魔王さまは自由がほしい

るーるー

ファンファンニール劇場3

「うう……」
「痛い、痛いよぉ」


 〈殲滅天使パリリン〉達の悲鳴がフロアのあちらこちらで聞こえてくる。突如として壁から放たれた光に灼かれたからだ。
 耐性装備のおかげで死にはしなかった物のかなりのダメージを負った物もいる。それは二軍だけに限らず一軍にも言えることだが。


「なんですか、あのトラップは……」


 煌びやかだった衣装はすでに衣服としての形を最低限まで落とした状態だが今だ戦う意思をなくしていない一軍、レッドはつぶやく。


「一瞬にして光が満ちたと思ったらこれです」


 レッドの横には同様に白い衣装がボロボロになった状態のホワイトが並び立つ。


「ブルーは戦える状態ではありません。グリーンも無理です。イエローも完全に戦意を喪失していますね」


 ホワイトの冷静な分析にレッドは小さく舌打ちをする。
 ブルーは一体の異様なスケルトンに一騎打ちを挑み、接戦の末に切り捨てられた。グリーンは黄金のスケルトンに攻撃を繰り出そうとした瞬間に現れた鉄球に叩き潰され肉塊へと変わった。イエローは光の攻撃を防御し、すでに体を抱きしめるようにして魔力枯渇状態だ。


「戦えるのは私達だけか」
「二軍はもう無理でしょう。戦える状態ではありません」


 わかっていると言おうとした所でカタカタともう何度も耳にした音がフロアのあちこちから鳴り上がる。
 そこには手足の一部がなくなったスケルトンたちがゆっくりと起き上がってきている所だった。


「これ以上は消耗戦にしかならない、撤退だ」


 レッドのその声に押されるように二軍のメンバーが移動を開始。ただし、歩みは遅い。


「HAHAHAHA、いい判断だよ指揮官!」


 高らかに、そして確実に人をバカにするような声色でファンファンニールの言葉も響く。


「しかし、あの罠。確実に改修したのはマリアベルジュだろうなぁ。骨美の舞がなかったらほとんどのスケルトンが彼女の家庭菜園の肥料行きになっていただろうね」


 実際にはかなりの数が光魔法で消えているのだがそれらは骨美の舞であまり強化されていなかったスケルトンたちである。
 ふわふわと飛翔魔法で浮かぶファンファンニールをレッドは睨みつける。
 見ると黄金のスケルトンには他のスケルトンのように四肢の欠損はおろか傷一つ見られなかった。


「化物め」
「んん? まぁ、僕たちはモンスターだからね? 化物さ」


 憎々しげに言ったレッドの言葉をバカにしたようにカラカラと骨を鳴らしながらファンファンニールは笑う。


「さて、この喜劇も終幕がまじかなわけだが……」


 芝居がかった礼をしながらファンファンニールは笑う。


「最後の演目を始めようじゃないか! 演目は鬼ごっこだ! ただし」


 言葉を切り、眼前に出した指をどうやったのか、パチンと音を鳴らす。
 すると今までカタカタ揺れていたスケルトン達が組み体操をするかの如く集まり、さらには散らばっていた骨の残骸までもが集まり始め、巨大なスケルトンへと変貌して行く。
 普通のスケルトンよりもも三倍は大きく太いスケルトンが膝を付き、ファンファンニールの後ろに控える。


「鬼は三体。ランクCでも集まればこのようなことができる。まぁ、禁呪だから人間はつかっちゃだめだぞ? お兄さんとの約束だぞ?」


 口元に指を当て秘密にするようにと茶化すファンファンニール。


「名付けて『カルシウムスケルトン』! さあ、カルシウムスケルトンよ! 牛乳嫌いの人間に牛乳の大切さを教えてやるんだ!」
『CAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 ファンファンニールがばっと腕を前に突き出すとカルシウムスケルトンが咆哮を上げ、フロア全体を震わせる。その振動でパラパラと天井がヒビ割れ落ちてくると同時にカルシウムスケルトンの骨もときおり落ちていた。
 そして咆哮をやめた次の瞬間、骨の足が床をぶち抜きながら加速。凄まじい速度で後退して行くパリリン二軍メンバーの集団に骨の塊がさながら砲弾の如く突っ込んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 すでに戦う意思がない状態の二軍メンバーは軽々と吹き飛ばされ、さらには暴れまわるカルシウムスケルトンを止めることもできずに次々とおもちゃのように壁に叩きつけられたり踏みつけられたりされていた。


