この素晴らしい世界にTSを!
第2部 12話
若干赤い顔をした、それでいて怒っている様な目つきのめぐるんの顔が、私の目の前に飛び込んできた。
めぐるんは横たわっていた私の体の上に跨がり、ゴソゴソと私の胸元の服の乱れを直している。
「…………ねぇ、何やってんの?あんたは爆裂狂な所と名前を除けば、唯一常識的な奴だと思ってたのに、私に一体何してくれたの?」
めぐるんは私の身体に何をしたかの質問には答えようとはせず、私の上から立ち上がり。
「おい、僕の名前に文句があるなら聞こうじゃないか。……帰らないとか馬鹿な冗談言ってるからですよ。次にそんな馬鹿な駄々捏ねたら、もっと凄い事しますからね」
馬鹿な冗談と言われてしまったが、半分以上本気だったと言ったら凄く怒りそうだ。
私は冬将軍に斬られた自分の体を、あちこち確かめながら起き上がる。
……と言うか、
「……ねぇ、私ホントに何されたの?取り敢えず、汚されちゃったのか、まだ綺麗なままなのかを教えてよ。場合によっては明日から、めぐるんの顔見るのも恥ずかしくなるんだけど……」
そう言いながらダクネスの方を見ると、顔を片腕で隠し、耳まで赤くして明後日の方を向いていた。
相変わらずこの変態の羞恥の基準は分からない。あんた、私を引ん剥いて活け花がどうとか言ってなかったっけ。
その場に屈み込んで私の起きるのを待っていたアクシズに、視線で訴えかけてみると……、
「……お前、神聖な神様の口から何言わせる気だ?本人に教えてもらえ」
そのままフイッと横を向かれた。
「ね、ねぇめぐるん、教えてよ。でないと、私あんたの事、明日から凄く意識する様になるんだけど…………」
「……家に帰って、お風呂に入る時にでも分かります。……それより、具合は大丈夫なんですか?どこか調子が悪い所は?」
その言葉に、私は改めてペタペタと体のアチコチを手で触る。
そういや、私はどうやって殺されたの?
そんな私を見てアクシズが言った。
「お前、冬将軍に首ちょんぱされたんだぞ。それはそれは見事な切り口だった。お陰でピタリくっついたし、修復も簡単だった。今回は一週間も安静にしてれば、その後は激しい運動しても良いぞ」
「首ちょ……!」
私は絶句し、思わず自分の首筋を手で撫でた。どれだけ手で触っても、傷跡が残っている様子は無い。
私の血で雪原の一部が赤く染まり、私の隣にいたダクネスにも返り血が付いていた。
……アクシズにちゃんと治療してもらったにしても、やっぱり死んだというのはゾッとしない。
この世界の冬は、食料に乏しい過酷な環境の中、それでもなお生存競争を生き抜けるモンスター達にのみ、活動が許される季節。
私達の様な駆け出しに、お手軽にこなせるクエストなど無いと言う事だ。
……うん。今日はこのまま、街に帰ろう。
街へと帰って来た私達は、そのまま報酬を貰う為ギルドへ向かう。
「にしても、小一時間で十二匹。百二十万か……。稼ぎはデカいけど、死んだのが割に合わないなぁ……。あの冬将軍ってのはどれだけの賞金掛かってるの。
ダクネスの剣が一撃で折られたり、ハッキリ言って、三億の賞金掛けられてたベルディアよりも強かったよ」
冬のクエストは諦めた方が良さそうだ。
「冬将軍は、雪精にさえ手を出さなければ何もして来ないですからね。一応はあまり害の無いモンスターと言う事になってますが……。
それでも、賞金は二億エリスは掛かっていた筈ですよ。魔王軍の幹部で、明確な人類の敵のベルディアは、その分賞金は跳ね上がっていますが……。
冬将軍の場合、本来はあまり攻撃的でないモンスターなのに二億もの賞金が掛かっています。この破格の賞金は、それだけ冬将軍が強いって事ですよ」
めぐるんの説明に、私は思わず黙り込む。
……二億。
それだけあれば借金返しても暫く遊んで暮らせるね。
「……めぐるん、アイツを爆裂、」
「爆裂魔法では冬将軍は倒せませんよ。見た目は人型ですが、あれは精霊ですから。精霊は本来、魔法的要素が強い存在です。その精霊達の王みたいな存在ともなれば、そりゃあもう魔法抵抗力も凄い物です。
