密な魔力が入り乱れる戦闘では全くの無意味である。しかも放り投げた側には手痛い攻撃まで飛んでくるのだ。モンスター達は簡単に吹き飛ばされていく。
そんな悲劇的な惨状を作り上げている六死天一同はというと日頃の恨みをぶつけるがごとく鬼役であるコルデリア以外にも攻撃を放ちまくっていた。
「潰れろぉぉぉ!」
桜の振るう尻尾をワインが大剣で受け流し、流された尾は魔王城の壁をを突き崩し瓦礫の下敷きとなったモンスター達にダメージを与え悲鳴を響かせた。
「発射! 発射!」
キルルの煮豆と実弾が装填された魔導機関銃が火を噴き、狙ったものが動きを止めるまで必要に攻撃を繰り返す。
「ワァァァァァ!」
「逃げろ! 有給を手にするよりより命を落とすぞ!」
すでにこの場は有給を手にする前に命を落としかねない危険な場所と化した。
そんな魔窟と化した通路から逃げるモンスター達とは逆にソロティスは升を持ったままマリアベルジュの後ろに隠れ呆然としていた。
「こ、これがセツブン? すごい殺伐としてるね」
「ええ、ここまで荒れるとは私も予想外でした」
自分たちに飛んでくる瓦礫や魔力弾を片手ではたき落すようにしながらマリアベルジュも呟いた。
「に、人間界ではここまで激しい戦いが毎年行われているんだね」
「この程度はまだ序の口かと。聞いた話では人間界の二の月、十四の日は聖戦とまで言われるような戦いがあると聞きます」
「……人間って実は一番蛮族なのかもしれないね」
マリアベルジュ自身も間違った情報を得ているためそれを信じ込んだソロティスはしみじみと呟く。
それを見てマリアベルジュはいい傾向であると内心でほくそ笑む。マリアベルジュとしてはソロティスを一日も早く自覚ある魔王にしたいのである。魔王軍のガス抜きとソロティスの要望を同時に行った企画であったがよい結果がでたとマリアベルジュは笑う。
「そうですね。人間は手早く滅ぼした方がいいかもしれません」
「そこまでは言ってないよ」
苦笑を浮かべたソロティスは煮豆の入った升から煮豆を取り出すと戦いを繰り広げる六死天達を見ながら煮豆をまく。
『福はほかーく! 鬼はーdeath!』
最後まで間違った掛け声を上げ、煮豆を巻きながら魔王城でのセツブンは終わっていくのであった。
余談。結局、戦いに参加しなかったマリアベルジュを除く六死天は互いに互いを攻撃しあい、魔王城を半壊さしながら半日戦い続け多数のけが人を出しながらも結果は全員が倒れるという勝者がいないセツブンとなったのであった。
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