フェイトトリップ ~才能の統べる世界~

ルカ

第7話 最強魔法使いによるクエスト攻略


 みなさんこんにちは。サニィです!

 きょうはルカさんがクエストをこうりゃくするそうなので、ゆきといっしょにけんがくします!

 なんでも、ルカさんがほんもののまほうをみせてくれるらしいです!

 まほうをみるのははじめてなので、すごくたのしみです!


   2018年  2月13日  火曜日  朝


 今日もいつも通りの朝を迎え、いつも通りに朝食を食べ終えたサニィと雪は、ルカの下へと急いだ。

「きょうだったよね?ルカさんとクエストするの!」

「今日だよ。正確には「クエスト攻略の見学をする」だけどね。」

 そう、今日はルカがクエストを攻略する所を見学する日だ。サニィはこの日をかなり楽しみにしていたらしく、昨晩も「あしただよね?」と、雪に聞いていた。
 サニィと雪は、高ぶる気持ちを抑えながら、王室の扉を開けた。

「ルカさーん。きましたよ。」

 しかし、ルカはいなかった。

「あれ?ルカさんは?」

「いないね?どこ行ったんだろ?」

 王室はいつも以上に静か。平日、昼前の図書館のような静寂が流れていた。
 二人は思った。ルカさんのことだから、きっとどこかに隠れてる、と。なのであたりを見渡していたが、見る限り、どこにもいない。しばらく二人で狼狽していた。

「どうかしたの?」

 スカンだ。ちょうど通りかかったらしく、手に持っていたコーヒーを飲みながら聞いてきた。

「ルカさんしりませんか?」

「ルカくん?知らない訳ないじゃん。何年一緒にいると思ってるの。」

 雪はこの会話に違和感を感じざるを得なかった。というかこの会話を聞けば、誰もが違和感を感じることだろう。

(…サニィは、ルカさんがどこにいるか聞いたよね?多分。でも、スカンさんはルカさんの存在を知ってるって答えたの?…うわぁ、見事にかみ合ってない、、)

「?」

「どうかした?僕変なこと言ったかな?」

 サニィとスカンは共に首を傾げた。このままでは埒があかないので、雪が仲裁に入った。

「…スカンさん。」

「何?」

「ルカさんがどこに行ったか知りませんか?」

 サニィが隣で「そう!それがいいたかった!」とでも言いそうな顔をしている。

「知らないよー。」

 結局スカンは、ルカが何処にいるか知らなかった。だが、アドバイスはくれた。

「ザニくんとか知ってるんじゃない?朝から千里眼で町を見張ってるし。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「まぁよくわかんないけど。頑張ってね。」

 スカンはサニィと雪に軽く手を振ると、コーヒーを飲みながら立ち去ろうとした。

「ズズズうわぁっ!!」

 石畳に躓き、前のめりに倒れてコーヒーをぶちまけた。

「…そっとしとこう、サニィ。前から思ってたけど、多分あの人天然だ。」

 周囲に飛び散ったコーヒーを見てあたふたしているスカンを横目に、二人は王座に座ったザニにルカの居場所を聞いた。

「ルカさんがどこにいるかしりませんか?」

 ザニは目を瞑っていたが、サニィの質問に応えるため、片目だけ開いてくれた。

「ルカくん?冒険者ギルドの前だよ。」

「え?」

 二人は驚愕した。いや、サニィが驚愕するのは当然だろう。なぜなら冒険者ギルドには、一度しか訪れたことがないのだから。だが、雪が驚愕するのはおかしい。流石におかしい。
 サニィは冒険者ギルドの場所を雪に聞いた。

「ゆき、ぼうけんしゃギルドってどこだっけ?」

「忘れた。」

 なんということだろう。雪は冒険者ギルドの場所を忘れたようだ。

「サニィは?」

「わたしもわすれた。」

 二人は冒険者ギルドの場所を忘れたことを確認しあい、落胆した。

「…二人とも場所知らないなら僕が送ったげるよ。」

 その言葉を聞いた二人の顔に明るみが戻った。

「ありがとうございます!」

 二人はザニに連れられ、冒険者ギルドへ向かった。向かう際の並びとしては、先頭がザニ、その後ろにサニィと雪が横並びしているような状態だ。
 道中、ザニに様々な質問をした。

「お父さん」

「なんだい?My Daughter?」

 中々良い発音のMy Daughter?だった。

「スカンさんって天然なの?」

(スルーしやがった!!この子、スルーしやがった!!)

「そ、そうだね。僕の知る限り天然だよ。」

 ザニは渾身の発音で放ったMy Daughter?をスルーされたショックに苦笑しつつ、ちゃんと質問には応じた

「へー。」

 意外というよりは予想通りと言う意味の相槌だった。
 すると、話を聞いていたサニィが突然、挙手をした。

「はい!わたしからもしつもん!」

「何?」

「ルカさんってどんなひとですか?」

 ザニは少し考えて言った。

「そうだねぇ。優しいけど怖いっていうか、慈悲深いけど残酷っていうか、、なんだろ?見た目は光だけど、その光は内が闇だからこそ光ってるって感じかな?まぁ何にせよ、闇は深そうだね。僕の《眼》が言ってるよ。」

「??」

 首を傾げるサニィに、ザニは苦笑するしかなかった。

「あははは、よくわかんないだろうね。まぁ、大人になればわかるんじゃない?」

 すると雪が嘲るように言った。

「…お父さんたちはよくわかんない人達ばっかりだもんね。」

「な!?馬鹿にしたな!」

 ザニは声色を変えて、感情を込めてそう言った。
 すると、雪が手のひらを顔に翳した。

「真実を…述べたまでだ。」

 言い終わると同時に、翳していた手を横に倒し、決め顔の雪。

「言うようになったねぇ、雪、」

 と、ここで突然サニィが挙手をした。

「あ、はい!もうひとつしつもん!」

「ん?何?」

「[スキル]って何ですか?」

 ザニは少し驚いた様子だった。

「おお、その年でスキルの存在を知ってるとは感心だね。」

「私が教えたんだよ。」

 雪は多少ながら、自慢気だ。

「おお、さすがMy Daughter」

 今回も、先ほどを超えるような発音ど放ったMy Daughterだった。

「知ってたから教えただけだよ。」

(またスルーしやがった!!この子!)

