呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

第二楽章 呪歌使いの少女(1)

 天空から少女は綿毛のようにふわりと舞い降りた。短杖を軽く振る様は絵になる。
 が、短すぎる短パンから太ももが剥き出しなので、ラッドは目のやり場に困った。顔が火照り鼓動が早まってしまう。
(いくら未成年だって、十歳過ぎたら脚は隠すだろうが)
 少女は小柄で、背後に降りたコート姿の少年――ラッドと同じくらいの背丈――より頭一つ低い。少年はフードを深く被っているので顔は良く見えないが、長ズボンだからこちらは男で間違いない。彼は分隊長と同じくらいの長い杖を手にしている。
 同性の姿にラッドは少しホッとした。
「き、君たちが、魔法で助けて、くれたんだね。感謝するよ」
 異性を前にしたせいで、商売道具の舌が強ばりぎこちなくしかしゃべれない。
「うーんとね、ちょーっと違うんだなー」
 少女は軽く首を振った。悪戯っぽく上目遣いになったので、ラッドは吸い込まれそうになる。これほど間近で異性と言葉を交わすなんて、親族とお師匠様を除けば何年ぶりか。
「今のは魔法じゃなくて、魔法より凄い呪歌っていう、私が発見した新しい技術なの。私は呪歌使い。呪歌使いのリンカよ、よろしくね」
「じゅか……あ、ああ、そうなんだ。お、俺はラッド、ラドバーン=キースキン」
 緊張のあまり自己紹介がやっとやっとである。未成年だろうと異性は異性。しかも美少女となると意識せざるを得ない。その上その美少女が笑顔なので尚更だ。
「ラッドかあ。君って凄いね。魔法で脅されたのに演奏をやめないんだもの。私感心しちゃった」
(演奏への賛辞、いただきましたー!!)
 夢にまで見た異性からの評価にラッドは天に昇る気分だ。
”あれれ~、まほうがおわっちゃった~”
 妄想少女ルビのささやきが、幸せ気分に水を差す。
(目の前に女の子がいるのに、どうして妄想が出てくるんだよ!)
 ちょうどリンカは後ろを振り向いてくれていた。彼女が視線を向ける先では、杖を突きだしたままの分隊長が棒立ちしている。杖の炎も血の気も消えて顎から汗を滴らせていた。見開かれた両目と全開にされた口とが驚きを表している。
「お、俺の目がどうかしたのか? 今、貴様ら、空から降りて来た様に見えたのだが」
「そうよ。私たちは空から降りてきたのよ」
「バカな、そんな訳があるか!」
 分隊長の言葉に驚いたのはラッドだ。
「魔法使いが魔法に驚いているの?」
「魔法ではない! そいつらは魔法を使っていないのだ!」
 分隊長が気色ばんで否定した。
「俺様の魔力覚が魔力を感知していないのだから、魔法であるはずがない!」
 力説されてもラッドに理解できようもない。
「分かったぞ! 空を飛んできたように見せたのは幻術だ! 貴様らは浮遊魔法も使えない、魔術師だろ!」
「幻術も魔法よね?」
 ぽつりとリンカが言うと分隊長は頭を抱えた。
「そうだったぁ! お、俺の魔力覚は幻術さえ感知できないほど鈍ったのか!?」
「落ち着いて。魔法じゃない、までは正解。だってあれは魔法より凄い呪歌なんだから。魔法を超えた超魔法なのよ」
「魔法を超えた? ハッタリだ! そんなものあるはずがない!」
「この音楽家さんを守った魔法壁もそうよ。魔力を感じた?」
「あ、あれは俺様の失敗などではなく、感知できない魔法壁だったと言うのか?」
「そうよ。余分な魔力を出さないの。浮遊魔法だって、いらない方向に出る魔力は全部無駄でしょ? だから必要な方向だけに絞っているの」
「え? は、ええ?」
 分隊長は目を白黒させている。どうやら知識水準を越えた話をされているらしい。
