魔王さまは自由がほしい

るーるー

金の輝き。叩きつけるしっぽ

「すごいね! あのスケルトン! ファンファンニールといい勝負してる!」


 異界モニターに映るカルシウムスケルトンとファンファンニールがぶつかり、離れる度にフロアの壁が、床が、天井が破壊されていくたびにソロティスが歓声を上げる。


「ファンファンニールも手を抜いているんでしょうが、あのスケルトン。確かにいい素材ですね」


 ファンファンニール的には期待外れだった正義の味方との戦いの代わりと思って消化試合のつもりだったようだが意外も意外、それなりにも強いカルシウムスケルトン。
 魔法を叩き込もうが杖で殴打しようが効果がないのかケロリとした様子で両手に握る大太刀を振り回している。


「ランク的にはAクラスの上位であると私様は睨みますね。スキルにどうも魔法無効とかもありそうですし。私様はあまり戦いたいタイプではないです」


 コルデリアが魔法を食らっても平然としながら大太刀を振り、斬撃を放つカルシウムスケルトンを異界モニター越しに見ながら冷静な意見を放つ。


『加えてファンファンニールは魔法型のスケルトンだ。踊り子ダンサーの打撃技ではさほどダメージを与えられないだろうな』


 さらさらとマジックボードに書かれた達筆な文字で紅騎士ワインも戦況を分析する。
 誰もがファンファンニールの優勢を告げない。だが、だれもが心の中では思っていた。


六死天グリメモワールにとってはこんなものは些事に過ぎない』と。


「それでマリアベルジュ、あね逃げ出した正義の味方はどうするんですか? なんなら私様の吸血姉妹シスターズにやらしますけど」


 すでにファンファンニールの戦闘に興味がなくなっていたコルデリアが若干ウキウキとした様子でマリアベルジュを見つめる。そしていつの間にかその背後にはコルデリア同様、青白い肌をした吸血鬼の娘が三人膝をつき待機していた。


『いや、コルデリアの姉妹を出さずともよかろう。我輩の死霊騎士部隊で首を跳ねてこよう』


 ガシャガシャと鎧を揺らしながおそらくはわらっているワインの背後には一体の全てが漆黒の靄に包まれている騎士が立っていた。


「ふむ、それは確かに楽なんですがね」


 顎に手を当て考えるマリアベルジュ。


「魔王様を侮辱しましたのよ?」
『許す余地などないと思うが?』


 二人の六死天グリメモワールから睨まれマリアベルジュは肩をすくめた。


「単純です。敵が逃げることなど想定済みです。ならば逃げた先に罠を張っておくのは基本的な戦術ではありませんか?」


 二人を小馬鹿にしたようにみたマリアベルジュはニヤリと悪魔のようは笑みを浮かべるのであった。


「いけ! ファンファンニール! スケルトンなんかに負けるな!」


 すでに〈殲滅天使パリリン〉のことなど頭から消えているソロティスをよそ目なは計画は確実に進んでいく。


 ◇◇


「回復魔法を使える人を早く!」
「こっちもやばい!」
「魔力欠乏症が多い、ポーション持ってこい」


 転移魔法陣から帰った正義局では人々が慌ただしく動き回っていた。
 正義局の誇る正義の味方が敗走してもどってきた。これだけでも事態は十分に深刻である。
 今、この正義局の守りはないに等しい。


「なんてこった」


 この企画の総責任者であるマスターPは頭を抱える。
 今後は〈殲滅天使パリリン〉を放送し続けるのは無理だろう。それほどに今回のほでは圧倒的な敗北をしたのだから。いや、敗北だけならまだいい。負けただけならば次は勝てばいい。代々の正義の味方と言われるやからは負けた後の方が強くなるのだから。だが、それはあくまで負けた者が再び立ち上がり戦う意思があればのはなしだが。


