魔王さまは自由がほしい

るーるー

六死天《グリメモワール》会議2

 薄暗い会議室の中央、紅騎士ワインは正座をさせられていた。
 幾つものスポットライトがワインのみに降り注ぎ、真紅の鎧を光照らす。
 そんな中、ワインは六死天グリメモワールで有りながらカタカタと鎧を震わし恐怖に震えている。
 ワインの周りには愉快げにカタカタと揺れるファンファンニール、自分の新たなスペックをニコニコと笑いながら確認するキルル、すでに会議に興味がなくなったのか爪にマニキュアを塗るコルデリア、そして絶対零度の凍える炎を瞳に宿したマリアベルジュがワインを睨みつけていた。


「さて、ワイン。一体なにがあったのかをあなたの方から教えていただけますかね?」
 ガシャガシャ


 鎧が首を振る度に音が無音に近い会議室内に響き渡る。
 ワインは震えながらボードに文字を書き連ねていき、それを皆に見えるように掲げる。


『某と魔王様があるハガキを某番組に送ったところどうも魔王様のハガキが当選してしまったようで』
「ええ、その返答がこちらです。モニターにだしますよ」


 マリアベルジュの言葉に全員がモニターに注目。
 そしてモニターに映し出されたのは満面の笑みでケーキを頬張り、口周りにも生クリームをつけたソロティスの画像だった。


「ふむ、これが返答かね?」


 ファンファンニールがカタカタと全身の骨を震わせるように笑いながらマリアベルジュに尋ねた。


「失礼、これは私の部屋に貼る用と抱き枕の資料用の画像でしたね」
『貼る用⁉︎ 抱き枕の資料⁉︎』


 声が出ないワイン以外の六死天グリメモワール全員が一斉にツッコミを入れるがマリアベルジュは意にも介さずモニターのリモコンを弄り、今度こそハガキの文書を出す。


『お手紙ありがとうございます。
 この度は〈殲滅天使パリリン〉をご拝聴ありがとうございます。
 正義の味方たる正義局は次の殲滅対象たる悪にあなた方、魔王城にいらっしゃる悪魔ゴミ魔王様を殲滅さしていただきます』


 この文書を読み終わった六死天グリメモワールから顔色が徐々に変わっていく。
 主に殺意の篭った瞳にだが。


「こいつら殺しちゃっていいんですわよね?」


 吸血鬼の真紅の瞳を爛々と輝かせながら手を置いていたテーブルを握り潰し、殺戮衝動を解放しているコルデリア。


「いや、今から殺ろう。サクッと。まおーさま馬鹿にしてるし」


 背後の空間を歪ませながらゆらりと立ち上がり、身体中から蒸気を吹き出しながら殺戮人形クルルが機械らしからぬ幽鬼のような視線をマリアベルジュに向ける。


「HAHAHAHA、ダメですね。そんな短気では」


 骨を揺らしながらゆるりと異空間から葉巻を取り出したファンファンニールは黒い炎で火をつけるとどうやってか、吸い込むと口からではなく眼窩から紫煙を吐き出し、さらに異空間から人の頭蓋骨から作り出した杖を取り出しそれで肩を叩きながら再度笑う。


「さて、このハガキを出した馬鹿な世界をぶち壊しにいきましょう。溢れんばかりの呪いを注ぎ込むとしよう」


 ある意味彼が一番ブチ切れていた。
 ファンファンニールの虚ろな眼窩に鬼火が宿り、手にする頭蓋骨の杖がカタカタと笑う。骨がかち合う音が鳴る度に触れれば狂い死ぬような呪いが頭蓋骨の杖から溢れ出る。