爆裂魔法ならどんな存在にもダメージは与える事は出来ますが、一撃で仕留めるのは難しいでしょうね。……と言うか、あんな怖いの相手に爆裂魔法撃ちたくないです」
……駄目か。
ガクリと落ち込む私を見て、アクシズが得意気に、にんまりと笑みを浮かべた。
「ふふん、カズナ。なんか落ち込んでるみてぇだが、この俺様はただ土下座してた訳じゃねぇぞ。さぁ、見てみろコレを!」
そう言いながら、アクシズが服の中から出したのは小さな瓶。
中には、雪精が入っている。
どうやらあの時全て開放したのではなく、一匹だけ残しておいたらしい。
「おっ!でかしたアクシズ、よし、ソイツ貸して!討伐するから」
珍しく機転の利いたアクシズを褒めながら、私は瓶を取り上げようとした。
「なッ!?だ、駄目だッ!!この子は持って帰って家の冷蔵庫にするんだ!夏場でもキンキンに冷えたクリムゾンビアが飲める様に……、嫌だぁああ!この子は嫌だぁああ!もう名前だって付けてんのに、殺させるもんか!やめろ、やめてくれぇええッ!!」
雪精の入った小瓶をお腹に抱き抱え、踞って予想外に激しい抵抗を見せるアクシズ。
ちぇっ、一匹十万の高額なモンスターだけど……。今日はアクシズに生き返らせてもらった事だし、勿体無いけど見逃してやるか……。
無事ギルドで清算し、一人頭30万の報酬を受け取った。
一日にしては良い稼ぎなのだろうが、借金の額を考えると焼け石に水だ。
先の見通しが暗い現実に、私は思わず現実から逃げる様にエリス様の事を考える。
見た目は爽やかな感じで、それでいて何より中身だ。
冬場は冒険者達が死ななくて、仕事が無くて暇な事はとても喜ばしい。
そんな事を言いながら微笑む、優しい心を持った神様。
……ああ、エリス様マジ神……。
エリス様の姿を思い出しているだけで、あっという間に屋敷の前に到着する。
「この子は大事に育てて、夏になったら氷を一杯作って貰って、この子と一緒にかき氷の屋台を出すんだ!そして、夏場の寝苦しい季節は一緒に寝る。……なぁめぐるん、この子何食べるか知らないか?」
「雪精の食べ物なんてちょっと分からないですね?そもそも精霊って何かを食べるんでしょうか」
「……フワフワしてて、柔らかそうで、砂糖かけて口に入れたら美味そうだな……」
私の後ろでは、そんな取り留めの無い会話をしている三人。私は屋敷のドアに手を掛けながら、そんな三人に振り返った。
もう一度エリス様の姿を思い出し。
そして、三人の顔をジッと見る。
「「「……?」」」
そんな私の行動に、キョトンとした表情を浮かべ、三人は私を見返し黙り込む。
「……ハァ」
「「「あッ!!」」」
私の吐いた深い溜息を見て、ギャアギャアと騒ぎ出した三人の声を聞きながら、私は屋敷のドアを開けた。
「ただいま……、あれ?クリス居ないのかな」
帰宅したが、そこにクリスは居なかった。
代わりに、屋敷の中がピカピカになっている。
「おいカズナ、さっきの溜息はどう言う事だ!最近俺達の扱いが雑になってきてないか?今日だって頑張って生き返らせたじゃねぇか、カズナは生き返るの嫌がったけど!なぁ、いらない子扱いすんなよ!」
後ろからギャアギャア喚くアクシズに、私は振り返り、言ってやる。
「馬鹿、いつあんたをいらない子扱いしたの。あんたがいなくなったら誰がトイレ掃除すると思ってんの。自称水の神様に、これ以上ない適材適所な掃除場所でしょ。
分かったら、今日来たばかりなのに綺麗に掃除してったクリスを見習って、あんたもトイレ掃除でもして来なよ。私は自分の血で血塗れになった事だし、ちょっとお風呂入ってくる」
「それだよ!俺水の神様だぞ、トイレの神様じゃねぇのッ!!そういう扱いが酷過ぎるって言ってんだよ、もっと俺を敬えよ!もっと俺を甘やかしてくれよ!」
涙目で面倒臭い事言ってくるアクシズを、適当に頭をポンポンしてあしらい、私はそのまま玄関で、自分の血が付いた胸当て等を外していく。
見ればダクネスも、モソモソと私の返り血の付いた鎧を外し、そしてめぐるんがそんな私を見て、急に忙しなくキョドり始めた。
……?