 二度目のスルーに、ザニはまた苦笑するしかなかった。

「そ、それじゃぁ、スキルについて説明するよ。」

「よろしくおねがいします!」

 サニィは相変わらずかわいい笑顔だ。

「スキルとは、生物の個体が所有する能力のことを差すんだ。」

「??」

 よく理解できていないらしく、笑顔とは打って変わって小首を傾げるサニィ。

「…例えば、魔法が使えるようになるスキルなんかあるよ。」

「ほんとですか!?」

 サニィは感情の起伏が激しいのだろうか。小首を傾げていたはずが、目を輝かせて笑っている。

「ほんとだよ。ルカくんとか僕とか、城の皆は全員持ってるよ。」

「いいな~、、」

 笑顔ではあるが、その言葉には、憧れという感情が込められていた。

「サニィも持ってるかもね。」

「ほんと!?」

 魔法が使えるかもしれない。そう思ったサニィの目は、今まで以上に輝いている。

「いや、わかんないけど、、」

「そっか、、」

 サニィは少し落ち込んだ。と言っても、凹んでいる訳でもなく、笑顔は消えていない。何処かしら、まだ希望を失ってはいないのだろうか。ザニはその様子に安心したようで、話を続けた。

「…それじゃ、スキルの説明に戻るよ。スキルは全部で三種類ある。一つ目は、経験を積んだり、他人から教えて貰ったりして獲得するスキル《ファーストスキル》。例えば、《魔法》とか、《剛力》とかがあるね。」

「てことは、おしえてもらえばまほうがつかえるんですか!?」

 サニィのキラキラした目線に、ザニは申し訳無さそうに応えた。

「…いや、必ずしもそうじゃない。適性がある。」

「そっか、、」

 またもサニィは少し落ち込んだ。今回も凹んでいる訳ではない。ただ、笑顔は小さくなった。ただ、中途半端に話を切り替える訳にも行かないと思ったザニは、話を続けた。

「…そして二つ目のスキルは、ファーストスキルを活用し、充分に経験を積んだ際に、ファーストスキルが進化する形で獲得するスキル《セカンドスキル》。例えば、…《大魔法》とか、…《怪力》とかがあるね。」

「おお…つよそう…!」

 セカンドスキルの強者感に興奮するサニィを見て、ザニが自慢気に言った。

「いや、もっと強いのが三つ目のスキルだよ!」

「セカンドスキルよりつよいの!?」

「うん。その三つ目は、生物の個体が生まれ持った次点でしか獲得できないスキル、いわば才能、《オリジナルスキル》ってのがある。」

「お、オリジナル…!」

 サニィはオリジナルという言葉の意味を知っているのか、虚空を見上げて想像を膨らませている。
 突然、ザニの方を向き、質問をした。

「た、例えばどんなのですか?」

 ザニも一瞬びっくりしていた。サニィが余りにも突然話しかけてきたからだろう。すぐに質問に応えた所を見ると、「できる大人」なのだろうか。

「例えば僕の《真眼》なんかは、ファーストスキル《千里眼》や、ファーストスキル《洞察眼》など、眼に関わるありとあらゆるアクティブスキル、セカンドスキルの強化版を扱えるようになるスキルだ。」 

「うわぁ、、また自慢してる、、」

 サニィに対し、かなり自慢気に自分の能力を語るザニに、雪は呆れていた。

「自慢じゃない、真実を…述べたまでだ。」

 端から見れば結構うざいザニの自慢話に、サニィは興味深々だった。

「ほ、ほかにどんなオリジナルスキルがあるんですか!?」

「そうだねぇ、ルカくんの《特異魔法》みたいな独自の魔法の制作がしやすくなるスキルとか、アトくんの《怪力乱神》みたいな異様なまでに力が強くなるスキルとか、いろいろあるよ。」

「ほ、ほかには、ほかには!?」

 サニィの興奮は収まらない。ザニも多少は面倒に思っているようだ。

「えぇ、まだ言うの?そうだねぇ、、スカンくんの《暗殺者》みたいな暗殺者専用のスキルって感じのとか、トカゲンくんの《光速》みたいな めちゃくちゃ速く動けるやつとかかなぁ?」

「うわぁ~、すごいなぁ~、わたしももってるかな!?」

 ザニは少し困った顔をし、答えた。

「…さぁ、どうだろうね?」

「もってるといいな~!」

 サニィが自分の将来に夢踊らせていた時、雪はザニに質問を投げかけた。

「《真眼》を持ってるザニさんは、さぞかし強いんでしょ~?」

 雪はただ、ザニを馬鹿にするつもりで言った。

「違うよ。僕は強くない。」

「いつも偉そうにするくせに?」

「ははは、いつものはほんの冗談だよ。馬鹿だなぁ、雪は。」

「その辺が偉そうってんのよ。」

「なんだっていいさ。どうせ塵になる。」

「??」

 ザニが突然、真剣な表情でそう言った。サニィはまだ、将来に夢踊らせている最中だが、雪はかなり動揺した。ザニはそんなことを言う人ではないからだ。ザニは歩みを止めて下を向くと、何かを話し始めた

「僕は強くない。僕が強いように見えるとするなら、それは誤解だ。僕はただ、頭のおかしいほど強い奴の側にいるだけ。そこから離れれば、瞬く間に塵と化す。世界もろとも塵と化す。それを繰り返して今がある、はずだったんだ。でも現実は違う。何度繰り返そうが、意味なんてない。絶対の存在によって、繰り返した事実さえねじ曲げられる。僕は、僕達は繰り返している。繰り返した先に何も残らないと、誰も知らないからだ。繰り返す度に、過去が消えていく。過去を消す存在がいると、誰も知らないからだ。」

「お、お父さん?」

 ザニの顔は、狂気を具現化したような形相になり、独り言のように何か呟いている。

「過去は消える。繰り返す度に、過去だったものは今となり、過去は消える。でももし残るとするなら、繰り返されることはないだろう。過去を知れば、人はもうそこに戻ろうと思わないのだから。」

「お父さん??」

 するとザニは、雪を見つめた。ザニは泣いていた。

「雪はどんな結末になるかわかる?」

「え?」

「世界の行き着く先になにがあるか、わかる?」

「未来のこと?わかる訳ないじゃん。」

「未来じゃない、過去だ。行き着く先は過去だ。」

「え?未来じゃないの?」

「過去だ。今から僕らは過去へ向かう。独裁者が決めるんだ。今はだめだと。過去からやり直すと。でもそれじゃ駄目なんだ。この世は運命の通りに進む。同じ運命の中で同じことを繰り返すだけなんだ。だから無駄なんだ。」

「…つまり?」

「いつの日か、誰か、この無限ループを終わらせなければいけない。でもそれは叶わない。なぜなら、全ては運命の名の下にあるから。それを覆せるのは独裁者だけだ。」

「独裁者?」

「ああ、独裁者。運命に縛られない者。自分の運命は疎か、干渉した者の運命すらもねじ曲げる。そいつが繰り返す。世界が繰り返されることを望んでいる。そして誰も、自分自身さえも、繰り返された事実を知らないことを望んでいる。だからループする。無限にループする。ループから抜け出さなければならない。独裁者を止めなきゃならない。」

「ど、独裁者って、誰?誰を止めればいいの?」

「…見れば解るよ。この《眼》で。」

 するとザニがいきなり、にっこりと微笑んだ。

「とまぁ、こんな話しを一度してみたかったのだ☆」

 雪は困惑した。ただただ困惑した。

「う?え?え?じゃあ、今の話し…」

「ああ、今のはほんと。」

 淡々とそう告げるザニ。

「え?は?」

「いや、まぁ、ちょっとふざけたけど、情報としては間違ってないよ。あ、ほら、冒険者ギルドだ。」

 いつの間にか、冒険者ギルドが見え始めた。サニィの腕をザニが引き、それに続く形で雪も歩いた。冒険者ギルドの前に着くと、簡易的なデザインの大きな扉の前にはルカがいた。こちらに気づくと、片手を腰に当て、こちらを指差してきた。

