呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第二楽章 呪歌使いの少女(2)

 呪歌と魔法とをぶつけ合う呪歌使いと魔法使いの間を風が吹き抜ける。
 流れてきた雲が太陽を隠した。
 遠くでヒバリがさえずっている。
 ――
 ?
(何が起きているんだ?)
 魔法と呪歌が使われた、までは分かったが後はラッドにはさっぱりである。
(俺には見えない所で攻防が繰り広げられているのか?)
 ラッドは二人を交互に見た。分隊長は緊張して構えたまま、短杖を差し伸べたリンカはキョトンとしている。彼女の後ろで少年がささやいた。
「……先生、呪歌は失敗しました」
「あらら」
 リンカがチロリと舌を出す。分隊長が前につんのめった。
「期待させやがって! 何が『あらら』だ!? バカみたいに魔法壁を維持していた俺様がバカみたいじゃないか!」
「うん。『バカみたい』が被っているのがバカみたいね」
「バカはお前だ! 何が呪歌だ! そよ風一つ起きないじゃないか!」
「し、仕方ないじゃない。誰にだって失敗はあるわよ。それともあんたは生まれてから一度も失敗した経験が無いって言うわけ?」
「逆ギレしてんじゃねえっ! もう付き合ってられん! ゲイダールダムーデヨ――」
 先ほどラッドを焼き殺そうとした炎の魔法だ。対するリンカは――
「今度は大丈夫だって。本当にトウシェは心配性なんだから。師匠を信じなさい」
 ――後ろの少年と立ち話などしている。
「紅蓮の炎よ、我が眼前の敵を焼き尽くせ!」
 分隊長の杖から炎が、火柱と化してリンカを襲った。
「危ない!」
 思わずラッドは叫んだ。その声が届いたか、リンカは敵に向き直り短杖を軽く振る。


♪ルーラララー♪


 炎が透明な壁に阻まれ火の粉をまき散らした。
「なんだと!?」
 分隊長が声を裏返す。
 燃えさかる炎はリンカの手前で止まっていた。先ほどラッドの鼻先で止まったのと全く同じに。
「ど、どうなっているんだ? 俺様の魔法を阻むほどの魔法壁があるのに、その魔力が感じられぬだと――」
 分隊長は目を剥いて息を飲んだ。杖の炎が消える。
「――こ、これが呪歌なのか!?」
 後ろによろけて杖で体を支えた。
「やっと分かってくれた?」リンカは余裕の声。「それじゃ、さっきの失敗やり直すから見ててね。あ、じゃなくて――」と短杖を弄ぶ。「――浴びてね、呪歌を」
「ま、待てー待て待て待て!」
 分隊長は跪いて杖を地面に置いた。
「前言は取り消す。見事だ。実に見事だ。これほどの魔力制御能力、信じられん」
「あらら、褒められちゃった」
「そこでどうだ? 我々の同志になってくれまいか? 褒美なら望むままだぞ」
「ひっどーい! まだ私を盗賊になる人間だって言うの!?」
「違う! 我々は盗賊じゃないんだ」
「嘘つき。現に馬車を襲っていたじゃない!」
「誤解だ。我々は、間違った世界を正す為の――」
「盗賊の言い分なんて聞けないわ! 私は曲がった事が大嫌いなの。言い訳は役人にしてよね」
「くそ!」
 分隊長は杖を拾って構え直す。手下たちは身を翻して逃げだした。
 そしてリンカは歌った。