めぐるんの態度が気になったが、固まった血が気持ち悪いので、ダクネスに頼み、先にお風呂に入らせて貰う。
クリエイトウォーターでお風呂に水を張り、そのまま備え付けの薪をお風呂焚き用の竈に放り、ティンダーで火を付けた。
普段はジッポを使う所だが、急いで薪に火を付ける場合は、やはりティンダーの方が早い。
後は薪に風を送り続ければ良いだけなのだが、これが大変面倒くさい。
幸い此処の屋敷のお風呂の竈は、煙を外に排出してくれる便利なタイプだ。
血の付いた服を着ているのも気分が悪いので、もう先に服を脱いで、全裸で竈に風を送ろう。
季節は冬だが火を焚いた竈の前なら寒くない。
私はそう思いながら、服を脱ぎ、下着を脱いで…………。
大変下品な話だが。
下半身の違和感に気が付いた。
いや、元々、此処に来る間に軽い違和感はあったのだ。
股に何かが張り付く様な。
違和感の元を見ると、私の大事な所に絆創膏に似た様なものが貼られており。
下腹部に、下向きの矢印が私の股を示しながら。矢印の上には、ある一文が書かれている。
『永遠の処女、ここに眠る』
そのままお風呂から飛び出した。
「めぐるんッ!!めぐるんは何処行ったッ!!あんの爆裂野郎、スティールで引ん剥いて同じ目に合わせてやるッ!!」
「……ん?めぐるんなら、何日か他所に泊まって来ると言って出てったぁああああああッ!?」
真っ裸の私を見て、雑誌を読みながらソファーで寛いでいたダクネスが、そのまま雑誌に顔を伏せるが、今はそんな事に構っている余裕は無い。
アクシズが私に、優しげな表情でポソリと言った。
「……カズナ、安心しろ。そんなに恥ずかしがる事ないぞ。そういうのは恋人が出来た時に取っておけば良いんだ、焦らなくても大丈…………」
「ちちちち、違うよ馬鹿ッ!!わわわわ、私は別に気にしてないからッ!!寧ろ大事に取ってるからッ!!」
私は泣きながらお風呂場に逃げた。
ふと通りかかった目の前の鏡を見てみると、首に何かついている。
近づいてよく見てみると、それはキスマークだった。
「……あの爆裂野郎、帰って来たらホントに覚えとけよ」
赤くなった顔を誤魔化すように、私は冷水で顔を洗った。
† † † † † † † † † † †
朝起きて広間に行くと、そこには暖炉の前のソファーの上で、体操座りしながら泣いているアクシズの姿。
そして、それを甲斐甲斐しく慰めているクリスがいる。
昨日、お風呂から出た私が、ずっと部屋に引き込もっていた間に帰って来ていたらしい。
「……朝からどうしたの?アクシズが泣いてるのはもう見慣れたけど、これはこれで珍しい絵だね」
メソメソ泣いているアクシズを慰めていた、クリスが言った。
「え、えっと……。アクシズさんが朝起きたら、瓶に閉じ込めてた雪精が居なくなってたんだってさ……」
……なるほど。暖炉の前の、アクシズの座るソファーの隣にあるテーブルには、空の酒瓶と共に、同じく見覚えのある小さな空の瓶が置いてあった。
いつまでもぐずっているアクシズに、クリスが優しく、慰める様に。
「アクシズさん、アクシズさん、こう考えよう?雪精は、アクシズさんに飼われるよりも、自然に帰りたかったんだよ。
だから、そっとアクシズさんの前から姿を消したんだと思う。狭い屋敷で飼うよりも、広い雪原で伸び伸び暮らさせてあげよう?」
そんなクリスの言葉に、一瞬アクシズのグスグス言う声が止む。
「いや、溶けたんでしょ」