 それはラッドも同じだった。
(こうしちゃいられない!)
 懐から手帳と貴重な鉛筆を取りだした。吟遊詩のネタになる事は何でも記録するよう、お師匠様から叩き込まれている。ネタ帳は言わば生命線だと。
 ここオライア共和国では魔法使い自体が珍しい。故郷の港町アルヒンには占い師一人しかいなかった。そんな国で魔法を超える超魔法の存在など誰も知らないだろう。
 ラッドはリンカの容姿や言葉を書き記した。服装や言葉使いからして彼女もまた外国人らしい。
 魔法の知識が無いラッドにはリンカの説明は理解できない。だが呪歌がどれくらい凄いかは、分隊長の態度から推測できた。
(相当なもんだぞ、これは)
 何しろ手の平を返して猫なで声を出し始めたのだ。
「なるほど。呪歌と言うものは大したものだ。魔法史に残る大発見だな」
「でしょう?」
「君は見上げたものだ。まだ子供なのに、本当に凄い」
 途端にリンカがむくれた。
「私は十五歳の成人女性よ! 子供扱いしないで!」
 思わずラッドは二度見した。彼も十二~三歳とばかり思っていたのだ。
 両手をパタパタさせて抗議する様は子供子供していて、十歳でも通じる。身長は低いし顔は童顔、女性としてのメリハリに欠けた幼児体型。そして成人女性にあるまじき剥き出しの太もも。
(お師匠様もそうだけど、女性の年齢は分からないもんなんだな)
「悪かった。君は立派な大人だ」
 分隊長は腰を引いて卑屈な笑みを浮かべている。
「どうだ、我々の同志にならぬか?」
「盗賊なんてお断り。私は曲がった事が大嫌いなの。それに私たちは、あんたたちを捕まえに来たんだから」
「さては貴様ら、賞金稼ぎだな!?」
「違うわよ。失礼ね」
「だが、我々を捕まえに――そうか! 魔法使い連盟の手の者だな!?」
「冗談じゃないわ! 連盟なんかと一緒にしないで!」
 初めてリンカが怒った。
「違うのか? では、どうして我々を捕まえるのだ?」
「この先の町の、町長さんに頼まれたの。盗賊魔法使いを捕まえてくれって」
「それを賞金稼ぎと言うんだっ!!」
「え、そうなの?」
 リンカは振り返って背後の少年に尋ねた。くぐもった声が返ってくる。
「……彼らに賞金を懸けたのは町です。その町から捕縛を依頼されたのですから、行う事は賞金稼ぎと同じです」
 明らかに作り声だ。
「でも私たちは賞金稼ぎに転職したんじゃないのよ」
「……はい。賞金も受け取りません。彼らは職業ではなく、僕らの行為で認識しているようです」
 外国人だからなのか、どうも二人の感覚はズレている。
「ええい、細かい話はどうでも良い!」
 分隊長が怒鳴った。
「我々に敵対するなら死んでもらうだけだ!」
 長杖を振りかざす。
「エルエムダード、ヴァルメルキルモル。マナよ我が身を守る盾と成りたまえ!」
 杖が燐光を放つや、分隊長を球状の光が包み込んだ。守りの魔法らしい。
”わ~い、まほうだ~”
 ルビは魔法が好きらしく、先ほどから魔法が使われるたびに喜んでいる。
「あらら、大見得切っちゃって。恥かくわよ」
 リンカは余裕たっぷりに短杖を振った。そして涼やかな声で――


♪ルーメス・アルモース。ソレイユターン♪


 呪文らしき言葉を旋律に乗せた。まるで歌うように。
”また、まほうだ~”
「これが呪歌なのか!?」
 ラッドは鉛筆を握りしめた。
 リンカが短杖を前に差し伸べる。対する分隊長は長杖を横にして両手持ち。
 魔法の戦いが、今ラッドの眼前で始まったのだ。
 それも魔法対超魔法である。
 一瞬も見逃すまいとラッドは目を見開き、息を詰めて観察した。

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