呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第五楽章 少女兵士(3)

「どうあっても、同志ジンクは助からないのですか?」
 ノーチェは特務将校に食い下がる。
「取り引き材料が無い以上、死刑は確実です」
「あの、魔導師の所在なら?」
 同志タンレーの目が見開かれた。
「それは、極めて重要な情報です。連盟が大規模掃討作戦をしないで来たのは、魔導師を恐れているからです。反撃されたら町が一つ消えかねない。実際に摘発時に未確認だった魔導師の反撃で、一瞬にして五名の懲罰師が殺害された事さえあります。その所在は、最重要情報です」
「取り引き材料になるのですね?」
「もちろんですが、本当に魔導師が? 主戦場から遠く離れた、戦略的価値の無い、こんな僻地の部隊に?」
 言葉の端々から東部大隊への侮蔑がヒシヒシと伝わってきて、ノーチェは頭にきた。嫌味な特務将校への反感もあり向きになって言い返す。
「本当です。ナズブル中隊長は魔導師なんです」
 二倍も年齢を重ねた特殊将校も顔色を失うのは痛快だった。すっかり気が晴れたノーチェに、負け惜しみのように同志タンレーが言う。
「なんという、バカな事をしているんだ、あんたらは」
「何がです?」
「魔導師がいると連盟が知ったら、広域遠距離魔導術で中隊本部を吹き飛ばしますよ。即日のうちに」
「まさか。中隊本部はドラゴンの生息地にあるんですよ。人竜共存協定に縛られた連盟がそんな真似をするはずありません」
「寝言は止めてください。ドラゴンと対話できる部族は連盟が押さえているのですよ。ドラゴンに断れば済む話です。いや、ドラゴンに魔導師の存在を教えた方が早いか。連盟は通訳を派遣するだけで、厄介な魔導師を中隊本部ごと片付けられて大喜びだ」
「ドラゴンが人間同士の争いに利用されるなんてある訳ありません」
「あなたは魔導術が、ドラゴンに対抗する為に開発された事も知らないのですか?」
「え?」
「ドラゴンにとり、この世で脅威になるのは魔導師だけです。その魔導師を管理しているから連盟は人竜共存協定を結べたのですよ。その連盟に敵対している魔導師が、自分の住処に潜んでいると知ったらドラゴンは激怒しますよ。確実に攻撃します。魔導術より強力な攻撃で、中隊本部など蒸発させられます」
「ど、洞窟の奥深くですから、届かないのでは?」
「岩をも熔解させる炎の一吹きで中は蒸し焼きですね。ドラゴンは魔神にさえ対抗出来る最強の生物なんですよ。二千年前、西の地に完全召喚された魔神を撃退したのはドラゴンの群れでしたし、十五年前にクラウト王国で部分召喚された時は十数頭でやってのけました。そして一昨年の魔神迎撃作戦では、百三十七頭が待ち構えているのに恐れをなし、ついに魔神の一柱が召喚に応じなくなりました」
「十五年前は伝説の英雄サフィーラが、一昨年は魔人アーテがいました」
「どれだけ強かろうと、人間がドラゴンより魔神にダメージを与えられる訳がありません。魔力の強さが桁違いなのですよ。一昨年は戦闘はありませんでしたし、サフィーラの活躍を目撃したのはたった一人、しかも彼女の友人です。話を盛ったとしても不思議ではありません」
「そ、そうなんですか」
「東部大隊の緩みは致命的ですね。連盟が喉から手を出すほど欲しがっている情報を、末端の兵にまで教えているなんて。それ以前に、魔導師を指揮官にして居場所を固定するなんて正気の沙汰ではありません」
「そ……そうですか」
「もし私が二重間諜だったら、今日が第二中隊の本部と貴重な魔導師を旅団が失う日になったところです」
「はい……」
「魔導師の居場所を知られる事は、交易都市を攻撃するより悪いと思ってください。単なる報復攻撃なら、連盟の主眼は中隊本部の壊滅ではなく重要情報の収集ですので、反撃もできれば撤退する事も可能です。連盟が一番知りたいのが魔導師の所在なのですから。それが分かったなら即座に攻撃します。一人も逃がさないよう、殲滅します」
「ではもう、同志ジンクは助けられないのですね」