 今この会議室にいる六死天グリメモワールの面々の思いは一つ。


『魔王様を殺すとかふざけたことを抜かした輩には死を!』


 この思いに纏まっていた。当然、自分たちが侮辱されていることには苛立ってはいるが一番は魔王様である。


「いいんだろう? マリアベルジュ!」


 ワイン以外の六死天グリメモワールの面々が筆頭であるマリアベルジュに視線を向けていた。
 そんな彼らにマリアベルジュはにっこりと笑う。


「だめです」
『なぜ!』


 六死天グリメモワールの叫びと共に会議室の壁に、天井に亀裂が走る。怒気により抑えきれない魔力が零れ出て物理的な破壊をの爪痕を残した。


「単純なことです。今回は魔王様が望んだことです」
「HAHAHAHA、君はみすみす魔王様を危険に晒すと?」


 ファンファンニールの鬼火がマリアベルジュを今にも襲い掛からんとせんばかりに睨みつける。


「言葉が足りませんでしたね。こいつらには然るべし死を与えます。ですが今ではありません」
「なにか策があると?」


 コルデリアの問いにマリアベルジュは頷き微笑む。


「当然です。それにここにいる六死天グリメモワールが出るのであれば一瞬で報復は済んでしまうでしょう?」
「それは確かにそうかも」


 キルルが頷き、コルデリア、ファンファンニールも同じように頷いた。
 彼らにとって報復対象を消しとばすくらいは朝飯前をもしのぐ容易さでやってのけるからだ。


「こいつらは正義の味方らしいですからね。悪魔がお気に召さないんでしょう。だったら私たちは」


 ニタァと見る者に悪寒と嫌悪感を感じさせる笑みを浮かべマリアベルジュは続ける。


「悪魔らしく王道である正義の味方を叩き潰してあげようじゃありませんか」


 文字通り悪魔のような笑みを浮かべるマリアベルジュと同様の笑みをコルデリア、キルル、ファンファンニールは浮かべる。


「さて、方針は決まりました。では、ワイン。あなたに任務を言い渡しましょう」
『な、何なりと』


 震える文字がボードに書かれたのをマリアベルジュは満足気に頷く。


「安心しなさいワイン。今回のことを別に咎める気は無いわ。なによりあなたは魔王様の願いを叶えたのだから」
『はい(´・ω・`)しょぼーん』
「顔文字はやめなさい。腹が立つわ」
『Σ(・艸・○)ェ!!』
「ぶっ飛ばしますよ?」


 やたらと可愛らしい顔文字ばかり使ってくる首なし騎士デュラハンにイラつく声を出すマリアベルジュ。さすがに身の危険を感じワインも顔文字を使うのをやめた。


『して某はなにをすれば?』
「今回のことは魔王様の勉強にも使えます。ですので魔王様に魔王城のトラップの仕掛け方、使い方を勉強さして欲しいのです」


 さすが教育メイドはこういった時でも英才教育を忘れない。
 了承したように頷いたワインは立ち上がろうとしてガシャンという音を立て膝をついた。


「どうしました? ワイン」


 片膝を付き生まれたての子鹿のように震えるワインにマリアベルジュはといかける。
 ワインはボードに文字を書き、マリアベルジュに見せる。


『足が痺れたぉヾ(;;゜□゜;;)ノ』


 文字よりも先に顔文字が目に入ったマリアベルジュは飛翔。体を捻じり、


「顔文字は」


 足をムチのごとく振り抜き、


「やめなさいと言ったでしょう!」


 身動きの取れないワインの胴体へと叩き込んだ。
 当然よける算段のないワインは蹴りを甘んじて受けることになり弾丸のごとく蹴り飛ばされると会議室の壁どころか数枚の壁をぶち破り破壊音を上げながら会議室からの体質を余儀無くされたのだった。廊下からは他のモンスターたちが惨状を眼のあたりにしたのか悲鳴が聞こえてきた。


(じつはマリアベルジュが一番好戦的だと僕は思うんだかね?)
(キルルもそう思うよ。ツッコミに物理的な攻撃してくるし)
(さりげなく蹴りを入れる瞬間だけ魔力強化してますものね。一瞬すぎてわかりにくいですが)


