エルフさんが通ります

るーるー

というか臭い! 臭いですから!

「魔力吸われてるのね〜」


 全身に闘気オーラを纏ったフィー姉さんですが少し面倒くさそうにしています。やはり魔力がないと戦いづらいのでしょうか?


「ま、いっか」


 軽くつぶやくとフィー姉さんは全身に覆うように展開していた闘気オーラを四肢にのみ集め始めます。闘気オーラが見えにくい私でさえもよく見えるほどの凄まじいまでの密度です。


「こんなものかな」


 四肢のみに集められた闘気オーラに覆われた腕を軽く動かし調子を確認しています。
 それを待ち構えていたかのように水面が再び音を立て、アーマード・クジラが姿を現しました。
 まともに見ると恐ろしいまでの大きさです。まともに船に乗り着けられると完全に潰れるでしょうね。


「あら、おっきいわね〜」


 悲鳴があがり続ける中フィー姉さんだけは呑気な声をあげ拳を作り腰を落とします。


「ほっ」


 軽い声とともに私の視界からフィー姉さんの姿が掻き消えます。続いてパァンという軽い音が響きそちらに目を向けると巨大なアーマードク・ジラが海に向かい倒れこむところでした。さらにその倒れこむアーマードク・ジラの前には拳を振り抜いた姿勢でいるフィー姉さんの姿があります。
 おそらくは闘気オーラで強化した脚で跳躍したあとに無造作にやっぱり闘気オーラで強化した拳をつきさしたのでしょうね。アーマードク・ジラの顔、吹き飛んでますし。


「思ったより脆かったわ〜」


 ドンという音ともに甲板を凹ましながらフィー姉さんが衝撃を殺すように片膝をつきながら着地します。あの程度の高さではフィー姉さんならなんなく着地できるんでしょうね。


「なんていうか明らかなレベル差みたいなものを感じますね」
「姉御と比べると馬鹿らしくなるからやめたほうがいい」


 いつの間にか気配なく私の横に姿を現したのは相変わらずボサボサ頭のヴァン君です。彼の呆れたような顔を見る限り彼も馬鹿らしくなったんでしょうね。確かに今の光景を見せつけられると腕の立つ者や自尊心の高い者ならば悔しがるようなものですからね。


「リリカちゃ〜ん、褒めて褒めて〜」


 ピチャピチャて水音を垂らしながらこちらに向かい笑顔で歩いてくるフィー姉さん。いつもなら普通に対応するんですが今日はフィー姉さんが一歩進むたびに私は一歩後ろに下がります。


「な、なんでお姉ちゃんから逃げるの⁉︎」
「いや、そんな泣きそうな顔をしないでください」
「なら、なんでそんな風にお姉ちゃんから逃げるの!」
「自分の姿を見一度鏡で見てから行ってください!」


 詰め寄るフィー姉さんから逃げる理由。それは今のフィー姉さんの服の状態にあります。ただしくは全身のであるかもしれません。
 今のフィー姉さんはアーマードク・ジラの頭を粉砕したばかりであり全身余すところなく血まみれなのだ。さすがに血まみれのまま抱擁を受け止めるほど私は神経は図太くありません。なにより汚れたくありません。血生臭いですし。


「リリカちゃあぁん! お姉ちゃん嫌いにならないでぇぇぇぇぇ!」
「だから離れてと言ってるんです! というか臭い! 臭いですから!」


 なんだか里で見た彼女に捨てられるのを必死にすがっている彼氏を見たのを思い出しますね。
 まさか自分が同じような境遇に置かれるとは思っていませんでしたが。
 すでに私の服はアーマードク・ジラの返り血でべったりと汚れています。フィー姉さんの服も私と同じエルフの服ですから太陽に当ててれば綺麗になりますが汚れている間の不快感は半端じゃありませんね。
 泣きながら私の足に縋り付いてくるフィー姉さん。姉としての威厳がどこにも見当たりません。


「わかった! わかりましたから! 頭撫でてあげますから離れてください!」


 縋りつかれている足がメキメキと嫌な音を立ててますし地味に痛みを感じ始めています。
 こちらから折れとかないと私の足が折られます。いや、比喩とかではなく確実に。


「本当!」


 ぱっと明るい表情を浮かべたフィー姉さんが笑みを浮かべながら頭を差し出してきます。対して私は嫌そうな顔をしながら血まみれのフィー姉さんの頭に手を乗せます。
 うう…… 髪は濡れてるし血生臭いし最悪です。


「エへへー」


 幸せそうな顔をしてますが私は死ぬほど不機嫌ですよフィー姉さん。
 そんなフィー姉さんから逃れるように視線を変えると海から巨大なものが立ち上がってくるのが見えます。


 それはゆっくりとした動きですが徐々に垂直に立ち上がり、やがてまっすぐになると止まります。瞬間、私の脳内に凄まじいまでの警戒音が鳴り響きました。あれはやばい! そう確信するほどの直感。そしつそれは今まさに現実のものとなろうとしているのです。
 垂直に立ち上がっていたものが徐々に勢いをつけながら私達の乗る船に向かい振り下ろされました。


「のおおおおおお⁉︎」


 当たれば即死するであろう一撃を見上げながら私は無様な悲鳴を周囲のお客て同様にあげるのでした。

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