魔王さまは自由がほしい
魔王城七不思議4 魔王城の開かずの間
「頭がいたい」
桜が頭を両手で押さえながらとぼとぼといった様子で歩く。その姿にはいつものような元気な姿ではなくどことなく落ち込んでいるような感じに見えていた。
当然のことながら桜の尻尾も元気がなかった。こちらもいつものようにピンとしているわけではなく今日は桜が歩くたびにズルズルと引き摺られていっていた。
「あれは強力だったからねぇ。そう言えば佐藤は?」
昨日まで桜の横にいた黒狼がいないことに気付いたソロティス。
「佐藤は昨日、泡を吹いて失神したから魔界病院に緊急搬送されてた」
「……緊急搬送」
そこまでの死活問題であったことにソロティスは絶句する。
ソロティスも多少は頭痛があるものの桜や佐藤ほど耳が良くないのでそこまで酷くはないのだが佐藤にはあれはじごく
「これがコルデリアが言ってたふつかよいってやつなのかもしれない」
「桜、多分違うと思うよ」
「そうなの?」
ソロティスの知るコルデリアの二日酔いは今の頭を抱えているだけの桜よりはるかに酷いものである。
いつも優雅に振舞ってはいるが彼女は恐ろしくお酒が弱い。
その癖にその細い体のどこに入るんだろうと思うほどによく飲むのだ。そしてお酒を飲みながら暴れるという凄まじくタチが悪いのだ。しかもすぐに酔うコルデリアはその暴れたりした記憶は翌日には一切なく、ただ頭痛に悲鳴を上げながら部屋を転がりまわっているのだ。
「それで今日はどうするの?」
さすがに三日目となるとソロティスも慣れてきた。というか今まで起こっているのは全て怪奇現象ではなくどちらかというと魔王城の昼でも起こり得ていることということに気付いたからである。
「今日ねー」
対して桜はというと頭痛もあるのであろうがなんというかやる気があまり感じられない。
「今日はやる気ないね? 桜」
尻尾も項垂れ、本人もイマイチやる気が起きていない様子なためソロティスは尋ねる。
「そうだね。すっごい正直な話ね。ふわぁ……」
と途中で言葉を切り、大きくあくびをする。そして目元の涙を拭いながらソロティスの方に向き直ると、
「正直な話、飽きた」
飽き性の桜らしいことを告げたのであった。
「いや、そうだとは思ったけどさ……」
ソロティスは桜の感想にため息をついた。
桜は凄まじく飽きるのが早い。
イベント事などは大好きであるが準備段階で飽きる。人間界から取り寄せたプラモデルも箱を開けた時点で飽きていた。しかたなくソロティスが作ったが桜が遊んで粉々に砕け散った。たまには読書といって本を開けば目次でヨダレを垂らして眠っていた。
そんな飽き性の桜が三日持った方が奇跡的なのである。
「だって不思議捕まえれないし」
なぜかいじける桜であるが、やる気がないのは誰の目を見ても明らかである。
「じゃ、今日はもう寝るの?」
ソロティス的にはすでに今の時間は眠っている時間である。
「んー、見てたドラマ先週で終わっちゃったし」
首を傾げなかまら悩む桜。
ちにみに桜は大体この時間は人間界のドラマを見ている時間である。
「とりあえずは今日で最後にする」
飽きたし、と小さな声で桜は付け足す。
(ようやくまともにねむれるんだね)
三日程の睡眠時間の減少はきっちりと睡眠をとるタイプのソロティスにとってはかなりの苦痛である。
苦痛というのは主に肉体的、精神的の両方で授業中のマリアベルジュが怖いのだ。
「というわけで最後は『魔王城の開かずの間』だよ」
「そんなのあったの?」
「あったんです」
ソロティスも魔王城の全ての部屋を知っているわけではないがそんな部屋は聞いたことがないのだ。
あったかなぁ、と頭を捻るソロティスの手を引きながら桜はスタスタと歩いていくのだった。
◇
桜に手を引かれるままに歩いていたソロティスであったが歩いているうちにその周辺の部屋に微妙に見覚えがあるものが増え始めていた。
「これ、僕の部屋の近くじゃない?」
