魔王さまは自由がほしい

るーるー

魔王は逃げ出した! しかし……

「自由時間がほしい」


 魔王私室にて魔王・ソロティスは誰にも聞こえない声でポツリと呟いた。
 ソロティスの眼前のテーブルの上には天井近くまで積み重ねられた課題• •の数々である。
 うんざりとした様子で課題の山をみるソロティスだったが深いため息をつきながらも一冊を手に取る。
 パラパラとめくると見知った人物の書いた文字が目に入ってくる。


「マリア、どうしてこの量ができると思ったんだ……」


 今ソロティスの眼前で威圧感を放ちそびえるテキストの山は全てマリアベルジュの手作りである。


「魔王様のためには一週間徹夜して作りました」


 そういいながら瞳を真っ赤に充血させながら告げられては受け取りたくても受け取らざる得なかったのだ。
 たとえそれが笑顔で死刑宣告をされているとわかっていたとしてもだ。


「逃げよう、今すぐに!」


 ソロティスはあっさりと課題を達成さすことを放棄。
 椅子から飛び降りると小さな体に似合わない真紅のマントを引きずりながら部屋の扉へと向かう。
 しかし、すぐに扉を開けることなく耳を扉へと当て外の様子を窺う。
 外からは特に音は聞こえてこない。
 だがソロティスは油断しない。以前同じ状況で外に出たら笑顔の、しかし瞳が全く笑っていないマリアベルジュに見つかり、実践訓練という名の悪夢を見せられたのだ。
 そのためソロティスは油断しない。あの悪夢を再び見ないために!


「マリアは用心深い、でも同じ手を使うとは思わないはず…… 思わない…… 思わないよね…… そうであってほしい!」


 持ち前の猜疑心が全開で発動しているソロティスはとりあえず少しだけ扉を開け外を確認する。
 隙間から見た様子では周辺に気配を感じない。次は大きく扉を開ける。扉の開く音だけが廊下に響く。
 だが、


「……誰もいない」


 少しだけ落ち着いたソロティスはそのまま廊下を警戒しながら歩く。ただし、壁に張り付き、どこぞの密偵のような動きである。


「……気配がない?」


 一応は最弱ではあるが魔王なソロティス。
 モンスターや人の気配はわかるのだがそれが今は一切感知できていなかった。
 ちなみに六死天グリメモワールは最強の位置にいるので最弱魔王であるソロティスには彼らが本気で隠れたらわからないのであるが。
 しかし、今のこの廊下に一切気配を感知しないというのはソロティスでもわかるほどの異常なのだ。
 ソロティスは視線を動かし窓の外を見た。日はまだ沈むような時間ではなく外には日の光が降り注いでいた。
 嫌な汗がソロティスの顔を流れた。
 昼間から一人もメイドが廊下にいないという異常。
 そして一度それに気づいたソロティスは一気に挙動不審におちいった。


(こ、これはバレてる⁉︎)


 ここで、即座に侵入者と考えないのは彼が魔王城にいるモンスター達の強さを知っているからだ。この城にいるモンスター、一体では無理だが四体位が攻めれば国の一つ位楽々と落とせるほどの強さを持っているということを。
 そう考え神経を集中させると気配とは違う、だが確かにこちらを見ている視線• •を感じ取りソロティスは声にならない悲鳴を上げ、一気に駆け出した。


「捕まってたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 自身の持つ魔力を全て注ぎ込んだ身体強化魔法によってすでにソロティスは常人には見えない程の速度を出しながら廊下を駆ける。たまに廊下を踏みしめる音が聞こえるだけでほとんどその姿は見えない。
 そう、常人には• • • •
 そして魔王城にいるのは常人、いや、普通のモンスターではなくモンスターの中でもエリートな奴らである。
 ソロティスが駆ける速度を余裕で見える程のエリート。
 そんな奴らが音もなく、姿も見せず、完全に気配を消しつつも熱い眼差しをソロティスの背中に向けているのだ。


 《こちらG1 魔王さまは現在廊下を疾走中。汗を流しながら走る姿に萌えます。オーバー》
 《U2了解。魔王さまをこちらでも視認。必死な形相で走る姿にキュンキュンします。オーバー》
 《では我々MKMは魔王様の観……護衛を継続する》


 言葉ではなく思念通信テレパシーで行われている会話。当然、ソロティスには微塵も聞こえないものだ。
 MKM、それは魔 王MAOUさまを  影KAGEから 守 るMAMORU隊の通称である。
『魔王様に余計なストレスを与えることなく過ごしていただく』という考えのもと活動している部隊であるが正直な話、その活動内容は人間でいう悪質なストーカーレベルになっている。
 ソロティスのいない部屋に入り込んだり。(まだマシ)
 ソロティスのベッドから毛髪を取り出しそれを恍惚の表情で口に含んだり、ソロティスの服と全く同じものを手作りしてこっそり入れ替えたりと高度な変態プレイをしているのである。
 MKMの主要モンスターはガーゴイル、動く石像、あとは姿が見えにくいサイレントアサシンという選ばれたモンスターの、さらに一握りの《ステルス》と呼ばれる姿を透明にするスキルを持っているエリートだけなのだ。そのため先に上げた種族への転職希望者が多く、モンスターを転生させる祠である転生の祠にはひっきりなしにモンスターが殺到していて転生担当の魔族が労災を申請して来るほどである。


