魔王さまは自由がほしい

るーるー

魔王城七不思議0 ソーちゃん、トイレには一人でいこうよ?

 ペタペタと深夜の魔王城の廊下をソロティスはランタンを片手に歩いていた。
 これは無論、彼が深夜に散歩をする趣味があるわけではなく単純にトイレに行きたかっただけである。
 当然、超が付くほどのビビリの魔王様が普通に行けるわけはなくソロティスの隣の部屋で寝ている桜を連れてである。


「眠い……」
「ごめん、でも我慢できなくて」


 目元をこすりながらソロティスに尻尾を掴まれ、ピンクのクマ柄のパジャマを着込んだ桜はビビリ魔王を先導するようにフラフラとしながら歩いていた。


「ソーちゃん…… 一人でトイレにも行けない魔王なんて聞いたことないよ」


 欠伸をしながら呆れたように桜は告げる。


「だってこの城、部屋の位置が変わるじゃない」
「そうだけど」


 魔王城は生きている。
 ソロティスは最近知ったがこの魔王城は自らの意思で部屋の位置を変えてしまうのだ。たまに悪意のある配置もあり扉を開けた瞬間に女湯に繋がっていた時にはソロティスは鼻血を出して卒倒したのだ。


「でも別に魔王城の中なんだから死ぬようなことはないんだよ?」
「甘いよ! 桜!」
「ふぎゃぁ!」


 大声を上げ、尻尾を思いっきり掴まれた桜は悲鳴を上げるがソロティスは尻尾を離さない。掴まれていない八本の尻尾も戸惑うかのように揺れているだけで何もしない。


「この魔王城には七不思議があるんだよ!」
「尻尾! 尻尾が痛い!」


 打撃などによく使われる桜の尻尾だが基本は普通の尻尾である。単純に魔力を込めただけでありえないほどの威力を発揮しているのだ。
 ソロティスの手から解放された尻尾をひたすらに涙を浮かべながら桜は撫でていた。


「それで七不思議なんてあるの? 魔王なのにそんなのがこわいの?」
「桜、魔王だって怖いものがあるんだよ?」
「サントリード様は怖いものなかったよ?」
「あれは別格だよ」


 さらりとソロティスは父親を化け物の部類に放り込んだ。


「じゃ、ソーちゃんは七不思議とやらが解決したら安眠できるの?」
「そりゃ、怖いやつの大元がなくなれば多少は気が楽になるだろうけど……」


 オドオドといった様子でソロティスが答える。その答えに納得したのか桜は満足げに頷いた。


「よし、じゃトイレに行ったら七不思議潰しにいくよ」
「え、見に行くんじゃなくて潰すの?」


 桜の発言にソロティスは目を見開いた。
 すでに桜はソロティスに尻尾を握られた拍子に目が覚めたのと同時にいつもは入らないやる気スイッチが入ったようでやる気満々である。


「見るだけなら問題かいけつしないでしょ? だったら潰したほうが解決するじゃない」


 そう返しながら六死天グリメモワール一の武闘派である桜のシャドーボクシングは遊びでやっているのにもかかわらず空間を捻じ曲げていた。
 何体かのMKMメンバーが桜の拳から繰り出される空間の捻じれに巻き込まれダメージを受けていたが姿と気配を完全に消しているため桜とソロティスは全く気付いていなかった。


「でも夜更かししたらマリアに明日怒られるよ」


 廊下に等間隔で設置されている時計の一つを見ながらバレた時に行われるマリアベルジュの折檻を想像し、ソロティスは体を震わした。
 ちなみにマリアベルジュの設定した就寝時間は二十一時であり、現在は深夜二時を回ったところだった。


「チッチッチ、ソーちゃん。規則を破るというのは遊びにおいて最高のすぱいすなんだよ?」
「桜、スパイスの意味わかってる?」
「ん? 辛いやつでしょう? あれ、なんで辛いのを遊びにかけるの?」


 自分の言葉に疑問を抱いた桜が腕を組み思案していると後ろの尻尾も同様にハテナの形をとりながら考えているようだった。


「とりあえずトイレに行きたいんだけど」


 モジモジと動くソロティスだったが桜は思考に沈んでいるらしく気にもとめていない。
 仕方なしにソロティスはランタンを掲げ廊下を歩きトイレに向かおうとする。


「待って」
「な、なに」


 一歩前に踏み出したソロティスのパジャマをつかみ、桜はソロティスの前に出る。
 ソロティスが桜の顔を見るとなぜか真剣な表情を浮かべ頭上のキツネ耳を小刻みに動かしながら廊下の先を注視していた。


