呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第八楽章 黄金の夜明け旅団(7)

 リンカは眼下を流れる山々に注意を払いながら飛んでいた。盗賊魔法使いのジンクを呪歌で運びながら。
(待ち伏せされているかもね)
 犯罪組織が仲間が奪いに来る懸念がある。こちらが正直に行動しても、向こうもそうしてくれる保証など無い。
「あの山だ。山頂に木が無い、あの山だ」
 魔法封じの頭巾を被ったままジンクが顎で前方を示した。
 草地の山頂には男が二人いる。黒いローブ姿と、平服の男。
「ラッドはどこ?」
「牢獄にいた俺が知るか!」
 リンカは上空から山頂周辺の魔力を探った。木々の中に複数の魔力源が感じられる。十人は魔法使いが隠れているようだ。
 山頂にいる黒ローブの男が声を張りあげた。
「賞金稼ぎ、同志を解放しろ!」
「あれはデニ小隊長、俺の上官だ。仲間の居場所は彼に聞け」
 ジンクに促され、リンカも大声を出した。
「ラッドはどこ!? 交換じゃないと渡さないから!」
「別の町だ! 同志を引き渡せば解放させる!」
「信じられない!」
「返すとも! 彼が我々に敵対した訳ではない! 同志さえ戻れば、危害を加える必要などない!」
「だから交換!」
「交換するや、我々を攻撃する気だろ!?」
「そ、そうするにしたって、ラッドを連れ帰った後よ!」
「どうだかな! 現に貴様は、もう一人を隠しているじゃないか!」
「置いてきたの! 巻き込みたくないから!」
「巻き込む!? さては町が釈放を拒否したのだな。それで貴様は牢破りを、一人でやったと!? 同志ジンク、それは事実か!?」
「ええと、仲間の姿は見ていません!」
「それだけではダメだな! 先回りさせている可能性がある!」
「信じて! 本当の事を言っているのに!」
「だが我々を捕らえなければ、貴様は牢破りの重罪犯となる! 攻撃しないなどあり得ぬ!」
「私の事よりラッドの無事の方が大事なの!」
「そんなお人好しなどいるものか! 大方我々を捕まえて、賞金を上乗せしようという魂胆だろ!? だがそれはもう無理だ! どうせ犯罪者となるなら、我々の同志にならないか!? 魔法使い連盟さえ倒せば、貴様の罪は帳消しになるぞ!」
「盗賊の仲間になるなんて絶対に嫌!」
「なら同志を置いて消えろ!」
「ラッドと交換!」
「では奴の指を傷つけるぞ! 楽器が弾けなくなれば、解放した所で野垂れ死にだな!」
 小隊長の恫喝はリンカの胸を貫いた。
「それだけはダメ!!」
「同志を返せ! そうすれば無傷で解放してやるとも!」
「ほ、本当に?」
「こちらだって彼を傷つけたくはない! 我々が約束を守った生き証人になるのだから、無傷で解放したい! だが、貴様が敵対する以上は油断できん! ここで同志を解放しないなら、彼の指を傷つける! 我々は約束を守りたいが、貴様が信じられない以上、他に我々の安全を確保する方法は無いのだからな!」
「信じてよ! どうして信じてくれないの!?」
「は!? 賞金稼ぎなど誰が信じるか!?」
 賞金首を捕まえると決めたのはリンカだ。
 町に補償金を肩代わりさせる事故を起こしたのもリンカである。
(全部私のせい……その為にラッドが……)
 恩人の人生をメチャクチャにするなんて、お天道様が許してもリンカの正義感が許さない。
「分かった……」
 リンカはジンクだけ山頂に下ろした。平服の男が駆け寄り、魔法封じの頭巾をジンクの頭からむしり取った。
「済まない同志。デニ小隊長、申し訳ありません」
「謝罪は帰投してからだ。総員、撤退!」
 小隊長が命じるや、木々に隠れていた魔法使いたちが一斉に飛び立った。小隊長たちと合流し、南へむかって飛び去る。
 追いかけよう、と思ったのは一瞬だ。
(ラッドの無事を確認するまで、我慢だ)
”リンカ~、ラッドは~?”
 フェアリーの声が頭の中で響く。
「ルビちゃんごめん。もうしばらく待って」
”しばらくってどれだけ~?”
「ラッドの無事を確認するまで――!?」
 リンカは驚きのあまり絶句した。
 ラッドが解放される町の名前を聞いていないではないか。
「――私って、どこまでバカなの?」
 しかもそれは犯罪組織が約束を守ったらの話である。
「ラッド……」
 後悔に打ちのめされ、自己嫌悪に苛まされ、焦燥感に身を焼かれた。
(私なんて……生まれて来なければ良かったんだ……こんな、役立たずなんて……)
 リンカの小さな体から、涙がいくつも滴り落ちていった。

