魔王さまは自由がほしい

るーるー

婚約者が来たる! 今日の食材はこれだ!

 グツグツと音が鳴り響き、湯気が覆うフロアで異様な光景が広がっていた。
 一つは鍋。
 あきらかに洋式であろうつくりの広間にグツグツと蓋を揺らしながら白い湯気をあげていた。


 二つ目は机。
 これまた洋式にはあきらかに似合わないであろう炬燵。しかもかなりの大きさのものである。


 そして三つ目。
 それは鍋を囲む面々であろう。
 炬燵にはいっているのはソロティス、マリアベルジュ、イザベラの三人。そして背中にいつもは背負っていない自身と同じ位に大きな剣を背負ったワイン、キルルは鍋を食べれないためにエプロンを付け給仕側というか食材を調理する側へ、そしてワインに呼ばれたコルデリアはというとマスクにサングラスという完全に顔を隠した状態だった。


「あ、すごい湯気出てきたよ」


 気絶から立ち直ったソロティスがニコニコと笑いながら湯気の上がる鍋を見つめる。当然MKMが高速で動き回りその笑顔を写真で撮りまくっていた。


「お出汁にはこだわりましたのでおそらく満足していただけますわ」


 ソロティスの笑顔を見てそれ以上に幸せそうな顔を浮かべるマリアベルジュ。


「わたしはお鍋ができるまででないよ」


 桜はというとキルルが炬燵を用意してからというもねは真っ先に炬燵に潜り込み、猫のように丸まったあと姿を見せなくなった。ただ声だけが炬燵から聞こえてくる状態である。


「いや、あなた達くつろぎすぎじゃない?」


 一応は主賓であるイザベラが炬燵の暖かさを感じながら呆れたような声を出した。




「そうですよ、魔王様。食材を持って来てくださったイザベラ様にきちんとお礼を言わないと」
「そうだね! イーちゃんありがとう!」


 ニパァという効果音が聞こえて来そうな笑顔のソロティスを見てイザベラは顔を真っ赤にする。


(か、かわいい! うちに連れて返って人形ケースに入れて飾りたい位にかわいい!)


 今から元臣下が捌かれるというのにイザベラの頭の中はそれでいっぱいになった。
 そんなイザベラを他所に調理班も本格的に動き始めていた。


「ワイン、キルル達もそろそろ野菜を切って行こうよ。肉はコルデリアに任せてさ」
『うむ、それがよかろう。我が愛剣を使う時がきたようだな(`・ω・´)シャキーン』


 いつものノリで顔文字を使ったワインはマリアベルジュがいることを思い出し慌てたようにマジックボードをしまい炬燵の方を見るがマリアベルジュはソロティスの笑顔に夢中だったため気づかなかったことにホッと胸を撫で下ろしていた。
 気を取り直したワインは背中の大剣を抜き放ち、キルルも異次元からチェーンソーを取り出し構えた。どう見ても今から調理をする様子には見えなかった。


「私様、明るいとこが苦手なんですが?」


 サングラスとマスクという格好のコルデリアの嫌そうな声を出す。
 そんなコルデリアにキルルとワインが振り返り、


「だってコルデリア鍋将軍でしょ?」
『貴殿は自他共に認める鍋将軍であろう?( ゜д゜)』


 なにを今更と言わんばかりの顔をしたキルルの表情を見てコルデリアの隠れていない額の部分に青筋が浮かぶ。


「なんですの! その不名誉っぽいあだ名みたいなやつは!」
「お鍋を熱く語る人に送られる人間の間の称号らしいよ?」
「吸血鬼真祖たる私様にひどく失礼な気がしますが⁉︎」


 顔が半分以上隠れているにも関わらず怒っているということがよくわかるコルデリアに対しキルルは深々とため息をついた。


「いや、だって以前の魔王城でやった鍋パーティーの時にもすっごいキレてたじゃん?」
『ああ、あの時は酷かったでござるな』


 キルルの言葉にワインが遠い目をする。
 キルルは魔導人形のため、ワインは首なし騎士デュラハンのためこういった食事関連のイベントには大体給仕役で出ることが多い。その際にキルルが毒を遊び感覚で入れたりすることが多いのはまた別の話である。
 大体は楽しく自己中心的に給仕をしているキルルだが唯一楽しめないイベント、それが鍋である。


「あれはあなた達がひたすらに魔獣の肉を放り込み続けたからでしょうが! あなた達はアクも取らないし! アクを取らないと味にまとまりがでないんですよ! しかも野菜も適当に放り込むしいれる順番や切り方といった物がきちんと存在するのです!ですから……」


 今だガミガミと鍋について言い続けるコルデリアにうんざりしながらワインとキルルは心の中で同じことを思った。


『やっぱり鍋将軍じゃん』


 思っても言わない。鍋将軍は怒らすと怖いのだ。


「まあまあま、将軍。とりあえずは食材を」


 まだ続きそうなコルデリアの鍋話を聞きたくないキルルが鍋から興味を逸らすべく手元の食材をコルデリアにみせる。
 ワインが抱えるよう持ってきた野菜をテーブルに置く。
 どれも大きな野菜である。ただし、


『わぁぁぁぁぁぁ!』
『ギィィィィィィィィィ!』


 大きな声をあげているわけだが。


「魔界野菜は今日も新鮮ですね」


 コルデリアがマスクで隠されてはいるが喜んでいるような声を上げていた。
 魔界野菜。
 空気中にただよう魔力を過剰なまでに吸い込み突然変異を起こした野菜のことである。
 うまい! 大きい! で魔界の特産品にもなりつつあるが一番注目されているのはその強暴性である。
 食べに来たモンスターを逆に食べ返すほどの力を持っているため魔王軍でもたまに被害が出ているほどのものあった。


