束縛の強いヤンデレ天使は罪ですか

佐々羅木 雅

1.ミカエルと桜(前編)

「んん…っ。ねぇ、ミカエル…そろそろ…」

「そろそろ…何ですか?」

甘い吐息を漏らす少女を背後から抱き締め、耳元で囁く。
少女は身をよじって逃れようとするが、彼女を捕らえる腕はそれを良しとしない。

「もう、ダメだよ…」

「いいえ、ダメです…。もっと……じゃないと」

「足りない」と耳元で低く囁くと、一瞬で耳が赤くなった。
言葉にならない声を上げて、少女が嫌々と顔を振るのが後ろから見ていてとても愉快だ。

どんどん意地悪なことをしたくなる。

困らせ、弱らせ、悶えさせたい。

こんな鬼畜でどうしようもない気持ち…神に知られたら、どうなるのだろうか?

「ミカエルのえっち!!えろ天使!!
…いい加減にしなさぁぁぁぁい!!!」

少女の我慢が遂に爆発した。
近くにあった目覚まし時計を、がちで殴り付けに来て思わず受け止めた。

そして、恨めしそうに少女を見据える。

「桜さん。いくら大天使の俺とはいえ、目覚まし時計で殴り付けられたら痛みくらい感じます」

「大天使様なら、小娘が振り回した目覚まし時計くらい当たる前に絶対受け止められるから問題ありません!!」

目覚まし時計で殴り付けられそうになった者の名は、ミカエル。
大天使・ミカエルである。
金色のさらさらとした短髪に、コバルトブルーの瞳。
人間離れした美麗さと色気を醸しながら、口を尖らせ子供のように拗ねた顔をしている。

そして、先ほどからそんなミカエルがちょっかいを出していた少女は、桜。
歳は18の、ただの人間である。
緩くウェーブのかかった背中まである黒髪。黒い瞳。道を歩けば、「おっ?」と男性たちが反応するような美少女だ。
しかし、今は怒りにぷるぷる震えていて、その迫力はどんな男も近寄らせないだろう。

…勿論、この男を除いて…。

「桜さん…」

「何ですか…?何か言いたいことでも…?」

「はい。桜さんは、怒っている姿も素敵ですね」

真面目にうっとりと桜を見つめるミカエル。
そんなミカエルの脳内お花畑状態に、桜の目は完全に据わっていた。

「ミカエル…?」

「はい。」

「先日、ガブリエルさんに、人間界に滞在する時間を決められたよね?」

「…そうでしたか?」

「決められました!!
1日最高3時間!!
天界の業務に差し支えのないようにすることって!!」

「誰が何をもってしてそんな時間を決めたのでしょうね。
俺と桜さんの逢瀬がそもそも3時間で足りるはずがないと言うのに…」

「ミカエル…恐らく、天界の業務時間が足りないから、そうなったんじゃないでしょうか!?」

「桜さん…別に俺は、遊びに来てる訳じゃありません」

ミカエルは真剣な顔でそう言うと…そのままジリジリと桜に迫り寄る。

「天使の本業と言えば、人々に愛の素晴らしさを説くことです」

「そ、そうでしたっけ…?」

桜はミカエルの迫力におされて、そのまま押し倒される形になってしまった。
しかし、ミカエルは続ける。

「そうです。
俺はただ、桜さんの身体の隅々にまで俺の愛が染み渡るようにしようと来ているだけなんで。
業務範囲内です」

「ミカエル…」

「はい」

「個人的感情が駄々漏れすぎだと思うわ…」

桜の呆れ返った感想に、ミカエルはきょとんとした。

「仮にも三大天使のひとり、ミカエル様でしょ?
もっと公平に!人々に愛を説けば問題ないんでしょうけど…」

「どうして俺が他の人間にまで愛を教えなきゃいけないんですか?」

「そこでしょうがー!!」と、桜が心の底から叫んでいるのをミカエルは感じていた。
しかし、ミカエルもそんなのは心の底から嫌だった。

自分が愛したいのは、目の前にいる彼女ひとり。

愛して…自分の愛なしでは生きられなくしたい。

彼女の全てを自分だけのものにしたい。

己の愛の炎でどろどろに溶かして、お互いの境が分からなくなるほどにまじり合いたい。

あぁ、ほら。
彼女の魅惑的な首筋、可憐な唇がすぐ側にある。
口付けたい。
ゾクゾクするようなか細い悲鳴があがるまで。

「ミカエル。綺麗なお顔が下心まみれよ」

ミカエルが顔を近づけて来ようとする前に、桜は先手を取った。
大天使様の顔面を両手で押し返す、力業で勝負に出る。

「桜さん…これじゃあ桜さんが見えません」

「ミカエル!ほんっとに、"堕天"しちゃうんじゃないの!?」

「何も神に背くことはしてません」

「色欲に溺れてませんか!?」

「ふふ。馬鹿な…」

ミカエルは鼻で笑うと、顔面を押し返す桜の手を掴んで簡単にどけて……その掌を舐めた。

「俺の清らかな愛のどこがそんな邪なものと…」

「ーーー盛りすぎだ!この色ボケ天使!」

その時誰かが、ミカエルの後頭部を金のラッパで殴り付けた。

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