                   ♪

 ラッドが気がついたのは薄暗い場所だった。
「起きましたね」
 そう言ったのはノーチェか。声がやたら反響している。
 ラッドは板床に寝ていた。酷く湿っている場所で、天井は暗くて見えない。傍らで少女兵士が見下ろしていた。
 自分の脇にフィドルのケースとトウシェの長杖とがあったので、ラッドは胸を撫で下ろす。身を起こしてようやく周囲の状況が分かった。
 広い部屋でランプも無いのに灯りが各所に点っている。大きなテーブルの上やゴツゴツした岩壁で青白い光の球が辺りを照らしていた。
(魔法の灯りか。で、ここは洞窟の中で、この部屋は――職員室か?)
 テーブルで数人が書き物をしているし、書類や書棚が見える。壁際に巨大な鉄鍋や大きな水晶玉など魔法道具らしき品々が無ければ、職員室に一番近い印象だ。
 ノーチェに呼ばれ若い女性がやってきた。
(またか)
 彼女も革繋ぎ――袖とズボンが無く肩と太ももが剥き出しである。山頂で見た女性からマントを外した装いではあるが、彼女の方が容姿が優れているので刺激がさらに強い。丸みがかなり露出している胸元などラッドは目を向けることさえできない。
「君がこの歌を作った音楽家ですね?」
 ハスキーな声が響くのでラッドの心音も頭蓋骨に反響した。
「あ、はい。あの、そうです」
「素晴らしい歌です。礼を言わせて欲しい。私はイーチ=レド。この部隊の副官です」
「あ、ありがとう、ございます」
「早速ですが、中隊長に君の作品を披露してはもらえませんか?」
「わ、分かりました」
「予め言っておきますが、中隊長は少し変わっている人です。少々面食らうでしょうが、気にせず演奏してください。してくれますね?」
「あ、はい。あの、それで」
「君の立場は同志スレーンから聞きました。心配は無用です。協力者を害するなど論外。私が責任をもって大隊本部に掛けあい、必ず君の安全を確保します」
 初めて黄金の夜明け旅団の人間から保証の言葉が出た。
(でも信じられるのか? 口先だけかもしれない)
 そんな疑念は、ラッドの手を包む柔らかな感触で消し飛んだ。レド副官が両手で包み込んでいる。
「安心して私に任せてください」
 胸の谷間が間近に迫り、ラッドは目を反らせるのがやっとだ。抗えるはずもなく首肯した。
 レド副官はラッドを仕切りらしき板壁の前へと連れていく。扉を彼女は叩いた。
「ナズブル中隊長、音楽家をお連れしました」
「入れなさい」
 乾いた男の声がした。扉の奥は狭い部屋だった。
(今度は錬金術の実験室か?)
 両壁際には羊皮紙がラッドの身長ほどに積み上げられ、中央の大きな机には高価そうな透明ガラスの小瓶や細長い筒などが所狭しと並べられ、その奥に黒ローブ姿の老人が背中を丸めていた。背後にはネズミの籠や水晶玉、金属製の何か分からない品々がある。
「始めなさい」
 痩せた老人は机上の何かを覗き込んだまま枯れた声を出した。頭をこちらに向けているので、頭頂部の禿げが丸見えである。
 ラッドの肩をレド副官がつついた。
「演奏をどうぞ」
 耳元でハスキーボイスがするので、心臓が口から飛び出そうになった。
「は、はい!」
 背負っていたフィドルのケースを降ろそうとして、羊皮紙の山にぶつけた。倒れかかる山を反射的に押さえる。
「気を付けなさい。ええい、外でやりなさい。聞こえますから」
 部屋から飛び出ようとしたラッドは柔らかな女体にぶつかった。
「ご、ごごごごめんなさい」
「気を付けて。女性の体は繊細だから」
 レド副官の意味ありげな目配せに、ラッドの視線は釘付けにされた。

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