「なにか、くるよ?」
「なにか?」


 ソロティスも桜が注視している廊下の先に視線を向ける。
 深夜のため廊下には薄い灯しかなく奥には吸い込まれるような闇が広がっていた。
 しばらくの間、その闇を凝視していたソロティスいたが全く変化が見られない。


「なにもこないよ?」


 ソロティスは桜のほうへ目線を向けると未だ彼女は視線を闇へと向けており、尻尾もまた警戒を解いていなかった。


「きた」
「へ?」


 桜の小さな一言に惹かれるようにソロティスは再び闇へと視線を向ける。
 しかし、未だになにも変化は見られない。だが、変化は見えないだけで耳には聞こえ始めていた。


「これ、なんの音?」


 確かに耳に音は聞こえている。だが聞こえる音は一体なんなのかソロティスには全く見当がつかない。 
 桜はというと九本の尻尾が完全に戦闘態勢に入っていた。ゆらゆらと揺れながら魔力を纏い、いつでも攻撃できるようになっていた。


「YEEEEEEEEEEEEE!」


 わけのわからない奇声とも叫びとも言えない声を響かせドタドタという足音を鳴り上げながら風が疾る。
 ソロティスに見えたのは白いのが自分の横を横切ったことだけであるが、魔王軍最強の一角である六死天グリメモワールの桜は違った。ソロティスと同様に見逃しそうにはなってはいたが何かが通り過ぎようとした瞬間には尻尾が自然に動いていた。
 尻尾が床を叩き桜の小柄な体を宙に浮かすとさらに他の尻尾が壁や床を叩く、ついでにソロティスをそっと包み掴むと壁や床を叩いたことにより生じた衝撃を推進力へと変え恐ろしいまでもの加速を行ったのだ。


「桜見えたの⁉︎」
「早すぎて見えなかった! でもあれくらいならわたしもだせる!」
「いやいやいや! あんなスピード出された僕死んじゃうよ⁉︎」


 ソロティスが抗議の声を上げるが自分が置いて行かれたということに痛くプライドを傷つけられた桜は聞く耳を持たずさらに尻尾に魔力を注ぎ込み強化を行う。魔力を注がれ強化されさらに強靭な武器と化した尻尾を自在に振るい、さらに加速していく。


「ノォォォォォォ!」


 当然、まともに魔力で自分の体も強化できない駄目な魔王であるソロティスはその加速による負荷を一身に受ける羽目となりソロティスの体はいたるところが悲鳴を上げ始め同様に口からもしっかりと悲鳴を上げていた。


「追いついた!」


 尻尾を駆使し、魔王城の廊下の装飾品を片っ端から壊して進む桜はとても嬉しそうな笑みを浮かべている。


「ヨカッタネ……」


 桜が興奮しているためかソロティスを包み込んでいる尻尾までもが興奮しているかのように力が込められソロティスの体を締め付け続けている。


「見て見て! ソーちゃん! あれあれ!」
「どれ?」


 全身が痛む中尻尾から顔を上げソロティスは桜が興奮しながら指をさす方へと目をやった。
 そしてしばらく痛みも忘れて固まった。


「なにあれ?」


 ソロティスと桜が見た光景は、まずはスケルトンだった。それが四体。それは普通である。魔王城であるのだからスケルトンくらいいるのが当たり前である。
 さて問題は次からである。
 まずスケルトンの姿勢である。土下座するかのような姿勢に両手を突き出し、下肢が高速で動いている。
 そして両手で押さえつけているのは布である。


「こいつら床を雑巾がけやってるの⁉︎」


 桜がかなり全力で走っているにも関わらず四体のスケルトンは雑巾がけをしながらそれ以上の速度で動いているのだ。
 驚愕に目を見開いているソロティスと桜の目線に気づいたスケルトンの一体が骨の顎が外れるほどに口を開ける。