『こいつらやる気満々でござるが?』


 テーブルの上ですでに臨戦態勢になっている魔界野菜に対し、キルルとワインは各々の武器を向け鍋の食材にするべく構えを取る。


「ではとっととやってしまってください」


 コルデリアはというと戦う気はないと言わんばかり菜箸を準備し始めていた。


『ギィィィィィィィィィ!』


 食われてたまるかという気迫の籠った声をを放つつワイン、キルルに向かい魔界野菜達は飛びかかった。


『食材斬!( ̄Д ̄)ノ』


 片手で大剣を振るい、片手でマジックボードを書くという非常に器用な動きをしながら襲いかかってる魔界野菜を幾度も振るい一刀両断で切り捨てていく。


「ぎゅーーーーん」


 ワインの大剣で両断され、宙を舞う魔界野菜に対してキルルが口であげる効果音よりもけたたましい音を上げたチェーンソーを
 こちらも振り回しさらに食べやすい大きさへと形を変えていく。むしろ切りすぎてかなり細かくなりすぎていた。
 当然、それを見逃す鍋将軍コルデリアではない。


「キルル! 細かすぎます! もう少し大きめに!」
「はーい」


 明らかに了承したように返事をしたようにしたにも関わらずキルルは変わらずにチェーンソーを振るい続け魔界野菜の細切れを量産し続ける。
 それにいらついたコルデリアが武器に代わり菜箸を振るい細切れにされかけている野菜を救出、さらには反対の手に持った包丁を閃かせコルデリアの理想の大きさを作り上げていく。


「む!」


 それになぜか対抗心を燃やしたキルルがより素早くチェーンソーを振るい野菜を微塵にしていく。しかし、コルデリアも負けじと言わんばかりに菜箸を動かし微塵切りから救い出していく。


「きぃぃ!」
「なんですか! キルル!」


 次第に野菜を切るのではなく声を上げながら菜箸を叩き切るべくチェーンソーを振るい始めたキルルに応戦するようにコルデリアも叩き斬られるわけにはいかなくないので魔力で強化した菜箸を叩きつける。
 ぶつかる衝撃波で野菜が散らばり始めたのでワインは大剣の刃を布で拭い背中に背負うと魔界野菜を大皿に盛り炬燵で温まるソロティス達のもとに運び込んだ。


『マリアベルジュ、頼むでござる』
「わかりました」


 ワインから斬殺された魔界野菜を受け取ると、


「はい」


 受け取った大皿を即座に傾け、鍋の中に死体を放り込んだ。


『ああ⁉︎』


 その場にいる全員、菜箸とチェーンソーで戦っていたコルデリア、キルルすらも一時的に戦いを止め、魔界野菜を躊躇なく鍋へと注いだマリアベルジュへ視線を向けた。


「なんですか?」


 視線を向けられたマリアベルジュは若干不機嫌気味な表情を浮かべながら予備の菜箸でぐるぐると混ぜ、そのたびに「ああ」とコルデリアがか細い声をあげていた。


「鍋なんてこと食べれたらいいんですよ。で、肉はまだですか?」


 マリアベルジュが睨みつけるようにしながら最後の食材の方へと視線を送ります。
 マリアベルジュが見た最後の食材。
 それは魔界で一番硬いと言われている魔鋼鉄と呼ばれる物で作られた鎖で縛られているが往生際がわるく暴れていた。


「んんん!」


 食材は口元を布で閉じられていれるためくぐもった悲鳴しか上がらない。
 そんな食材の姿を見てイザベラは苦笑を浮かべていた。 


「諦めちゃいなよ、ペルギン。悲しいけどきみは食べられて私達の文字通りに血となり肉となるんだよ」


 全く悲しそうじゃない表情を、むしろ嬉々としたような笑顔を浮かべているイザベラに必死に何かを訴えるかのように暴れ口元の布をなんとか取り外していた。


「イザベラ様! いかに罰と言えどもこれはさすがに!」


 今日一番の必死さである。その必死な声に引き寄せられ、たわけではなく昼寝を邪魔されたことにイラついた桜が炬燵から顔だけを出す。


「……もっかいつぶす?」


 半目で睨みつけるように桜がペルギンを見るとビクリと体を震わした。先程、桜に一方的に尻尾で殴打され続けたことを思い出したようだ。
 静かになったフロアに鍋の煮える音だけかが鳴り響いていたが、くーという可愛らしい音が響いた。


「おなかへったなぁ」


 ソロティスがお腹を抑え小さく呟いた瞬間、マリアベルジュの顔色が変わる。


「キルル、コルデリア。さっさと食材ペルギンを解体しなさい! 魔王様のために!」
『了解!』


 キルルの手に収まるチェーンソーの刃が今まで以上に高速回転を開始。回転する刃が空気を焦がし始める。
 コルデリアも菜箸を投げ捨て、愛用の細剣タナトスを構え、獲物を狙う色を瞳に浮かべます。


「え、じょ、冗談ですよね?」


 ジリジリと詰め寄る二人にペルギンは全身からいい出汁が出始めていた。


「ぎょるうぎぁあまぁぁぁぉぁぁぁぉぁぁおまぉぁぁだだぁとぁぁぁぁ!」


 その日、魔王城から何かが削られる音、飛び散る音、そして耳障りな悲鳴が聞こえてきたきたという。

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