呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第八楽章 黄金の夜明け旅団(4)

 リンカは絶望の淵に沈んでいた。
 誰もが黙したままで、町長室の空気は重苦しく息が詰まる。
(もうラッドを助けることはできないの?)
 焦燥感にリンカの胸は引き裂かれそうに痛む。
”ねえリンカ~、ラッドは~?”
 不意に舌足らずの声に話しかけられ、リンカは振り返った。しかし誰もいない。
”トウシェはおへんじしてくれないの~”
 フェアリーのルビだ。姿が見えない。となるとおうち・・・に入ったままのはず。姿を隠したままおうち・・・を移れるのだろうか、とリンカは不思議がった。
”ねえリンカ~、ラッドはどこ~?”
 一昨日会ったばかりのリンカでさえラッドが心配でならないのだ。長年一緒だったルビにとり、彼がどれほど大切かは想像に余りある。
(もし万一があったら――)
 すぐリンカはその考えを否定した。確実にラッドは死ぬと、今し方分かったばかりではないか。
(ダメだ! 絶対にダメ!)
 しかし町は罪人を釈放してくれない。人質交換できなければラッドは助からない。
(なら――逆に考えるんだ)
 行き詰まった時は、成功する条件から遡り状況の方を変える――それは忘れたかった思考法――あの人・・・の教えだ。だが今はそんな事にこだわっている場合ではない。友人の命が懸かっているのだ。
 ラッドを助けるには人質交換が必要。それをするには交換する仲間を用意しなければならない。その仲間は罪人で牢屋に入っている。釈放する事を町が拒否しているのが今の状況だ。
 そこで思考を止めてしまったから行き詰まったのだ。
(なんだ、簡単じゃない)
 状況さえ変えてしまえばラッドを助けるのは難しくない。リンカはそれが「曲がった事か」お天道様に照らして考えた。ラッドの命を最優先するのは、一点の曇りなく正しい事のはず。その上で彼の尊厳を守れば自害させる事もない。
(できる、ね。だったら私が罰せられる事なんか大した問題じゃない)
 リンカは腹をくくった。大きく息を吸い、声を発した。
「私は牢破りをする」
「いけません先生!」
 さすがのトゥシェも声を大にして反対した。
「仕方ないよ。他に方法が無いんだから」
「……しかし、人質交換はキースキンも望まないはずです」
「それも考えた。交換したあとで、黄金の夜明け旅団をやっつければ良いんだ」
 トゥシェは絶句した。緋色の瞳が大きく見開かれている。いくらフードで隠しても、背が低いリンカからは丸見えだ。安心させるために言葉を継ぎ足す。
「逆賊さえやっつければ、ラッドも喜ぶよね?」
「……相手は国際組織です。連盟でさえ手を焼くほどで、数も千や二千では済みませんよ」
「魔法使いが少ないこの国には、そんなにいないよ、きっと」
「……そ、そうかも知れませんが、報復されます。これからずっと命を狙われるのですよ。組織と敵対するとは、そういう事なのです」
「そうだね。分かっているよ。だってもう敵対しているもの」
「……考え直しては、いただけないのですか?」
「それはできないよ。ラッドは友達だから」
「……会ったばかりじゃないですか」
「時間は関係ないよ。ラッドは、あの舞台に乗り込んできてくれたんだ。敵意のまっただ中に、飛び込んできてくれたんだよ、私を助けるために。そんな彼を見捨てる様な曲がった事なんて、私にはできない」
「しかし!」
「そんな人間をあなたは尊敬できる?」
「……」
 トゥシェは唇を震わせていた。辛そうで見ていられない。
”リンカ~、ラッドは~?”
「これからラッドを助けに行くよ」
 それはルビとトゥシェ二人に対する言葉。
”ラッドはこまっているの~?”
「うん、ちょっとね」
 部屋を出ようとしたリンカの左腕を、トゥシェが掴んだ。
「止めないでトウシェ。止められたら、あなたの事が嫌いになりそうだから」
「……もう止めません。僕も同行します」
「トゥシェは一流の魔法師だから一人でも大丈夫。でも私は、ラッドに音痴を治してもらわなきゃダメな人だから」
「……そんな事は言わないでください。師と仰いだ以上、最後までご一緒させてください」
 その気持ちはリンカの胸に染み渡った。
 打ちのめされ、生きる事に絶望したリンカを支えてくれた、家族も同然の弟子が愛おしい。だからこそなおさら巻き込む訳にはいかない。
「トゥシェ、ありがとう」
 リンカは右手に集めた魔力を、トゥシェの肩から流し込んだ。
「!」
 体内の魔力が乱れたトゥシェが崩れる。しばらく麻痺しているはず。
「だから、ごめんね」
”あれれ~? トゥシェどうしたの~?”
「ちょっと休んでもらうの。昨日からクタクタだから。その間にラッドを迎えに行ってくるから、ルビちゃんはトゥシェに着いていてね」
”やだ~。リンカといく~”
「お願い」
”ラッドのとこにいく~”
 止めようにも姿が見えないのではどうにもできない。
 仕方ないので部屋を出ようとしたとき、レラーイが声を発した。
「お待ちなさい。何かありましたら、あたくしの名前を出して構わなくてよ。歌姫の誇りをかけて力を貸しますわ」
「ありがとう、レラーイ」
 気丈を装うかに歌姫は顔を上げた。
「礼には及びませんわ。逆賊を討つ手伝いが出来るなんて、オライア人冥利に尽きますもの」
「そうなんだ」
「それと、ラッドさんを助けて、黄金の夜明け旅団とやらを倒したら、必ず顔を見せに来なさい。必ずですわよ」
「うん、そうするね」
 軽く手を振りリンカは町長室を後にする。最後まで顔を上げない町長の頭頂部が目に焼き付いていた。

