神官マオは鈍器で女神の教えを広げたい

るーるー

フライパンは神官の八割の愛用武器

「おい、マオ! 俺を置いて逃げるなよ!」
「言葉がおかしくありませんか? なんで置いて逃げたのにあなたの方がマオより先に森から出てるんです!」


 マオが森を抜けると何故か先に森を抜けていたらしいセリムが怒りながら詰め寄ってきたのでマオは肩で息をしながら呆れるしかなかった。


「普通に走って逃げただけだが?」
「どんだけ体力特化なんですか……」


 帰らずの森の入り口まで戻った事で疲れたのかマオはその場に座り込んだ。しかし、顔だけはセリムの方へ向ける。


「で、ゴブリンは倒せたんですか?」
「一人であの数は無理だろ⁉︎ 魔剣でもあれば話は別だが」
「口程にもないですね」
「神官とは思えないような発言だな⁉︎」


 マオがゴブリンと戦いたがらなかった理由は二つある。
 まずはゴブリンが不衛生で汚い事。
 人を陵辱したりするイメージが多いゴブリンだがそのイメージに間違いはなく非道なことをする。さらにいうなら体を綺麗にするという発想がなかったりするので臭うのだ。


 二つ目の理由は数だ。
 一匹いたら百匹いるのがゴブリンである。
 マオもきっちりと数えたわけではないがセリムの後ろにいたゴブリンはザッと見ただけでも五匹、つまり単純計算で五百匹はあの森にいる計算になる。


(まともに戦うなんてバカのする事です)


 マオの結論はこれであった。


 マオも神官である。
 人命に関わるような事が起これば戦うのだろう。……おそらくは。


「まあ、いいです。マオの方は依頼は達成しましたし」
「あ、いつの間に!」


 セリムが声を荒げながらマオの降ろしたカバンを指差す。
 マオの降ろしたカバンの隙間からは草のような物が見えていた。


「セリムが追いかけられている間にマオは余裕を持って薬草を集めることが出来ました」


 転んでもマオはタダでは起き上がらない女であった。


「お前だけズルいぞ! 俺のゴブリン狩りも手伝えよ!」


 手にしたままのフライパンを振り回しながらセリムが抗議の声をあげるのだが、そんなセリムに対してマオを非常に面倒な物を見るような視線を向ける。


「嫌ですよ。ゴブリンってタダでさえ不衛生ですし、しかも絶対あれは先遣隊みたいなものですよ。あれの倍いても驚きませんし」
「俺の依頼が失敗扱いになるじゃん!」
「まともに武器を持っていないのにモンスターと戦う依頼に飛びついた人がわるいんですよ」


 極めて正論を述べてくるマオにセリムは一瞬黙った。


「でもよ、お前が武器を俺に渡してたらゴブリンくらい軽々と蹴散らせたんだぜ?」
「無い物ねだりですね。それにマオは神官ですよ? 刃物が付いたものは戦闘では使ってはいけないという決まりがあるのです」


 一応は自衛の為にナイフなどは持つことを許されてはいるのだが、マオが好むのは自分の力で振るい叩き潰せる鈍器なのだ。


「それにしてもフライパンはねえだろ?」
「刃は付いてませんし、握り手もある。神官の八割の愛用武器ですよ?」
「マジで?」
「マジ、です」


 マオの口から出た言葉に疑いを持ちながらもセリムは歩き出したマオの背中を追って歩き出す。


「でもフライパンはないだろ?」


 ゴブリンを殺して血まみれになっているフライパンを手にしたまま口籠ったセリムであったがマオは返事を返さずにオフタクに向かい歩き出した。


「遅いから俺が抱えて走ろうか?」
「…… 次同じ事やろうとしたら女神の罰を与えますよ……」


 低い声で呟いたマオが自然と鈍器である聖書の取っ手を掴みセリムに見えるような位置まで持ち上げると、セリムは顔を青くしてマオの後をついていくのであった。

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