魔女メルセデスは爆破しかできない

るーるー

魔女は魔女界で恐怖を刻み込む

「魔女界〜 魔女界でございま〜す。お降りのお客様は忘れ物をしてお降りください。忘れたものは俺が売るからな! ギャハハハハハ!」


 聞くものを不快にさすような言葉を耳にしながらメルセデスとアィヴィは魔女バスであるナバルから降りた。
 魔女界へ向かう途中もナバルの不愉快トークは止まることなく続き、メルセデスは呆れながらの苦笑を、そしてアィヴィは無表情ながらの圧力を感じるほどの怒気を発していたのだがナバルは最後までそんなことに気づかなかった。
 周りには他の魔女が他の魔女バスから賑やかに喋りながら降りてきたわけだがナバルから降りてきたのはメルセデスとアィヴィだけだ。
 ナバルは魔女バスの中でも見た目以外は不人気なのだ。主にトーク力的なもので。


「はぁぁ」
「ふう」


 メルセデスが深々と疲れから来る溜め息はく。
 そして隣で拳を作ったり開いたりし、まるでウォーミングアップをしているかのようなアィヴィの声。


「アィヴィ」
「なんでしょうかマスター」


 メルセデスが声をかけるとアィヴィは満面の笑顔で聞き返してきた。
 メルセデスは怖かった。
 大輪の花が咲いたようなアィヴィの満面の笑みが凄まじく怖かった。
 ついでに残像と風圧を放ちながら蹴りや拳を空へと放っているアィヴィの姿が。


 これならまだ無表情で淡々と文句を言われた方がマシだと思えるくらいには。
 しかし、メルセデスは言わねばならない。
 言わないとキレたアィヴィがなにをしでかすかわからない。
 ここで適度にガス抜きをしておかないと絶対にアィヴィはメルセデスにとって良くないことをしでかす。そんな確信がメルセデスにはあった。
 そして目の前には丁度役目を終えたのが一つ存在するわけで……


「やっていいよ」
「わかりました」


 ニヤリという音が聞こえた。
 それは満面の笑みを浮かべていたアィヴィの笑みが変化した音だったのだろう。
 メルセデスから許可を得たアィヴィが頭の巻鍵を巻き、拳を作りながら息を整えるように吐く。
 スカートを翻しながら反転、風を斬り、唸りを上げながら繰り出された蹴りが未だに不快な声を上げていたナバルの体…… と言っていいのかわからないがバスの横へと突き刺さる。


「がふぅ⁉︎」


 蹴りの威力が強かったのかナバルは車体の重さのせいか吹き飛びはしなかったが僅かに浮かび上がり、ナバルは苦悶の声を上げる。
 そうして僅かに浮き上がり、出来上がった隙間にアィヴィは潜り込むと両手で拳を作り上げ、そしてアィヴィの拳が消えた。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!


 絶え間なく打撃音が響き続けた。
 そしてその打撃音が鳴らされる拳を一身に受けているナバルはというと、


「あががががががががごがごがぁぁぁぁ……」


 初めは威勢良く悲鳴を上げていナバルであったが徐々に小さくなっていっていた。そして顔は殴られていないはずのナバルの口から黒い血を吐き出す。
 すでにその顔面は蒼白を通り越して白。
 人間、いや魔女でも危険な領域である。
 そんな領域にあっさり放り込まれたナバルだがアィヴィの拳が見えることはない。それどころか聞こえる音がさらに激しくなっているような気さえする。


「余程イラついてたんだなぁ」


 しみじみとメルセデスは嬉々としてストレスを発散しているアィヴィを眺める。
 道中でのナバルの苛立つ発言の大半はアィヴィに向けられて言われていたのだから当然なのかもしれない。
「胸が小さい」「無表情」「ちんちくりん」などなど身体的特徴からアィヴィの性格まで何から何までボロクソに告げていたわけだ。


 異空間を渡っている最中というのは非常に危険だということはアィヴィもよく知っていた。異空間での事故は下手をしたら元の世界に戻れないという大事故に繋がるのだから。
 だからアィヴィは我慢した。
 不安定な異空間ではなく安定した世界である魔女界に到着するまですっごく我慢した。


 そして魔女界についた瞬間、アィヴィにとってナバルこれはスクラップの対象となったのだ。


 そして今のスクラップ作りをアィヴィは嬉々として行っているわけだ。
 すでにナバルは悲鳴すらあげていない。上げているのは車体部分が壊れていく音のみだ。その音がやたらと響くものだから周りで魔女バスから降りてきた魔女達もアィヴィの方を顔を青くしながら凝視していた?


「これ以上はまずいかな、アィヴィ!」


 メルセデスはそう判断するとアィヴィへと声をかける。すると今までの狂喜乱舞が嘘のようにアィヴィの拳が止まり、いや、最後に思いっきり溜めを作った拳を叩きつけてスクラップナバルを半壊状態にするとメルセデスの元へと戻ってきた。


「すっきりした?」
「はい、ついでに日頃のストレスも発散さしてもらいました。いいサンドバッグです」
「喋るものをサンドバッグ扱いにしたらダメだよ⁉︎ あ、ナバル、これポーションだから飲んどきなよ」


 半壊状態のナバルの側にポーションを置いた後に普通に会話しながら歩いていく二人を遠巻きに見ていた他の魔女達が道を譲るようにしていく。
 こうしてサンドバッグをボロボロにアィヴィが、初めて魔女の夜会に参加するであろう魔女達に「夜会ってやばい!」という認識を植え付けつつメルセデスとアィヴィは夜会の会場入りを果たしたのだった。


 そして数分後、意識を取り戻したナバルはポーションを飲んで爆散したらしいのだがそれはまた別の話であった。

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