 《MよりMKMメンバーに通達》


 その思念通信テレパシーが入った瞬間、MKMのメンバーに緊張が走り、動きが止まる。
 MはMKMのトップである下手をしたら消されるくらいのヤバさである。


 《現在、魔王様に向かい高速で接近する反応があります。無力化、いえ、ぶち殺して構いません。私が許可します》


 その言葉を聞いた瞬間、MKMのメンバーは戦闘用のギアを入れる。彼らは変態ではあるがモンスターとしての戦闘本能もあるのだ。


 《いいですか、必ず、必ずぶち殺しなさい。パーツの一つ一つを完膚なきまでに…… あの女、魔王様に近づけてたまるものですか》


 なにやら不穏な言動が聞こえたがいつものことなのでMKMのメンバーは行動を開始する。
 先程ソロティスが使ったのと同様の身体強化魔法、だが質が明らかに違うものを使用し、加速。
 かなり先行していたソロティスの追跡を再開する。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ソロティスの悲鳴が廊下に鳴り響く。
 MKMのメンバーは敬愛する魔王に追いつくべくさらに速度を上げる。
 しばらくすると先行していたはずのソロティスがMKMのメンバーのほうに向かい逆走してきた。
 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり瞳には恐怖の色が浮かんでいた。


 《隊長! 撮影許可を! これはレアです!》
 《ダメだよし! 今は任務に集中しろ後で焼き増しヨロ!》
 《ちくしょう了解!》


 一瞬にして本音と建前の思念通信テレパシーを完了さしたMKMのメンバーはソロティスの護衛係《撮影係》と対象の殲滅班のメンバーに別れた。
 護衛係《撮影係》がソロティスに気づかれずに共に去って殲滅班のメンバーだけがその場に残る。
 そして、殲滅班のメンバーは気づく。明らかにが違うものが来ると。


「まぁぁぁおぉぉぉさぁぁぁぁまぁぁぁぁぁ! 今日こそその綺麗な目玉もらうよぉぉぉぉぉ!」


 迫り来るは死の象徴たる六死天グリメモワールの殺戮メイド人形。
 青いメイド服のスカートをなびかせながら満面の笑みを顔に貼り付け両の手にはナイフを握りしめていて危ないことこの上ない存在だ。
 それが弾丸の如く速度で壁を掛けて• • • • •行く。
 MKMがすかさず跳躍。死の象徴と呼ばれる六死天グリメモワールと言えど魔王様を狙う物に容赦せずに襲いかかる。


「……見えないけど何かいる?」


 気配を完全に消し、さらには《ステルス》のスキルで姿を消しているはずのMKMのメンバーを機械人形のセンサーに頼らず感知した殺戮メイド人形キルルが両の刃を構え、


「見えなくてもいたら斬れるよね?」


 宣言後、疾走を止めることなく笑みを浮かべながらすかさず回転。瞬時に両手の刃による結界が形成され範囲内に存在するものを容赦無く空間ごと切り尽くす。


 《ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!》


 それは跳躍し、キルルを止めようとしたMKMのメンバーも例外なく切り尽くされる。だがさすがはエリート。普通のモンスターならば十回は死んでいるような攻撃を受けてもMKMのメンバーは死にかけているだけであって死んではいなかった。
 ただ色々とぶつ切りにされているだけで身動きが取れなくても生きてはいるのだ。


「斬った? 斬った感じがするんだけどなぁ」


 廊下を滑りながら止まったキルルはナイフを手元で遊ばしながら周囲を見渡すが完全に気配を断ち、《ステルス》の効果で姿も見えないエリート(細切れ)には気づかずに再びソロティスを追いかけるべく振り返る。


「まぉぉぉさぁぁぁぁまぁぁぁぁぁ! 目玉ちょぉぉぉだぁぁぁい!」


 狂気の言葉を発しながらナイフを振り回し、壁を走り去った。
 言葉を発すれば殺されると思っていたMKMのメンバーは死の象徴キルルの声が聞こえなくなるまで沈黙を守り、完全に遠のいたのを確認し息をついた。
 身動きの取れなくなった動く石像は任務を果たそうと思念通信テレパシーを護衛隊のほうへ飛ばす。


 《こ、こちらU2、対象の殲滅に失敗! 繰り返す、対象の殲滅に失敗!》


 《やっべぇ! 魔王様マジ涙目! 激レア!》
 《ちょ! それ! 私もほしい! 焼き回し焼き回ししなさいよ!》
 《おお⁉︎ その角度もいい!》
 《魔王様の汗入手! これはいいものだ!》


 返ってきた思念通信テレパシーはとてもとても楽しそうな魔王様にバレないようにしている撮影会の様子でした。


 《き、きさまら……》
 《あ、U2さんおつでーす》
 《足止めできました?》


 とんでもなく軽い口調で言ってきた護衛隊《撮影隊》に軽く殺意を湧かせながらも報告を続ける動く石像。


 《作戦は失敗だ、六死天グリメモワールのキルル様が、そちらに向かっている》
 《《……》》


 思念通信テレパシーからはワイワイとしていた気配が消え、不気味な沈黙が流れる。


 《グッドラック! (≧ω≦)b》
 《ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!》


 思念通信テレパシーから絶叫が聞こえてくるのを殲滅班のメンバーはにやにやと笑ながら聞いていた。
 やがて、絶叫が止まると、


「さて、諸君、護衛隊の戦利品を奪いに行こうじゃないか」
『異議なし!』


 さっさと略奪しにいくことを決めた殲滅班メンバーはいそいそとバラバラにされた体を繋ぎ合わせる作業を再開する。
 狙うは《魔王様の汗》!

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