「遅い!二人とも、って、ザニくんもいたのか。」

「道知らなかったみたいだったからねー。」

 すると突然、夢踊らせていたサニィがルカに気づいたようだ。ルカに向かって全速力で走り、なにやら怒っているようで、ルカの腹部をポコポコ殴っていた。

「ルカさん!おいていくなんてひどいじゃないですか!!たいへんだったんですよ!」

「ごめんごめん、、道知らなかったなんて、知らなかったし。」

「ルカさん、そんなわかりにくい言い方しなくても「道知ってると思ってたから」でいいんじゃないですか?」

「ああ、その手があったか!雪、天才!」

「まっ、氷結神の娘…ですから…!」

 一々感情を込めつつこんなやりとりをしている間にも、サニィはルカをポコポコ殴っていた。ブツブツと文句を言っている。

「…おいてかなくても…いいのに…」

 するとルカは、一瞬でサニィの機嫌をとる方法を思いついた。

「じゃあサニィ。お詫びに、今日のクエストで本物の魔法を見せるのとは別に、僕のとっておきの魔法を見せてあげるよ?」

「ほんと!?」

 サニィの口から何も言わずとも、表情で「嬉しい」と伝えていた。

「さぁ、そうとわかったら行こう!冒険へ!」

「はい!」

 ルカとサニィが冒険者ギルドの中に入る中、雪はザニの帰りを見届けた。

「そんじゃぁ、僕はこの辺で。」

「ばいばい。お父さん。」

 この場から立ち去ろうとするザニに雪は小さく手を振っていた。すると突然、ザニがこちらを振り向いた

「あ、雪。」

「ん?何?」

「雪はこの町の人達のことどう思う?」

「え?まぁ、楽しい…よ?」

 雪は訝しげな顔で首を傾げつつ、そう応えた。

「いなくなったら寂しいかな?」

「うん、まあ、この前の誕生日のときとか寂しかったかなぁ。」

 雪は綺麗な青空を眺め、この前の誕生日の出来事を思い返した。自然と笑顔がこぼれてくる。

「そ。それなら良かった。じゃね!My Daughter!」

 ザニは雪の笑顔を見て安心したのだろうか。またも発音良くMy Daughter!と言い放つと、踵を返して立ち去った。

「あ、うん。ばいばい。」

 ザニの立ち去る後ろ姿に手を振った後、雪はルカとサニィの後を追った。


      ~冒険者ギルド~


 ルカ、サニィ、雪の三人は、冒険者ギルド内に入った。その内装を見る前に耳に飛び込んで来たのは、威勢のいい男達の酒を飲み交わす声だった。

「おい!その酒は俺んだろうが!!」

「うるせぇよ!早いもん勝ちだろ!グビグビ」

「あ、お前!飲みやがったな!!!バキッ!」

「っ!てぇなあ!やんのかごらぁ!!!ドゴォ!」

「いいぞいいぞ~!」

「もっとやれ~!」

 そんな騒動がある中でも、店員は止めようともしなかった。
 冒険者ギルドの中に入って数秒、鼻をつくような強烈な酒気が漂ってきた。

「臭っ!なにこれ!?お酒?…レーニャさんより臭いよ!…しかもなんか喧嘩してない?」

 たまらず鼻の摘まむ雪。その横で鼻と同時に口も押さえるサニィ。平然と佇むルカ。

「る、ルカさん、てんいんさんとめないのかなぁ?」

「ああ、こんなの毎日だから、いちいち止めてるんじゃあきりがないよ。」

 ルカは少々呆れていた。

「まいにち…これですか…」

 サニィは若干、いやかなり引いていた。怯えていたのかもしれない。兎も角、嫌悪感を抱いていたのは確かだ。顔が物語っていた。

「…ここにいる冒険者ってのは荒くれ者ばっかだから。早くクエストを受けて外に出よ!」

「あ、はい!」

 サニィはルカの手を握り締め、はぐれないように気をつけつつ、周りを見渡した。壁はレンガで出来ており、騒ぎ立てる荒くれ者達の間から、所々に観葉植物や武具が垣間見え、元は綺麗な内装だったことがわかる。それらを観察している内に、多量の貼り紙が貼ってある板の前にたどり着いた。

「これはなんですか?」

「掲示板だよ。」

 部屋中が男たちで溢れかえっているが、このあたりは空いているようだ。サニィたちの他に、掲示板を見に来ている者は誰もいなかった。

「現在、承諾できるクエストの貼り紙がここに貼ってあるんだ。」

「へ~!」

 ルカの言葉の意味がわかったかは定かではないが、サニィは背伸びをして貼り紙を見ようとしていた。だがしかし、身長が足りないようだ。その様子を見ていた雪が、すかさず肩車をしてあげた。
 サニィは数ある貼り紙を一つ一つまじまじと見ていた。その表情は、どこか楽しげだった。

「サニィ、何か面白いのあった?」

「う~ん、、ぜんぶ!」

「全部だったか!よかったね、サニィ!」

「うん!」

「あ、あった、これこれ。」

 するとルカが、目当ての貼り紙を見つけたようだ。留めてあったピンを外し、貼り紙をサニィと雪に見せた。「ジャイアントホースの皮:6体分  賞金:10000G」と書いてある。

「これが今日僕が受けたいクエストだよ。」

「これですか?」

「そ。この貼り紙を受付まで持って行けばクエストを承諾できるんだ。」

 すると、珍しく雪が目を輝かせた。ルカの持っている貼り紙で、何か気になる情報を見つけたのだろうか。

「お~!賞金10000G!全部私に頂戴!」

 ルカは少し考え、返答した。

「…考えとくねー。それじゃ、受付に行こうか。」

「はーい!あ、ゆき、おりる!」

「あ、そう?ok  ok.」

 サニィは雪の肩の上から降り、ルカの手を握り締めた。掲示板から受付までの距離は短く、あっと言う間に到着した。だが、カウンターには誰もいなかった。

「すいませーん。」

 ルカが呼びかけるとカウンターの奥からではなく後ろから、店員と思われる女性が男たちの間を分け入ってやってきた。

「はいはーい、お待たせしました。」

 なんでも人員不足が続いているそうな。クエスト目当てで来る人も少ないので、カウンターの受付担当もウェイトレスに回しているらしい。

「今日はどういったご用件で?」

 金髪ポニーテールの女性はスカートのポケットからメモ帳を取り出し、用件を聞いてきた。

「クエストを受けにきました。」

「あ、はい。クエストですね。」

 店員はすかさずメモを取っている。

「ではどのクエストを受けられますか?」

 メモを取り終わり、きちんと目を見て接客する辺り、店員側の規律は正しく指導されているのだろうか。ただ、男たちの喧騒を放っておくのは如何なものかと。

 ルカは先ほど掲示板から持ってきた貼り紙を店員に手渡した。

「これです。」

「はい、ありがとうございます。
…こちらのクエスト、期限は3月1日までとなっておりますが、よろしいでしょうか?」

「はい。よろしいです。」

(よろしいです!?ルカさん言葉遣いどうなってんの!?)

