魔王さまは自由がほしい

るーるー

婚約者来たる! 食べられた食材とばれた嘘

「お腹いっぱい」


 空になった器をテーブルに置きソロティスは満足げに告げる。そんなソロティスを彼以上に満足気な視線で六死天グリメモワールの面々が見つめていた。


「いやぁ、私もお腹いっぱいだわ!」


 女らしさを微塵も感じさせずさっきまで臣下であった食材ペンギルを案外躊躇いなく食べ、満足気な表情を浮かべ、お腹を手で叩くイザベラ。
 そんなイザベラにキルルが意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「イザベラ様、ちょっと太った?」


 ピシリとイザベラの笑みが凍りつく。
 やがて錆びた機械が動くような音を響かせながら首を動かしニヤニヤと笑うキルルを見る。


「センサーによるとイザベラは体重が……」
「ちょっ! キルル!」


 慌てたように立ち上がったイザベラに満足したのか言いませんよと言わんばかりにキルルは両手を上げる。
 顔を赤くしたイザベラがチラッとソロティスの方を見るが会話に興味がなかったのかソロティスは満足気な笑みを浮かべたままだった。
 乙女としては微塵も興味を示さないソロティスに多少思うところがあったイザベラだが聞かれたくない情報であったことを思うとホッとしていた。


「そう言えばマリアさん、胸大きくなった?」
「! 気づいてたんですか⁉︎」


 イザベラの問いにマリアベルジュは嬉しそうな表情を浮かべ瞳を輝かせていた。
 臣下であるペルギンが全く気付かなかったため主であるイザベラも気づいていないであろうと思っていたが故に嬉しさが数倍増しでやってきたようだ。


「そうなんですよぉ〜 最近急に大きくなって〜」
「急に? 凄いね!」


 なぜかやたらと腰をクネクネと動かしながら胸が大きくなった理由を話すマリアベルジュに対し、本当の理由を知らないイザベラは素直に感嘆の声を上げるが、事情を知っているコルデリアを除く六死天グリメモワールはというと、


『すごい自然に嘘をついてる』


 と笑顔で嘘をつくマリアベルジュに畏敬というかなんというかわからない念を抱いていた。


「やっぱり食生活なのかな?」


 自分の胸、といっても膨らんだマリアベルジュの胸より大きな胸を触りながらイザベラが独白を漏らす。


「ソーちゃんはどっちがいい? 大きな私の胸と普通マリアさんの胸と貧しい胸と!」
「……貧しい」


 イザベラの悪意のないソロティスへの質問が第三者視点にいるはずの桜の貧しい胸に突き刺さった。寂しそうに服の上から触ってみるが望んだ感触がなかったのか不貞腐れた桜は炬燵に潜り込み尻尾だけが落ち込んだように炬燵の外で項垂れていた。


「え? どっちでもいいんじゃないかな?」


 突然話を振られたソロティスは無難というかどっち付かずの返答を返す。


「はっきりしないなぁ」
「そうです、魔王様。こういう時は男らしく、魔王らしくはっきりと言うべきです」


 詰め寄ってくる女性二人にしろもどしながら六死天グリメモワールに助けを求めるが、ワインはマジックボードに「がんば(≧ω≦)b」と書き記し静観。コルデリアはというと鍋の後片付けをし始めておりテキパキと動き回り、キルルはニヤニヤと笑い「修羅場修羅場」と楽しげに呟いていた。最後に縋るように桜のいる炬燵を見るが炬燵から生えるように出ている尻尾にはいつの間にか「どうせ貧乳、まな板、洗濯板」と自虐的な言葉が書かれた紙が貼ってあった。


(逃げ場がないよ!)


