エルフさんが通ります

るーるー

剣聖ってお金持ちですよね?

「美育乳首アタック!」
「は?」


 立っているのも辛くなるような威圧感を放ちながらもよくわからないわからない言葉を叫んだビーチに私は間の抜けた声をあげてしまいました。
 無論、そんな隙には関係なくビーチの放った腕はすでに振るわれており間抜けな声を出した分だけ私の反応がわずかに遅れます。その間にもビーチの手は私の腕を掴む…… わけでなく素通りすると私の体へと伸ばし完全に私の眼で見えない速度に達し、


「へ?」


 再び自分でも驚くくらいの間抜けな声が上がります。
 そして硬直。
 私の反応を超えた動きでビーチがやったのは両手の人差し指で私の服を突く姿勢で止まっていました。。しかも、私の服越しにも関わらず私の…… 私の胸を!


「はっはっは! ジャスト乳首!」
「……何してくれてやがるんでスカァァァァォァ!」


 ふつふつと湧き上がる怒りの感情に任せたまま私は魔力を込め軽い鈍器と化している拳を払うように横薙ぎに振るいます。それを軽々と笑いながら躱すビーチ。しかし、一撃で終わらす気などなく私もビーチを追いかけ全身を覆う魔力を増やし跳躍し拳を放ちます。ですがどういうわけな私の拳は容易く躱され、それどころか合間合間にビーチまた手が消え、胸が押される感触がします。


「あ、あなた、殺します!」


 床に着地すると私は胸元を隠すようにしながら同じようにしかし優雅に着したビーチを睨みつけます。なぜかぼやけて見えます。


「ふむ、言ったはずですよ? レートを上げると」


 ニタァと笑うビーチに凄まじいまでの殺意が湧き上がります。


「む、胸を触るなんて!」
「慎ましい胸ですね」


 ぶちっという何かが切れる音が脳内に響いた気がしました。


「それに僕が突いていたの胸ではありません! 乳首です! 胸など乳首を乗せるための器でしかないのですよ!」
「へぇ……」


 自分で思っていたより平坦な声が出ました。私は非常に冷静です。ええ、かなり冷静ですとも。魔力とは別の金の輝きが私を覆っていても素晴らしいほどに冷静ですよ。


「僕の技、美育乳首アタックは通常は剣で行うんですがね? 野郎なら乳首というか的確に胸を一刺しですからまさに一撃必殺になるわけですが」
「そうですか……」


 全身を覆う魔力とは別に今私の体を覆っている金の輝きを混ぜ合わすようにして再び体を覆うようにしていきます。よくわかりませんがうまくいったのか体を覆う力がより一層強くなった気がします。


「ですが女性は別です。女性の乳首は優しくケアして差し上げなければ」


 なぜか周囲からは黄色い声援と男の歓声が上がります。


「さすがだぜ! 剣聖ビーチ!」
「ああ、明らかに強いであろう技をそんなくだらないことに使うなんてな!」
「奴こそ剣聖の中の剣聖! いや、剣性だ!」


 帝国の人たちは完全に頭が壊れてるとしか言いようのない状態ですね。


「さて、」
「うん? ついに僕とディナーをとる心の準備ができたのかな?」


 この後に及んでまだふざけたことを抜かす剣聖様に鏡に映った私の額に青筋が浮かぶのがよくわかりました。ついで表情もかなりイッちゃってる顔になっていましたがきちんと確認する前に鏡が割れました。


「ええ、あなたを殺す覚悟が決まりましたよ」


 再び拳を構え、決意を口にしたことのせいか体を覆う魔力と輝きの勢いが増します。私の魔力は少ないですからこの量を使い続けれるのはあと少しですね。


「ふむ」


 構えを取りながらも少し思案するような素振りを見せながらビーチはすぐに腹の立つ笑みを顔へと貼り付けてきます。


「ならば君の殺意を打ち砕きディナーに誘うとしましょう」
「狂人ですがそのひたむきさは嫌いではありません。嫌いじゃないだけでか吐き気はしますがっ!」


 先ほどのように合図を待つことはせずに私は床を蹴破り風を切り裂くようにして一気に距離を詰めます。結構軽くいったつもりでしたが思いの外力が出ましたね。その速度は今まで強化魔法だけ使っている時よりも速く鋭いものでした。
 驚愕したのは私だけではないようで構えていたビーチも目を見開いています。ですが見えているようでしたので躊躇うことなく拳を顔面へと振るいます。


「ちっ!」


 短い舌打ちとともにビーチが私の拳を打ち払いすかさず両手で胸を、乳首を触ろうとしてきます。この後に及んでまだ触ろうとしてくるとはどこまで執着があるんでしょう?
 しかし、先ほどはギリギリ見えるか見えないかのレベルだったビーチの変態技でしたが今ははっきりと見えます。
 そのため、打ち払われた手をすかさず返し再び魔力と金の輝きを集めた拳を私の胸を突こうとしていたビーチの両手首へと鈍器を振り落とすかのように叩きつけます。


「へ?」


 間抜けな声と鈍く建物を震わすような振動を感じながら私は両の拳を振り下ろしたままの姿勢で固まります。
 ……骨は何度か折ってきましたが明らかに今までと異質、どちらかと言えば破砕音に近い音が響き、恐ろしいまでの速度でビーチが床に減り込んでいくのが見えました。そのせいか私の眼の前には人の形をした穴が空いており、中をそっと覗き込むと腕があらぬ方向に曲がり白目をむいている剣聖様の姿がありました。


「…… 剣聖ってお金持ちですよね?」


 すでに宿屋としてはかなりの致命傷、床は砕かれ、度重なる攻防で壁には亀裂が入り挙句に店のど真ん中に人型の穴が空いた宿屋の弁償金を考えて私は恐る恐る口に出すのでした。

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