 リンカは無人の廊下を進み、突き当たりの階段を下った。人気の多い一階を過ぎて地下へ。降りた所は牢番の詰め所だ。役人が一人椅子に座っている。その先、鉄格子の奥に牢屋の扉が並んでいた。
 役人はむすっとした顔で言う。
「おい嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないぞ」
 子供扱いされる容姿は最近コンプレックスになっているが、今はありがたい。リンカは子供らしく振る舞った。
「おじさん、牢屋の鍵は持っているの?」
「当たり前だろ。おじさんは牢番なんだからな」
「そう。ごめんなさい」
 リンカは短杖を突きつけた。

♪ルーメス・アルモース。ソレイユターン(集団催眠)♪

 牢番がくたりと眠り込んだ。呪歌は成功した。
”やった~、まほうだ~”
「魔法じゃなくて呪歌よ」
”ちがうの~?”
「後で説明するね」
”むずかし~はなし、きら~い”
 牢番の腰から鍵束を外し、リンカは鉄格子を開けた。狭い廊下の両側に鉄枠で補強された扉が並んでいる。
「黄金の夜明け旅団の魔法使いはどこー!?」
「何の用だ!?」
 奥の方から返事が来たので向かう。
「どこ?」
「ここだ」
 一番奥、右の扉が中から叩かれた。というより蹴られた様な音だ。
 リンカは部屋番号と同じ数字の鍵を錠に差し込み、回した。金属音がして扉が開く。独房には黒頭巾の男がいた。後ろ手に縛られたままでいる。
”ラッドじゃないよ~”
「この人を連れて行くと会えるの」
「き、貴様は!?」
 痩せた魔法使いはリンカの顔を見て目を丸くした。
「友達が捕まったの。人質交換だって」
「さすが同志だ。早く縄を解いてくれ。頭巾を被っていると魔法が使えないんだ」
「丁度良いからそのまま行くわよ」
「おい、俺を自由にしないのか?」
「逃げられたら困るもん」
「同志の所へ案内されるのに逃げるものか」
「ダメ。盗賊の言う事なんか信じられない」
 男を先に立たせ、リンカは牢を出た。
「おい、バカな真似はよせ!」
 階段で役人が三人、刺股さすまたや棍棒を手に待ち構えていた。

♪ルーメス・アルモース。ソレイユターン(集団催眠)♪

 役人たちが次々と倒れる。前にいた魔法使いも倒れた。
「あらら、ちょっと失敗」
 魔法使いの背中に手を当て、魔力を流した。
「痛たっ! おい、手荒な真似をするな」
「これからもっと手荒になるから。ええと、名前なんだっけ?」
「ジンク分隊長だ」
「じゃジンク、前を歩いて」
「また巻き込まれるのはご免だ!」
「仕方ないじゃない。失敗するんだから」
「畜生! 役人より酷え奴だ!」
 役場を出るまでリンカは四回呪歌を使い、二度ジンクを巻き込んだ。
「頼むから俺を後ろにしてくれぇ」
「ダメ。逃げられたら困るもん」
「逃げません。魔法が使えない魔法使いは無能力者以下です」
「ダメったらダメ」
「くそーっ! これだから女は!」
 嫌がるジンクを先行させて広場へ出る。さすがに役人たちも遠巻きにするだけで手向かいしない。
「ええと、この山はどこ?」
 リンカは脅迫状をジンクに見せた。
「町の西だ」
「じゃ、飛ぶよ」
 リンカは短杖を上から下へと振り下ろした。

♪レイ・フィオール(飛翔)♪

 リンカはジンクごと浮き上がった。上昇したところで西を目指す。
「待っていてね、ラッド」

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