 雪はルカの言葉遣いに驚いたようだ。
 店員は平然としている。

「それでは、No.3129番のクエストを受けるということで、こちらの承諾書にお名前とご職業、冒険者であれば登録番号も、ご記入ください。」

「はい。」

 ここで、雪が店員に小声で話しかけた。

『店員さん店員さん。』

『ん?なに?』

『ルカさんって言葉遣いおかしくないですか?』

『そうですね。おかしいと思います。』

『店員さんはなんで驚かないんですか?』

『ああ、慣れですよ。』

 「慣れ」らしい。

「書きましたよー。」

「はい……確かに確認致しました。それでは、報酬を準備してお待ちしておりますので、クエストが完了致しましたら、報告に来てくださいね。」

「はい。了解しました。」

「ご健闘をお祈りします。」

 店員はにこやかな笑顔でそう言ってくれた。ルカも笑顔で返した。

「はい。ご健闘します。」

『やっぱおかしいよ!ねぇ!サニィ!おかしいよね?』

『え?そーなの?』

『えぇ、、、』

 サニィは何とも思っていないようだ。もしかすると、理解できていないのかもしれない。
 そして三人は、冒険者ギルドを出た。
 目まぐるしいほどの酒の匂いから解放された三人は、大きく外の空気を吸った。

「やっぱ外だわ。これ。」

「そーですね、おいしいです!」

「空気って味あるんだね、、初めて知った、、」

 そしてしばらく、三人で冒険者ギルドの悪口を言い合った。酒臭いだの、五月蝿いだの、かなりの数が上がった。良点は、ルカから上がった「接客が良い」、ただ一つだった。そして一段落ついて、ルカが今回のクエストについて話した。

「今回のクエストは、まぁ、そうだねぇ……僕についてくれば大丈夫!」

「そ、そうですか、、」

「てなわけでさっさと行こう!魔法が待ってる!」

「まほーだー!!」

(魔法、待ってなくない?別に。)

 三人は、町の外へと飛び出した!


     ~ドムレカ民政王国周辺~
         《草原》


 町の周辺は、草花の広がる草原地帯、巨大樹の生い茂る森林地帯、山と谷の連なる山岳地帯、見上げるほど高い岩山の並ぶ岩石地帯の四つに分けられる。今回の討伐目標、ジャイアントホースは、町の周辺で一番の面積を誇る草原地帯に山ほどいるらしい。

「さーて、どこにいるかなー。」

 キョロキョロと遠くを眺めるルカ。

「たのしみー!」

 相変わらず笑顔のサニィ。

「…あ、いた!」

 そして目標を発見した雪。

「ゆき?どこにいたの?」

「あそこだよ。」

「どれどれー……!??」

 サニィは雪の指差した方向を目を凝らして見た。すると、12mはあろうか、サニィの予想を大きく上回るほど、巨大な茶色い馬がそこにいた。

「お~、いたねー。」

「で、でか、!」

 サニィの膝は笑っていた。

「でかいでしょ?あれ。」

「うん、、、ルカさんだいじょうぶ?」

 サニィは心配そうにルカを見つめた。見るところ、怯えてもいるようだ。だが何故だろう。怯え方がルドルフに会った時と同じような気がする。サニィの中でルドルフとジャイアントホースは、イコールの関係で結ばれているのだろうか。
 ルカはサニィの心配は不安を打ち消すつもりで、大声で返事をした。

「おう!任せとけ!」

 握り締めた右手の拳を左胸に、ルカは背に装備した自分の背丈程ある杖を、颯爽と左手に持った。左利きらしい。

「まずは最下級の魔法を見せたげるねー。」

(!?ついに!?ついにまほーがみられるのかな!?)

 サニィは杖を手に取ったルカを見て、喜色満面の体だ。
 ルカは右手を下ろすと、杖を左手でくるくると回し、矛先を魔物に向けた。杖の先に紅色の魔法陣が展開される。青の宝石が散りばめられ、青の淡い光を放つ杖は、魔法陣の紅い光と混ざり合い、美しく彩られた。
 次の瞬間、魔法陣がより一層輝く。

「…火炎魔法《フレア》。」

 ルカが力も込めず、そう言い放った刹那、魔法陣から直径3mは優に超える火球が放たれた。その炎は瞬く間に魔物まで届き、ゴォォッという轟音を鳴り響かせながら、魔物を炎に包んだ。

「どお?これが最下級魔法、《フレア》だよ。」

「すごぉぉい……」

 サニィと雪は燃え盛る火炎をただ呆然と眺めていた。炎が消えたと思えばそこには、ジャイアントホースだったであろう、何らかの黒い燃えかすが残っていた。

「ええぇぇ、、これ、最下級?」

「そ。一番弱い。」

「いや、おかしいよ!あの威力!あの、あの巨体がよ!?一番弱い魔法なんかであんななるわけないでしょ!」

 燃えかすを指差してそう言う雪にルカは、

「ま、最強の魔法使いですから。」

 と返した。雪は驚愕したまま、燃えかすを指差して見ていた。

「ルカさん!すごいですね!」

 ルカの隣で目を点にしていたサニィが、目を輝かせてそう言った。

「もういっかい!もういっかいみせてください!」

「いいよー。じゃあ次は氷魔法を見せたげよう。」

 「氷魔法」という言葉を聞いた雪は、自信満々に宣言した。

「ルカさん。」

「なに?」

「氷魔法なら、ここにスペシャリストがいるじゃん?ルカさんのより、私の方がよっぽど強いですよ。」

 胸を張ってそう言う雪。

「ほほう。それではどうぞ、あちらのジャイアントホースに、氷魔法をぶつけてみい。」

 ルカの表情は中々余裕そうだ。

「よぉし!見せてあげよう、泣く子も黙る私の本気!」

 張り切って両手の平を魔物に翳し、青色の魔法陣を展開する雪。その様子を、ルカは楽々見ていた。
 雪の魔法陣がより青く輝く。

「…氷魔法《アイス》!」

 魔法陣から直径30cmほどの、青白い光弾が放たれた。すぐさま魔物に着弾し、その着弾点から、一瞬で魔物を覆い隠すほどの氷塊が創り出された。

「うわぁ//すごいね!ゆき!」

「ふふん、どうですか?ルカさん!」

 自慢気にそう言う雪にルカは落胆気味に質問をした。

「…本気…だよね?」

「え?当たり前ですよ。」

「それじゃ、僕もちょっと本気をだそうかなー。」

『死人が出ない程度に』

 ルカがそう呟いたのは、サニィと雪の耳には届かなかった。

「ちゃんと見ててねー。」

「はい!」

 威勢のいい返事をするサニィ。

「見てますよ。」

 余裕綽々の雪。
 次の瞬間、ルカは空中に浮かび上がった。

「え!?飛ぶの!?」

「わああ//ルカさんすごぉい!!」

 そのまま地上から10mほど離れた付近で止まり、魔物に向け、両手で杖を構えた。杖の先に、青白い巨大な魔法陣が展開される。地上の二人から見れば、全体像が見えないほど巨大だ。