そう言っているとソロティスの部屋の前を通り過ぎた。
自分の部屋を通り過ぎたことでソロティスはさらに困惑する。
「桜、僕の部屋の近くに開かずの間なんてないよ?」
さすがにいつも通る道であるだけにソロティスは自信満々で告げる。
「え、これ?」
ランタンの光が揺れる廊下の中、桜が歩み止めた先には、ソロティスが見たこともない明らかに周囲の装飾とは違う扉があった。
桜とソロティスの前にある扉は赤錆が浮いた扉、しかも幾重にも鎖を巻きつけられ、何錠も鍵を取り付けられた扉である。
「……こんなのあったんだ」
呆然としながらもソロティスは扉へと向かいノブへと手を伸ばし引いてみた。
ノブを回してみると錆び付いた音を上げながらノブは回るものの幾重にもつけられた鎖、そして錠前のせいで全く扉が全く気配がなかった。
「と、いうわけでこの扉ぶっ壊すよ」
尻尾で素振りを行いながら桜が扉へと近づいていく。九本の尻尾が刃の如く構えられ扉へと尻尾の先を向ける。
「相変わらず力尽くだなぁ」
そう言いながらも桜を止める気はなくソロティスは桜が力を存分に力を震えるように一歩後ろに下がった。
「てい!」
掛け声と共に尻尾の九連撃が放たれる。尻尾が一振りされるごとに鎖や錠前が弾き飛ばされていく。
しかし、同時に古い扉であるためか徐々に扉の形が歪み始めていた。
だが、桜はそんなことはお構いなしと言わんばかりに尻尾を引き戻すと変わらずに振り回し続けていた。
「てりゃてりゃてりゃてりゃ!」
威勢のいい声を上げながら尻尾は唸りを上げ続ける。
次第に歪みが酷くなり扉が徐々に隙間を開けるかのように中が見え始めた。
わずかに空いた隙間に尻尾が差し込まれさらに無理やりこじ開け、扉を開かした。
「空いたぁ」
器用に尻尾を扱いながら扉を外しながら桜は先ほどの無気力とは違い少しウキウキとしていた。
ただ、逆にソロティスは背中にひんやりとした汗を流す。
桜が中に入っていくのでソロティスはゆっくりと続いていく。
何故か扉が開けられた瞬間に怖気の走るような魔力を感じたのだ。
「ねぇ、この部屋嫌な感じがしない?」
桜の後について部屋の中に入っていくがソロティスは完全に腰が引けていた。
桜はというと真っ暗な部屋の中、全く見えていないようだがキョロキョロとしていた。
「魔力光はないの?」
「見当たらない」
魔力光とは魔力を通すだけで光を発する魔法道具である。
普通は部屋に一つは設置されていられるようなものである。
「あった、あった」
桜が呟きながら光の発生装置に対して手をかざし魔力を流す。
すると部屋全体が淡く光り始める
夜の暗さに慣れていたソロティスは目を瞑る、時間と共に慣れていったが目に入ってきた光景に……
「ギャァァァァァァァァァァォァァ⁉︎」
盛大に悲鳴をあげた。その声に桜、そして九本の尻尾が驚いたように揺れた。そしてソロティスは驚きのあまり桜の尻尾を力いっぱいに握りしめた。
「なに!」
「なにじゃなよ⁉︎」
びっくりしたような桜の声にソロティスは即座に抗議の声を上げる。
ソロティスが悲鳴をあげた理由。それは部屋の壁に問題があった。部屋の壁全てが様々な角度で撮られたソロティスの引き伸ばされた写真で一面が覆い尽くされていたのだ。
「…………」
視界が戻ったにも関わらずソロティスは完全に動きを止める。桜はというと床に座り込みなにやら調べていた。
「ひぃぃぃぃ⁉︎ なにこれ!」
しばらくの硬直の後、時を思い出したかのようにソロティスが大きな悲鳴をあげる。
ソロティスが足をつけている床すらもソロティスの写真を加工され作られたものであった。
そのため、部屋の中には気持ち悪いくらいのソロティスのブロマイド写真で埋め尽くされており、全ての視線が入り口に向かうという狂気.の部屋だった。
「これ凄いね。床や壁まで全部魔力でコーティングされてるよ?」
