魔王さまは自由がほしい

るーるー

勇者が来た!

 薄暗い廊下にガシャガシャと金属音が響き渡っていた。
 音の発信源は四人。
 一人は白銀の鎧、手には輝かんばかりの光を放つ長剣を持つ小柄な男。
 一人は自身も巨大な体を持ち、更には背中に身の丈を越す大きさの槍を持つ戦士風の男。
 一人は神官服、手には長尺をもちオドオドとする少女。
 最後の一人は魔女、かなりの魔力を周囲に撒き散らしつつ長杖を構え警戒する女。


 彼ら一人一人が並の冒険者以上の実力者を持ちながらも警戒し、進む場所。


 魔王城であった。


「しかし、本当に魔王はいるのかね?」


 戦士風の男が周囲を警戒しながらも軽口を叩く。


「いや、確かにそうかもしれないけどね」


 そんな戦士風の男に白銀の鎧を纏った男は苦笑を浮べる。
 魔王サントリードは死んだのだから。
 急死だった。
 死因は絶笑ダケと呼ばれる魔界の特産キノコ(食べたら笑いが止まらなくなるほどうまい!)の食べ過ぎによる笑い死にと。
 魔王としてはなんとも情けない最後であった。


「でも二代目魔王が出たって神託がおりたわですし……」


 オドオドとしたようすで神官の少女が答える。
 二代目魔王。
 精霊が教会の巫女に下した神託、『ニ代目魔王現る』
 魔王がどういう理由で発生しているかわからないが精霊から信託を受けた巫女には絶対の信頼がある。
 そのためこの四人のパーティ、勇者パーティが魔王城に派遣されたのである。


「確かにこの魔王城、魔力の密度が濃いからね。魔王がいてもおかしくないよ~」


 楽し気な口調で視界に入ってきた魔物に向け魔法を放ちながら魔女は言う。
 すでにこの魔王城に入ってから幾度となく魔物と交戦し、勝利を収めてきたわけだが、その魔物のどれもが人間の住処に出てきた場合ならば天災規模になるようなレベルのものばかりだった。
 それを事もなさげに処理しているこのパーティのレベルの高さをうかがわせる。


「まぁ、魔王がいるならさっさと倒して帰りたいものだ」
『同感』


 すでに魔王城はあらかた探索しており魔法で封印が閉ざされた扉の先以外はマッピングも済んでいる。あとは他の冒険者でもいけるだろうが一応は探索を続ける一向。


 警戒しながらも魔物を撃退していく一向。なぜか魔物をが「ウワーヤラレター」となぜか棒読みで倒れるまたは逃げ帰っていくが全く気にしない。
 強いて言うなら『俺たちTueeeeee!』と思うくらいだった。
 そうして歩きようやく装飾過美な扉の前に四人は立った。


「ここが最後だね」


 四人は無意識に息を呑み、体に緊張が走る。
 白銀の勇者が手を扉に当て、力を入れいつでも開けれる状態にした後、後ろを振り向く、仲間の三人は準備ができたのか小さく頷く。それを確認し男は扉を開いた。


「魔王、覚悟!」


 扉が音を立て開くと同時に勇者は手にした聖剣を構え中に滑り込むように駆けた。仲間もそれに続く。


「た、たすけてぇぇぇぇ!」
『はぁ?』


 扉の中に入り警戒した瞬間間抜けな声が勇者パーティの耳に入ってきた。
 同時に今にも泣き出しそうな顔をした少年が勇者パーティに向かい飛び込んできた。


「なんだ、コイツ! 魔族か!」


 戦士が警戒、手にしていた槍を飛びこんできた少年に対し向ける。
 それを勇者は手で制止、顔を涙でグシャグシャにした少年に視線を向ける。
 高そうなマント、真紅の髪、そして魔族の証である鮮血のような色をした瞳があった。


「お前が魔王……」
「あ、あなたが勇者でしょ? 勇者なんでしょ?」


 少年は必死の形相を浮かべ勇者にしがみついてきた。


「ちょ、お前、離せ」


 勇者は必死に少年を引きはがそうとするが細身の割りに力が強くなかなか引き剥がせない。


「 俺を助けてくれたら魔王城あげるから! マジで! 僕、魔王だからそれくらいの権限が……あったかもしれない!」
『どっちなんだよ!』


 全員で突っ込んだ。
 意外と少年も必死だった。


「ま、魔王かくごー」


 全員が戸惑いながらもそれぞれの武器を魔王にトドメを刺すべく構えた。


「僕は降伏するよ! なんなら魔法制約ギアスを使って魂を縛ってもいい! むしろ縛られたい! だからお願い! 六死天グリメモワールを倒してくれよ! 僕を自由にしてよぉぉぉ!」