「うわぁあああああッ!!」
「キミって奴は!キミって奴はッ!!」
私の言葉に再び泣き出すアクシズと、私をバシバシ叩いてくるクリス。
そんな二人に、私は深々とため息をついた。
「悪いけど、今の私にはアクシズに構ってあげる余裕はないよ。唯でさえ稼がないといけないのに、私達の実力じゃ冬に無難にこなせるクエストは無い。
つまり、お金を稼ぐにはひたすらジッポ作り続けなきゃいけない訳。毎日毎日ジッポ作り。今日もジッポ、明日もジッポ!違う商品考えても良いけど、それを商品化させるまでは相も変わらずジッポ作りだよ!」
別にジッポ作るのが嫌って訳じゃない。
それに作業に慣れてきた今では、頑張れば日に五個ぐらいは作れるだろう。
しかし、元々これは安全にのんびり生きてく為に始めた、お手軽に稼げる割の良いバイトみたいなものだ。
合間に冒険行ったり遊んだり、そしてお茶でも飲みつつお気軽に、日に二つ三つほどジッポ作って小銭を稼ぐ。
そして面白可笑しく温い人生を生きていく。
そんな筈だったのに、莫大な借金返す為に家に閉じこもってひたすら毎日同じ作業に従事する。
一体どんな拷問だ。
のんびり食い扶持を稼ぐ、趣味的な感じで物を作るのと、借金返済の為にひたすら物を作らされるのとでは、仕事の辛さが違うのだ。
溜め息をつきながら肩を落としている私に、クリスが言った。
「そんなにお金が要るなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜れば良いんじゃないかな?」
To be continued…
※因みにお風呂の件から数日間は首元が隠れる服を着たそうな。
めぐるんは横たわっていた私の体の上に跨がり、ゴソゴソと私の胸元の服の乱れを直している。
「…………ねぇ、何やってんの?あんたは爆裂狂な所と名前を除けば、唯一常識的な奴だと思ってたのに、私に一体何してくれたの?」
めぐるんは私の身体に何をしたかの質問には答えようとはせず、私の上から立ち上がり。
「おい、僕の名前に文句があるなら聞こうじゃないか。……帰らないとか馬鹿な冗談言ってるからですよ。次にそんな馬鹿な駄々捏ねたら、もっと凄い事しますからね」
馬鹿な冗談と言われてしまったが、半分以上本気だったと言ったら凄く怒りそうだ。
私は冬将軍に斬られた自分の体を、あちこち確かめながら起き上がる。
……と言うか、
「……ねぇ、私ホントに何されたの?取り敢えず、汚されちゃったのか、まだ綺麗なままなのかを教えてよ。場合によっては明日から、めぐるんの顔見るのも恥ずかしくなるんだけど……」
そう言いながらダクネスの方を見ると、顔を片腕で隠し、耳まで赤くして明後日の方を向いていた。
相変わらずこの変態の羞恥の基準は分からない。あんた、私を引ん剥いて活け花がどうとか言ってなかったっけ。
その場に屈み込んで私の起きるのを待っていたアクシズに、視線で訴えかけてみると……、
「……お前、神聖な神様の口から何言わせる気だ?本人に教えてもらえ」
そのままフイッと横を向かれた。
「ね、ねぇめぐるん、教えてよ。でないと、私あんたの事、明日から凄く意識する様になるんだけど…………」
「……家に帰って、お風呂に入る時にでも分かります。……それより、具合は大丈夫なんですか?どこか調子が悪い所は?」
その言葉に、私は改めてペタペタと体のアチコチを手で触る。
そういや、私はどうやって殺されたの?