「このままでは……このままでは……」


 頭を抱えるマスターPのだが、その背後にニコニコとした表情をした人物がポンポンと肩を叩いた。


「考えてるところすいませんが、お届けものっす」
「こんな時に! なんだ!」


 差し出された紙をひったくるようにマスターPは奪い取った。乱暴にされたのにも関わらず紙を持ってきた人物は笑顔を崩さない。
 取り上げた紙に視線を落としたマスターPは繭をしかめた。


「おい、なんだ。この紙切れは」


 渡された紙には紅い塗料で怪しげな紋章が書かれているだけだった。
 渡してきた人物を睨むような視線を向けたマスターPであったが、その人物と視線が合った瞬間、息を呑んだ。
 深紅の赤い瞳が愉快そうな色を漂わせながら覗き込むようにマスターPを見ていたからだ。


「そちらの紙切れでお届け物はまちがいないっすよ。そしてこれを持ちましてカネパネェ商会は魔王城からの依頼を完遂したっす」
「何を言って……」


 問いただそうとしたマスターPであったが手にしていた紙の紋章がどす黒い魔力をあふれさし始めた。溢れ出た魔力は紙から、マスターPの手から零れ落ちると床に溜まり徐々に水溜りを作り始めていた。


「な、なんだこれは!」


 紙を捨てようとするマスターPであったが紙は腕に張り付いたようになっており、今だに黒い魔力を放出し続けていた。


「ヤハハハハ、それは六死天グリメモワールの召喚用魔法陣っすよ。よく考えて見てくださいよ。自分の家に攻め込んできた輩を許す奴がいますか?」


 これはサービスですよ? と笑いながらカネパネェ商会の少女が笑う。


「まて、どういうことだ!」


 あまりに混乱する現象が立て続きにおこりマスターPの頭は破裂寸前だ。
 そんなマスターPを見て哀れと思ったのか仕方なしといった様子で少女は口を開いた。


「ようはソーちゃんのとこに手を出したからお母さんがとっちめに来たわけですよ」
「何のことを言って……ウガャァアァァ!」


 溢れ出ていた魔力がひときわ大きく膨れ上がる。それと同時にマスターPは悲鳴を上げる。周囲も流石に異変に気付いたのか武器を持った者がマスターPへと近づいて行った。


「あ、そろそろ転移が完了するみたいなんで自分はこれで失礼するっす。桜ちゃんによろしく言っといて欲しいっす」


 ひらひらと手を振る少女だったが足元に小さな魔法陣が現れると一瞬にして別の場所に転移する。後には悲鳴をあげ続けるマスターPと武器を構えたパリリン残党のみが残された。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そうしている間にも膨れ上がり続ける黒い球体と悲鳴をあげ続けるマスターP。見るものが見ればマスターPの体の魔力が根こそぎ黒い球体に吸われていることがわかるのだが、残念ながらこの場の誰も気づかなかった。
 やがて、膨張するのが終わった球体はパンという軽い音を周囲に響かせながら破裂。同時に周辺に軽い魔力の波がはっせいする。同時に何かが落ちたようなベタン! という音が鳴り響いた。


「痛い…… ここどこ?」


 幼い声が聞こえてくる。同時に揺らめく九本の尻尾が目に入る。
 武器を構える者たちに緊張、そして悪寒が走る。
 目の前にいる額をさすっている頭にキツネ耳がついている少女が恐ろしいまでの魔力を撒き散らしているからだ。


「魔王城じゃないし、誰呼んだの」


 若干イラついた口調で少女は首元についている鈴を鳴らしなが立ち上がる。小さな体を赤と白の巫女服が包み込み、愛らしいものであるが後ろの九本の尻尾が凄まじいまでの違和感を放っていた。
 武器を構える者たちを無遠慮な視線で一瞥したのちに少女は頭上からヒラヒラと落ちてくる紙に気付いた。慌てて落ちてきた紙を掴み書いてある文字を読む。


六死天グリメモワール桜へ
 そこにいるもの達は魔王様への攻撃の意図があります。
 即時攻撃を遂行してください。
 魔王様の美しい肌や瞳に傷がなかっただけましでありましたがゴミに生きている資格がありません。
 そもそも……』