ソロティスの姿が映された写真には全く触れず、桜は床にされているソロティスの写真を軽く叩きながら呟いた。
魔力でコーティングされた物質はその注ぎ込まれた魔力の多さによってこと硬さが変わる。そのためただの紙切れである写真を壁のようにするほどの硬さである。消費された魔力は尋常なものではなかった。
「なんなのこれ! これが開かずの間なら開けない方が精神的に僕には優しかったよ!」
ソロティスが混乱したかのように取り乱していた。
対して桜は非常に冷静である。
「たかだか写真じゃない? アルバム見られたようなものでしょ?」
「アルバムなら苦笑いでいいけどこれは無理だよ! 僕の精神が保たないよ!」
壁にはソロティスの小さな時、オムツなどをしている写真も飾られておりこの部屋を作った者の愛情? のようなものが感じられないわけでもなかった。
「愛情ある写真?」
「ないよ⁉︎ あるのは悪質なストーカー魂だよ!」
悲痛な叫びをソロティスがあげる中、桜はというと部屋の中に入り物を物色し始めていた。部屋の棚にはいくつもの恐らくはソロティスを模した人形が置かれていたりクッション、抱き枕、シーツなども置かれていた。
「見て! ソーちゃん! このマグカップ!」
「……なに」
若干怯えながらめ桜が手招きする方へと向かう。
桜がかざしたマグカップは一見変哲のないものであったが中を見た瞬間、瞳が恐怖に染まる。
「もうヤダァ!」
涙を流しながらソロティスは床に座り込みメソメソと泣き始めた。
マグカップの外側はなにもない。但し、内側にはこれでもかと言わんばかりにソロティスの顔写真がプリントされていた。見ていて気持ち悪いくらいである。
「この部屋こそ不思議の最後にふさわしいね」
「これは不思議じゃない! ただの人為的な嫌がらせだ!」
呑気に告げる桜であるがソロティスは素早くツッコミを入れた。それに対して桜は「うまいこと言ってるけどわたしたち人じゃなくて魔族なんだけどなぁ」とどうでもいいことを呟いていた。
「ストーカーだ! この城にストーカーがいる!」
すでにソロティスは疑心暗鬼状態である。目が完全に血走っており絶えず瞳を動かしており周囲を警戒していた。まるで野生の獣のようであった。
「これ、多分…… でも証拠がないし。でもこんなことするの……」
桜が部屋を見回しながらぶつぶつと呟いていた。それを視界に収めたソロティスが桜に詰め寄った。
「桜、知ってるの⁉︎ このストーカーが誰か知ってるの!」
「そ、ソーちゃん目が怖い」
ただでさえ紅い瞳が血走りさらに強くなっているので桜は視線を逸らした。
「目が怖いことはどうでもいいの! このままじゃ僕のプライバシー、プライバシーがなくなる!」
MKMがいる時点でソロティスにはプライバシーなどないようなものであるが知らないというのは幸せなことである。
「さぁ、桜、覚えがあるなら教えるんだ! 桜ぁぁぁぁぁ!」
火事場の馬鹿力というかいつもの軟弱なソロティスでは考えられないほどの力を発揮し、桜の服を掴むと容易く宙へ浮かせた。ソロティスより微妙に身長の低い桜は足をバタつかせているが全く届いていなかった。
「ソーちゃん苦しい、苦しい!」
タップするかのように桜は手をソロティスの腕に打ち付ける。それはもう、苦しかったから自然と全力になるというものだ。唸りを上げながら打ち付けられた桜の細腕は容易くソロティスの腕を砕く音を響かせた。
「ギャァァァァァァァァァァォァァ!」
再びソロティスの悲鳴が開かずの間に響き渡るとソロティスは桜の服を離し、自分の腕を抑えながら抱え込み座り込んだ。そのため桜は床に足をつけ両手を腰に当てながら若干怒ったような顔をしながら蹲るソロティスを見下ろしていた。
「ソーちゃん、女の子に乱暴したらメッ! なんだよ?」
「ちがうちがう! ただの女の子なら腕を叩いた位で骨は折らないから!」
その腕はどうやら曲がってはいけない方向に曲がっているようだった。
「女のイタズラは許すのが男の許容?」