「え!?え!?」

 動揺する雪、心躍らせるサニィ、眩いほどに輝く魔法陣、

「氷魔法《アイス》!!」

 大きな声で叫ぶルカ。その瞬間、直径7mはある青白い光弾が飛び出したかと思うと、雪の創り出した氷塊を覆い隠し、天まで届かんばかりの巨大な氷塊が現れた。

「は、はぁ?何これ?」

「うわぁぁ// ペクチッ、、」

 サニィは嚔をした。機敏に反応する雪。

「サニィ大丈夫?私はちょうどいいくらいだけど。」

 凄まじい冷気は、氷塊からある程度離れた二人の下にも届いた。
 すると、ルカが降りてきた。

「どお?僕の魔法は。」

「ざ、ざむいでず!カタカタ」

「いや、すごいけど!サニィが寒がってるからあれ消してください!」

「あ、ごめんごめん。」

 ルカが手を翳すと、氷塊は瞬時に消え去った。

「すごいです!ルカさん!すごいですね!」

「いやぁ、それほどでもある。」

「せめて否定してくださいよ、、」

 ルカは背伸びをした。

「さぁてと、、そろそろクエストを片付けようかね、、今2匹倒したから…あと4匹だ!ちゃちゃっとやってくるねー。」

「はーい!」

「あ、探さなくてもよかった。」

 サニィに軽く手を振り、その場から立ち去ろうとしたルカは、ジャイアントホースを近場に1体、遠くに3体見つけた。

「あ~、ちょっと遠いですね。」

 遠くの3体を眺めながらそう言う雪。

「まあ、見ててよ。」

 ルカは持っていた杖を空に向けて、大きく振りかぶって、投げた。杖が見えなくなると、足を肩幅に開き、胸元で手を合わせた。すると、魔物たちの遙か上方に黄色い魔法陣が展開される。

「つぎはどんなまほー!?」

「それはねー、」

 魔法陣がより一層黄色く輝く。

「雷魔法《サンダー》。」

 耳を劈く雷鳴と共に眩い閃光が走り、サニィは思わず耳を塞ぎ、目を瞑った。
 目は開くと、焼け焦げた魔物たちと地面に突き刺さった雷の跡があった。

「か、かみなりですか!?かっこいいですね!」

 サニィは大興奮だ。

「でしょでしょ?コントロールしにくいけどね!」

(もしかしてルカさんってマジで最強なのかな?)

 数多くある魔法は、それぞれ扱いにくさが異なる。扱いにくさは、魔法の命中精度を、元に決められており、レベル1(扱いやすい)からレベル10(扱いにくい)の10段階に分けられる。基本的には、下級魔法より上級魔法が扱いにくいとされる(下級魔法はフレア、上級魔法はエクスプロージョンなど)。しかし例外もあり、先ほどルカの放った雷魔法《サンダー》は、中級魔法ながら、扱いにくさはエクスプロージョン並み、レベル7である。レベル7とまでなると、10m離れた直径3mの的に狙って当てることすら、至難の業である。

(トカゲンさんでも2匹同時は難しいって言ってたのに4匹も…しかも平然と決めた…)

 ルカが空に手を翳すと、遙か彼方からやってきた杖が、ルカの手に吸い込まれるように戻ってきた。

「さてと、6体倒したし、クエスト完了だね。冒険者ギルドに報告に行こうか。」

 その言葉を聞いたサニィは訝しげな表情を浮かべた。

「ルカさん、とっておきのまほーは?」

「ぅえ?ああ、約束したね、そういえば。」

「わすれてたんですか!?」

 サニィの顔は今の所、喜怒哀楽の哀寄りの怒と言ったところだ。

「い、いやぁ?忘れてないけど?」

 ルカは斜め上を見ながらそう言った。

「それならよかったです。」

 サニィはホッと一息ついた。喜寄りの楽だ。

(忘れてたなんて言えねーわーこれ。)

「そ、それじゃ、あそこのジャイアントホースにぶつけるね!」

 そう言うと、ルカはまたも空中ヘ浮かび上がった。そして、杖の矛先を魔物に向ける。

「さあ見せてあげよう。最強の魔法使いによる、最強の魔法!」

 ルカは杖を両手で強く握り締めた。杖の先より、直線的に魔法陣が連なる。その魔法陣は七色に輝き、大小、形、様々だ。最後に、ルカの背にどの魔法陣より巨大な魔法陣が展開される。そして魔法陣からは、幾多の閃光が迸る。

「…絶対消滅魔法《メトロオーブ》!!」

 淡い七色の球体が、魔法陣から放たれる。速度は遅いと言えども、視界を覆い隠さんばかりに巨大な球体は、すぐさま魔物に到達し、目の前で大爆発を起こした。

「眩しっ!!」

「うわわわわ!!!とばされる!!」

 まずは失明しそうなほどに眩い光が、直後に爆風が無数の岩や塵を引き連れ、轟音を巻き起こしながらサニィ達を直撃した。
 光が消え、目を開けるとそこには、大きく陥没した地面があった。

「…しぬかとおもった、、」

「何これ?クレーター…?」

「これが僕の最強の魔法だよ。流石に本気でやってないけど。」

 ルカは地面に降りながら言った。

「え!?本気じゃないの!?」

 サニィと雪は見事にハモった。

「ほ、ほんきをみせてください!」

 サニィがルカにキラキラした目で寄りかかった。

「いいけど…死ぬよ?」

 淡々とそう告げるルカ。

「ふぇ?」

「うん。死ぬっていうか消える。」

 魔法が放たれる前まで、クレーターの中心あたりいた筈の魔物の姿が見えないあたり、かなり説得力がある。

「そう、、ですか、、」

 サニィは一歩後退しながらそう言った。

「さて、冒険者ギルドに報告に行こうか!」

「あ、はい!」

 雪はふと、ルカから預かっていたクエストの詳細を見た。すると、そこに書いてあった内容に目を見張った。

「る、ルカさん…これ、、」

「ん?なになに?」

 雪の差し出した詳細の紙を覗き込むルカ。

「クエスト詳細、「ジャイアントホースの皮:6体分を鍛冶屋ルドルフの下に届けた後、詳細の下のスペースに判子を押してもらい、その判子を確認次第、クエストを完了とする」…か………え?」

 三人は顔を見合わせた。そして、

「倒すだけじゃないの!?」

 次は三人でハモった。

「ルカさん、皮持って帰んなきゃなんない!」

「る、ルカさんならできますよね!?」

「いや、まぁできるけど…」

 三者共に慌てふためく中、ルカはキリッとした表情で述べた。

「めんどくさい。故に、やりたくない。」

 サニィと雪は驚愕した。と同時に雪は、「いや、やれよ」と思った。

「る、ルカさん!じゃあどうしますか!?」

「あ、ここで二人に冒険での極意を教えよう。」

「え!?いいんですか!?」

 サニィの焦った顔は、歓喜に満ちた顔へと変わった。

「それはだねー…」

(なんか気になる…!!)

