呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第五楽章 少女兵士(1)

 半日ほど前の事である。


 オライア共和国の首都アコウは至る所で工事が行われていた。道を橋を建物を手当たり次第に作り直しているのだ。
 近代化の名の下に。
 人々は古い物を壊して新しい物に替える事に熱中している。取り憑かれていると言って良いほど熱狂的に。
 まるで忌まわしい過去を塗りつぶそうとしているかのようだ。
(それは逃避でしかないわ)
 十七歳の少女ノーチェ=スレーンはそう考えている。
 それに近代化と言ったところで、実態はクラウトの物真似でしかない。
 確かに新築の執政院議事堂の美しさと重厚さには胸を打たれた。しかしクラウトの王宮画を見てノーチェは愕然とした。明らかに模倣している。しかも規模はおろか華麗さも達しておらず、年代を経た荘厳さに比べたら惨めになるほど安普請ではないか。
 オライア人はルガーン人の支配から解放され、民族自立を果たしたはず。しかしクラウト人の物真似のどこが自立か?
 結局は支配者が交代しただけなのだ。奴隷たちに「自分らが奴隷である」と気づかせない、より狡知に長けた支配者に。
 ノーチェは路地裏から大通りを見張っていた。
 行き交う同朋は上辺だけの繁栄に酔っている。自分たちがいまだに奴隷である事に気づかぬまま。
(こんな間違った世界・・・・・・は正さなくてはいけないわ)
 その為にもこの初めての単独任務を成功させなければならない。何しろ同志の命が懸かっているのだ。
 ノーチェは路地から見える建物を監視し続けた。三階建てで玄関上に看板が掲げられている。
『魔法使い連盟オライア支部』
 大陸中の魔法使いを支配する国際機関の、この国唯一の施設である。入り口の扉は開いているが、今の所出入りはない。
 空はどんよりと曇り、潮風が湿った匂いを運んでくる。内陸生まれのノーチェは生臭い海の匂いに慣れておらず、胸が悪くなりそうだ。
 神殿の鐘があちこちで鳴りだした。首都とあって様々な神々が神殿を構えている。それらが一斉に正午を告げたのだ。
 昼休みになったので通りに人が溢れだす。程なく支部から深緑色のローブを着た男が出てきた。
 三十歳前後、痩せ形中背、短い黒髪、身長ほどの長杖――情報は合致している。そしてノーチェの魔力覚が強い魔力を感知していた。
 彼こそ目的の人物に違いない。
 ノーチェは大通りに出て男の後を追った。彼女は町娘らしい継ぎ当てだらけのエプロン姿で杖も持っていないから目立たないが、前を行く深緑色のローブ姿は衆目を集めている。ましてや長杖を手にしていては「魔法使いでござい」と触れ歩くも同然だ。
 深緑色のローブへ好奇な視線を向ける人々――無能力者たちは内心では魔法使いへの恐怖や嫌悪を抱いている。何しろ自分たちが信奉する神々への反逆者なのだから。
 魔法使いに信仰はない。
 否、信仰から排除されている。
 ノーチェが魔法に目覚めたのは九才の時。入信していた大地神殿は彼女を信徒名簿から削除した。親は嘆き、兄弟からは邪険にされた。
 理由は一つ。
 魔法使い連盟が「神々は異世界からの干渉者だ」と魔神と同列視しているからだ。
 神々が神官に与える法力は魔法に匹敵する超常能力である。
 世界征服を目論む連盟にとり神々は邪魔なのだ。
 だのに神殿は連盟との対立を避けた。腐敗した神官たちは神々が作った世界を守る戦いの道ではなく、強者に媚びる安楽の道を選んだのである。
(不信心にも程がある)
 結局魔法使い連盟に対抗できるのは同じ魔法使いしかいないのだ。
 大陸中の魔法使いは、連盟を自分たちの代表に選んだ覚えなどない。圧倒的な武力の前に加入を強いられただけだ。
 非道な連盟に抗った者はいたが、片端から殺された。ある者は街区もろとも吹き飛ばされ、ある者は原因不明の急死を遂げた。
 魔法使い連盟は屍を山と積んで権力を手に入れた。連盟こそ間違った世界の元凶、倒さねばならない絶対悪である。
 そんな連盟の魔法使いとの距離をノーチェは詰めた。
 向こうもこちらの魔力に気づいているはず。今の所は素知らぬ振りをしているが。
 目標に近づくにつれ少女の緊張は高まり鼓動が速まった。
(初めての単独任務、必ず成功させてみせる)
 あと数歩で接触しようというとき、不意に男が振り返った。目が合う。
 予期せぬ事態に慌てたノーチェは、頭のてっぺんから声を出した。
「こ、こここ、こんにちは、タンレーさん」
「おや、どなたでしたか?」
 連盟の魔法使いは怪訝な顔をしている。
(失敗した!)
 ノーチェの頭に血が上り視界がぼやけた。何が悪かったのか、自分の行為を振り返る。
「あ!」
 大変な事を失念していた。
「こ、んにちは、タンレーさん。お、お急ぎですか?」
「――別に、急いではいませんよ」
 値踏みするように男は視線を上下させている。
 顔の火照りを意識しつつノーチェは声を落とした。
「ま、魔法使いの、存在価値とは?」
「――人類存続の絶対条件である」
 男が合い言葉――偉大なる同志の賜言――を口にしたので、ノーチェは心の底から安堵した。
 彼こそ目的の人物、連盟内部に潜伏している黄金の夜明け旅団の特務将校、つまり同志なのだ。
「あの、お時間を取らせて申し訳ありませんが」
「話は食事をしながら。忙しい身なので昼休みも満足に取れませんので」
 同志タンレーは先に立って歩きだした。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品