 見る人が見ればとても羨ましいと感じるような現場にいるソロティスだが本人な場合はたまったものではなくこの現状を打破するべく必死に頭を回転さしていた。。


「す、好きな人ならどんな胸でも好きだよ?」


『逃げたでござるな』「逃げたね」「逃げましたわね」


 口々に六死天グリメモワールが現状を報告してくれる。しかし、ソロティスとしてはこれは逃げだとは思っていなかった。内心では戦々恐々である。もし仮にイザベラの胸がいいと言った場合、マリアベルジュがなにをするかわからないから怖い。マリアベルジュは行動が読めないからこそ怖いのだ。
 では逆にマリアベルジュの胸を選べばどうなるか。それは簡単に予想できた。イザベラなら笑顔で物理的ダメージを一切の躊躇なく、且つ急所へ放って来るだろう。しかも死なないギリギリのダメージ量を考えながら。
 こちらは何度も食らったことがあるため想像できる。でも怖い。


 つまりどちらを選んだ場合も怖い思いをするのだ。そのためソロティスはどっち付かずの発言をするしかないのだ。


「なるほど」
「確かにそうかもしれませんね」


 納得してくれたイザベラとマリアベルジュを見てソロティスはホッと安心したように息を吐いた。


「じゃ、触って決めてもらおう!」
「え?」


 あっけに取られたような声をソロティスがあげた時にはすでに彼の腕は掴まれており、イザベラは躊躇いなく自身の胸へとソロティスの手を押し当てた。


「びゃあらなたぎなはがらひぁ⁉︎」


 声にならない悲鳴とはこういうものを言うのかとキルルが学習している中、ソロティスが顔を真っ赤にし、一瞬にして思考が停止する。


「ふふん、たゆんだゆんでしょ?」


 年相応には見えない妖艶な笑みを浮かべたイザベラがソロティスの腕を掴む手にさらに力をいれ自分の胸により強く押し付けていた。


「あばばば」


 すでにソロティスの頭の許容量は限界を超えており顔は煙が出るかのように真っ赤になり、鼻からツーと血が流れ始めた。


「やめてください! 坊ちゃまが死んでしまいます!」


 鼻血を確認したマリアベルジュがひったくるようにイザベラからソロティスを奪い去った。
 イザベラは少し残念そうな顔をするが特に抵抗せずにソロティスを明け渡した。


「坊ちゃま! 坊っちゃま大丈夫ですか⁉︎」


 ガクガクとソロティスの肩を掴みマリアベルジュは前後にシェイクする。


「たゆんたゆんたゆんたゆん」


 どこを見ているからわからない虚ろな瞳のソロティスがうなされるように言葉を繰り返していた。
 それを見たマリアベルジュは顔面蒼白と言った様子になった。


「坊っちゃまが洗脳された⁉︎」
「いえ、脳の許容量が限界を超えたんでしょう」


 片付けを終えたコルデリアが動揺するマリアベルジュに呆れた眼差しを向けながら冷静に答えた。


「マリアベルジュ。あなたいい加減に魔王様離れしないとイザベラ様と魔王様がご結婚された時に血を吐いて死にますわよ?」
「大丈夫よコルデリア。その時はそう、身体が引き裂かれそうな思いをして血の涙を流しながらでも笑顔を浮かべて見せるわ」
「……結婚式で見たくない光景だね」


 マリアベルジュの言った光景を脳裏に浮かべたのかイザベラの顔が若干引きつっていた。


「まぁ、婚約者指定したのは前魔王たるサントリード様ですし強制力はないわけですが」
「そうよね! コルデリア! あなたいい事を言ったわ!」


 ソロティスをさりげなく抱きしめ、自分の胸を押し当てながらマリアベルジュは満面の笑顔を浮かべていた。
 その様子を炬燵から顔を出した桜がジーと見つめていたがマリアベルジュは気づかない。
 桜は炬燵から出ると何処からか紙を取り出しクルクルと巻き、筒を作り始めていた。