「やっべぇ! 魔王様と桜様だ!」
「まじかよ! まさか俺たちのスピードについてくるなんてよ!」
「うろたえるな! 隊列を組んで引き離すんだ!」


 動揺していたスケルトンたちが隊長らしきスケルトンが一喝すると動揺が収まり、スケルトン達が一列に並び始めた。途端にスケルトン達の疾る速度があがる。


「桜! 引き離されてるよ!」
「わかってるよ!」


 見る見る引き広がる差にソロティスが焦ったような声を上げが桜の声も焦っていた。


「我々の極限まで軽さを追求したボディにダウンフォースが加われば六死天グリメモワールと言えども追いつけまい!」


 スケルトンは特に表情がわかりにくい骨であるが桜には小馬鹿にされたことがよくわかった。


「むかぁ! 本気だすよ! 本気!」


 今まで使っていた尾はソロティスを掴むのに使っているのを含めて三本。残りの六本でさらに床や壁などを叩き衝撃を利用すれば容易く追いつけるであろう。


「ソーちゃん! 覚悟決めてね!」
「やだ! これ以上は僕が保たない! だからやめ……」


 ソロティスの返事を聞く前に桜は六本の尻尾で床を打ち付ける。


「うわぁぁぁ………………」


 今までよりさらに大きな破壊音と衝撃を感じ取ったソロティスは大きな悲鳴を上げ続けていたがしばらくすると負荷に耐え切れずがくりと首を落とし気を失った。
 それにより憂いもといストッパーがいなくなった桜は初めて全力を見せる。
 超加速は衝撃を放ちながら桜をひたすら前へと押しやり逃げるスケルトンを軽々と追い越す。


「ほら! わたしのほうがはやいー!」


 後ろを振り返り初めの趣旨を完全に忘れた桜は勝利のピースと笑みをスケルトンへと向ける。


「ばかな! 我らが抜かれるだと⁉︎」
「まだだ! まだ我らにも秘められた力が!」


 抜かれたことを認めれずにさらにスピードを上げる雑巾がけスケルトン達であったが背後から恐ろしいまでの衝撃が襲う。
 桜の超加速によって生じた衝撃波が時間差でスケルトンに襲いかかってきたのだ。


「な、なんだこの衝撃は!」
「隊列が!」


 悲鳴を上げ、隊列を見出し始めたスケルトン達が雑巾がけの姿勢を維持できず壁にわずかに接触した瞬間、粉々に砕け散った。


「く、軽量化のせいでボディの強度が!」
「あれほど牛乳を飲めと言っただろう!」


 未だに生じている衝撃波に姿勢を崩しながら、骨を撒き散らしながらも雑巾がけをするスケルトン達だったがついに終わりが訪れた。


「にゅ!」


 ついに訪れた廊下の突き当たりを桜は尻尾を器用に使い衝撃を吸収し、直角に曲がる。
 しかし、桜のように尻尾を持たず、ただでさえ加速し続けているスケルトン達はというと、


「わぁぁぁぉぁぁぁ!」
「と、とまれぇぇ!」


 悲鳴を上げながら減速していたが間に合わず、恐ろしい速度でそのまま壁にぶち当たり乾いた音を立てながら周囲に盛大に骨をばら撒いた。


「ほら! わたしのほうがはやかったでしょ! ソーちゃん!」


 尻尾で包み込んでいたソロティスを尻尾で包むのをやめた桜は上機嫌で話しかけているが完全に延びているソロティスは無反応。


「ちぇっ、寝てるし」


 その様子に唇を尖らせながら拗ねたように呟くとソロティスがトイレに向かっていたことを思い出した。


「連れてってあげないと」


 そう考えた桜はソロティスの足を掴み引きずりながら歩き始めた。


「これだけちらかしてどはこへ行こうというのです?」


 寒気がする声が桜の耳に届いた。それと時を同じくして凍えるよな殺意が桜の背中に突き刺さる。


「こんな深夜に鬼ごっこですか…… いい度胸です。いちどあなたには徹底して教育をしようと思っていたところですし」


 振り返れば怖いものを見る! そんな直感が走っているにも関わらず謝らないとヤバイ! という矛盾した二つの警告を脳に受けながらも桜はゆっくりと泣きそうに歪んだ顔を後ろに向ける。
 振り返った桜の前には鬼の形相とはこのことですと言わんばかりのマリアベルジュがソロティスの姿が印刷された抱き枕を抱え立っていた。


「ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいですんだら魔族なんていないんですよ?」
「ごべんなざあぃぃぃわ!」


 その後、桜は泣いたまま朝まで正座をさせられ、挙句にマリアベルジュのありがたいお説教を正座動揺朝まで聞く羽目になった。

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