「オーバーだよ!」
疑問形で放たれた言葉にソロティスは涙を浮かべながら答えた。
桜はそれに対して面倒だなぁ、と言わんばかりの顔を浮かべるとゆっくりとソロティスに近づき座り込むとゆっくりと右手を振り上げ、
「ちょいや」
情けない声と共に桜の右手が消失。視認できる速度を超えた手刀がソロティスの首筋に叩き込まれた。しかし、実際は手刀は首に当たる手前ギリギリで停止。止まった拍子に発生した衝撃破がソロティスの首筋を打ち意識を刈り取った。
糸の切れた人形のように倒れたソロティスを桜は担ぎ上げると尻尾を軽く振るいソロティスの写真だらけの壁に打ちつけた。
「……潰れない」
いつもならすぐに響く破壊音が響かず、じんわりと打ちつけた桜の尻尾の方へと痛みが伝わってきた。
「ほどほどにね」
ソロティスを担ぎ、出口に向かい歩く桜は小さく言葉を零し扉を閉めたのであった。
◇
誰もいなくなり魔力光の明かりも消えた開かずの間に一つの転移魔方陣が赤く輝く。
その魔法陣から漏れる魔力で魔力光は光を放ち部屋を瞬時に明るくさした。
輝きが治った魔法陣の中心に立つのはやたらと大きな抱き枕を抱えたマリアベルジュであった。
「フゥ、今回はえらく力を入れて作ってしまいましたね」
マリアベルジュが抱える抱き枕は等身大のソロティスをプリントアウトしたお手製のものである。
というかこの開かずの間にあるもの全てがマリアベルジュの手によって作られ魔力でコーティングされているのだ。
マリアベルジュは自身で作ったソロティスシーツ、ソロティス布団、ソロティス枕などで構成されたベッドに横たわると幸せそうな笑みを浮かべる。
「あ、次は坊ちゃん型の動く人形を作りましょうか」
自分の作った作品に囲まれ、新たな作品への意欲を燃やすマリアベルジュ。ソロティスが見たら泣きそうになる光景かもしれなかった。
『魔王城の開かずの間』
ソロティス混乱からの記憶喪失
桜が頭を両手で押さえながらとぼとぼといった様子で歩く。その姿にはいつものような元気な姿ではなくどことなく落ち込んでいるような感じに見えていた。
当然のことながら桜の尻尾も元気がなかった。こちらもいつものようにピンとしているわけではなく今日は桜が歩くたびにズルズルと引き摺られていっていた。
「あれは強力だったからねぇ。そう言えば佐藤は?」
昨日まで桜の横にいた黒狼がいないことに気付いたソロティス。
「佐藤は昨日、泡を吹いて失神したから魔界病院に緊急搬送されてた」
「……緊急搬送」
そこまでの死活問題であったことにソロティスは絶句する。
ソロティスも多少は頭痛があるものの桜や佐藤ほど耳が良くないのでそこまで酷くはないのだが佐藤にはあれはじごく
「これがコルデリアが言ってたふつかよいってやつなのかもしれない」
「桜、多分違うと思うよ」
「そうなの?」
ソロティスの知るコルデリアの二日酔いは今の頭を抱えているだけの桜よりはるかに酷いものである。
いつも優雅に振舞ってはいるが彼女は恐ろしくお酒が弱い。
その癖にその細い体のどこに入るんだろうと思うほどによく飲むのだ。そしてお酒を飲みながら暴れるという凄まじくタチが悪いのだ。しかもすぐに酔うコルデリアはその暴れたりした記憶は翌日には一切なく、ただ頭痛に悲鳴を上げながら部屋を転がりまわっているのだ。
「それで今日はどうするの?」
さすがに三日目となるとソロティスも慣れてきた。というか今まで起こっているのは全て怪奇現象ではなくどちらかというと魔王城の昼でも起こり得ていることということに気付いたからである。
「今日ねー」
対して桜はというと頭痛もあるのであろうがなんというかやる気があまり感じられない。
「今日はやる気ないね? 桜」
尻尾も項垂れ、本人もイマイチやる気が起きていない様子なためソロティスは尋ねる。
「そうだね。すっごい正直な話ね。ふわぁ……」
