呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第六楽章 奇妙な老人(4)

 ラッドの息が詰まった。
 情報の大切さを知っているのは、吟遊詩人だけではなかったのだ。
「驚かれたようですね」
「え、ええ」
「つまり、あなたも情報の大切さを知ってるという訳ですな」
「あ――はい」
「商人にとって情報はとても大切です。ある商品を大量に欲しがる人間の情報は、その商品を扱う同業者に高く売れるものです。ある意味、情報こそがクラウト商人にとって一番重要な商品なのです。そこが他国の商人との決定的な違いでしょう」
「でも商人が、内部情報なんてどうやって?」
「そう難しくはありません。商売ついでに『ご領主に良い商品を紹介したいのですが、ご都合が良い日がありますか?』と尋ねたり、太陽神殿の重要祭祀の日程を調べたり、色々です。軍隊の練度や馬の肥育状態、港湾施設、あらゆる情報を王宮に売った事は間違いありません」
「い、いつから?」
「建国当初からでしょうね。まあ、そんな記録は残されないので断言はできませんが」
「最初から、商人にそんな事をさせていただなんて……」
「別に不思議ではありません。なにせ建国者である初代国王は商人出身ですからね。情報の重要性も、それを商人が入手できる事も熟知してたはずです」
「はあ、クラウトが君主制の国と言われるより、商業国と言われるのはその為なんですね」
「さあ、それは。とはいえ情報を得るには協力者が必要です。いくら贅沢品が欲しくても、ルガーン人はそうそう心を許したりしません。ですが、支配に協力していた被支配民族――確か……」
「背民者、ですか?」
「そうそう、背民者は協力的でした。クラウト商人は彼らから情報を得るだけでなく、横の連絡役も果たしました。リリアーナ女王による征服時に、帝国全土で一斉に民衆蜂起が可能となったのは、クラウト商人を通じて示し合わせていたからですよ」
「……」
 学校ではそんな事、全く教えていなかった――はず。休みがちなラッドが習わなかっただけかもしれない。
「旧帝国領内の国際物流をクラウト商人が独占できるのは、功績に対する褒賞の意味もあるでしょう」
「商人のする事とは思えません」
「クラウトの豪商は深く政治に関わってきました。何しろ建国者の仲間ですからね。王侯貴族に匹敵する、権力者でもあるのです」
「商人が、権力者……」
「村々を回る行商人までがそういう訳ではありません。隊商や船団を有する大商会の、幹部たちが権力を握ってるだけで。だから同じクラウト人からも警戒されてますよ。ただ、クラウト商人という分類では同列に扱われがちです。クラウトの周辺国ではクラウト商人は『がめつい』の代名詞で、西方辺境諸国では『口車に乗ったら財産を奪われる』など悪いイメージで語られます」
「西が酷いですね」
「クラウト商人には良くも悪くもリリアーナ大王の後光効果が付いてまわりますからね。東では歓迎されても、西では警戒あるいは嫌われがちになりますよ」
「そんなバカな! あ、失礼しました」
 ラッドは自分の非礼を恥じたが、ウォルケンは意に介さぬ風でいる。
「リリアーナ大王が嫌われる事が信じられませんか?」
「だって、大陸を統一した偉人じゃないですか」
「大陸統一を喜んだのは、主にルガーン帝国の被害者なんですよ。つまり大陸の東半分。西は戦乱続きで毎年のように国境線が変わる地域です。それがある日を境に固定されたら、得をする国と損をする国とが出るのは必然。ましてや祖国を失った人々からしたら『力による現状変更の禁止』を決めた存在は、征服者の味方でしかありません」
「酷い……征服者からの解放者を、征服者の味方だなんて……」
「信じられないなら、ご自分で確かめに行ったら良いではありませんか」
「気安く言わないでください。西方辺境地域なんて、大陸の反対側じゃないですか」
「漂泊の身である吟遊詩人にとり、距離が行かない理由になるのですか? 私ならむしろ商売のチャンスと見ますがね」
「それは、そうですが……」
 だが西は遠すぎる。
「私のような年寄りと違って、若いあなたには時間はたっぷりあるじゃないですか」
「!」
 ラッドの耳が今度は明瞭に捉えた。ウォルケンの声が一瞬だけ固くなった瞬間を。
 今まで緩んでいた声帯が急に緊張する――それは特別な発言をするときだ。
 愛の告白、真実の吐露、長年の懸案事項、そして――嘘。
(俺の知らない歴史を語るときは柔らかだった声が、何故急に固くなったんだ?)
