呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第八楽章 黄金の夜明け旅団(6)

 だが本音を隠した会話はお師匠様に仕込まれている。
「大体分かったよ、ありがとう」
 ラッドは片手を挙げてデニ小隊長を呼んだ。
「歌はできるか?」
「はい、任せてください」
 ラッドはフィドルのケースを開いた。
「何をする気だ?」
「作曲するのに楽器が必要なんです」
「音を出されては警戒の邪魔になる」
「曲が無いと歌詞が作れないんですけど」
 歌詞に合わせて曲を作れるほどラッドは器用ではないのだ。
「それなら出来合いの曲に歌詞を付ければ良いだろう」
「替え歌ですか? 随分と制約されますが」
「とにかく歌詞を見せろ。音を立てずに作るんだ」
 これ以上に粘れそうにないので渋々ラッドは替え歌で妥協した。
(あれ、何をムキになっていたんだろ、俺は?)
 曲作りだからと、つい本気になってしまった。
(素人に分かりやすいなら単純でテンポが良い曲かな)
 となると行進曲が適当だろう。一番馴染みがあるオライア軍行進曲のメロディに合わせて羊皮紙にペンを走らせる。ノーチェが語ったキーワードを散りばめ、間を繋ぐ。キーワードの順番は考えず、韻を踏むのは割愛、詩としての出来映えも無視。
(悪党を称える歌なんて、適当で良いだろ)
 やっつけで書き上げた歌詞を小隊長に見せる。
「早いな。ふむ、良さそうだ」
 上官から紙を受け取ったノーチェは食い入る様に見つめる。自分が語った言葉が曲がりなりにも作品になったのだから思い入れもあるだろう。
 突然ノーチェが直立不動の姿勢で大声をあげた。
「小隊長殿に具申いたします。この吟遊詩を大隊本部に報告しては、いかがでありますか!?」
「ほう。目的を明らかにせよ」
「自分は軍隊が音楽で足並みを揃えて行進する姿を見たことがあります。あれは、胸が躍る光景でありました。我が部隊に採用すべきと愚考いたしました」
「よかろう。遠話魔法の準備だ。同志スレーン、同志クラウを呼んでこい」
「了解しました、デニ小隊長殿」
 ノーチェは丘を駆け下り、木立に入った。程なく痩せた女性を連れだって戻ってくる。その女性、マントの下は肌も露わな革繋ぎを着ていた。リンカの様に太ももなど丸だしである。若い女性のあられもない姿にラッドは視線を逸らせた。
(この連中、やっぱりおかしい)
 リンカのように異文化ではないはず。
 女は地面に深皿を置くなど色々作業をしている。だがジロジロ見る訳にもいかず、ラッドは時折視線を走らせる。そんな様にノーチェが言う。
「やっぱり男って、そうなのね」
 軽蔑の言葉が古傷を抉った。
「ど、どうして、あんな格好を?」
「決まっているじゃないですか。連盟の男たちの戦意を挫くためですよ」
(ええええ?)
 連盟の男性が揃ってラッドのように異性に免疫が無いなどあるだろうか?