と途中で言葉を切り、大きくあくびをする。そして目元の涙を拭いながらソロティスの方に向き直ると、
「正直な話、飽きた」
飽き性の桜らしいことを告げたのであった。
「いや、そうだとは思ったけどさ……」
ソロティスは桜の感想にため息をついた。
桜は凄まじく飽きるのが早い。
イベント事などは大好きであるが準備段階で飽きる。人間界から取り寄せたプラモデルも箱を開けた時点で飽きていた。しかたなくソロティスが作ったが桜が遊んで粉々に砕け散った。たまには読書といって本を開けば目次でヨダレを垂らして眠っていた。
そんな飽き性の桜が三日持った方が奇跡的なのである。
「だって不思議捕まえれないし」
なぜかいじける桜であるが、やる気がないのは誰の目を見ても明らかである。
「じゃ、今日はもう寝るの?」
ソロティス的にはすでに今の時間は眠っている時間である。
「んー、見てたドラマ先週で終わっちゃったし」
首を傾げなかまら悩む桜。
ちにみに桜は大体この時間は人間界のドラマを見ている時間である。
「とりあえずは今日で最後にする」
飽きたし、と小さな声で桜は付け足す。
(ようやくまともにねむれるんだね)
三日程の睡眠時間の減少はきっちりと睡眠をとるタイプのソロティスにとってはかなりの苦痛である。
苦痛というのは主に肉体的、精神的の両方で授業中のマリアベルジュが怖いのだ。
「というわけで最後は『魔王城の開かずの間』だよ」
「そんなのあったの?」
「あったんです」
ソロティスも魔王城の全ての部屋を知っているわけではないがそんな部屋は聞いたことがないのだ。
あったかなぁ、と頭を捻るソロティスの手を引きながら桜はスタスタと歩いていくのだった。
◇
桜に手を引かれるままに歩いていたソロティスであったが歩いているうちにその周辺の部屋に微妙に見覚えがあるものが増え始めていた。
「これ、僕の部屋の近くじゃない?」
そう言っているとソロティスの部屋の前を通り過ぎた。
自分の部屋を通り過ぎたことでソロティスはさらに困惑する。
「桜、僕の部屋の近くに開かずの間なんてないよ?」
さすがにいつも通る道であるだけにソロティスは自信満々で告げる。
「え、これ?」
ランタンの光が揺れる廊下の中、桜が歩み止めた先には、ソロティスが見たこともない明らかに周囲の装飾とは違う扉があった。
桜とソロティスの前にある扉は赤錆が浮いた扉、しかも幾重にも鎖を巻きつけられ、何錠も鍵を取り付けられた扉である。
「……こんなのあったんだ」
呆然としながらもソロティスは扉へと向かいノブへと手を伸ばし引いてみた。
ノブを回してみると錆び付いた音を上げながらノブは回るものの幾重にもつけられた鎖、そして錠前のせいで全く扉が全く気配がなかった。
「と、いうわけでこの扉ぶっ壊すよ」
尻尾で素振りを行いながら桜が扉へと近づいていく。九本の尻尾が刃の如く構えられ扉へと尻尾の先を向ける。
「相変わらず力尽くだなぁ」
そう言いながらも桜を止める気はなくソロティスは桜が力を存分に力を震えるように一歩後ろに下がった。
「てい!」
掛け声と共に尻尾の九連撃が放たれる。尻尾が一振りされるごとに鎖や錠前が弾き飛ばされていく。
しかし、同時に古い扉であるためか徐々に扉の形が歪み始めていた。
だが、桜はそんなことはお構いなしと言わんばかりに尻尾を引き戻すと変わらずに振り回し続けていた。
「てりゃてりゃてりゃてりゃ!」
威勢のいい声を上げながら尻尾は唸りを上げ続ける。
次第に歪みが酷くなり扉が徐々に隙間を開けるかのように中が見え始めた。
わずかに空いた隙間に尻尾が差し込まれさらに無理やりこじ開け、扉を開かした。
「空いたぁ」
器用に尻尾を扱いながら扉を外しながら桜は先ほどの無気力とは違い少しウキウキとしていた。
ただ、逆にソロティスは背中にひんやりとした汗を流す。
桜が中に入っていくのでソロティスはゆっくりと続いていく。
何故か扉が開けられた瞬間に怖気の走るような魔力を感じたのだ。