 ヒソヒソと他の六死天グリメモワールが話している中、メイド服に付いた埃を払ったマリアベルジュは再び椅子へと腰掛ける。


「さて会議を続けますよ」
「会議といってもなにをするんだい? 奴らが来たら迎え撃つ。これ意外になにかあるのかい?」


 ファンファンニールがいつの間にか吸い終わったのか新たな葉巻を取り出し、火をつけながら怪訝そうに首を傾げた。


「無論です。まず戦力差ですがこちらとあちらでは圧倒的な差があるのです」


 その言葉にコルデリアが唇を薄く舐め、瞳に好戦的な色を宿した。


「コルデリア、あなたの思っているのとは真逆ですよ。戦力差は我が方が圧倒的に有利なのですから」
「……だったら準備なぞいらないではありませんか」


 期待外れと言わんばかりに退屈そうな瞳に戻ったコルデリア。そんなコルデリアに同意するようにキルルもうんうんと頷いていた。


「圧倒的に叩き潰しては彼らに絶望を与えられません。僅かながらの希望がなければね」
「君が言うと重みがあるなぁ」


 眼窩から紫煙を吐き出しながらカタカタとファンファンニールは笑う。そんな彼にマリアベルジュは苦笑を浮かべながら続ける。


「まず、現状把握からですが、悲しいことに彼女らではこの城に務めるモンスターでも手に余るということがわかっています」
「それは……弱すぎではありませんか?」


 この魔王城に勤めるモンスターのランクは最低でもA。
 一番上がSSであることから上から三番目の危険度を誇るのである。そしてマリアベルジュの調べた限り正義局の誇る最強の正義の味方である<殲滅天使パルルン>の最高ランクはBであるとわかっている。一番上がAであり、大体はB~Cランクなのだ。
 つまりどうあがいてもランクBの<殲滅天使パルルン>はランクAのモンスターが数千闊歩する魔王城を攻略することができないのだ。


「ではどうするのですか?」
「魔王様は<殲滅天使パルルン>を見たいというのが御希望ですからね。今回は敵のためにアルバイトを準備することにしました」


 敵のためにレベルを落とし、且つ迎撃にアルバイトを使うという考えに六死天グリメモワールの面々は唖然とする。しかし同時に納得していた。我らが魔王様が<殲滅天使パルルン>を見たいという欲望をかなえる為ならばと。


「アルバイトはどこから雇う予定だい?」
「最初は魔王城へ就職予定のモンスターを使おうかと思ったんですがそれでも最低ランクがAでしたのでね。カネパネェ商会から雇います」


 カネパネェ商会はお金で大半のことをやってくれる商会。アルバイトの調達くらいは朝飯前でやってのけるであろう。


「そして今回の指揮をとってもらうのはファンファンニール、あなたに頼みますよ」
「ん? そこはそこの殺気を撒き散らしている二人のどちらかではないのかね?」


 火が付き、紫煙を曇らせた葉巻をコルデリア、キルルに向ける。それを見た二人から睨まれているのだがファンファンニールは気づかない。


「吸血鬼や人形兵はなかなかにコストが高かったのですよ。スケルトンは安くてすみますし、死んだら庭に埋めて肥料にしようかと考えてます」
「凄まじいまでに二次有用だね。マリアベルジュ」


 砕いたスケルトンを肥料にしようと考え悪魔的思想をサラッと述べるあたりマリアベルジュはアルバイトに賃金を払う気は全くないようだ。


「私様とキルルはどうするのです?」
「キルルには予定通り、異世界の勇者が召喚された国を半壊さしてきてください。くれぐれも圧倒的に勝ってはいけませんよ?」
「イエッサー、適当におちょくる」
「そしてコルデリアですがあなたにはファンファンニールと相談した後に魔王城の中身をいじっておいて欲しいのです」
「私様流でよろしいので?」


 マリアベルジュは小さく頷く。
 魔王城は外観と中身が釣り合わない。
 中身は異界と化しており、注ぎ込んだ魔力の量によってある程度自由にいじれるのだ。マリアベルジュはその権利をコルデリアに譲り、迎撃しやすいように作り変えろといっているのだ。


「魔力の制御は私よりも大変不服ですがコルデリアのほうが上手なので」
「ま、まぁ、楽しそうであるからやってあげてもよろしくてよ!」


 舌打ちしそうな表情でしぶしぶと言った様子で言うマリアベルジュとは対象に頬を上気さし紅く染めたコルデリアはうざいくらいのツンデレのテンプレートの受け答えを返してきた。
 そのまま本当に舌打ちをしたマリアベルジュは小さな声で「この吸血鬼風情が」と絶対零度」ともいえる殺気を放っていたがコルデリアは気づかない。


「さ、さて、それでは各自行動開始としようじゃないか」


 ファンアンニールが骨でできた手でカチカチと手を鳴らし周囲に充満しつつある殺気を散らすべくスケルトンであるにもかかわらず明るい声を出す。
 その声で落ち着きを取り戻したマリアベルジュは軽く咳きこむ。


「そうですね。では各自、魔王様への働きを期待します」


 六死天グリメモワールの面々が次々と席を立ち退室していく。
 そんな中、最後の一人となったマリアベルジュへと出口の前で振り返ったキルルは尋ねた。


「そういえばマリアベルジュは何するの?」
「決まっています」


 キルルの質問にマリアベルジュは微笑む。


「抱き枕カバー製作です」
「いや仕事しなよ」


 クルルのあきれた声も瞳にハートマークを浮かべソロティスの画像を見ているマリアベルジュには届かなかったのでした。

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