神官マオは鈍器で女神の教えを広げたい

るーるー

女神の教えは物理的

「ん?」
「おお、目覚めたみたいだぞ!」


 眼を開けたマオの視界に飛び込んできたのは髭だった。それも白く立派な髭だ。思わず掴み、引っ張りたくなるような髭だ。


「えい」
「あだぁ⁉︎」


 そんな立派で引っ張り甲斐のありそうな髭が目の前にあったのでマオは容赦なく引っ張り髭の持ち主たる人物は小さく悲鳴を上げた。


「なにするんじゃ!」
「あ、すいません。見事な髭だったのでつい毟り取りたくなってしまいまして」
「初対面の人に対して物騒じゃな⁉︎」


 素直に心情を吐露したマオが髭を離しながら謝罪?らしきものを告げるが引っ張られた人物は怯えるようにして髭を撫でながらマオから離れていった。


「ここはどこでしょう?」


 いつの間にか寝かされていたであろうソファから上半身を起こし周りを観察するようにマオは視線を巡らす。


 マオの目に入ってきたのは様々な種族がテーブルを共に囲み、酒に料理と楽しそうに喋りながら食べている様子だった。といってもおそらくは人間が一番多そうに見えるのだが。


(あ、あの耳が長いのは絵本で見たことがあるエルフに違いありません! あっちには尻尾が柔らかそうな獣人の方もいます!)


 実物を見たことがなかったマオももし本人に尻尾があるのであれば犬のように尻尾を振っていたことだろう。エルフや獣人といった人たちを見てマオはテンションがかなり高ぶっていたのだ。


 しかし、そんな観察を楽しんでいたマオの視線を遮るように陰が落ちる。


(なんです?)


 楽しみを邪魔されたことに僅かに怒りを覚えながらもマオは自分に影を落とし込んできている人物を見据えるべく僅かに視線を上へと上げた。


「お、さっきの子か悪いな! うっかり鞘に入った剣をぶつけちまって」


 そこにはマオと同じくらいの小柄な体格の少年が立っていた。腰にはそれなりの長さの長剣が左右に吊るされていた。


「そうですか、貴方がマオにぶつけてきたわけですね」
「いや、すまないな! ちょっと他の冒険者と喧嘩しちまっててさ! その拍子にすっぽ抜けた剣がお前に当たっちまったみたいなんだ」


 なにが楽しいのか少年はカラカラと笑う。
 対してマオはというと覚えはないがそう言われるとオデコあたりが痛いという認識であったのだが。


(なんか笑いながら言われると腹が立ちますね)


 ちょっぴりお怒り状態であった。


 ソファの下にある鞄と鎖付きの聖書がきちんと置かれている事を確認したマオはおもむろに聖書の取っ手へと手を伸ばしていた。


「あ、その服って神官服だろ? どうだろう?俺と一緒に冒険を……」


 もしこの場に神官長が居たのであれば他の神官と共にマオを羽交い締めにしてでも動きを封じたことだろう。
 だが少年にマオの不穏な気配を感じることなどできるわけもなく、話を続けていた。


「女神様は言いました」


 マオの低い声は騒がしいはずの店内によく響いた。
 喧騒がぴたりと止まるほどに。


「やられたらやり返せ! 具体的には三倍くらいに!」


 大声と共に聖書が唸りを上げる。
 そして聖書が振るわれ狙う軌道の先にはもはや当然と言われるべきか少年の首筋。


「あぶねぇ⁉︎」


 店の中にいる人の大半がマオの振るった聖書での鋭い一撃を認識できない中で狙われた当事者である少年だけが声を上げて聖書の軌道から逸らすように首を動かす。
 流石に座っていた状態からの攻撃は当たらなかったのだがマオは不満気に僅かに唸る。


「うぅ、なんで躱すんですか!」
「いや、なんで攻撃してきてんだよ!」
「女神様の教えです!」
「三倍返しがか? 頭がおかしいんじゃないのか!」
「なんですって!」


 バカにされたマオがソファから立ち上がり、一瞬にして少年へと飛びかかり頰を引っ張ったり髪をひっぱったりと幼稚な攻撃を開始していた。
 理不尽? に攻撃をされた少年も声を荒げながら反撃を行っているのだが、二人の様は年相応の子供が二人でじゃれあっているようにしか見えないのであった。



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