そんな私を見てアクシズが言った。
「お前、冬将軍に首ちょんぱされたんだぞ。それはそれは見事な切り口だった。お陰でピタリくっついたし、修復も簡単だった。今回は一週間も安静にしてれば、その後は激しい運動しても良いぞ」
「首ちょ……!」
私は絶句し、思わず自分の首筋を手で撫でた。どれだけ手で触っても、傷跡が残っている様子は無い。
私の血で雪原の一部が赤く染まり、私の隣にいたダクネスにも返り血が付いていた。
……アクシズにちゃんと治療してもらったにしても、やっぱり死んだというのはゾッとしない。
この世界の冬は、食料に乏しい過酷な環境の中、それでもなお生存競争を生き抜けるモンスター達にのみ、活動が許される季節。
私達の様な駆け出しに、お手軽にこなせるクエストなど無いと言う事だ。
……うん。今日はこのまま、街に帰ろう。
街へと帰って来た私達は、そのまま報酬を貰う為ギルドへ向かう。
「にしても、小一時間で十二匹。百二十万か……。稼ぎはデカいけど、死んだのが割に合わないなぁ……。あの冬将軍ってのはどれだけの賞金掛かってるの。
ダクネスの剣が一撃で折られたり、ハッキリ言って、三億の賞金掛けられてたベルディアよりも強かったよ」
冬のクエストは諦めた方が良さそうだ。
「冬将軍は、雪精にさえ手を出さなければ何もして来ないですからね。一応はあまり害の無いモンスターと言う事になってますが……。
それでも、賞金は二億エリスは掛かっていた筈ですよ。魔王軍の幹部で、明確な人類の敵のベルディアは、その分賞金は跳ね上がっていますが……。
冬将軍の場合、本来はあまり攻撃的でないモンスターなのに二億もの賞金が掛かっています。この破格の賞金は、それだけ冬将軍が強いって事ですよ」
めぐるんの説明に、私は思わず黙り込む。
……二億。
それだけあれば借金返しても暫く遊んで暮らせるね。
「……めぐるん、アイツを爆裂、」
「爆裂魔法では冬将軍は倒せませんよ。見た目は人型ですが、あれは精霊ですから。精霊は本来、魔法的要素が強い存在です。その精霊達の王みたいな存在ともなれば、そりゃあもう魔法抵抗力も凄い物です。
爆裂魔法ならどんな存在にもダメージは与える事は出来ますが、一撃で仕留めるのは難しいでしょうね。……と言うか、あんな怖いの相手に爆裂魔法撃ちたくないです」
……駄目か。
ガクリと落ち込む私を見て、アクシズが得意気に、にんまりと笑みを浮かべた。
「ふふん、カズナ。なんか落ち込んでるみてぇだが、この俺様はただ土下座してた訳じゃねぇぞ。さぁ、見てみろコレを!」
そう言いながら、アクシズが服の中から出したのは小さな瓶。
中には、雪精が入っている。
どうやらあの時全て開放したのではなく、一匹だけ残しておいたらしい。
「おっ!でかしたアクシズ、よし、ソイツ貸して!討伐するから」
珍しく機転の利いたアクシズを褒めながら、私は瓶を取り上げようとした。
「なッ!?だ、駄目だッ!!この子は持って帰って家の冷蔵庫にするんだ!夏場でもキンキンに冷えたクリムゾンビアが飲める様に……、嫌だぁああ!この子は嫌だぁああ!もう名前だって付けてんのに、殺させるもんか!やめろ、やめてくれぇええッ!!」
雪精の入った小瓶をお腹に抱き抱え、踞って予想外に激しい抵抗を見せるアクシズ。
ちぇっ、一匹十万の高額なモンスターだけど……。今日はアクシズに生き返らせてもらった事だし、勿体無いけど見逃してやるか……。
無事ギルドで清算し、一人頭30万の報酬を受け取った。
一日にしては良い稼ぎなのだろうが、借金の額を考えると焼け石に水だ。
先の見通しが暗い現実に、私は思わず現実から逃げる様にエリス様の事を考える。
見た目は爽やかな感じで、それでいて何より中身だ。
冬場は冒険者達が死ななくて、仕事が無くて暇な事はとても喜ばしい。