『桜、何を作っているでござる( ゜д゜)?』


 桜が何かをしているのに気づいたワインが桜の手元を覗き込み尋ねた。


「ぶき」
『そ、そうでござるか』


 なぜか力強く断言して来た桜に気圧されながらもワインは桜の作業を見ていた。


「坊っちゃまも私の胸のほうが落ち着きますよね!」


 一方のマリアベルジュはというと今だ某然とした状態のソロティスに胸を押し付けるようにして抱きしめていた。ソロティスの流す鼻血で服が赤く染まっていくが幸せいっぱいであるマリアベルジュは一切気にしていたなかった。


「できた」


 なにやら工作をしていた桜が小さく呟く。作ったのは紙で作られた筒。
 その筒を幸せいっぱいですと言わんばかりのマリアベルジュに向けると尻尾の毛を一本抜き筒の中に入れる。そして空気を力いっぱい吸い込み、


「ふぅ!」


 筒に一気に注ぎ込んだ。子供がやっただけならただ髪が飛ぶだけであっただろう。
 だが桜は六死天グリメモワール
 成りは子供でも魔王城では最強の位置に君臨する存在である。そんな頂上の存在が吹き矢を放てばどうなるか。
 轟! と言う音が成り上がった。
 筒から桜の息で吹き出された一本の毛は一瞬にして人が認識できる速度を軽々と超え、ソロティスを抱きしめるマリアベルジュへと迫った。


「っ⁉︎」


 いつもなら人外のあり得ない攻撃すら軽々と捌くことができるマリアベルジュであったがソロティスを抱きしめるという幸せに酔いしれていた状態ではいつも通りというわけにもいかず察知が遅れる。
 慌てたように緊急回避をしようと魔弾のごとく飛翔して来る桜の毛を胸を逸らすようにして躱そうとした。
 だが、マリアベルジュがとった回避行動はあくまでいつもの身体を基本とした回避行動だった。
 そう偽有乳ぎうにゅうで僅かに膨らんだ胸の事を全く考慮しない回避方法。
 そのため、風を切り裂きながら突き進んで来た桜の毛がマリアベルジュの胸に突き刺さった。


『あ……』


 何人かの声が重なって聞こえた瞬間、


 パァァァァァァァァァァァン!


 風船の割れるような音がその場にいる全員に聞こえるほどの大きさで響き渡った。


「な、なんの音⁉︎」


 イザベラが周囲を警戒するように全身に雷の魔力を纏わせる中、


「ぷはははははははははははは!」
「ぎゃははははははははははは!」


 やかましいほどの笑い声が鳴り上がった。


 発生源は桜とキルルである。
 二人とも目尻に涙を浮かべ、お腹を抱えるようにして笑い転がっていた。


「な、なんなんですか」


 イザベラが笑いながら転がりまわっている二人を見ながら戸惑ったような表情を作りながら残りの六死天グリメモワールの二人のコルデリアとワインを見る。
 するとコルデリアとワインが二人揃って違う方向を指差していた。自然とイザベラの視線もそちらに引き寄せられていく。
 その指の先には先ほどまで抱きしめていたソロティスを放り投げ項垂れているマリアベルジュの姿がイザベラノ眼に入った。


「どうしたの? マリアさん」


 イザベラが話しかけるとマリアベルジュはビクリと体を震わせる。
 そして恐る恐るといった様子でイザベラの方に振り返ってきた。


「む、胸が……」
「胸?」
「胸が無くなってるんです!」


 マリアベルジュはヨロヨロと胸を押さえながら声を大にして叫んだ。


『元からなかったから同じじゃ……』


 六死天グリメモワールがそう思いながらマリアベルジュの胸元を見るとそこには明らかに元の胸の大きさ以下・ ・になっていた。


『小さくなってる⁉︎ というか胸がなくなった⁉︎』


 笑い転がる二人以外が驚愕に眼を見開いているなか。この場にいる者の中で唯一、偽有乳ぎうにゅうの説明書を呼んだワインだけがバレたらどうしようと内心冷や汗をダラダラと流しながら胸がなくなった、いや、以前よりむしろ抉れた事にダメージを受けうなだれたマリアベルジュを見るのだった。

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