『桜えび! ぷろせすチーズ! しらす干し! いかなご!』
「な、なんでこいつ食べ物の名前言いながら攻撃してるの?」
「カルシウムだ! こいつ、カルシウムがたくさん入ってる食べ物を連呼しながら攻撃してきてるんだわ!」
『カマンベェェェェェェル!』
『うわぁぁぁぁぁぁ!』


 食べ物の名前が上げられるたびに二軍メンバーが変な音を上げながら潰れて行く。
 その光景を止めるべくレッドとホワイトがカルシウムスケルトンの一体に迫り武器を、魔法を叩きつける。


「こわれろぉぉぉ!」
「必殺! ジャスティスデストロイブレイカー」


 圧倒的筋力から放たれる斬撃、そして〈殲滅天使パリリン〉の最強魔法をほぼゼロ距離でカルシウムスケルトンに向かい放つ。カルシウムスケルトンが斬撃で大勢を崩した瞬間に光の本流が一気に巨体を包み込んでいく。


『がんもどきぃぃぃぃぃぃぃ!』


 最後の断末魔に思える声が響き、カルシウムスケルトンはレッドに手を伸ばしてくるがやがて光に押し流されるように完全に飲み込まれた。


「あと、二体……」


 光が弱まり、煙が上がる中、魔力欠乏になりかけながら肩で息をするレッド。そして武器を警戒しながら構えるホワイト。
 が、武器を構えていたホワイトが武器ごと捻じ曲げられるかのように斜め上に飛翔させられる。


「あがぁ⁉︎」


 無様な悲鳴を上げるホワイトの体を突き上げるのは白。
 煙を突き破り伸ばされた白い骨がホワイトの脇腹を抉り宙へと舞わしたのだ。


「ホワイト⁉︎」


 空へと飛ばされ血を撒き散らすホワイトへの視線を一瞬だけレッドは向けるがすぐに視線を戻す。


『骨粗鬆症回ヒィ! カルシウム大事ぃぃぃぃぃ!』


 煙を吹き飛ばしながら現れたのは言わずともわかるカルシウムスケルトン。片手に紅い液体を付けながら残る片方の手をレッドへと伸ばす。


「しつこい!」


 再び構えた杖の先端に魔法の光が灯される。
 それを見たカルシウムスケルトンの眼窩の鬼火が警戒のためかわずかに揺れる。


「必殺! ジャスティスデストロイブレイカー」


 一瞬にして再度放たれた魔法の輝きがまたもカルシウムスケルトンを捉える。しかし、カルシウムスケルトンは光を片手で遮りながら前進。
 驚きに目を見張るレッドを他所にいまだ魔法を放ち続ける杖を握るとそのまま力尽くで握り潰した。


『カルシゥゥゥゥムブソォォォォク!』


 握りつぶした杖を握ったまま雄叫びを上げると杖を持ったままのレッドごと頭上に振り上げ、わずかな間の後に力任せに振り下ろした。


「おおおお⁉︎」


 とっさに握っていた杖を離し、宙へと飛ばされたレッド。
 カルシウムスケルトンが振り下ろした杖は乾いた音を立て、金属で作られていたはずなのにガラス細工が砕け散るかのようにたやすく爆ぜた。


(なんて馬鹿力!)