そんな事を言いながら微笑む、優しい心を持った神様。
……ああ、エリス様マジ神……。
エリス様の姿を思い出しているだけで、あっという間に屋敷の前に到着する。
「この子は大事に育てて、夏になったら氷を一杯作って貰って、この子と一緒にかき氷の屋台を出すんだ!そして、夏場の寝苦しい季節は一緒に寝る。……なぁめぐるん、この子何食べるか知らないか?」
「雪精の食べ物なんてちょっと分からないですね?そもそも精霊って何かを食べるんでしょうか」
「……フワフワしてて、柔らかそうで、砂糖かけて口に入れたら美味そうだな……」
私の後ろでは、そんな取り留めの無い会話をしている三人。私は屋敷のドアに手を掛けながら、そんな三人に振り返った。
もう一度エリス様の姿を思い出し。
そして、三人の顔をジッと見る。
「「「……?」」」
そんな私の行動に、キョトンとした表情を浮かべ、三人は私を見返し黙り込む。
「……ハァ」
「「「あッ!!」」」
私の吐いた深い溜息を見て、ギャアギャアと騒ぎ出した三人の声を聞きながら、私は屋敷のドアを開けた。
「ただいま……、あれ?クリス居ないのかな」
帰宅したが、そこにクリスは居なかった。
代わりに、屋敷の中がピカピカになっている。
「おいカズナ、さっきの溜息はどう言う事だ!最近俺達の扱いが雑になってきてないか?今日だって頑張って生き返らせたじゃねぇか、カズナは生き返るの嫌がったけど!なぁ、いらない子扱いすんなよ!」
後ろからギャアギャア喚くアクシズに、私は振り返り、言ってやる。
「馬鹿、いつあんたをいらない子扱いしたの。あんたがいなくなったら誰がトイレ掃除すると思ってんの。自称水の神様に、これ以上ない適材適所な掃除場所でしょ。
分かったら、今日来たばかりなのに綺麗に掃除してったクリスを見習って、あんたもトイレ掃除でもして来なよ。私は自分の血で血塗れになった事だし、ちょっとお風呂入ってくる」
「それだよ!俺水の神様だぞ、トイレの神様じゃねぇのッ!!そういう扱いが酷過ぎるって言ってんだよ、もっと俺を敬えよ!もっと俺を甘やかしてくれよ!」
涙目で面倒臭い事言ってくるアクシズを、適当に頭をポンポンしてあしらい、私はそのまま玄関で、自分の血が付いた胸当て等を外していく。
見ればダクネスも、モソモソと私の返り血の付いた鎧を外し、そしてめぐるんがそんな私を見て、急に忙しなくキョドり始めた。
……?
めぐるんの態度が気になったが、固まった血が気持ち悪いので、ダクネスに頼み、先にお風呂に入らせて貰う。
クリエイトウォーターでお風呂に水を張り、そのまま備え付けの薪をお風呂焚き用の竈に放り、ティンダーで火を付けた。
普段はジッポを使う所だが、急いで薪に火を付ける場合は、やはりティンダーの方が早い。
後は薪に風を送り続ければ良いだけなのだが、これが大変面倒くさい。
幸い此処の屋敷のお風呂の竈は、煙を外に排出してくれる便利なタイプだ。
血の付いた服を着ているのも気分が悪いので、もう先に服を脱いで、全裸で竈に風を送ろう。
季節は冬だが火を焚いた竈の前なら寒くない。
私はそう思いながら、服を脱ぎ、下着を脱いで…………。
大変下品な話だが。
下半身の違和感に気が付いた。
いや、元々、此処に来る間に軽い違和感はあったのだ。
股に何かが張り付く様な。
違和感の元を見ると、私の大事な所に絆創膏に似た様なものが貼られており。
下腹部に、下向きの矢印が私の股を示しながら。矢印の上には、ある一文が書かれている。
『永遠の処女、ここに眠る』
そのままお風呂から飛び出した。
「めぐるんッ!!めぐるんは何処行ったッ!!あんの爆裂野郎、スティールで引ん剥いて同じ目に合わせてやるッ!!」
「……ん?めぐるんなら、何日か他所に泊まって来ると言って出てったぁああああああッ!?」