 サニィと雪は固唾を飲んだ。

「困ったときは仲間を頼ろー!」

 拳を突き上げながらそう言うルカ。
 サニィと雪の反応は、著しく薄かった。

「…当たり前だね、サニィ。」

「え?ああ、うん、、」

「いやまぁ、重要だから覚えといてね二人とも。」

 ルカは、そう言いながら杖を地面に突き立てた。

「遠距離通信魔法《スピーラ》」

 すると、杖から出た白い光が城まで延びた。

「ま、まほーですか!?ルカさん!」

「ん、そだよ。おーい、トカゲンくーん。」

 ルカが呼びかけると、杖からトカゲンの声が聞こえてきた。

{どうかした?ルカくん。}

 実際に近くで聞く声と何ら変わらない。すぐそこにトカゲンがいるかのようだ。

「あのねー、ちょっと来てほしいんだけど。」

{ああ、いいよ。}

「よろしくー。」

 ルカが杖を地面から引き抜くと、杖から出た光は消えた。

「ルカさん!いまのまほうはなんですか!?」

「遠くにいる人と会話ができる魔法だよ。便利でしょ?」

「べんりですね!わたしもつかいたいです!」

「頑張ってねー。」

「はい!」

 サニィは張り切って返事をした。

「にしてもトカゲンさん遅いですね。」

「たしかに遅いね。」

 二人はそう言っているが、トカゲンが返事をしてからまだ20秒ほどしか経っていない。

「あ、来た。」

 雪の眺める方を3人で見た。

「おまたせ。」

「おまたせられたよ。」

 トカゲンがやってきた。後ろにはレオナがいる。というか相変わらず言葉遣いがおかしいルカ。

「あ、レオナさんこんにちはー。」

「こんにちはー。」

「レオナさんも来たんですね。」

「師匠がルカさんに呼び出されたとのことなので、ついてきました。」

 レオナは満面の笑みでそう答えた。よほど師匠のことが好きなのだろう。

「さあトカゲンくん、依頼があります。」

「何?」

「このクエスト、攻略して!」

 ルカはクエストの詳細が書かれた紙をトカゲンに渡した。

「ええと、ふむふむ、うん、いいよ。」

「報酬は全部あげるから。」

 ルカから放たれたその言葉を聞いた雪は、レオナとサニィとの三人で雑談を交わしていた最中、ルカの下まで走り、息を切らしながら問いただした。

「と、トカゲン、さんに、な、なんと、言いましたか!?」

「ん?報酬は全部あげるって言った。」

 雪はルカに勢いよくすがりついた。

「な!?なんでトカゲンさんですか!?私に!私にくれるって!」

 ルカは非常に冷静な顔で答えた。

「あげるとは言ってない。考えとくって言った。」

「え、あ、あぁぁ、、」

 雪は酷く落ち込み、地に手を付いた。よく見ると、涙をこぼしている。

(いや、ルカくん、これ僕に罪悪感しかないんだけど?)

(なんで?)

(いや、だってさ、僕が来なかったら報酬は雪のものだったんでしょ?)

(いや別に。もともと僕が貰うつもりだったし。)

(えぇ、、あげようよ、かわいそうじゃん。どうせルカくん使わないし。)

(使うよ?)

(悪事に?)

(なんで皆そんなこと言うの。)

 これは、長年連れ添った仲ということで伝わるテレパシーのようなものである。ほぼ目の動きだけでここまで解るのだから、凄いものだ。
 トカゲンは罪悪感を感じたのだろうか。地面に手を突き啜り泣く雪に目線を合わせ、声をかけた。

「雪、僕から報酬あげるよ。」

「ほ、ほんとですか!?」

 突然顔を上げて飛びついてくる雪に、トカゲンは思わず退く。

「ほんとですか!?」

「ほ、本当だよ。あげる。」

「ありがとうございます!!」

 雪の地面にめり込まんばかりの土下座に、トカゲンは苦笑していた。

「ゆきよかったね!」

「優しい師匠のおかげですね!」

 顔を上げて正座した雪は、嬉しい涙をこぼしていた。よほどお金が好きなのだろう。ルカとトカゲンは、父親に似たものだ、とつくづく思った。

「あ、ルカくん。」

「何?」

「クエストの事なんだけど。」

「ああ、うん。」

「僕あんま力ないから、剥いだ皮は自分で持って帰ってね。」

「ああ、いいよ。」

「そんじゃあ目に付いた6体を適当に剥いで倒すから、よろしく。」

「おなしゃす!」

 ルカは軽くお辞儀をした。そしてサニィが、トカゲンが魔物をなぎ倒しに行くのかと思った瞬間、トカゲンの口から思いも寄らぬ言葉が放たれた。

「はい、終わったよ。」

「ありがと。」

「流石ですね師匠!」

「相変わらず速いですね。」

「え?」

 サニィは目を見張った。なぜなら、トカゲンが魔物を倒しに行く瞬間が目に入らないどころか、ずっとそこにいたように見えていたからだ。

「え?ちょっとまってください!トカゲンさんはそこにいましたよね!?」

「ああ、サニィはまだ知らなかったかな?僕のスキル。」

「え?いまの?ですか?」

 訝しげな表情で首を傾げるサニィ。

「僕のオリジナルスキル《光速》は、十秒間、光の速度で動ける。ただし、一回の発動ごとに、一分間のクールタイムが必要になる。」

 サニィはザニの話を思い出した。

「あ、ザニさんがいってました!」

「なんだ、もうザニくんが話してたのか。」

「はい。でも、みえないくらいはやいなんてしりませんでした!」

 サニィは目を輝かせていた。サニィは本当に目を輝かせることが多い。

「見えないかー、見てほしいんだけどなぁ、皮を剥ぐ技術。」

「師匠、見えたら人間じゃないです!」

 少し肩を落としてそう言うトカゲンに、すかさずレオナがツッコんだ。

「ん、そっか。じゃ、この辺で。」

「それでは、また門の前で。」

 トカゲンはスキルを使わず、歩いて去って行った。その横で手を振るレオナ。

「ばーい。あ、レオナ、ちょっといいかな。」

「はい、なんでしょう。」

 トカゲンと共に去ろうとするレオナをルカは呼び止めた。

「僕今からジャイアントホースの皮探して来るから、サニィと雪を預かってほしいんだけど。」

「はい、いいですよ。」

「ごめんねー。すぐ戻るからよろしくー。」

 ルカは空を飛んで遠くに行ってしまった。

「サニィ、雪、ルカさんが帰ってくるまで、門で待っておきましょうか。」

「はい!」

 三人は、ドムレカ町の門まで歩いて行った。


      ~城下町の門~

 木組みの簡易的ながらしっかりとした門。塀に囲まれた城下町へ入る、たった一つだけの入口だ。門に連結している塀に、ソティアが寄りかかっていた。

「レオナさんおかえりー。あ、サニィ、雪、おかえり。」

 3人に気づき、一歩ほど前に出て話しかけるソティア。

「ソティアさんただいまー!」

 元気良く返事をするサニィ。

「ただいまー。」

 これと言って特徴も無く普通に返事をする雪。

「ただいまー。師匠帰ってきましたか?」

 帰って早々に師匠の安否を確認するレオナ。

「ええ。帰ってきたわよ。レオナを待っとけばよかったって言ってたわ。帰り道暇だったのかしらね。」

「師匠が私を欲していたとは!嬉しい限りです!」

 レオナはかなり喜んでいるようだ。

「まあサニィも雪も、ゆっくりしていきなさいね。」

「はい!よろしくおねがいします!」

 サニィと雪とレオナが門を潜った瞬間、突然、ソティアを巨大な拳が強襲した。
 ソティアは対応できず7mほど飛ばされ、石畳の道の中心あたりで倒れ込んだ。

「ソティアさん!?」

「え?え?」

 突然すぎる出来事に動揺する2人。
 ソティアを殴りつけた犯人はゴーレムだった。ゴーレムにも木、氷、煉瓦といろいろあるが、今回のゴーレムは石、このあたりでも強い部類の魔物だ。

