エルフさんが通ります

るーるー

誘惑する相手って

 スラムから戻りようやく見たことのある道に出るとすでに日が傾き始めていました。思っていたより時間が経っていたようです。


「なんだか話ばかり聞いていてつかれましたね。でもいいことしましたね」
『リリカにしては珍しくね』


 宿へと戻る途中の帰り道、そこいらにある屋台からやたらといい匂いが漂ってくるので私は躊躇うことなく購入。いろいろと買い食いをしながら私は呟きます。


『はむはむ、でも目的は果たせたんでしょう?』
「いや、そうですけどね」


 果実を食べながらご満悦なくーちゃんですがいい加減私の頭の上で食べるのをやめてほしいんですよね。さっきからすごく食べこぼしが頭に落ちてますし。


「とりあえず、今日は帰ったらぐっすりと眠るとしましょう。話を聞くというのは疲れるものですからね」


 最悪、頭だけは洗っておかないと不味そうですがね。そんなことを考えながら宿へ歩みを進めていると宿の前にやたらと豪華な馬車が止まっていることに気づきます。それと同時に脳内に警鐘が鳴り響きます。


「……嫌な予感しかしませんね」


 人里に出てから知りましたがやたらと豪勢な装飾が施された馬車というのは貴族が乗ることが多いようですし、その貴族がわざわざ普通な宿屋に馬車で乗り付けるということはかなりのことです。つまりは厄介事。
 ため息をつきながらも帰る所は宿屋でしかないわけですから足取りが重くなりますね。


「あ、リリカさん」
「ゼィハ、…… どうしました?」


 宿屋からヨロヨロとよろめきながらゼィハが姿を見せました。それはもう疲れ果てたといった様子で。


「シェリーが来てますよ。あたしは疲れたんで何か食べ物を買ってきます」
「そ、そうですか」


疲れた様子のゼイハを見送り、意を決して宿屋の中へと入ります。


「さぁ、リリカさん! あなたにふさわしい物を持ってきましたわ!」
「嫌です!」


 部屋の扉を開けた瞬間、満面の笑みを浮かべたシェリーが手をこちらに向かって振ってきたのを見て私の警鐘が最大レベルで鳴り響きました。その警鐘に従い勢いよく扉を閉めると瞬時に強化魔法を使いその場から離れるべく全力で飛びます。
 そして私が飛び退くと同時に扉がぶち抜かれほっそりとした腕が私の足を寸分違うことなく掴みます。


『「えぇぇぇぇぇ⁉︎」』


 強化された私の跳躍をものともしない速度で伸ばされ掴んだ腕を見ながら私と頭上のくーちゃんは悲鳴をあげます。
 変質者がでたために違う部屋に変えてもらいちゃんとした扉だったものが無残な瓦礫へと変わる中、穴の空いた扉から爛々と輝く瞳と目が合いました。
 こんなことを容易くやる奴なんて恐るべし。


「あーリィィエェェぇるぅぅぅ!」
「すいませんリリカ様、私は着せ替え人形になりたくはありませんので」


 全く申し訳ないと思っていなさそうな声色で謝ってきたアリエルに引っ張られ私は扉の穴が空いていない部分に引き寄せられ、扉をさらに破壊するかのように叩きつけられます。


「ぴぎゃ⁉︎」
『ぷぎ⁉︎』


 いかに体を魔法で強化していると言っても無敵ではありませんから体全体に痺れるような痛みが走ると同時に頭上のくーちゃんと共に悲鳴を上げ、扉を壊すようにして部屋の中に引きずり込まれました。


「お嬢様、リリカ様がいらっしゃいました」
「ありがとうアリエル」


 床に叩きつけられた後に痛みで声も出せず身悶える私を一瞥したアリエルはシェリーに向き直り一礼をしていました。いつか絶対やり返してやる。


「それでリリカさん! これどうでしょうか?」
「いやだ! 着ないよそんなの!」


 シェリーが私に見せてきたのはやたらとヒラヒラがたくさんついたドレスでした。あれです。どこかの王族が着るようなドレスです。あんなのきたらまともに走れる気がしません。


「これを着てリリカさんは剣聖を誘惑するんですよ!」
「ねぇ、聞いてる? 私の話聞いてる? いやだってば」


 こんなヒラヒラした服を着て歩くだけで街の中で注目されてしまうじゃないですか。しかもこんな服で誘惑される奴なんているはず……


 そこまで考えて一時的に思考が止まりました。つい最近一回会っただけにも関わらず熱烈にこちらにアプローチをしてくる奴が脳裏に浮かんだためです。


「……その誘惑する相手ってまさか……」
「ええ、女性の敵と呼ばれている剣聖もとい剣性ビーチ・クイックですわ」


 予想していた名前がシェリーの口から飛び出してきたことで私はおそらくは嫌そうな顔をしていたことでしょう。


「嫌ですよ! あんな変態となんて!」
「あらすでに面識がお有りで? なら話が早いですわ」


 シェリーが微笑みながら軽く手を叩きます。瞬間、私は床から飛び上がりシェリーの前へと出たアリエルへ最大限の警戒を向けながらぽちの柄を握ります。今度はヘマを晒すつもりはありません。ドジを踏めばあんなドレスを着させられる羽目になるんですから!


「素晴らしい反応ですリリカさん。ですが、注意を向ける相手が違いましたね」
「相手が違う?」


 シェリーの言葉を聞き返すと同時に背中に何かを突きつけられるような感触の魔力を感じ取り後ろを首だけ見えるように動かすと小さな黒い影が二つ飛びかかってきたのでした。



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