真っ裸の私を見て、雑誌を読みながらソファーで寛いでいたダクネスが、そのまま雑誌に顔を伏せるが、今はそんな事に構っている余裕は無い。
アクシズが私に、優しげな表情でポソリと言った。
「……カズナ、安心しろ。そんなに恥ずかしがる事ないぞ。そういうのは恋人が出来た時に取っておけば良いんだ、焦らなくても大丈…………」
「ちちちち、違うよ馬鹿ッ!!わわわわ、私は別に気にしてないからッ!!寧ろ大事に取ってるからッ!!」
私は泣きながらお風呂場に逃げた。
ふと通りかかった目の前の鏡を見てみると、首に何かついている。
近づいてよく見てみると、それはキスマークだった。
「……あの爆裂野郎、帰って来たらホントに覚えとけよ」
赤くなった顔を誤魔化すように、私は冷水で顔を洗った。
† † † † † † † † † † †
朝起きて広間に行くと、そこには暖炉の前のソファーの上で、体操座りしながら泣いているアクシズの姿。
そして、それを甲斐甲斐しく慰めているクリスがいる。
昨日、お風呂から出た私が、ずっと部屋に引き込もっていた間に帰って来ていたらしい。
「……朝からどうしたの?アクシズが泣いてるのはもう見慣れたけど、これはこれで珍しい絵だね」
メソメソ泣いているアクシズを慰めていた、クリスが言った。
「え、えっと……。アクシズさんが朝起きたら、瓶に閉じ込めてた雪精が居なくなってたんだってさ……」
……なるほど。暖炉の前の、アクシズの座るソファーの隣にあるテーブルには、空の酒瓶と共に、同じく見覚えのある小さな空の瓶が置いてあった。
いつまでもぐずっているアクシズに、クリスが優しく、慰める様に。
「アクシズさん、アクシズさん、こう考えよう?雪精は、アクシズさんに飼われるよりも、自然に帰りたかったんだよ。
だから、そっとアクシズさんの前から姿を消したんだと思う。狭い屋敷で飼うよりも、広い雪原で伸び伸び暮らさせてあげよう?」
そんなクリスの言葉に、一瞬アクシズのグスグス言う声が止む。
「いや、溶けたんでしょ」
「うわぁあああああッ!!」
「キミって奴は!キミって奴はッ!!」
私の言葉に再び泣き出すアクシズと、私をバシバシ叩いてくるクリス。
そんな二人に、私は深々とため息をついた。
「悪いけど、今の私にはアクシズに構ってあげる余裕はないよ。唯でさえ稼がないといけないのに、私達の実力じゃ冬に無難にこなせるクエストは無い。
つまり、お金を稼ぐにはひたすらジッポ作り続けなきゃいけない訳。毎日毎日ジッポ作り。今日もジッポ、明日もジッポ!違う商品考えても良いけど、それを商品化させるまでは相も変わらずジッポ作りだよ!」
別にジッポ作るのが嫌って訳じゃない。
それに作業に慣れてきた今では、頑張れば日に五個ぐらいは作れるだろう。
しかし、元々これは安全にのんびり生きてく為に始めた、お手軽に稼げる割の良いバイトみたいなものだ。
合間に冒険行ったり遊んだり、そしてお茶でも飲みつつお気軽に、日に二つ三つほどジッポ作って小銭を稼ぐ。
そして面白可笑しく温い人生を生きていく。
そんな筈だったのに、莫大な借金返す為に家に閉じこもってひたすら毎日同じ作業に従事する。
一体どんな拷問だ。
のんびり食い扶持を稼ぐ、趣味的な感じで物を作るのと、借金返済の為にひたすら物を作らされるのとでは、仕事の辛さが違うのだ。
溜め息をつきながら肩を落としている私に、クリスが言った。
「そんなにお金が要るなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜れば良いんじゃないかな?」
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