 空中で魔法を使い、姿勢を正した状態で床に着地したレッドは元自分の杖が一瞬で粉々になったことに戦慄する。
 カルシウムスケルトンはというと自分の手から消えた杖を探すかのようにキョロキョロと周囲を見渡しているが見つからないことがわかるとフロアに転がる手頃な武器を手に取った。


「HAHAHAHA、さてどうする正義の味方? 何人かは逃げれたようだが?」


 宙に浮かぶファンファンニールは転移魔法陣に這々の体で駆け込んでいく二軍、そしてかなり危ない状態で移動している一軍のメンバーを愉快げに指差す。
 そんな誰もが必死に逃げる中、音もなく黒い影が床を伝いながらパリリンに襲いかかって行っていた。
 いや、襲いかかるとは適切ではないだろう。その黒い影はパリリンの足元にくると一瞬にして巨大化し、床に穴を開け、その中にパリリンを落とし、捕獲して行っていた。
 これがソロティスの仕掛けた最後の罠、自動追尾型落とし穴である。
 音もなくせまり、口を開け捕獲。落とした者は魔王城牢屋に直行という優れものである。すでに何人ものパリリンを捕獲済みというなかなかの成績を収めていた。


(私も撤収を、時間稼ぎはもういい!)


 転移魔法陣にむけ駆け出しすレッド。しかし、そんな彼女の前に立ちはだかる白い骨。
 両手に大太刀を持ち、無言で隙がない構えをとり、行く手を阻んだ。


「く、逃がさない気ね!」


 レッド仕方なしに予備の武器を構え、魔力が少ないながらも隙をみて逃げるという算段に切り替える。


『みつ……』
「え?」


 カルシウムスケルトンが零した小さな声をレッドは聞き返す。


『みつひでぇぇぇ! みつひでぇ許すまじぃぃぃぃ!』
「ちょ、だれ⁉︎ みつひで!」


 突然の乱心と言わんばかりに両の大太刀を無差別にと言わんばかりに振り回し始めたカルシウムスケルトンにツッコミを入れながらレッドは横に跳んだ。先ほどまでレッドがいた場所を大太刀が通り剣圧が床を叩き割る。


『アツイアツイアツイ! 鳴かぬなら焼き鳥にしようホトトギス!』
「絶対に違うわよね! 何が違うかわからないけど絶対に違うわよね⁉︎」


 次々に襲い来る破壊の斬撃を紙一重で躱しながらレッドは転移魔法陣へと走る。
 そんななか、カルシウムスケルトンに興味をもったのかファンファンニールが高度を落とし、近づいていく。


「誰だね? みつひでとやらは」
『お前が、お前がみつひでだろぉぉぉ!』
「いや、僕は……」
『楽市ラクザァァァァァァ!』


 殺意の色が躍る眼窩の炎がファンファンニールを捉え、さらには標的として変わる。
 それに気づいたファンファンニールは慌てたような声を上げ、逃げるレッドを指差す。


「まて、標的はむこうだろ?」
『てんかふぶぅぅぅぅぅ!』


 聞く気が無いかのように大太刀を繰り出してくるカルシウムスケルトンに舌打ちをしながらファンファンニールも頭蓋の杖を取り出し応戦する。


「……いいだろう、アルバイトくん。どちらが真のスケルトンとして格上か見せてやろうじゃないか!」


 眼窩に鬼火を灯したスケルトン二体が静かに対峙し、レッドのただ駆け逃げる足音だけが響き渡る。
 そのレッドが足元の、カルシウムスケルトンに使われなかった骨を踏みつけ、軽い音が鳴った瞬間。


「 叩き潰してやるよぉぉぉぉぉ!」
『我は第六天魔王、おだのぶながぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 二体のスケルトンがバカみたいな魔力を放ちながら激突したのであった。


「いやぁぁぁぁ!私もう普通! 普通になるんだからぁぁぁぁぁぁ!」


 その二体の魔力の激突で吹き飛ばされたレッドは涙ながら叫ぶがだれにもその叫びは聞こえなかった。

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