神官マオは鈍器で女神の教えを広げたい

るーるー

聖書の一撃で倒れるのは悪い奴

「おぇぇぇぇぇぇ!」


 鬱蒼と生い茂る草木が生える帰らずの森。
 その入り口近くの場所でマオは四つん這いで吐いた。
 それはもうギルドで食べた食事やら何やら色々と吐いた。


「あの程度で吐くなんて訓練が足りないな」


 かなりの距離を走ったはずのセリムはというと息一つ乱すことなく腕を組み、吐いているマオを見ていた。
 そんな人間離れした身体能力を発揮しているセリムへマオは信じられない物を見たような視線を向けていた。


 マオが吐いた理由は至極単純。
 セリムに抱えられて揺れすぎたために酔ったのだ。
 舗装されていない悪路、さらには絶え間なく続く上下への振動、さらにさらにギルドで食べた大量の食事。
 その全ての要因がうまくマッチしてマオは酔い、吐くという現状に至っているのだ。


「め、女神の裁きを受けるです!」


 口元を片手で拭いながらも反対の手は鋼の聖書を下げる鎖へと手を伸ばしていたマオが起き上がると同時に遠心力を利用して聖書をセリムへ向かい投じ、鎖を伸ばすイメージを送り込む。
 鎖はマオのイメージ通りに伸びていくと音を鳴らし、円を描くようにして聖書はセリムへと迫り、


「おごぉあ⁉︎」


 寸分狂わず横っ腹に叩き込まれた。
 セリムは鈍い音を発しながら吹っ飛び、何本かの木をへし折って一際大きな樹へとぶつかり崩れ落ちるように倒れた。


「女神様の教え、神官いじめる奴ボコるべし」


 手にしていた鎖を元の長さへと戻しながら聖書を回収したマオはゴミを見るかのような瞳で倒れたセリムをしばらく眺める。


(ここは後腐れなく女神様の教え、不幸な事故による裁きでいっそ亡き者に……)


 鎖の長さを元に戻し、回収した聖書の取っ手を握りしめたマオは過激な思考へと流れていた。
 そこには吐かされたことに対する私怨が若干、というかかなり混じっているようだった。


 よし、亡き者にしよう!


 考えた時間は恐らくは三秒もなかっただろう。
 決めたのなら即行動がモットーのマオは鈍器を片手にスキップをしながら倒れているセリムへと軽快な足取りで近づいていく。


(聖書による攻撃を受けたんですから死に体ですよね)


 マオの考えではセリムが倒れているのは決してマオの力で振り回された聖書でど突かれたからではなく、あくまで聖書の力によって悪い奴であるセリムが吹き飛んだと解釈しているらしかった。


(ああ、やっぱり女神様の力は凄いです!)


 セリムが吹っ飛んだのはマオの細い腕からは想像できない異常なまでの筋力に依るものなのだが、信仰と呼んでいいのかわからないフィルター越しに見ているマオは全く気付かない。


 が、その軽快だった歩みは徐々に遅くなり、やがて止まる。


「おいおい、死ぬかもしれないだろ」


 マオの視線の先には脇腹を抑えながら立ち上がりつつあるセリムの姿があったらだ。


「聖書による一撃で倒れてない?」


 首を傾げてマオは考えていた。


 今までマオの女神様の裁きと言う名の暴力で起き上がって来れた者は皆無だった。
 マオはそれを『女神様への信仰心が低い悪い奴』と考えていたのだが、目の前のセリムが立っていることから、もしかして信仰心が高いのでは? と考えているのだ。


 しかし、セリムの人の話を聞かない(マオもなのだが)性格はマオ的にはNGなのだ。
 しかし、仮にではあるが信仰心があるかもしれない者を裁くのは違う気がする。


 悶々と悩んだ末にマオの下した結論は、


「保留です。セリム、あなたのパーティにマオは入ってあげてもいいです」


 要観察。
 しばらく観察してからの判断ということに落ち着いたのであった。


 そして自分の実力を見せることなくマオがパーティに参加したことを知ったセリムはというと。


「え、俺の実力見ないの?」


 ひどい間抜け面を晒していたのだった。

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