「ねぇ、この部屋嫌な感じがしない?」
桜の後について部屋の中に入っていくがソロティスは完全に腰が引けていた。
桜はというと真っ暗な部屋の中、全く見えていないようだがキョロキョロとしていた。
「魔力光はないの?」
「見当たらない」
魔力光とは魔力を通すだけで光を発する魔法道具である。
普通は部屋に一つは設置されていられるようなものである。
「あった、あった」
桜が呟きながら光の発生装置に対して手をかざし魔力を流す。
すると部屋全体が淡く光り始める
夜の暗さに慣れていたソロティスは目を瞑る、時間と共に慣れていったが目に入ってきた光景に……
「ギャァァァァァァァァァァォァァ⁉︎」
盛大に悲鳴をあげた。その声に桜、そして九本の尻尾が驚いたように揺れた。そしてソロティスは驚きのあまり桜の尻尾を力いっぱいに握りしめた。
「なに!」
「なにじゃなよ⁉︎」
びっくりしたような桜の声にソロティスは即座に抗議の声を上げる。
ソロティスが悲鳴をあげた理由。それは部屋の壁に問題があった。部屋の壁全てが様々な角度で撮られたソロティスの引き伸ばされた写真で一面が覆い尽くされていたのだ。
「…………」
視界が戻ったにも関わらずソロティスは完全に動きを止める。桜はというと床に座り込みなにやら調べていた。
「ひぃぃぃぃ⁉︎ なにこれ!」
しばらくの硬直の後、時を思い出したかのようにソロティスが大きな悲鳴をあげる。
ソロティスが足をつけている床すらもソロティスの写真を加工され作られたものであった。
そのため、部屋の中には気持ち悪いくらいのソロティスのブロマイド写真で埋め尽くされており、全ての視線が入り口に向かうという狂気.の部屋だった。
「これ凄いね。床や壁まで全部魔力でコーティングされてるよ?」
ソロティスの姿が映された写真には全く触れず、桜は床にされているソロティスの写真を軽く叩きながら呟いた。
魔力でコーティングされた物質はその注ぎ込まれた魔力の多さによってこと硬さが変わる。そのためただの紙切れである写真を壁のようにするほどの硬さである。消費された魔力は尋常なものではなかった。
「なんなのこれ! これが開かずの間なら開けない方が精神的に僕には優しかったよ!」
ソロティスが混乱したかのように取り乱していた。
対して桜は非常に冷静である。
「たかだか写真じゃない? アルバム見られたようなものでしょ?」
「アルバムなら苦笑いでいいけどこれは無理だよ! 僕の精神が保たないよ!」
壁にはソロティスの小さな時、オムツなどをしている写真も飾られておりこの部屋を作った者の愛情? のようなものが感じられないわけでもなかった。
「愛情ある写真?」
「ないよ⁉︎ あるのは悪質なストーカー魂だよ!」
悲痛な叫びをソロティスがあげる中、桜はというと部屋の中に入り物を物色し始めていた。部屋の棚にはいくつもの恐らくはソロティスを模した人形が置かれていたりクッション、抱き枕、シーツなども置かれていた。
「見て! ソーちゃん! このマグカップ!」
「……なに」
若干怯えながらめ桜が手招きする方へと向かう。
桜がかざしたマグカップは一見変哲のないものであったが中を見た瞬間、瞳が恐怖に染まる。
「もうヤダァ!」
涙を流しながらソロティスは床に座り込みメソメソと泣き始めた。
マグカップの外側はなにもない。但し、内側にはこれでもかと言わんばかりにソロティスの顔写真がプリントされていた。見ていて気持ち悪いくらいである。
「この部屋こそ不思議の最後にふさわしいね」
「これは不思議じゃない! ただの人為的な嫌がらせだ!」
呑気に告げる桜であるがソロティスは素早くツッコミを入れた。それに対して桜は「うまいこと言ってるけどわたしたち人じゃなくて魔族なんだけどなぁ」とどうでもいいことを呟いていた。
「ストーカーだ! この城にストーカーがいる!」