♪ルーメス・アルモース。ソレイユターン♪


 今度は音程を変えた。修正したらしい。
 すると分隊長がその場で崩れた。防御魔法を破ったらしい。手下たちもバタバタと転び、それきり動かなくなる。
「よし、成功」
 リンカは拳を握った。
「どうよ、呪歌の浴び心地は? 魔法より遥かに凄いって、分かってくれたかな?」
 呪歌使いの背後で少年がつぶやく。
「……先生、眠らせては返事が聞けません」
「あらら、そうだった。私ったらまたうっかり」
 どうやら終わったらしい。
 あまりに一方的な展開に、ラッドはネタ帳に書き記す事も忘れて見入ってしまった。
 盗賊魔法使いを手下もろとも、果樹から実をもぐくらい無造作に捕まえてしまった呪歌使いの姿に。
 見た目は子供だが、呪歌使いの実力は魔法使いに比べたら大人と子供ほども差があった訳だ。
「おお、動けるぞ!」
 御者が馬車から転げ下りてきた。リンカに駆け寄り手を取ってぶんぶん振る。
「助かったよ、お嬢さん」
「いえいえ、このくらい何でもありませんよ。それより怪我とかしていません? 吐き気は? 痺れが残っていませんか?」
「え、ああ、何ともないようだ。いきなり動けなくなったんで魂消たまげたよ」
「魔法をかけられたんですよ。人を動けなくする――拘束魔法かな? まあでも魔法使いをやっつけたらから、もう大丈夫です」
 リンカが御者と話している間に少年――トウシェと呼ばれていた――は盗賊たちを縄で縛り始めた。慣れた手つきで五人とも縛り上げると立ち上がり、長杖を前に突き出す。
「……浮遊」
 彼がくぐもった声を発すると、盗賊の一人が宙に浮かび上がる。
「え?」
”やった~、まほうだ~”
「魔法? 呪文とか聞こえなかったし、呪歌でもなさそうだな」
「……前進」
 少年に命じられるまま盗賊は空中を移動して、後ろ扉から馬車に積み込まれてゆく。
「魔法、なのか? それとも呪歌?」
 首を傾げるラッドに軽い足音が近づいてきた。
「あれは魔法よ。大地の魔力を使った浮遊魔法なの」
 涼やかな声に振り返れば、にこやかに微笑む美幼女――否、成人女性が話しかけてくれている。
「あ、そ、そうですか」
 ラッドの舌がもつれた。喉も強ばり上手くしゃべれない。
「トウシェはまだ呪歌の修業中なの。だから使えるのは魔法だけ」
 耳朶みみたぶをくすぐる甘い声にラッドの心臓は跳ね回り、頭に血が上って頬が熱くなる。
 同年代の少女に話しかけられるという、故郷では考えられない状況にラッドは舞い上がっていた。だからその機会を逃したくなく、必死に考える。
相槌あいづち打たなきゃ。話を合わせなきゃ。微笑むんだっけ?)
「そ、そう、なん、です、か」
 ガチガチな別人の声を必死に絞り出す。
「で、でも、呪文が、聞こえなかった、なあ。なんて、俺の耳が、おかしいのかな?」
「トウシェは呪歌は使えないけど、魔法師としては一流だから呪文はいらないの」
(知らない単語だー。話合わせづらい)
「ま、魔法使い、じゃ、ないの?」
「うーーんとね」
 リンカが考え込んだのでラッドは焦った。
(しまった。しくじったか!?)
 恐らく一般常識なのだ。彼女はラッドの無知に呆れたに違いない。久しぶりに異性と話せたのに、これで終わりと思うと胸が苦しくなる。
 と、リンカが再び口を開いた。
「あのね、一口に魔法使いと言っても種類があるの。第一の分類は使える魔法の種類で、三段階に分かれているわ。一番多いのが自分の魔力だけが使える魔法使いで、魔術師って言うの。次に周囲にある魔力――元素の魔力を使えるのが魔法師。これは最近作られた呼び名よ。それで最高が魔界から魔力を導ける魔導師で、大陸に百人もいないんだって」
 しゃべるしゃべる、リンカは水を得た魚のようにまくしたてる。言葉の濁流にラッドは押し流された。
「第二の分類が魔力制御能力の高低。呪文は魔力制御に使う符丁で、魔法を使うのに呪文が必要な魔法使いが二流ね。一流になれば呪文詠唱無しで魔法を発動できるの」
「へ、へえ」
 相槌こそ打てたがラッドにはさっぱり意味が分からなかった。ただ一つ理解できたのは「自分が失言した訳ではない」事だけだが、今はそれで十分だった。
「分かってくれたかな?」
 リンカがラッドの顔を覗き込む。小柄な美少女に上目遣いされ、ラッドの口から心臓が飛び出かけた。
「あ、あう、あう」
 もうラッドはいっぱいいっぱいだ。
(考えろ。話を続けるんだ)
 こんなに愛くるしい少女と出会う機会など滅多に無い。ましてラッドみたいな男性でも、見下す様子が皆無なんて――



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