エルフさんが通ります

るーるー

子供の夢ぶち壊しですね

「あがぁぁぁがぁ⁉︎ ふ、フィー?」


 悲鳴を上げながらもカズヤと呼ばれた変態は目の前で自分の足をあらぬ方向へと再び曲げた元凶フィー姉さんを見上げまでいました。その目には疑問符しか浮かんでいませんが普通なことです。


「なに言ってるのカズヤさん?」
「お、おいフィー?」


 こちらからフィー姉さんの表情は見えませんが明らかにあの変態は怯えていますね。
 フィー姉さんは怒るとやばいですからね。


「カズヤさん、あなたに聞きたいことがあるの〜 勇者のあなたにね〜」
「な、なんでしょう」


 間延びしたように声を出しているフィー姉さんですがあれは確実に怒っています。
 なぜ見えないのに怒っているかというとフィー姉さんの周囲に飛び交う精霊達の数です。


『おこった』
『おこったおこった』
『あばれる? あばれちゃう?』


 精霊が見えるエルフの瞳を持つ私にはすでにフィー姉さんの姿が見えないほどの数の精霊がフィー姉さんの周囲を覆っているのですから。
 昔からフィー姉さんの喜怒哀楽に精霊さん達はやたらと反応するのです。
 轟! という音とともに精霊がフィー姉さんの拳にいくつもの魔法を施していきます。


「あそこにいるのは私の妹なんですけど〜」
「は? あのちんちくりんが?」
「ええ〜 ちんちくりんがですが〜」


 拳が振り下ろされ施された魔法が幾重にも爆発するように輝きながら変態に突き刺さります。
 再び轟音が響き、船が揺れます。さらには小さく変態の悲鳴が聞こえた気がしましたがバランスをとるのに必死な私には確認する術はありません。ええ、腹を殴られて悶絶している変態をみることもできないくらいに大変ですとも。


「カズヤさん〜 私怒ってるんですよ〜?」
「がはっ! な、なんで?」


 変態は怯えたような表情を浮かべ、さらには瞳には恐怖の色が見て取れた。そんな瞳をフィー姉さんはどううけとめているのか。いや、言うまでもなく笑っているんだろう。フィー姉さんが笑いながら怒っているときは近づかないのが一番であるということはエルフの里では常識とまで言われているのだから。
 パチィと空気がはじけるような音がフィー姉さんの体から響く。それはフィー姉さんの怒りに反応した精霊が適当に魔法を行使し、それをフィー姉さんが体に纏っているからだ。


「私のかわいー妹の胸を揉んだらしいじゃない〜?」
「お、女の胸を揉むのは紳士としての義務だろ?」
「なにトチ狂ったことを言ってるんですか、頭が壊れましたか?」


 殴られた拍子に頭が壊れたんでしょうね?
 変態の言葉にフィー姉さんは無言で再び拳を振り上げ、「ま、待て! 冗談だ! じゅぶふぅ⁉︎」必死に弁解している最中の変態へと鉄槌を下します。またも爆発音に近い音が鳴り上がり、船がまた揺れます。


「不思議、なぜあの威力で船に穴が開かない」
「多分、無意識に精霊さんに命令してるんでしょう」


 首をかしげながら考えていたヴァンに私は答えてあげます。私の瞳には精霊さんが慌ただしく動く姿が見て取れます。無計画に精霊さんの力を使うフィー姉さんには困ったものです。


「私のかわいー妹の胸を揉んだ罪は重いですよ〜?」
「ぢ、ぐぞ!」


 私のような素人から見ても結構危ない入り方をしたような気がするんですが、変態は全身のバネを使うかのように動き立ち上がり下がると腰に差していた二振りの剣の内一本を引き抜きました。


「仲間に」


 一陣の風が吹き、


「向ける」


 風が一瞬にして距離を詰め


「ものじゃないわよ〜」


 精霊さん達の魔法で強化された手で手刀を作ると変態の構える剣に向け振るいます。普通であれば手刀を放ったフィー姉さんの腕が切れる、もしくは強化されているので弾く程度だったでしょう。
 しかし、フィー姉さんの手刀はそれらの予想を容易く打ちやぶり変態の構えた剣は刀身の半ばから断ち斬られました。


「ああ⁉︎ それなりに高かったんだぞ⁉︎」


 自分の持つ剣が使い物にならなくなったことに対して変態はフィー姉さんに抗議の声をあげていました。


「なら聖剣でもぬく〜?」
「ふざけんな! 私情に聖剣抜けるわけないだろ!」
「だよね〜 勇者なんだからね〜 カズヤは」


 勇者?
 誰が? あの変態が?
 私が信じたくない一心で私の横にいるヴァンへと顔を向けるとヴァン少年らため息をつき首を振ります。


「非常に不本意、主は残念勇者」
「……本当なんですね」


 なにやらまだ言い逃れをしようとしていた勇者カズヤは再びフィー姉さんの鉄拳制裁の対象になったのか言い訳の言葉が徐々に弁解の言葉、そして想像していた通りに悲鳴へと変わっていきます。


『勇者っているんだねー』
「子供の夢ぶち壊しですがね」


 くーちゃんの呑気な言葉を私はすでに拳が見えないほどの速度で放っているフィー姉さんを見ながらありきたりな感想を告げます。
 再び幾度も揺れ始めた船体の振動を感じながらため息をつきます。
 船、壊れないといいですね



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