「うわわ!まもの、」

「サニィは私が!」

 雪はサニィの前に立ちふさがり、魔法を放とうとした。だが、そのころにはゴーレムの四肢は切り離されていた。

「大丈夫ですか?」

 レオナが四肢を切り離したようだ。抜刀した刀を収めようとしている。その時だった。ゴーレムの巨体に隠れていた無数のゴブリンがレオナとサニィと雪に襲いかかった。ゴブリンと言ってもドムレカ周辺のゴブリンは、大人が束になっても傷一つ付けられないほどの強さだ。
 レオナは目前の二体の首を跳ね飛ばし、後ろに飛び退いた。が、危ういのはサニィと雪だ。実戦経験がほぼ無い二人は、慌てふためいて腰を抜かしていた。

「雪はサニィを守ってください!!すぐにこちらを片づけますから!!」

「そんな必要ないわよ!」

 サニィたちの頭上を飛び越し、ゴブリンの群れに飛びかかったソティアは、ゴブリンに向け、空中で回し蹴りを放った。普通、回し蹴りというと打撃をイメージするだろう。だが、ソティアの回し蹴りは違った。ゴブリンたちを上下に両断した。

「雪はサニィ抱えて退きなさい!」

「で、でも腰が、、」

「片づけましたよ!」

 ゴブリンをざく切りで圧倒したレオナが、すぐさまサニィと雪を抱えて退いた。

「ありがとね、レオナさん!」

 襲いかかるゴブリンに対し、ソティアは殴りかかった。だが、殴りかかったソティアの手は拳ではない。指先を伸ばしている。手刀でもする気だろうか。違った。手刀のような生易しいものではなかった。ゴブリンの腕は切り離され、地に付いていた。
 ソティアはゴブリンの攻撃してきた手を、手刀らしき何らかの技で全て切り離した後、真っ直ぐに飛び上がり、またも空中で回し蹴りを放った。
 ゴブリンの群れは残滅された。

「や、やったんですか?」

「うん。もう安心よ。」

「あ、ありがどうございまず~!!」

 サニィと雪は大泣きでソティアに抱きついた。

「じぬがどおもいまじだ~、、!」

「まあ、そうね。私もびっくりしたわ、あれ。」

「ふ、二人とも少し落ち着いてください、!」

 レオナにそう言われ、サニィと雪は落ち着きを取り戻した。雪は少々肩を落としている。ソティアとレオナが話すには、魔物が襲ってくることはよくあるらしい。

「困ったものよね。」

「おかげさまで暇ではないですけどね。」

「怖くないんですか?」

「え?」

「魔物、怖くないんですか?」

 雪は膝を着き、俯きながらそう聞いた。

「私、、魔物が襲って来たとき、、死ぬんじゃないかって怖くて、、何も、、出来てなかった、、」

「そんなことないよ!」

 涙をこぼしながら言う雪を、サニィは励ました。

「ゆきはわたしのまえにいてくれたよ!だからわたしあんしんだったよ!ゆきはすごいよ!」

「でも、、ソティアさん達いなかったら死んでたよ、、怖かったよ、、」

 一向に泣き止まない雪に、ソティアが体験を語る。

「最初は…怖かったわよ。」

 目線を、雪から空に変えて話を続けるソティア。

「私にも、故郷の村があった。アトとスカンと私と、もう一人アリスって子と、4人で毎日、遊んだり勉強したりしてた。高校受験を控えたある冬の日、町に魔物が攻めてきたの。村にいた戦士の人たちなんか、話にならないくらいにバタバタ死んでったよ。血飛沫を上げながらね。逃げ遅れた私は、家の近くの秘密基地に隠れたの。アトたちと穴を掘って作った、地下一階建ての穴みたいな場所。入り口の蓋を少し開けた隙間から、外を覗いてた。そしたら、アリスを喰ってる魔物がいたの。見開いた目で空を見つめてるアリスの腑を、むしゃむしゃ喰ってた。怖くて、助けることもできずに震えて見てたら、魔物と目が合ったの。返り血を浴びて血みどろの魔物が、こっち見てニタァって笑った時は死んだと思った。何とか、命からがら逃げ出して、血生臭い村を後に走ったわ。その時の魔物はもう…恐怖そのものだった。」

 ソティアに続き、レオナも語る。

「私も…師匠がいなければ、もう何回死んでいるのかわからないくらいです。冒険者だって、皆そうですよ。最初は怖い。まあそれでもこうして、魔物と渡り合えているのは…経験による「慣れ」ですね。」

「慣れ…ですか、、」

「雪は私達なんかより強くなれる素質があるんだから、自信持ってサニィを護りなさいね。」

「…はい、、すいません、ありがとうございました。」

 雪は涙を拭い、ソティアたちに礼を言った。
 ちょうどその時、ルカが帰ってきた。

「うぇぇい!ただいマリーゴールドー!周りに魔物の死体と涙目の雪!何があった!」

 異様にテンションが高い。

『そ、ソティアさん、ルカさんどうかしたんですか、?』

 ルカのテンションに多少怯えているサニィが、ソティアに質問する。

『大丈夫、こんなのいつもよ。』

 サニィの問いに小声で応えたソティアは、後方を振り返ってルカの問いに応えた

「話せばちょっと長くなるんだけど…」

「待った。」

 ルカが手のひらをソティアに向け、静止する。

「三行で説明せい!」

「…魔物奇襲、
 魔物撃破、
 雪恐怖。」

「ok、完全に理解した。」

 左手の親指を立てるルカ。

「ルカさん、さがしものはみつかりましたか?」

「見つかったよー。」

 その言葉に、訝しげな表情を浮かべるサニィ。

「なにももってないじゃないですか。」

 ルカは巨大なジャイアントホースの皮を6体分探しに行き、それを見つけたと言った。だが、手には何も持ってない。

「持ってるよー。これ。」

 ルカはポシェットから手のひらサイズの赤い球体を取り出した。

「?これなんですか?」

「ルドルフさんのとこで話すよ。もう一回しまうのもめんどくさいし。」

「しまう?」

「それも後で説明するねー。先にルドルフさんに判子もらお!」

「あ、そっか、判子貰うんでしたね。」

「そそ。てなわけでお世話になったソティアとレオナにお別れの挨拶をしよう!」

「はーい!」

「え゛、いいよそんなの、、」

 ソティアとレオナが戸惑う中、ルカをセンターに、サニィ達は綺麗に整列した。

「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー!」

 そして一礼し、大きく手を振ってその場を離れた。ソティアとレオナは終始戸惑っていたが、最後には笑顔で手を振ってくれた。
 会話を交えつつゆっくり歩き、しばらくして鍛冶屋に到着した。