 涙が血涙に変わり、魔王? の魂の絶叫が広間に響き渡る。
 いかに魔物を虐殺してきた勇者パーティと言えど罪悪感に似た何とも言えなさが胸にこみ上げ武器を握る手から力を抜く。


「お前らが勝ったらなんでも用意する! 世界の半分なんてみみっちいこと言わない! 全部! 全部やるから!」


 コツコツコツ


「ひぃ⁉︎ きた!」


 魔王が逃げてきた広間、その更に奥にある閉じれた扉の方から靴の音が聞こえる。
 そして同時に濃密な魔力が侵食してくるかのように勇者達の肌にまとわりつく。


「すごい魔力だよ」


 今まで笑ながら魔物を葬ってきた魔女が軽い口調ではなく緊張した声で警戒を促す。
 魔王はというと足音が響くと同時に勇者の背後にプライドなどないかのように体を小さくして隠れた。
 そんな魔王を勇者達は冷めた目で見ながらも武器を構え足音の主に対し警戒を強めた。
 やがて、足音が聞こえなくなり、変わりに扉が古めかしい音を鳴らしながら開かれ、音の主が姿を見せた。


「……メイド?」


 神官が疑うかのように声を上げる。
 扉を開き出てきたのは紫色のメイド服を着た青い髪、真紅の瞳をした少女だった。
 頭にはヘッドレス、手にはモップという完璧なメイドだった!
 メイドは不機嫌そうな瞳で勇者達を無遠慮な視線を送り、勇者の後ろでガタガタと震える魔王を発見するとパッと花を咲かしたかのような笑顔を浮かべる。


「まおうさま♥︎」


 メイドに魔王と呼ばれた瞬間、勇者の後ろで震えていた魔王が一際大きく体を震わせる。


「ひぃ! ♥︎こわい! ♥︎こわいよぉぉぉ!」


 コツコツ


 足音が響く度にビクビクと魔王が震える。
 対し、メイドは満面の笑み。


「あれほど部屋の中でさっかーをしてはいけないと言いましたわよね?」
「し、仕方ないんだ! W杯がわるいんだよ! ブラジル代表が悪いんだぁぁぁぁぁ! 異世界のスポーツを一緒に見ようと言ってきたコルデリアが悪いんだぁぁ!」


 恐怖が限界値を振り切ったのか突然立ち上がり地団駄を踏み始めた。


「勇者! 助けて! あなた!勇者なんでしょ!弱いやつの味方なんでしょぉぉぉ!」
「いや、お前魔王だろ……」
「魔王が強いとか、何時何分何秒決まったんですか⁉︎」


(うわぁ、めんどくせぇ!)


 勇者達は全員が寸分違わずに同じ感情を魔王に覚えた。
 ただ、メイドだけは違ったようで何故涙を流していた。


「ああ、ぼっちゃまの教育係になって三百年、他人のせいにするという悪魔的所業、このマリアベルジュ、感動のあまり涙が」


 何処からかハンカチをとりだし、メイド・マリアベルジュは目元を以下にも演技と言った様子で拭う。
 そんなマリアベルジュに対し剣を構える勇者。


「失礼ですがあなたは?」


 勇者に話しかけられた瞬間、マリアベルジュは魔王に向けていた華のような笑顔を一瞬でしまい込み、生ゴミを見るかのような視線で勇者を刺し貫く。


「ゴミ風情に名乗るのも嫌ですがここまで来た褒美でとして我が名を受け取りなさい。
 我が名をは六死天グリメモワールの一角、マリアベルジュ。すぐにさよならですがお見知り置きを」


 優雅にスカートを掴み勇者達に一礼をするマリアベルジュ。


「では、六死天グリメモワールとして職務を遂行いたします」


 ため息を尽きながらクルクルとモップ回し、槍の如くメイドが構える。それと同時に先ほどよりも濃く、深く、黒い魔力を放つ。
 勇者達もその魔力を視認、威圧感を感じるがさすがは勇者パーティ。緊張をしながらも体に染み込んだフォーメーションを取る。


