束縛の強いヤンデレ天使は罪ですか
1.ミカエルと桜(後編)
カーンといういい音を立てて、ミカエルの頭をラッパで叩いたのは…長い金髪をなびかせた、天使。
「が、ガブリエルさん」
「ご機嫌よう、桜殿。
毎度毎度お騒がせして本当に申し訳ございません」
「あ、いや、その…止められなくてすみません…」
「ハハハ。無理でしょ?
こんな色欲の化物みたいになっているミカエルを、ミカエルのマタタビみたいなあなたが制御できるなんて我々も思っていません」
「ガブリエル…貴様、誰に向かってマタタビなんぞと…!?」
「ミカエル!そっちじゃないでしょ!?
せめてつっこむなら、自分が何て言われたかつっこんで!?」
自分が色欲の化物と言われるより、桜をマタタビと言われたことが気になるミカエル。
もはや大天使の威厳など欠片もない。
「しかし、見れば見るほどに桜殿の魂は不思議ですね。
我々天使と親和性が極めて高く、特にミカエルとは波長が合いすぎる。
ミカエルの良いところも…悪いところも、共鳴して爆発的に膨らませることができる。
こんな珍しい魂…かの聖母マリアを思い出しますね」
ガブリエルがそう言うと、ミカエルの顔色が変わった。
「桜さんは神にだって渡しはしない。
桜さんが孕むなら俺のk」 
再びカーンといい音を立ててラッパで殴られるミカエル。
当たりどころが悪かったのか、頭を押さえて震えている。
「すみませんね、桜殿。
これでも天界にいる時は、天界の軍を率いる威厳ある総指揮官なのですよ。
こんなデレデレで頭がパーになってしまうのは、あなたの前だけなんです」
「やっぱり…私とミカエルは、会わない方がいいんじゃないでしょうか?」
桜がポツリと呟いた言葉。
それにいち早く反応したのは、やっぱりミカエルだった。
「何故ですか?俺と会うのは嫌ですか?」
「そ、そうじゃないけど…。
私、どちらかというとミカエルに悪影響なんじゃ…?」
それを聞いたミカエルの目は、ゾッとするくらい冷たかった。
「俺が天使だからいけないんですか?
こんな翼があるせいで、あなたと一緒にいられなくなるというのなら俺は…」
「この馬鹿たれヤンデレ!」
ミカエルがそう出るのは想定の範囲内と言わんばかりに、冷静で鮮やかな鉄槌。
人間界でいう六法全書ぐらいの厚みがある聖書の角で殴られ、ミカエルは再び痛みに震えながら黙った。
「桜殿にはご迷惑おかけして誠に申し訳ございませんがね。
こいつは桜殿と会えない方が、まぁ色々と情緒不安定に天界でもやらかしまくるので…」
ガブリエルは、優しく微笑んで桜に言う。
「見捨てないでやってください」
「は、はい…」
優しい言い方だが、圧力を感じたのは何故か。
どこか、『見捨てたらどうなるか分かりますよね?』と言われているような気がして桜は苦笑いした。
「それでは今日はこのままこのバカを連れて帰ります」
「あ…分かりました。お気をつけて…」
桜が見送るなか、ガブリエルがミカエルの首根っこをひっ掴んだまま、大きな翼を広げて空に舞う。
何度見ても綺麗だ。
桜はそう思った。
******
「…満足しましたか?」
「してない」
ガブリエルの言葉に、口を尖らせたミカエル。
「しかし、あなたもそろそろ今日は帰らなくてはいけないのが分かっていたのでは?
でなければ、素直に殴られてくれないでしょう?
…天界一の武将である、天使軍総指揮官ミカエル」
それを聞いたミカエルは、実につまらなそうな顔をした。
「俺より強いやつなら、他にもいる」
「まぁまぁ、そんなひねたこと言っても仕方がないでしょう?
別に私たちは、己の力を競いあったこともありませんし」
「神は…」
「はい?」
「神はお赦しになるだろうか。
俺と桜さんが共にあることを…」
憂いを帯びた目で下界を見下ろすミカエル。
悪魔を目の前にすれば、どちらが悪か分からぬほど容赦ない裁きを見せるこの天使は…
あの少女が関わる時だけ、こんなに素直な顔をする。
「日頃の行い次第だと思いますが?」
同じく三大天使に名を連ねるガブリエルは、分かりやすく大きなため息をついたのだった。
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