束縛の強いヤンデレ天使は罪ですか

佐々羅木 雅

2.ミカエルとオムライス

「桜さんの手料理が食べたいです」

人間界に降り立つなり、いきなりそんなことを言った。

桜は高校の宿題をやっていた手を止めて、振り向く。
髪がさらりと揺れる姿すら綺麗で、ミカエルは既に目眩を覚えた。

「ぐ、具合悪いの?ミカエル」

「桜さんへの想いが抑えきれなくなりそうで…辛いです」

「うん。いつも抑えきれてないから平常運行ね…」

ミカエルと桜が出会って、実はまだ3ヶ月ほど。
しかし、桜はもうミカエルのあしらい方に慣れつつある。

…それもそのはず。
ミカエルがその3ヶ月の間に桜と過ごした時間は、学校の友達より長くて密だ。

「それで…私の手料理?
ミカエルってごはん食べないよね?」

「そうですね。
一応天使なので、人間のような食事は必要ありませんが…」

「動物由来の食材とか大丈夫なの?」

「はい。
今の俺にとっての最優先事項は、桜さんの手料理を食べることです」

「…じゃあ、オムライスとか?」

「作ってくれるんですか!?」

「うん…いいよ」

こういうリクエストを先伸ばしにすると、煩くて敵わない。
そんなことも桜は重々承知済みであった。


台所に立つ桜が、慣れた手つきでエプロンを付ける。
その様子を見てミカエルが眉根を寄せた。

「裸エプロンではないのですか…?」

「ミカエル…一体何をさせるつもりで手料理を頼んだの…!?」

桜が驚愕するのも無理はない。

「するわけないでしょ!」

「桜さんなら、どんな格好でも美しいと思います」

「真面目にいい顔でとんでもないこと言わないで!!」

「そうですか…裸エプロンの桜さんを後ろから抱き締めて…
首筋から背中まで堪能しながら、料理が出来るのを待つつもりだったのですが…」

「大天使様、自分が何を言ってるか分かってます?」

こんな変態発言者が、天界で名高い大天使・ミカエルだなんて…
本当に3ヶ月前の桜も想像できなかっただろう。

ミカエルは、ちゃんと服を着てエプロンを付けた桜を背後から抱き締めた。

「仕方ないですね。
…このままでも、俺をそそるには充分すぎますから」

「ミカエル…!」

そのまま耳朶を舐め、甘噛みする。
桜の頬が赤く染まり、眉が不安げに歪むだけでミカエルはぞくぞくした。

「どうしましたか?
…手が止まってますよ?」

 「こんなんじゃ…危なくて料理出来ません…!!」

「大丈夫ですよ。
桜さんについた傷は、全部治せますから」

桜の手を握り、人指し指の爪の生え際に口付ける。
それだけで、小さなささくれが一瞬で消えた。

「ミカエル…ほんとに、邪魔ぁ…!!」

「そんな可愛らしいイヤイヤで、本当に俺を拒んでるつもりですか?」

「ひゃあ!」

ミカエルの男らしく骨ばった手が、エプロンの隙間から服越しにお腹に回された。
思わず変な声が出て、桜は恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
すぐ背後にいる脳内ピンク色の色欲大天使には嬉しそうな気配しかなくて、桜の中で何かが切れた。

「ねぇ!本当に!何のために勉強途中で止めて料理をしに来たか分からないでしょうがぁぁぁぁ!」

桜は、ミカエルの顔面で生卵を割ってやったのだった。

******



「これが桜さんの…中からとろけてますよ…。
こんなに溢れんばかり…俺にどうしてほしいんですか…?」

「さっさと食べてください」

「ぐちゃぐちゃにしても…?」

「…好きなように食べてください」

「あぁ…そんなに俺を誘って…。
もう…どうなっても知りませんよ…?
こんな姿で俺の前にいるのがイケないのですから…」

「ねぇ、オムライスくらい普通に食べれませんか?」

半熟の卵焼きと、ケチャップライス。
それを混ぜてスプーンで慎重にすくう。
口の中でふわっととろける卵。

「美味しいです…」

「それは、良かったですね…」

「初めての、桜さんの味…」

「もうちょっと言い方を変えてもらってもいいですか?」

ミカエルは、無事に初オムライスをいただいていた。

「…誰かに料理を作ってあげるなんて…久しぶりだったかな…」

言い方はアレだが、美味しそうに食べてくれるミカエルを見て桜の頬が緩む。

「じゃあ、また…俺に作ってください」

「嫌よ。変な邪魔するから」

「それから、一緒に食べましょう」

「…それじゃ、家族みたいね」

桜が少し悲しそうに笑った。

ミカエルはいつもの調子で「じゃあ家族になりましょう」とは言わなかった。

桜は5年前に、家族を亡くして一人ぼっちになっていたのだ。
無責任な言葉は、かけられなかった。

「…デザートは、桜さんですか?」

「さぁ宿題しなきゃ!
今のうちにやっておかないと、バイト行ったら終わらなくなっちゃうんだからね?」


家族に…なるにはどうしたらよいだろうか。
自分と彼女を切っても切れない絆で結びたい。
神さえも、切ることのできない絆で…。

「俺は…本気で食べたかったんですけどね…」

そう呟きつつ、ミカエルは宿題をする桜を優しい眼差しで眺めていた。

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