「先手必勝! ファイアーランス!」


 魔女が杖を振るい杖の先端から槍の形をした炎が放たれ、メイド目掛けて飛翔。


「リーンフォース! アタックアップ! マジックガード!」
「はぁ!」
「てぃ!」


 神官が戦士、勇者に身体強化系の魔法を付与、それを合図にするかの如く勇者と戦士が増幅された力を解放。踏みしめた足が床を砕き、放たれた矢の如くメイドに向かい聖剣、槍を突き放つ。


 魔女が放ったファイアーランスをマリアベルジュはゴミをはたき落とすようにモップで叩き、ファイアーランスは消失。本来なら爆発するはずの魔法が不発に終わることで魔女の顔が驚愕に歪む。
 魔法を叩いたモップが赤熱。そのモップを回転さし赤熱したモップ側を魔女に向け、マリアベルジュはつげる。


「ファイアーランス」


 マリアベルジュの言葉と共にモップの赤熱部分から先ほど魔女が放ったファイアーランスよりも遥かに強大なファイアーランスが魔女に向かいお返しと言わんばかりに放たれた。


「なぁ⁉︎」


 ファイアーランスの進路上にいた勇者、戦士が絶句、疾走途中であったが全身の力を込め超人的身体能力で左右に跳躍。先ほどまでいた空間を巨大なファイアーランスが通過。


「え……」


 超人的身体能力を得ていない魔女は呆然とした声を上げながらもファイアーランスに飲み込まれ一瞬にして焼失。
 辺りに肉の焦げた匂いが充満する。同時に魔王の無様な悲鳴も広間に広がっていく。


「あら、呆気ない。魔法使いでもカウンター対策はしないと行けませんよ?」
「貴様ぁぁぁぁぁ!」


 戦士が咆哮を上げ、爆走。渾身の力を込めた突きが放たれ、空気を削る。


「いい攻撃です。ですが」


 線の攻撃を円で躱す。体を回しマリアベルジュは槍の攻撃を躱し、戦士に瞬きの間に肉薄。


「所詮は筋肉の塊です」


 密着した状態で手刀を作ると戦士の体へ文字通りに突き刺した。
 戦士の背中からマリアベルジュの手が現れ、周囲に紅い雨を降らし鮮血の華を咲かす。


「ぬぁぁぁぁぁ!」


 次に勇者が聖剣に魔力を迸らせながら疾走。
 戦士の体を貫き身動きが取れないマリアベルジュに戦士ごと両断をすべく全力で振るい、白金の閃光を輝かした。


「ほい」


 マリアベルジュは手刀ではないほうの手に収まるモップをただ無造作に振り抜く。
 そのモップは濃密な闇の魔力を宿しており勇者の白金の輝きを迎え撃つ。


「あ、しまった」


 マリアベルジュの発した言葉の意味はすぐにわかった。
 モップの魔力はあっさりと白金の輝きを粉砕、聖剣を軽々と砕き、更に勢いを落とすことなく勇者、そして後ろで震える神官をも飲み込んだ。


「勇者ぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


 勇者が闇に飲み込まれた瞬間、魔王がさながら物語のヒロインのごとく絶叫。


「魔王さま、往生際が悪いですよ」


 モップを軽く振るい、再び笑顔で魔王を見るマリアベルジュ。
 その笑顔に魔王は震える。


「ま、待て……」
「勇者!」


 もう本当にヒロインな表情で息絶え絶えの勇者を見る魔王。マジヒロイン。
 再びゴミを見る目になったマリアベルジュが靴音を響かせながら勇者の元に向かっていく。
 見下された勇者は憎悪に満ちた瞳をマリアベルジュに向ける。


「お、俺達が倒れても第二、第三の勇者が……」
「うるさいです。ゴミ」


 ゆっくりと振り上げられたモップを勢い良く勇者の頭に叩きつけ潰れたザクロのようになる勇者。


「ああ、勇者! なんでだ勇者!」
「いや、あなたもいい加減魔王の自覚を持ってください、
 いつまでヒロイン気取りですか。……そこが愛らしいんですけど」


 呆れたように言った言葉だったが最後の言葉だけが小さくマリアベルジュが頬を赤く染めたことに魔王は気づかない。
 ただ呆然としているだけだった。


「では戻りますよ」
「ああ、またダメだった」


 呆然としている魔王は首元を掴まれると引きずられるようにマリアベルジュに連行されていく。
 魔王の纏う高価そうなマントも血で汚れるがマリアベルジュは気にすることなく引きずり続ける。


「ううう、僕は自由時間がほしぃんだぁぁぁぁぁぁ!」


 引きずられながら魔王の悲痛な叫びが魔王城に響くのであった。

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