 女の呪文が聞こえてきた。かなり長く、複雑だ。しばらくして意味ある言葉になった。
「――接続。第二中隊本部へ。こちらデニ小隊。中隊本部、確認どうぞ」
 見ると女は深皿を覗き込むようにして声を出している。
「中隊本部、確認どうぞ。こちらデニ小隊」
 すると水面が光った。そして男の声が――深皿からするではないか。
『こちら第二中隊本部。音声映像共に良好。デニ小隊、どうぞ』
 声に呼応するかのように、水面の光が強弱する。
「声は、水面からなのか?」
 不思議な光景に思わず声を出したラッドに、ノーチェが自慢げに言う。
「遠く離れた水面へ、光と音とを転送する魔法です。これで遠くの人と会話できます」
 女は遠くの男と会話しているのだ。
「デニ小隊長よりレド副官に報告があります。どうぞ」
『折り返す。終わり』
 水面の光は消え、女が身を起こした。
「魔法って、凄いんだな」
「こうした便利な魔法は広く使われるべきなのに、連盟は権力者にしか使わせません」
「どうして?」
「権力者に媚びて旨い汁を吸う為です」
「ああ、そこに戻るんだね」
(旨い汁が何なのか、さっきも説明が無かったな。きっと妄想の産物だからだろ)
 人間は他人を「自分と同じ価値観に従い行動する」と思いがちである。だから「自分がその立場ならやるだろう」事を、他人がやっていると思うのだ。その為「他人への悪口が自己紹介になる」事は良くある。
 その点ラッドは、お師匠様という「ラッドとは全く異なる価値観で行動する」人間に鍛えられた。だからかなり客観的に他人を見られると自負している。
 ほどなく水面がまた光った。
『こちらレド中隊副官である。デニ小隊、確認どうぞ』
 今度は女の声だ。小隊長が女と交代して深皿を覗き込む。
「デニ小隊長だ。大隊本部に奏上したい案件がある。どうぞ」
『どういった内容だ? どうぞ』
「協力者が我が部隊を称える歌を作ってくれた。歌詞を送る。受け取り準備よろしく」
 小隊長はラッドが歌詞を書いた羊皮紙を女に渡した。女は呪文を唱えつつ、なんと羊皮紙を水面に浮かべてしまった。インクが流れて読めなくなっただろう。駄作とはいえ作品が消えてしまったのでラッドは落胆した。
 遠くからの声が再びした。
『確認した。歌詞だけで曲が無い。どうぞ』
「おい吟遊詩人、何の曲を使ったんだ?」
 小隊長に問われラッドは答える。
「オライア軍行進曲です」
「オライア軍行進曲に歌詞を付けた。どうぞ」
『このような取り組みは初めてだ。大隊本部に具申しよう。終了』
 光は消えた。
 立ち上がった小隊長は満足げにうなずいた。
「良かったな吟遊詩人。たとえ交渉が不成立でも、きっと助かるだろう」
「決まったんじゃなかったんですか?」
「本作戦の決定権は大隊本部にあるんでな。安心しろ。副官殿は大隊本部に顔が利く。不利な決定は下されないさ」
「そりゃどうも」
 偉そうな口を叩いた小隊長も、決定権を持たない下っ端だったのだ。他人の命を組織の都合で左右する連中に、ラッドは嫌悪のあまり吐き気さえ覚えた。そして再び命の心配に苛まされる。
 深皿の水面が光って声を発した。
『こちらレド中隊副官。デニ小隊、確認どうぞ』
 心なしか先ほどより女性の声が沈んでいる。
「デニ小隊長だ。待ちわびたぞ、どうぞ」
『悪い報せだ。中隊長が興味を示した。どうぞ』
「なんてことだ……」
 小隊長の声が消沈した。
『面倒な話になった。歌を聞かせろと仰せだ。だが楽譜は無いし、あったとしても中隊に音楽家などいない。だが大隊本部へ上げる前に確認の必要があるとのことだ。どうぞ』
 舌打ちして小隊長は顔を上げ、ラッドに目を向ける。
「お前は演奏できるんだな?」
「もちろんです」
「分かった。こちらから人を送る。作詞した音楽家だから間違いない。どうぞ」
『了解。なるべく早く頼む。中隊長が追加を思いつく前に。終わり』
 魔法による会話を終えると、小隊長はノーチェを呼んだ。
「同志スレーン、吟遊詩人を中隊本部へ移送せよ」
「はい――ええ、はい」
 少女が戸惑った理由は明らかで、それをラッドは口にした。
「俺がここにいなかったら人質交換ができませんよ」
「日没までに戻れば問題ない。万一間に合わなくとも、同志を奪還できれば約束どおり解放するから安心したまえ」
 歯切れが悪い物言いだ。そもそも人質交換があると、本気で思っているのかも怪しい。何しろ当のラッドが「無い」と確信しているのだ。
「そうですか。安心しておきます」
 一応と付けたかったが、大人げないので自重した。
「同志スレーン、彼を中隊本部に移送せよ」
「了解しました」
 ノーチェが半丈の杖をラッドに向けた。
「レムエムセイエム――」
 中隊本部がどこか知らないが、歩いて行くとは思えない。
(空を飛べるのか?)
 来るときは意識が無かったのだ。初めて空を飛ぶのかと思うと、ラッドは興奮してしまう。
 ネタ帳を取りだしたが、空で落とすと取り返しがつかないのでしまい込んだ。
「――サーレムスラーン。催眠の気よ意識を断ち切れ」
「え?」
 ラッドの視界が暗闇に閉ざされ――草に倒れる感覚を最後に何も分からなくなった。

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