 ノーチェはうなだれた。
「当然です。そして大至急魔導師を、中隊長を転属させなさい」
「え? 取り引きはしないのに、ですか?」
「彼が取り引きを申し出たらどうするのですか?」
「同志が裏切ると?」
「今までその話をしていたはずですが。これだから東部大隊は。とにかく魔導師は、こんな緊張感に欠けた部隊に置かないように。誰がいつ取り引きで居場所をしゃべるか分かったものじゃない」
「上に報告します」
「確認しますが、あなたたちは現地採用の一般人にまで、魔導師の所在を教えてはいないでしょうね?」
「それは、無いはずです。同志ジンクが採用した者たちは、小隊長までしか会ったことがありません」
「どうにも心許ないですね。確証が無いと現地採用者まで始末せねばならないじゃないですか」
「始末――まさか同志を?」
「当然です。明日には取り調べが始まります。そこで魔導師の所在が判明したら、即座に中隊本部は攻撃されます。確認などしませんよ、連盟は。過去に魔導師の摘発が空振りだった事は何度もあります。取り調べにしろ移送にしろ私が担当して、抵抗されたとして口を封じます」
「待ってください!」
 思わずノーチェは席を蹴って立ち上がった。
 周囲の客が一斉に振り向く。昼休みの酒場、ほぼ満席の客たちの視線がノーチェに集まっていた。
「お嬢さん、落ち着いてください」
 同志タンレーは何ごとも無かったかのように演技をして、ノーチェを座らせた。
「大変でしたね。心中お察ししますよ」
 聞こえよがしに声を上げたあと、顔を寄せささやく。
「あなたも兵士なのだから覚悟を決めなさい。私も自分の使命を全うするだけです」
 ノーチェは顔を覆った。認めたくない。同志が、味方に殺されるだなど。
「中隊長は……転属するのにですか……?」
「それを連盟がどうやって知るのです? 先程も言いましたが、魔導師の存在を知ったら確認無しで攻撃します。恐らくドラゴンにやらせるでしょうが、連盟が中隊長の転属を知るのは、そこから逃れた生き残りを尋問した時です。つまり攻撃の後になります」
「何か、何か方法が……」
 うつむいたまま言うノーチェに同志タンレーが冷たく言う。
「あったら前例があり、対策も練られていますよ」
「同志ではない人間が脱走させる事は?」
「旅団の構成員ではないと、どうやって連盟に納得させるのです? それに無関係か否かは、中隊本部を捜査しないと判断できません」
「まだ同志ジンクが、連盟の構成員とは分かっていませんよね?」
「しかし牢破りなど魔法使いでもなければ非常に難しいですよ。そして魔法使いを魔法使いが脱走させたら、連盟が旅団以外だと思う訳がありません。むしろ『東部大隊を危険に晒してでも助け出さねばならない重要人物だった』と、全力で彼の捜索を始めるでしょう」
「旅団と無関係な魔法使いでは?」
「そんな都合良く、旅団と無関係な魔法使いが――」
 言葉が途切れたのでノーチェは顔を上げた。同志タンレーは虚空を見つめている。
「あの……」
「――賞金稼ぎの魔法使い、まだその町にいましたね」
「はい。二人」
「旅団と無関係な魔法使いが、現時点ではいるわけだ」
「その二人に牢破りをさせれば良いのですね?」
「しかし、金を積んだくらいで死刑まである重罪を犯すとは思えません」
「そちらは任せてください。デニ小隊長なら、きっと策があるはずです」
「時間がありません。今日中に支部に要請が来るでしょう。私が担当し、カーメンの町に到着するのは、引き延ばして明日の夕刻がギリギリです。それまでに何かあっても支部が疑われる事はないはずです。いいですか、明日の夕刻になってもなお同志が拘束されていたら、口を封じる事になりますからね」
「ありがとうございました」
 ノーチェは店を飛びだした。
 すぐ小隊長に報告しなければ。
 同志に死が刻一刻と迫っている。
 この間違った世界を正す大切な同志を、一人として失う訳にはいかない。



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