すでにソロティスは疑心暗鬼状態である。目が完全に血走っており絶えず瞳を動かしており周囲を警戒していた。まるで野生の獣のようであった。
「これ、多分…… でも証拠がないし。でもこんなことするの……」
桜が部屋を見回しながらぶつぶつと呟いていた。それを視界に収めたソロティスが桜に詰め寄った。
「桜、知ってるの⁉︎ このストーカーが誰か知ってるの!」
「そ、ソーちゃん目が怖い」
ただでさえ紅い瞳が血走りさらに強くなっているので桜は視線を逸らした。
「目が怖いことはどうでもいいの! このままじゃ僕のプライバシー、プライバシーがなくなる!」
MKMがいる時点でソロティスにはプライバシーなどないようなものであるが知らないというのは幸せなことである。
「さぁ、桜、覚えがあるなら教えるんだ! 桜ぁぁぁぁぁ!」
火事場の馬鹿力というかいつもの軟弱なソロティスでは考えられないほどの力を発揮し、桜の服を掴むと容易く宙へ浮かせた。ソロティスより微妙に身長の低い桜は足をバタつかせているが全く届いていなかった。
「ソーちゃん苦しい、苦しい!」
タップするかのように桜は手をソロティスの腕に打ち付ける。それはもう、苦しかったから自然と全力になるというものだ。唸りを上げながら打ち付けられた桜の細腕は容易くソロティスの腕を砕く音を響かせた。
「ギャァァァァァァァァァァォァァ!」
再びソロティスの悲鳴が開かずの間に響き渡るとソロティスは桜の服を離し、自分の腕を抑えながら抱え込み座り込んだ。そのため桜は床に足をつけ両手を腰に当てながら若干怒ったような顔をしながら蹲るソロティスを見下ろしていた。
「ソーちゃん、女の子に乱暴したらメッ! なんだよ?」
「ちがうちがう! ただの女の子なら腕を叩いた位で骨は折らないから!」
その腕はどうやら曲がってはいけない方向に曲がっているようだった。
「女のイタズラは許すのが男の許容?」
「オーバーだよ!」
疑問形で放たれた言葉にソロティスは涙を浮かべながら答えた。
桜はそれに対して面倒だなぁ、と言わんばかりの顔を浮かべるとゆっくりとソロティスに近づき座り込むとゆっくりと右手を振り上げ、
「ちょいや」
情けない声と共に桜の右手が消失。視認できる速度を超えた手刀がソロティスの首筋に叩き込まれた。しかし、実際は手刀は首に当たる手前ギリギリで停止。止まった拍子に発生した衝撃破がソロティスの首筋を打ち意識を刈り取った。
糸の切れた人形のように倒れたソロティスを桜は担ぎ上げると尻尾を軽く振るいソロティスの写真だらけの壁に打ちつけた。
「……潰れない」
いつもならすぐに響く破壊音が響かず、じんわりと打ちつけた桜の尻尾の方へと痛みが伝わってきた。
「ほどほどにね」
ソロティスを担ぎ、出口に向かい歩く桜は小さく言葉を零し扉を閉めたのであった。
◇
誰もいなくなり魔力光の明かりも消えた開かずの間に一つの転移魔方陣が赤く輝く。
その魔法陣から漏れる魔力で魔力光は光を放ち部屋を瞬時に明るくさした。
輝きが治った魔法陣の中心に立つのはやたらと大きな抱き枕を抱えたマリアベルジュであった。
「フゥ、今回はえらく力を入れて作ってしまいましたね」
マリアベルジュが抱える抱き枕は等身大のソロティスをプリントアウトしたお手製のものである。
というかこの開かずの間にあるもの全てがマリアベルジュの手によって作られ魔力でコーティングされているのだ。
マリアベルジュは自身で作ったソロティスシーツ、ソロティス布団、ソロティス枕などで構成されたベッドに横たわると幸せそうな笑みを浮かべる。
「あ、次は坊ちゃん型の動く人形を作りましょうか」
自分の作った作品に囲まれ、新たな作品への意欲を燃やすマリアベルジュ。ソロティスが見たら泣きそうになる光景かもしれなかった。
『魔王城の開かずの間』
ソロティス混乱からの記憶喪失
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