エルフさんが通ります

るーるー

生きているだけ運が良かったということで

 死ぬ瞬間というのは物事がゆっくり見えると聞いたことがありますが信じていませんでした。今までは。
 今、船体に向かい振り下ろされているものである、おそらくはアーマードク・ジラの尾ひれを見上げながらそんなことを考えます。
 落ちてくる水滴の一粒でさえ今の私ならば見逃すことがない。それほどまでに世界がゆっくりと感じられます。


「うーむ、死ぬ前とはこんな感じなんですかね?」


 ゆっくりとこちらに向かい降ろされてくる尾ひれを見ながらつぶやきます。


『死ぬこととは呆気ない。ま、わし、死なないけどな! by長老』


 なぜか長老の言葉を思い出し微かな苛立ちを覚えます。


 あのジジイをぶち殺すのは私です!
 怒りというのは時として原動力となるものだと今知りました。ですが危機的じょうきょうであることは変わりません。こちらに迫る尾ひれは変わりませんし秘めていた力が解放されるなんておとぎ話のような展開もありません。
 ただ睨む。無論、体は動かしていますが速いのは思考だけであり今の感覚では虫が止まるような動きしかできません。
 それでも向かいくる尾ひれに向かい手を伸ばしていきます。
 大きくなるが手に触れる瞬間、伸ばしていた私の腕がに弾かれ変な音が響くと共に生じた痛みに私は顔をしかめます。しかし、アーマードク・ジラの尾ひれは私以上に無残なことになっているのに腕を弾かれながらも気づきました。
 びちゃりという音が続いて聞こえ、甲板、そして感覚が元に戻った私の顔に真っ赤な血が付着してきます。
 振り降ろされた尾ひれは何かに焼き切られたかのようにいくつもの穴が開けられており半端途中から両断され血を撒き散らしながらくるくると回転し空を飛び音を立てながら甲板に転がり肉の焦げた匂いを周囲に漂わせています。


「おいしそうな匂いではないですね」
「やーん」


 未だに頬ずりしてくるフィー姉さんを引き剥がし痛む腕をさすりながらつぶやきます。


「おう、ロリエルフ! 危ないところだったな」


 元はといえばバカが元凶なわけなんですがそんなことを感じさせないような爽やかな笑みを浮かべているんでしょうね。
 げんなりしながら声の方へと振り返ると案の定というか想像通りといった具合にムカつく笑みを浮かべているバカ勇者の姿がありました。しかし、私の視線はそのむかつく勇者ではなくその手に握れている武器へと向きます。
 その武器は明らかに腰につるされている鞘よりも大きな刀身を晒しています。


「それが聖……」
「ちょっとカズヤ! リリカちゃんとの至福の時間を邪魔しないでよ!」


 私が尋ねる前に血を撒き散らしながらフィー姉さんがおそらくは聖剣であろう剣を鞘に収めようとしていたカズヤへと詰め寄っていきます。


「なんでって、危なかっただろ? アーマードク・ジラの尾ひれに気づいてなかったみたいだったし」
「気づいてました〜! ちゃんとぶつかる寸前で闘気オーラ貼る予定でした〜」


 フィー姉さんが不貞腐れたような感じで言い返しています。確かにフィー姉さんならば闘気オーラで防御することも可能なのでしょう。


「勇者、あなたの聖剣で?」
「斬ったのは俺だ」


 両断したとあっさりと宣言してきますが普通ならあっさりとはできないと思うんですがね。
『斬った』という部分を強調しているところを考えるとあの尾ひれに空けられた穴は違うということなんでしょうね。


『早く早く!』
「そんなに急がなくても大丈夫だと思います。リリカさんですよ? 彼女なら殺しても死にませんよ」


 くーちゃんに急かされるようにしてやる気のなさそうな顔をしながらゼィハがやってきます。その手には以前使いなくなったはずの人工古代魔導具アーティファクトの小さな物を見る見る兵器スモールウェポンが握られています。確かあれはゼィハが自分で作った物と言っていましたからね。また作ったんでしょう。


「ま、あたしは作り直した小さな物を見る兵器スモールウェポンの実験ができましたから問題ないですがね」


 目の下に隈を作りながらも笑うゼィハですが明らかに睡眠不足の健康不良であることがよくわかります。


「まぁ、助かりましたよゼィハ」
「珍しいですね。あなたが素直に礼をって…… 怪我までしてるんですか?」


 驚いたように目を見開いたゼィハが私のへし折れた腕を注視してきます。
 まるで私が怪我もしないような物言いですね。


「あのですね。私も普通のエルフなんですよ? 怪我もします」
「普通ならそうですよ。ですがあなたは明らかに普通ではないでしょう」
「人外みたいなもの言い方はやめてください」


 いえ、確かに人外なんですけどねエルフですし。人じゃないですし。


「しかし、これどうしましょうかね」


 船の上には血をぶちまけた尾ひれが転がっていたりそこいらじゅうに血溜まりができていたり、甲板にいたお客さんたちは総じて返り血を浴びて血まみれですし。
 船汚したことで怒られなかったらいいんですけど。


「ま、生きてるだけ運が良かったということで」
『軽いなぁ〜』


 血まみれのままは気持ち悪いので私は水浴びをするべく部屋に踵を返すのでした。


 ちなみに夕食はアーマードク・ジラの焼いたものが出されましたがあんまり美味しくなくフィー姉さんに譲ると「リリカちゃんの食べかけ! はぁはぁ」とか危ない発言をし涙を流しながら食べていました。

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