 初対面なので他の理由が考えられない以上、嘘とみるべきだろう。
――一流の詐欺師は正直なものだ。嘘をつくのは、肝腎な部分の一点のみ――
 お師匠様の警句が浮かんでくる。
 詐欺の上手い下手は基本的に嘘の比率で決まるそうだ。嘘が多いと、どうでも良い部分での嘘で信用を失うから詐欺師としては二流。ウォルケンの場合、固い声の比率は一割もない。詐欺師なら一流だろう。
(けど、吟遊詩人風情・・を騙す理由が、役人に丁重に扱われる要人にあるのか?)
 からかっているとも思えない。わざわざ賞賛する為にラッドを呼んだのだ。
「そう警戒しないでください」
 と言われたのでラッドは緊張した。
(顔に出たか?)
「私は見事な演奏をした若者を賞賛したいだけです。ただ、若干の成長を欲張ってはおりますが」
 声帯は緩んでいる。
 だが安心するどころではない。ラッドは警戒レベルを最高に上げた。
(この人、俺の心が読めるのか?)
 今の言葉は、ラッドが抱いた疑念への回答としか思えない。
「私の事を、怪しい人間だとお思いでしょうね?」
「いいえ」
「そんな見え透いた嘘で誤魔化せるとは思ってないはず。だのに否定したのは、自分の能力を隠す為ですな」
 断定口調に反応しないようラッドは無言を通した。
「時間の無駄は避けましょう。お互い、同じ能力・・・・を持つ者同士なのですから」
「え、あなたも声で嘘が分かるんですか!?」
「声? ほう、なるほどなるほど。音楽家として聴覚を鍛えると声で嘘まで分かるものなのですか。いやいやいや、これは恐れ入りました」
「あなたはそうでは――ハッタリか!?」
 老人はわざとらしく視線を逸らし、ワインを口にする。
 無言なのに百言を費やすより明瞭に伝わってきた。「してやったり」と。
 まんまと釣られて歯がみするラッドに、ウォルケンはニヤニヤして言う。
「年長者が若者より有利なのは経験、特に失敗の絶対量が多い事ですよ。人は成功より失敗からの方が多くを学ぶもの。悔しいから『次は上手くやるぞ』と成長するものです」
「それはどうも、勉強になりました」
「いけないなあ。優秀な若者を賞賛したかっただけなのに、どうも相手が吟遊詩人となると大人げを無くしてしまう」
 笑う老人の目が悪戯っ子のように輝いている。
「若いんだ」
 思わずラッドはつぶやいた。いつもの余計な一言だ。
「はい?」
 ウォルケンの声が固くなった。
(何だ今の反応は?)
 悪癖が意図せず老人の弱みに刺さったらしい。この機を逃さずラッドは畳みかける。
「あなたは見た目より随分と若い様ですね」
「吟遊詩人の発言は話半分に聞きませんと。特に賞賛は」
「俺の聴覚を知った上で良く言いますね」
 今度はラッドがハッタリを利かせた。するとウォルケンは笑いながら額をピシャリと叩く。
「これは一本取られた!」
 と笑いだした。釣り上げたラッドが戸惑うくらい上機嫌で言う。
「本当に君は優秀だ。それを育てた師匠も、相変わらずの様だ」
 笑みの消えた顔、眼鏡の奥で鋭い目が光っている。



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