「ルドルフー、いるー?」

 ルカが呼びかけると、店の奥からルドルフがやってきた。

「よお、ルカ。何の用だ?」

 ルカは少し微笑み、ルドルフに紙を見せた。

「こ、これは…!!」

「そう…クエスト…完了だ!」

 ルカはそう言うとすぐ、ポシェットから赤い球体を取り出し、地面に投げつけた。勢いよく茶色い何かが飛び出した。※糞ではない。

「こちら、ジャイアントホースの皮6体分、でございます。」

 ルドルフはジャイアントホースの皮に歩み寄り、手にとって観察した。

「こ、これはまさしくジャイアントホースの皮…!!」

 それを確認すると、今度はルカに歩み寄り、手を掴んだ。

「ありがとうルカ!助かった!」

「それほどでも…あるかな…?」

 得意満面に応えるルカ。
 ルドルフは、店の出口付近でジャイアントホースの皮の山を呆然見つめているサニィと雪を横目に見た。

「…ルカはこの前ランドセル買いに来たんだったろ?」

「Yes!」

 ザニ程ではないが、中々発音が良い。

「お礼と言っては何だが、今からランドセルを二つ作ってやるよ。」

「お、まじで!?お願い!」

「がっはっはっ、任せとけ!最高の一品を二個作ってやる!」

 大口を開けて笑ったルドルフは、ルカの肩ほ何度も叩いてそう言った。

「おう!任せた!」

 ルドルフはジャイアントホースの山を両手で抱え、店の奥へと消えていった。

「ルカさん、」

「何?サニィ。」

「いまのちゃいろの、どうやってだしたんですか?まほーですか?」

 小首を傾げるサニィ、

「あ~、おしい、魔法ではないかな。」

 ルカはサニィのそばに歩み寄った。同時にポシェットから青い球体を取り出した。

「これを使った!」

「?あかく…ない?」

「お、鋭いねぇ、そこに気が付くとは。」

 するとルカは、近くにあった椅子の上に球体を置いた。

「ちょっと待ってね。」

 そのまま10分ほど待った。

「…10分ぐらい経ったのに何も起きませんよ?」

「wait wait、もうちょい。」

 次の瞬間、椅子が球体に吸い込まれた。

「吸い込まれた!?」

「!?すごーい!!」

 目を輝かせたサニィは球体を手に取った。球体は、先ほどよりも赤みがかっていた。

「…ちょっとあかい…?」

「おお~目敏い!その球は魔力を送った後、一定時間触れていたものを吸い込む力がある。ただし、吸い込める量に限りがあって、中身が空っぽなら青、限界に近ずくほど赤くなっていく。卵くらい割れやすくて、割ったら中身が飛び出す仕組みだよ。」

「じゃあ、わったらいすがでてくるんですか!?」

「うん、そうだよ。さっき僕がジャイアントホースの皮を出したときみたいにね。」

「わってみてもいいですか!?」

 サニィの好奇心は爆発気味だ。

「いいよー。」

 ルカは快くその好奇心を許した。
 サニィは大きく振りかぶり、球体を勢いよく地面に投げつけた。割れたと思えば、すぐに椅子が現れた。

「うわぁぁ//まほーつかいみたい!!」

「ほんとだね!なんかカッコイいよ、サニィ!」

「えへへ~、、」

 サニィは後頭部をさすりながら、照れ笑いを浮かべていた。
 その後、しばらくその球体で遊んだ。ルカが安全と言うので、雪を中に入れてみたりもした。夕方になると、店の奥から汗だくのルドルフがやってきた。

「できたぞ!ランドセル!」

「ほんと!?」

「どれですか!?」

「こっちこいこっちこい!」

 ルドルフは満面の笑みだった。
 サニィ達は店の奥まで走った。そこには、木製の台座に置かれた、綺麗な茶色いランドセルがあった。

「こ、これですか!?」

「ああ、それだ!背負ってみてもいいぞ!お前らのだからな!」

「わぁーい!」

 サニィと雪は、迷わずランドセルを背負った。少し重みはあるものの、肩や腰にかかる負担は少なく、適度な弾力性、まさに名品と言える出来だった。

「ルカさん、にあってますかー?」

「うん。将来は有望な魔法使いだ。」

 微笑みながらそう言うルカ。

「おべんきょうがんばればなれるよね!」

 サニィはあどけない笑顔を見せながら、喜んでいる。

「うん。きっとなれるよ。魔法使い。」

 ルカは、サニィの母親の死体を思い出した。

(…サニィのこの姿…本当は、あの人が見るはずだったのか……)

(…やっぱり、魔物はこの世から消さなきゃいけないのか…?いや、それでは計画に…あ、)

 ルカは何か思い出したようだ。

「そだ、ルドルフ、お金、」

 ルドルフは大きく首を振った。縦ではなく、横に。

「いやいや、お金なんてもらわねえよ!お礼って言ったろ?お金取るんじゃただの商売じゃねえか。」

「…じゃ、お言葉に甘えさせてもらうね。」

「ああ。」

「あ、そだ、この紙に判子いいかな?」

「ん?ああ、ちょっと待っとけ。」

 ルドルフの戻ってくる間ルカは、初めてのランドセルに喜ぶサニィと雪の様子を見ていた。同時に、この笑顔をずっと見ていたいという想いを、邪念として振り払った。
 ルドルフに判子を貰ったルカ達は、鍛冶屋を跡にし、冒険者ギルドを目指した。

「あ、サニィたちは城に戻っといて。」

「ど、どうしてですか!?」

「冒険者ギルドにそのランドセルを持って行くのはまずいと思うし、もう夕方で疲れてるでしょ?クエストの報告は僕でやってるくから、先に帰っときな。」

「…はい。わかりました!きょうはたのしかったです!」

 大きくお辞儀をするサニィ。

「これからもいろんな魔法を見せてあげよう。」

「ほんと!?やったぁ!!」

 今度は大きく万歳をした。

「それじゃあ雪、よろしくね。」

「はい。お疲れ様です!」

 サニィは雪と手を繋ぎ、城に帰った。既に夕飯が出来ていたが、ルカがいないので、全員揃うまで、今日のことを話した。ルカが帰ってきて夕飯を食べ終わると、トカゲンが雪の下にやってきて小さな布袋を渡した。中を見ると10000Gきっちり入っていた。喜ぶ雪を見て、サニィも笑っていた。
 生まれて初めて(雪の誕生日、雪に魔法をかける瞬間をサニィは見ていない)魔法を目にし、ランドセルを手に入れたサニィの心は、晴れやかなものだった。夜空には無数の星が煌めき、心なしか、サニィの心を写していたようだった。
 そして、サニィの鼻水は止まらなかった…

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