 なんだが途中から小言に変わりそうな気配を察した六死天グリメモワール桜は文字を読むのを途中づやめ紙をぐしゃぐしゃに丸めるとポイと放り捨てた。


「マリアさんの小言長い」


 欠伸をしながらも一応はやることが分かった桜はうんと伸びをする。それと同じように九本の尻尾も伸びをしていた。
 かなり微笑ましい光景である。


「さて、」


 しかし、一瞬にして雰囲気が一変する。


「五食おやつ昼寝付きの生活を守るためにもがんばる」


 小さく拳を握り軽く跳躍。
 僅かにだけ宙に浮いた桜は体軽く捻るように回る。
 それだけで背後に控えていた尻尾が解き放たれた。
 九本の尻尾が唸りをあげ、武器を持つものの腹に向かい叩きつけられる。武器や防具などをものともしない強力な一撃。それはやすやすと骨を砕き、軽々と弾き飛ばし壁に轟音を立てながらめりこました。


「ん? めちゃくちゃ弱い? 」


 軽やかに着地した桜は自分が吹き飛ばした者を見ながら頭に疑問符を浮かべていた。


「この程度でソーちゃんのとこに攻めたらだめだよー でもなんで生きてるのかな?」
「この!」


 全く戦う気が無くなっている桜に更に武器を構えたパリリンが飛びかかる。しかし、桜は考え事を続けており、そちらを見ずに尻尾を振るい片っ端から吹き飛ばしている。


「ファンファンさんが手を抜いたのかな? コルさんやキルルさんなら容赦しないだろうし」


 六死天グリメモワールの面々の性格をよく知る桜はおそらくファンファンニールが手を抜いたと決めつけた。
 そう考えると軽く構えをとる。


「ファンファンさんにはお菓子を買ってもらいます。特上です」


 ざわざわと金色の尻尾がざわめく。


「必殺、尻尾をふる!」


 再び体を捻り繰り出される尻尾の打撃。ただし、今度繰り出された横薙ぎは尻尾が伸びた。
 あっという間に壁に到達すると壁を容易く削りながら近くにいる人も弾き飛ばす 。


「もろいなぁ」


 呆れながらも攻撃を止めない桜の尻尾は更に唸る。壁を削るのに飽きたのか。適当なものを破壊し始める。
 至る所で悲鳴が上がるが桜は別のことを考え始めていた。


(どこまでやればいいんだろう?)


 とりあえずは建物を潰すのは決定したが加減がわからないことに桜は頭を傾げていた。


「お腹も減りましたのでさっさとやりましょう」


 くぅーとなるお腹を押さえながらも尻尾は進撃が止まらない。すでに壁、支えを叩き潰した尻尾はすでに天井を潰すのが楽しいのかひたすらにラッシュを繰り返し、瓦礫の雨を降らし続けている。
 そんな壊れて行く天井を見上げている桜の足を誰かがつかむ。


「ん?」


 足を振れば吹き飛ばすことは可能だったがお腹が減った桜は動くのを嫌がり仕方なしに視線を向ける。


「た、たすけて」


 桜の足を掴んだのは血まみれになったマスターPの姿があった。


「んー、いなり寿司をくれたら止めてあげますよ。今すぐに」


 自分がお腹が減っているのでとりあえず要求してみた桜。しかし、マスターPはそれどころではない。


「さ、さきにたすけてくれ!」
「いなりがさき」


 不機嫌になりつつある桜に呼応するかのように尻尾が更に唸る。


「い、今は無理だ」
「じゃ、だめー」


 無慈悲に告げられた言葉にマスターPに絶望の色が落ちる。さらにそこに黄金色の尻尾の一振りが叩きつけられる赤い染みとなった。


「かえりたーい」


 駄々を捏ねる桜のためにと言わんばかりに苛烈を極めた攻撃を再開した九尾がひたすらに轟音を上げ続けられ、一時間も経った頃には正義局は無残な瓦礫の山と化していたのだった。

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